第303話 VSヴァンパイア・ロード 魂の鼓動
吸血真祖の粉砕された体から、こぼれ出る血液が吸われていく。
極小かつ無数のブラディクス、逆立つ黒竜の鱗が、彼の蒼い血潮を吸血しているからだ。ギチギチギチと刃鳴りの音が響く中、ゴクゴクという吸収音まで響いている。
「グ、う、ウゥぅうううううう…………ッッッ!?!? お、オっ、お。オノレ……」
ただし、それはあくまで一時的なもの間だけ。
血液に刻んだ吸血の呪いは、いずれ真祖の生命力によって上書き・解除されてしまう。『錬金術師』の頂点である彼ならば、別の術式で呪いを塗り潰すことも可能だろう。
そのため和成は、吸血奇竜『ドラクル・ブラディクス』へと至った自分の大口を開け、彼の蒼い血液で喉を全力で潤しにかかる。
つまりは人外の吸血技、エナジードレイン『技』の発動であった。
「「『竜飲血食』!」」
灰を油に溶かしているかのような、鉄臭くかび臭い蒼い血液。それを美味に感じてしまう吸血奇竜の舌を駆使して、和成はブラディクスと共に血を飲んだ。
そしてその上で、吸血奇竜の牙を駆使し和成は真祖の肉片を噛み砕く。龍鱗を持って切り裂く、殴りつける。
肩を噛み砕き、五体を切り裂き、頭蓋を砕く殴りつけ。
それら全ての攻撃が一種の捕食であった。
(このまま吸い尽くす! 噛み砕くッ!)
竜の猛攻を受け、サクリファイス・ペイルペインの体が砕かれ始めた。
「《――疑似生命、錬成》!」
しかし、そこは流石の吸血真祖。
彼の立て直しは、『哲学者』と魔剣の想像を超えて早かった。
「《命動せよ、脈動せよ、活動せよ。我が敵を討て! 真理の名のもとに!》」
彼の力ある言葉が呟かれる度、生命錬成の錬金術が発動。砕かれた吸血真祖の肉体から、無数の魔法生物が生み出される。
それは例えば竜の牙から生み出される兵士、ドラゴン・トゥース・ウォーリアーにあたるだろう。その牙から、あるいは髪や血肉から、真祖の力を媒体とした魔法生物が生み出された。
「《二足で立て、翼で飛べ、牙を突き立てろ! 動き出せ、我が肉片という名の従僕ッ!!》」
吸血真祖の牙より生まれし白の兵士、『ヴァンパイアロード・トゥース・ウォーリアー』。
同じく、真祖の血肉より生まれし蒼血の兵士、『ヴァンパイアロード・ブルーブラド・ウォーリアー』。
そして、彼の銀髪より生まれし銀の兵士、コウモリの毛皮と皮膜の鎧を持つ『ヴァンパイアロード・シルバーバット・ウォーリアー』。
錬金術によってブラディクスの『吸血の呪い』が塗りつぶされた結果、エナジードレインを強制解除した状態で、三者三様、蒼・白・銀の兵士たちが紅月の夜の中飛び回る。
そして、ヴァンパイアロードの肉片から生まれた兵士たちが『ドラクル・ブラディクス』へと攻撃を開始。
あるものはあるものは和成から真祖を引き剥がし、和成と真祖の間に手立ちはだかり、あるものは全く別な方向へ飛び去っていく。それは、姫宮たちが置いて行かれた場所だった。
――1人と一匹は、いつの間にか真祖のダンジョン付近に移動していた。
「……グ、ぐは、クハハハハ! 教えてやろう。生み出したゴーレムの強さは、真祖たる我を10とした場合7を超える。きゃつらを今、貴様の仲間らへと向かわせているところだ!」
「「――知っている」」
しかし、和成は動じない。
何故なら、真祖なら何時かそれをやると見抜いていたから。
そして、これに対処するための作戦を用意しておいたから。
「……何だと」
「「お前ならそれが出来るだろうと思っていた。お前ならそうするだろうと思っていた。――だからわざわざ、血の刃を飛ばしておいたんだ! それは今、『竜騎士』のもとに届いている!」」
「――まさか、貴様!」
☆☆☆☆☆
そして、高速で夜空を飛び回る和成に、すっかり置いて行かれた『姫騎士』や『竜騎士』たち。
