第307話 エピローグ 其の三
「既に一度、日本で告白はしてるけど、もう一回したくなっちゃった。……ごめんね、私のエゴに付き合わせて」
「……別にいいさ、返事はいらないって言ってくれてるんだから。けど理由だけは聞かせてくれ。どうして改めて告白を明言したのか」
「――私たちだけじゃなく、不死身の和成君までヴァンパイア・ロード相手だとヤバかったって分かっちゃったからかな。もしかしたら、今日が最後の出会いになるかもしれない。今度、はもう無いかもしれない。……そう思ったら、居ても立っても居られない感じになっちゃった」
テヘと舌を出す表情は、おとなしい彼女らしからぬ表情だ。
だからこそそれは、和成だけにしか見せない表情でもあった。
「正直、個人的には申し訳ないんだがな。その表情が特別である事は分かるが、逆に言うとそれ以外は分からん。だからどうすればいいか分からんし、どうかするつもりもない。俺は、慈さんに何か返せるわけでもない」
「別にいいよ、それで。私が好きだから勝手にやってるだけだもん。それに恋愛に関しては、和成君を同級生だとは思ってない。思春期が抜け落ちちゃってるから、大人な部分と子供な部分の乖離が大きいでしょ?」
「…………」
「和成君はたぶん小学生からそんなに変わってない。だから恋愛に興味ない小学生男子って考えたら、こんなものじゃない? 誰それが好きって話をしてるときに眉をしかめる、5年生ぐらいの、10歳ぐらいの男の子。
それが和成君で、良くも悪くもその時から変わってないんだよ。高校生が小学生に告白してるんだから、その時点で健全じゃない。――それでも告白を押し付けてるんだから、これは私の自分勝手みたいなもの」
「…………」
「けど、今回だけは言わせて。あんな無茶やったのを注意しないとか、何が恋だよって話だからね」
「…………」
『哲学者』は答えなかった。
ただ黙って、聞き手であることに集中していた。
「和成君。初めてレベルが上がって、どんな感じがした?」
「――今回のことで、2つ分かったことがある」
しかしそれでも、聞かれてしまえば答えねばなるまい。
そして、たとえその答えが遠回りだったとしても。
『聖女』慈は腰を据えて、ゆっくりとそれに向き合うだけだ。
「1つは俺のレベルが上がった場合、溜めた『経験値』相応にステータスが上がってくれることが確定した。もしかしたらレベル1程度の、ステータス値が2とか3で終わる上昇率しかしないかもと思っていたが、そんなことはなかった」
「じゃあ、もう一つは?」
「ステータスの上がり幅が大きすぎること。身体能力が一気に100万倍ぐらいになる都合上、ブラディクスの戦闘センスを持ってしてもレベルアップ直後は満足に動けなかった。実際、真祖との戦いは技術を何も活かせず、『敏捷』の差をゴリ押してから『スペシャル技』で押し切っただけだった」
「つまり、和成君は……」
「ああ、そうだ。俺はステータスという現象を使いこなす自信がない。レベルが上がれば一気に強くなれるが、同時にその力に振り回されてしまう気がしてならない。
……まぁ、それならそれで、やり方を変えるだけではあるんだがな。レベルが上がって『攻撃力』が上がれば、即興魔法を攻撃や干渉に使えるようになる。そうなれば、もっと色んな事ができるだろう」
「…………」
黒竜装甲のヘルメットで表情は隠れているが、声色でどんな表情をしているか慈には粗方想像がついた。
そんな和成の自嘲気味な態度に対し、コンコンと。
「ねぇ、和成君はさ。正直なところ、装甲を邪魔だと思ってるよね」
十字の杖の先で、かすかに『聖女』は和成の黒竜装甲をつついた。鎧の鱗が響く音はとても小さかったが、2人がそれを聞き逃すことはない。『哲学者』が無言だったのだから。
