第305話 エピローグ 其の一
「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!」」
いびつな、二層の顎と牙を持つ邪竜が吠えた。その全身からは噴き出た血が固まったかのような、棘とも槍ともつかない黒鱗が逆立っている。
誰も、その背中には乗れないだろう。騎乗したが最後、串刺しの刑により命を落としてしまうだろう。それはどこか、拒絶を表しているかのような刺々しい姿で。
竜の凶暴性が前面に押し出された黒竜の姿だった。
「和成君!!」
「――和成くん!」
距離がある中、慈と姫宮は同時に叫ぶ。
他のクラスメイト達もまた、その姿を遠目で目撃し、同時に絶句していた。
紅き月光を受けた影が、どんどん人ではない異形へと変化していく。
「おい、どうすんだよアレ……元に戻れるのか……?」
「『魔獣使い』! こういう時こそ専門家! ヒナの出番じゃねーの!?」
「む、無茶言わないでよハヤテちゃん!? 私に分かることなんて、アレはもう平賀屋くんじゃない新種のドラゴンってことぐらい! あれがまったくの別種、『吸血真竜 ブラディクス・ザ・レッドムーン』ってことしか分かんないよ!」
「……じゃあ聞くが、ああなった平賀屋に暴走の危険は!? ああいう感じのモンスターになると見境なく暴れまわるイメージがあるんだが!? 『哲学者』のアイツなら、『至高の思考』があるから大丈夫なんだよな? だってブラディクスに呪われても正気を保ってたんだから……」
「そ、それは」
「肯定してくれよ『魔獣使い』! じゃあ私達、アイツを倒さないといけないのか? 嫌だぞそんなの、アイツはクラスメイトで、恩人で!」
「そんなの私だってそうだよ! 同級生と戦いたくなんてない! それに平賀屋くんは姫ちゃんの……けど、だって、だって! ドラゴンになった時点で、もう人じゃない! 魂の形が根本から変わっちゃったのに、『職業』なんて持ってるはずがない! 当然、『天職』の固有能力だって残ってるはずがないの!」
「というかそもそも論、ヴァンパイア・ロードを倒せなかった俺達に倒せるの?」
「じゃあえっと、こういう時は――」
「――分かった」
「やるしかないよね」
「姫ちゃん!?」
「慈!?」
そして、誰よりも早く『姫騎士』と『聖女』が正解を導き出した。体力が尽き疲弊しているとは言え、超『賢者』よりも早く。
うなだれている暇などないとばかりに、彼女はクラスメイトのもとへ飛び寄り尋ねる。
「竜崎くん! 『竜騎士』のアナタなら、何とかできるんじゃないの!?」
「………」
「和成くんがこの状況を予想してないなんてありえない! ドラゴンになってヴァンパイア・ロードを倒しても、自分が私達を倒すなんて意味がない!」
「和成君は、絶対にそれを許容しない! だから、何か、何か――残してるはずなの!何かしらの策を!」
「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!」」
歪な竜が吠える中、顔をしかめている『竜騎士』。
そんな彼に、2人の乙女は言葉をかけ続ける。
「竜崎くん! ねぇったら!!」
「わ、分かった分かった! 確かに俺はアイツから指示を受けている。『竜血の契約』でステータスを共有したときに、魂のパスを通して平賀屋の意思を受け取っている……!」
「じゃあ!」
「ま、待ってくれ。だからこそ、レベルが上った今のアイツに精神が飲まれかけてるんだ……! たぶんヴァンパイア・ロードを倒したことで、レベルが更に上がったんだ。ちょっと慣れるまでの時間をくれ。そしたら『竜血の契約』で、アイツの行動に拘束をかける。その隙をねらって――」
そして姫宮の言葉に応じ、彼は『収納』のスキルから1つのアイテムを取り出した。
「これを使え」
「これは?」
「『逆巻き時計』。雄山の『ヒーロー』や法華院の『魔法少女』。そして『騎乗者』乗山のバイクと同じ、なぜだか起きた逆輸入。この世界には本来ないはずの、ゲームにしか存在しない特殊アイテム。……これがあれば、本来なら戻れないはずの和成を戻すことができるはずだ」
☆☆☆☆☆
そして、クラスメイトらの尽力により和成は元に戻ることが出来た。緊急招集された『ヒーロー』の一党や、『最上級魔道士』親切に『勇者』天城まで呼び寄せたもう一つの決戦と共に、『哲学者』は人の姿を取り戻した。
その戻る直前、特殊アイテム『逆巻き時計』を受けた直後。
竜から人に巻き戻るまどろみの中で、同化していたブラディクスと分かれる中で、たしかに彼は彼女と言葉を交わした。
 