そんな彼ら彼女ら目掛け、真祖の白牙・蒼血・銀髪から生み出された兵士が飛翔する。
しかしそんな中でも、慌てる者は誰もおらず。
和成が真祖との戦闘の中、繰り出していた血の刃の1つを握りしめる、『竜騎士』竜崎だけが前に出ていた。
形状は赤いナイフのような刃だが、その切れ味は日本刀級。よって軽く握るだけで、その手のひらには傷がついていた。
つまりは黒竜の血と、『竜騎士』の血が混じり合う。命の一部が、混じり合う。
よって『竜騎士』竜崎の、固有技能の条件達成。
「――『竜血の契約』、発動」
☆☆☆☆☆
「自ら隷属の道を選ぶだと!? そうまでして勝ちたいか!」
「「お前なんぞに、殺されたくない奴がいるだけだ!」」
ドラゴンと魂のパスを繋ぎ、ステータスを共有する特殊技術。
これにより現在、和成は竜崎とステータスを共有している。合計されたステータスを所有している。
吸血真祖からしてみれば、まとめて薙ぎ払える程度でしかない竜崎のステータス。数百単位で、束になって来られても薙ぎ払える『竜騎士』のステータス。
しかしその小さな差が追加されたことで、和成は一気に加速。間に立ちはだかるゴーレム群を超えて、距離が一瞬で詰められた。
そしてこれこそが、吸血真祖が最初からゴーレムを生み出しはしなかった理由。結局、接近戦に持ち込まれてしまえばどんな雑兵も無意味でしかない。それは『ヴァンパイアロード・ウォーリアー』という、自身の血肉から生んだ最高クラスのゴーレムであっても――吸血真祖の戦いにはついてこられないのだから。
☆☆☆☆☆
「『ブレス・ザ・ブラディクス』!」
ステータスを共有しているということは、魂を共有しているということ。魂の在り方を共有しているということ。
よって契約を交わしたドラゴン限定で、『竜騎士』はその力を行使できる。
つまりは『ドラクル・ブラディクス』固有のブレスを、血液が血球の集合であるのと同じように極小かつ無数の魔剣で出来た吸血の息を、吐いて攻撃することに問題が生じるはずがなかった。
☆☆☆☆☆
離れた場所で、向かわせた兵士たちが一掃されたことを吸血真祖は理解する。
吸血を防ぐという点では真祖の選択は優れていた。
しかし、生み出したゴーレムはなぎ倒されるだけ。敵の猛攻を防ぐという点においては無意味だた。
そして夜闇の中、赤と蒼の閃光が連続。黒い魔剣と蒼色の血刃がぶつかり合い、一秒も経たないうちに幾つもの火花が散った。
距離を取る訳にはいかないとばかりに踏み込んだ和成が、超々近距離で竜の言葉で気合を入魂。
これに対し、吸血真祖もまた声を張り上げた。
「――『魔剣竜爪』」
「――『吸血鬼剣』」
「『紅血一閃』!!」
「『蒼血一閃』!!」
やはり自分と渡り合える相手に対し、自分より弱い兵士を幾ら生み出す意味などない。しかもこの時、破壊された魔道生物たちは力を吸収されている。
更には魂のパスを通じて、『竜騎士』がドレインしたエネルギーは目の前の黒竜へと送られる。もはや『錬金術師』としての自身の専門分野、生体ゴーレムの生成は二重三重に意味がなかった。
よって、吸血真祖は切札の使用を決意する。
「《生命錬金、ストック開放! ――――『九つの命』!》」
「「――――!!」」
それは、全自動で発動する命の残機。彼が人生をかけて収集した、九つ分の魂。
(……ずっと、気づいていた。ブラディクスの生命感知で、真祖の中にそれらが宿っていることは分かっていた。――だが、それを吸い尽くす機会を見つけられずにいた。
『聖女』の支援、『賢者』の妨害。ブラディクスとの合体、竜化、『竜血の契約』。全ては、これだけ積み重ねてもなお、あと一歩届かないから! その上で疑似放射線爆弾を爆発させられないよう――立ち回る必要があるから!)