「吸血奇剣ブラディクスの不死性で、低ステータスの紙耐久を補っているのが和成君。だから黒竜装甲を持ってしても、その『防御力』は誤差の範囲。
……なぜなら、誤差の範囲になってしまうような相手とばかり戦っているから。今の和成君は序盤の森の『キキ・ラット』に負けるはずないし、悪群霊相手でも無双できる。そんじょそこらのモンスターじゃ、その黒竜装甲……『ユートピア・ビギニング』だっけ? の上からダメージなんて通せない」
「…………」
「けど、和成君は魔王軍の上澄みとばかり戦ってる。鎧を貫通してくるような、強敵とばかり戦ってる。だから鎧をあんまり使わない。……邪魔にしか、ならないから」
うつむく慈の表情は、静かではあったが穏やかではなかった。
目の前の相手を案じるからこそ忠告を贈りたいが、だからこそ言葉選びに悩んでいる。
一体どのように伝えれば、彼を傷つけずに住むだろうか。
それが、彼女にはわからなかった。
和成が分からないように、慈もまた分からない。探り探りの、しかし他者尊重が根底にあるやり取りがそこにはあった。
「そして、和成君は不当な罪悪感を抱えているんじゃないかって――私は思ってる。自分は死なないという圧倒的なアドバンテージの中で、相手を殺すことにためらいがあるんじゃないか。戦いの中で相手を傷つけても、傷つけられた自分の体は直る。だからそれが後ろめたいんじゃないかって思うの」
「………」
この時、『哲学者』は無言を持って答えとする。
彼の『観察』眼がそう語っていた。
「アナタはたとえ自分が傷つくとわかっていても、誰かを助けるために行動してしまう人。やるべきだと判断したら、自分への損害を飲み込んだ上で渦中に飛び込んでしまえる人。
だから和成君。私はちゃんとレベルを上げるべきだと思う。レベルを上げて、ステータスを上げて、みんなが送ってくれた白鞘や『黒竜装甲』を使いこなして、自分で自分を守れるぐらいに強くなるべきだと思う。
ブラディクスの不死性は全然活かせなくなるだろうけど、ステータスという圧倒的な高みから弱者を蹂躙することになるだろうけど、私はそれでいいと思ってる。そっちの方が、ずっと健全だと思ってる」
「…………」
「一方的な蹂躙で罪悪感を抱いたとしても、『防御力』を上げて壊されない体を作ったほうがいいと私は思う。体を大切にすることは、いつかアナタの心を大切にすることにつながると思ってるから。誰かを傷つけたくないがために、自分を傷つけることを甘んじちゃダメ。
――だって和成君の人生において、アナタがアナタを大事にすること以上に大切なことは、そんなにないんだから」
「……ああ。その意見は、参考にさせてもらうよ」
そして最後に、少年は少女に1つだけ尋ねた。
「慈さん。――無粋を承知で聞かせてくれ。どうしてそこまでの言葉を、わざわざ聞かせてくれるのか」
これに対し、彼女は簡素にこう答える。
「和成君に配慮できなくなった時が、私の恋が終わる時だから」
好きな相手をおもんばかることが出来ないで何が恋だ、おこがましい。――慈 愛美という少女は本気でそう考えている。
そう考えているからこそ、その精神性は『聖女』という『天職』の形で反映された。
純粋かつ真っすぐ。そして自然体で愛を貫こうとしている。その在り方が世界に認められたからこそ、彼女は彼女なのだ。
――と、そんなことを思う和成の耳が、別の足音が等々に現れたのを感じ取る。
(あ、怒ってるスペル先生の『瞬間移動』だ)
その直感は、何処か本能に近いものだった。
「慈さ――」
「甘んじてお説教を受けるのが和成君の義務だと思う」
そして『聖女』がそそくさと退散してすぐ、超『賢者』スペルが和成の傍らに現れた。
「……スペル先生」
「――無茶をしおって、バカ弟子が」
スペルとしては珍しいその言い方に、和成は本気の怒りを感じ取った。




