第306話 エピローグ 其の二
「さて、何から話すべきじゃろうか。思い出したと言っても、儂はもはや魔剣。鉄の国の王子、メルトメタルがそうであったように儂に実感はない。生身のブラディクスはとっくのとうに死に、ここにおるのは魔剣ブラディクス。人としてのブラディクスは、あの時『武器化』の呪いを受け万年を過ごす内に死んだ。――じゃから、最初からすべてを話すしかないのじゃろう。」
「真祖の吸血鬼、サクリファイス・ペイルペイン。生命錬金の天才であった奴は、儂が知る限り最も優秀な『錬金術師』であった。――その才能は、奴の前と後で世界が変わったと言われるほどのもの」
「なにせ、吸血鬼という種を生み出したのはアヤツなのじゃから」
「かつて……というか、おそらく現在においても魔人族領は過酷な環境であるはずじゃ。邪神の本拠地『魔界』より、次元を隔ててもなお漏れ出る『邪悪』属性の力――魔界の瘴気が蔓延する悪夢のような土地。厚い瘴気の雲に覆われ、太陽の差し込まぬ不毛の大地。現在の魔人族と呼ばれる種は、その環境に適応していった者たちである」
「魔人族領に満ちる、生命を歪める『邪悪』属性の力。魂に干渉できる稀少なる属性。マナを食って生きる妖精族の内、森人は暗森人に、天使は堕天使へ変わることで瘴気への耐性を付けた」
「それに目をつけた真祖は、その才覚をもって同じことを人為的に行った。自身を改造し、矮小な身であった古代人の体を、吸血鬼という新種へと作り変えた。自身の肉体情報を書き換え、細胞に『邪悪』属性の不純化の力を分解する器官を付け加えた。これにより全ての人は吸血鬼ないしは魔人族となり、瘴気を栄養とする術を手に入れた」
「……当然、リスクは存在した。『邪悪』なる力を取り込まざるを得なくなることによる、虚弱体質と生殖力の低下じゃ。魂の在り方が歪んだため、不老でありながら大半の者たちの寿命が縮んだ。そして延命のため、魔界の瘴気を取り込み続けねばならなくなった」
「寿命が縮んでいるのに不老不死。それが吸血鬼という、人為的に作られた新種の矛盾。魔人族に共通した歪み。生きるために不老不死の毒薬を飲み続けねばならない、環境に適応したが故にそれ以外の環境では生きられぬ者たち。……儂もまた、かつてはその吸血鬼の一体であった」
「なんのことはない、儂はアヤツの孫娘であったのよ。アヤツが娘を、母を魔王に嫁がせた後に生まれたのが儂というだけのこと。そして母は魔王である父の無数にいる妾の1人にすぎず、儂は魔王のことを何も知らん。結局のところは政略結婚、真祖であるアヤツが権力のため娘を利用したにすぎん」
「じゃが、儂は魔王と真祖、2人の才覚を継いでおった。それがアヤツには気に食わなかったのじゃろう。『天職』を持って生まれなかったアヤツは、自分ができないことが出来るやつが嫌いじゃった。たとえ肉親であっても、自分以上の才覚を許容できなかった」
「結局、あの外道は実の娘である母の魂を生け贄に、血のつながりを利用し生命錬金の奥義を儂に向けた。呪いによってこの身は魔剣へと変えられ、凶刃の性に突き動かされるままに殺戮を積み重ねた」
「そして最後には英雄……真祖であるアヤツのマッチポンプにより、儂は迷宮の底へと封印された」
「しかして、時が流れて現在。その迷宮のコアと迷宮そのものを手中に入れた『悪魔召喚士』の手によって、儂が封印されていた迷宮は『学術都市エウレカ』に召喚された。そこで偶発的にそなたの手に渡って今に至るということじゃ」
そして、全てを語り終えたブラディクスは潤んだ瞳で和成へと語りかける。
それは初対面時の凶暴性を何も感じない、人間臭い少女のようなしぐさだった。
彼女はおずおずと『哲学者』の服の端をつかみながら、言葉を積み重ねていく。
「のう、所有者殿は何時か、元の世界に帰るのじゃろう? ……ならばその時、儂も一緒に連れて帰ってはくれんじゃろうか」
(――可能であるのなら、お前を連れ帰ることはやぶさかじゃない。けど、それは本質的にブラディクスの悩みを払しょくするものではないはずだ。そして、それはお前もそれは分かっているはずだ)
「…………」
(俺は不老不死に興味はない。長生きしたいとは思うが、永遠なんていう一万年生きてスタートラインに立ってすらいない、恐ろしいものに興味はない。諸行無常、色即是空。時と共にいつか終わるのが人生というもの。……だから、いつか必ず絶対に、俺はお前との契約を切る。この体から絶対に不死性を取り除く)
「――じゃが儂は……所有者殿がいなくなったら、凶剣だった頃に戻ってしまう。儂は――再び、かつて人であったことを忘れとうない。今更人であった頃に戻りたいなどと、贅沢を言うつもりはない。どのみち、魔剣として生きた時間の方が長い。故に、人としてのブラディクスは死んだ。ただ、ただ……儂はもう、呪われた剣として、他者を害すという呪縛に縛られておりたくない。凶刃に戻りたくない」
そして、一振りの魔剣は少女のように懇願した。
「お願いじゃ、所有者殿。もしも、もしも帰る時は……儂と共有しとる魂を断ち切る時は――どうか、儂を二度と蘇らんよう壊してから帰ってくれ」
これに対し、和成は言葉を返さなかった。意思の伝達には魂の共有を使い、『ミームワード』を使わなかった。
何故ならそれが、2人だけの秘密にしておくべきものだったから。
☆☆☆☆☆
「和成君。返事はいらないけど、聞いて。――私はアナタのことが好き」
そして目を開けた時。
黒竜装甲をまとったまま、大地に横たわっていた和成の隣に『聖女』がいた。
竜から人に戻り落ちてきた彼を、偶々最初に受け止めた慈がすぐ側に居た。
周りには、他に誰も居なかった。
「…………」
何と答えるべきか和成が迷う中、少女は静かに言葉を紡いでいく。