「分かるか貴様、この意味が! 命の残機が9つあることの意味が! すなわちこのサクリファイス様には9回の殺害を必要とし、実に魂九つ分! 9回もの『スペシャル技』を行使できるということ!」
「「――ハッタリはやめろ。使えるものは何でも使うお前が今まで使わなかったんだ、そこには使えないだけの理由がある。例えば――『天職』ではないから『スペシャル技』を使えなかった、とかな」」
「……!!」
何故分かったと目で訴える彼に対し、淡々と和成は答えた。
「「研究資料を盗み見た。その中にあったぜ、“どうすれば後天的に『スペシャル技』が使えるようになるのか”ってな。――お前は堕天使の長の遺伝子から、魂の奥底から力を引き出す方法を奪い取ったんだな」」
「…………」
攻防の激しさが増す中、黒竜と真祖の間で自然と言葉はつながっていた。
「「9回もの『スペシャル技』が使えるってのは本当だが事実じゃない。魂から湧き上がる命の力は、生きている限り1日で補充されるが――それは本人が持って生まれたたった1つにだけ許されたもの。仮の命、仮の魂から無理に力を引き出せば、その末路は消滅だ。
お前が使える9回の『スペシャル技』は使い捨て! 使えば使うほど、命の残機が減っていくと見た!」
「……チッ」
「「どうやら当たっているらしい。更に付け加えるなら、お前の9つの命は外付けの命。自分自身の命が1つ分だけ残っている。だから、本当は10回殺されなければ死なないというのが正しいはずだ。そしてその自分の命の分であれば、『スペシャル技』は行使できる」」
「………クカカカ」
「「姑息だな。嘘をつき、9回目で油断したところを狙うつもりだったか。もっと言うなら詠唱の隙が与えられると思ったか。
もっと言うなら、この高速の戦いの中、9つもの『スペシャル技』を詠唱できる時間があると思ったか」」
「――クカカ、クカカ、クカカカカカカ!!」
和成の煽りを受けて、もはや。その頂点達した怒りは、嘲笑うしかないという領域にまで真祖を怒らせていた。
「逆に言えば一度でも! 発動しちまえば! そのまま貴様に何度も撃ちこんでやるということよ!!」
距離を取ろうと高速で飛ぶ吸血真祖。
させてたまるかと肉薄する吸血奇竜。
蒼き鮮血の迷宮『カズィクル・ペイル・キャッスル』の上空で、DNAを思わせる螺旋軌道の斬り合いが続く中、とうとう真祖の強引な『スペシャル技』の発動により、戦況が変わった。
「蒼い月は――」
ザシュ、どしゅ、ガシュッッ!!
ヴァンパイア・ロードは敢えて攻撃を受けた。五体を引き裂かれ、力ごと血を吸われながらも、スペシャル技の前口上を述べ始めた。
命をかけることぐらい、お前に出来ることぐらい、このサクリファイス様にも出来るんだよと言わんばかりに。そんなこと、上等だ。――やってやると言わんばかりに。
そこにあったのは、自身の尊厳を踏みにじろうとする者への純粋な怒り。蒼い血をまき散らす彼は、真っ赤な激怒に突き動かされるままに動く。
今まで自身が踏みにじって来た、命への尊厳など棚に上げて。
そして、最後の一言が呟かれた。流石の『ドラクル・ブラディクス』でも、その一言は止められなかった。
「出ているかッッ!!」
彼が見上げた、吸血鬼の蒼い瞳の中に。
欠けることのない満月が浮かんでいた。
それと同時に、雲一つない昼空に月と夜が出現。
満月は彼の瞳色に染まるまま、輝いていた。
――次の瞬間には、和成は蒼き月光に拘束。重力にこの世の全てが縛られているように、『ドラクル・ブラディクス』は月光に縛られた。
今一時、物理法則は吸血真祖へ味方する。
その『スペシャル技』の、主である攻撃が始まる前。前段階を受け、和成は――
「「整列せよ。隊列を組め、12の魔剣、黒翼の刃!」」
自身もまた、『スペシャル技』を使用する覚悟を決めた。
そして蒼き月の光が黒竜をスポットライトのように照らす。
「『蒼き月の一撃』!!」
それは自然現象に吸血鬼の特性をのせた攻撃。対象の生命力を吸い尽くす、究極のエナジードレイン。事象そのものを己の『武器』にして放つことにより、攻撃の主体は『スペシャル技』の使用者ではなく世界へと移る。
――つまりは、ステータス現象そのものが牙をむいてくるということ。あらゆるステータスを無視して、生命の格など関係なしにその攻撃は放たれる。
事実上の、確殺技だった。
「グ、ゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!?!?!?!?!?」
しかし、そんな中でも『ドラクル・ブラディクス』は耐えていた。
蒼き月の一撃を受けながら、月光を通じて生命力を精も根も根こそぎ世界に吸われながら、『スペシャル技』の詠唱を続けていた。
「「悪魔・竜・吸血・牙!」」
「――――!? 何故だ、何故全てをドレインできない!! レベルをドレインできない!! まさか、まさか貴様――」
和成には彼とブラディクスとで、魂が2つ分ある。『蒼き月の一撃』は強力だが、それで吸える魂はきっかり1人分。
吸血真祖の精度が高く、無駄なく丁度1人分の命だけを吸い尽くすが故の結果。
魂を知覚できるブラディクスと和成が、共に竜へと至った強化版が今の姿。つまりは吸われても構わない部分をドレインさせ、他の部分をより分けることが可能となる。魔剣と所有者、魂2つ分。合わせて、それぞれ半分捧げれば――まだ半分ずつ残すことが可能!
魂の精緻な操作という点において、ブラディクスは吸血真祖を超えていた。妖精から魂の知覚方法を直接、教わっていたのだから。彼にそんな技術を教えてくれるものなどいなかったのだから。
「レベルが1しかないのか? そんな、そんな馬鹿な――――!!!!!」
「「――噛み砕け、『竜血鬼剣・暴飲暴食/命』ォォ!!」」
鮮血の邪竜へと変わった和成の、背中に浮かぶ6対の翼。黒い龍脈の力をまとう12の魔剣。それらが詠唱が終わった途端、血のようなエネルギーに包まれる。
それらが一斉に宣言と共に、自律駆動を開始した。
真祖めがけ、隊列を組んで突撃からの食らい付き。
「おのれ! 《生命錬金》!」
なりふり構わず吸血真祖はゴーレムを作成。爪、牙、身、髪を自ら引きちぎりながら、無数の肉壁を創り出す。
ヴァンパイア・ロードから生まれたゴーレムたちは、本来であればヴァンパイア・ロードの不死性を受け継ぎ再生能力を持つ。
しかしエナジードレインの機能を持つ魔剣の前では、それらの力は一切発揮されなかった。
立ちふさがる魔道生物たちを、上下共に6本ずつ牙のように並ぶ12の魔剣が、まるで噛み砕くかのように斬り砕いていく。
つまりは容易くエナジードレイン。逆にパワーアップしていくだけの、餌であった。その速度を落とすことすら出来なかった以上、盾としての意味は一切ない。
その鬼歯の戦士を砕く様は、まるで吸血鬼による噛み砕きのよう。真祖を狙い迷わない様は、獲物を狙う獣の牙のよう。
竜の咬牙のように、12の魔剣が夜空を飛ぶ。12の牙は、ひと纏まりの魔剣として吸血真祖を狙う。
「待て貴様、よいのか! 今すぐ止めねば我が研究成果、圧縮されし猛毒の光を炸裂させ――」
「「知らん! お前がそれを為す前に、俺がお前をぶっ殺す!!」」
「このサクリファイス様が死ねば、あの装置は維持できなくなる! 貴様は自らの手で、毒を世界にバラま――」
「「それを何とかする策は、既に考えてある!」」
――そして、直撃した。
牙の如く並んだの魔剣の咬合により、ヴァンパイアロードの全身が噛み砕かれる。
しかしてこれにより、ようやく『スペシャル技』の本領が発揮。
その技の本質とは、エナジードレインにあらず。魔剣がメルトメタルとの共闘、ソウルイーター・キメラとの戦闘を通して見につけた新技術。
魂の欠片を食らう魂喰いこそが本質。
すなわち、レベル・ドレイン。敵を倒すことなく魂を己のものにする外法。
この技が狙うは生命力にあらず。相手の魂の欠片、『経験値』を捕食するための『スペシャル技』である。
「「――ようやくだ、ようやく溜まったぜ800万! ――今こそ、レベルアップの時!!」」
そして今、和成とブラディクスの生命の格が上昇した。




