第301話 VSヴァンパイア・ロード 血戦の後半戦、開始
「これでヴァンパイア・ロードは血液の武器を使えない。自らを傷つけてしまうような強引な暴力もふるえない。それをした時点で、こぼれる血潮は全て魔剣に奪われるのだから」
スペルの呟きを聞く吸血真祖の額に、深々と青筋が浮かんでいた。
そしてギリギリ、ガリと真祖の牙から歯ぎしりの音が響いた次の瞬間。
ヴァンパイア・ロードはマントを翻しながら、和成めがけ飛びかかった。
伸ばされた爪と、ブラディクスの間で火花が散る。
「『空域拡張:ワンド・ワイド・ワールド』」
そしてその一瞬のうちに、スペルは魔法陣を構築。空間の引き伸ばしにより、和成は真祖を目前としながら、距離を取ることに成功させてもらった。
(――この戦いは、吸血能力持ち同士の不毛な戦いだ。血液が最強の武器であると同時に、相手を強化してしまう餌でもある。俺は『血斬』を使えないし、吸血真祖も錬金術で生み出した蒼血の武器を使えない)
互いが互いの弱点をつける。互いの技を無効化出来る。
だからこそこの吸血の戦いは、
「『敏捷強化』!」
「『瞬貫加速:カット・ザ・タイムラグ』」
吸血能力に頼らない戦いへと発展する。
遠隔で『聖女』と『賢者』から支援を受けた、魔剣使いの『哲学者』。彼が武器に選んだのは、流動する液体金属だった。
「メルトメタル、起動。――『龍脈術』発動!」
更に中間領域の不毛の大地の底の底。地底の最奥でかすかに流れる龍脈から、『竜』属性の力を引き出し青銀の武器に練り込んだ。
「《――疑似生命、錬成》《二足で立て、真理エメスの名のもとに》」
対する吸血真祖は自身の銀髪の一部を切り取り、そこに命を吹き込んだ。
「竜の牙から生み出される兵士、ドラゴン・トゥース・ウォーリアー、竜牙兵というものを知っているか。アレは竜の牙という素材を元に、上質なゴーレムとして加工したもの。
すなわち生命の格が竜に匹敵するこのサクリファイス様であれば、その髪の毛一本一本が極上の兵士となりうる」
彼の力ある言葉が呟かれた時、生命錬成の錬金術が発動終了。真祖の力を媒体とした魔法生物、生み出された。
それはヴァンパイア・ロードの銀髪より生まれし銀の兵士。年老いてなお頑強な、コウモリの毛皮と皮膜の鎧を持つ獣人のような戦士だった。
「名付けるならば、『ヴァンパイアロード・シルバーバット・ウォーリアー』」
その数、実に無数。乱雑に斬られた髪のかけらから、何体もの魔法生物が和成めがけ飛翔した。
「空間操作の弱点はこれだ。特に距離を引き伸ばすタイプの大魔法は、巨大な一撃を防ぐならまだしもソレが複数となるときつくなる。伸ばさねばならぬ距離が増え、捻じ曲げねばならぬ空間が増すからだ。
よって細々とした複雑な動きをする物では調整が難しい。その分、使用者に負荷がかかるもの」
「―――グ……」
「さぁ、このサクリファイス様が生み出すゴーレムは我が分身に等しい。人族における『軍師』よ、一体どうする? 貴様に何か策は――あるか?」
そして銀髪より生み出された無数の魔法生物が、コウモリの翼を刃に変えて、一斉に和成を襲いにかかる。大半はスペルの魔法により届かなかったが、しかし明らかに個体によってムラが生まれ始めている。
よってそのまま、たった一体だけではあるが、その攻撃が和成に届いた。
「『邪斬』ッ!!」
コウモリの獣人のような魔法生物の、銀色に輝く翼の斬撃。これを龍のごとく流れる液体金属で受け止めた和成は、ブラディクスの黒い斬撃で切り裂いた。銀髪の戦士の胴が2つに泣き別れ。
「……一体ずつであれば対処可能とでも言いたいか。――甘いわ。それは我が分身、体の一部から生み出されしもの。ヴァンパイア・ロードの不死性ぐらい当たり前のように有しておるわ!」
しかしてコウモリの翼を持つ、銀髪のゴーレムは瞬く間に再生。自身の体毛を細く伸ばし、和成の四肢に絡みついていく。
「――慈さん、姫宮さん!」
だが、和成がエルフの白鞘を掲げた時。
その地点に向けて、浄化と光の攻撃が同時に放たれ吸収された。
「ゴーレムには通常、核というものが存在する。だがお前のゴーレムにはない。お前のゴーレムは全身に刻まれた術式によって、何処を壊そうと稼働し続ける。――逆に言うと、その術式を解呪すれば――」
そして和成が白鞘で殴りつけた瞬間、白い閃光が炸裂。銀髪の兵士は髪束に戻り地に落ちた。この時、和成自身は『黒竜装甲』により無傷。
「もう、再生はしない」
「……初見で秘蔵の仕込みを見抜くでないわ。ならばこれはどうする? そうこうしている内に、ほら――100体が貴様に手を伸ばしているぞ」
「だったらもっと、もっと燃料をくべるだけだ! 『龍脈術』!」
直後、和成が叫んだ瞬間、龍脈から流れる『竜』の力がより一層供給。そしてその力が浄化魔法に、光の攻撃に注がれることで、『聖女』と『姫騎士』の攻撃は威力を増していく。
「『セイクリッド・ハイ・クリアー』!!」
「『太陽の聖剣の一撃』!!」
更にそこに、スペルのワープによる2人の攻撃が追加されたことで、最終的に、成にまとわりついていた100のゴーレムは完全に燃え尽きた。
「術式の解呪、素体の焼却。共に完了!」
「――だが、そんなゴーレム程度まだまだ生み出せる。よって倒し続けるには『龍脈』から力を汲み続けねばなるまい」
減った分を埋め尽くし、更に上回るようヴァンパイア・ロードはゴーレムを再生産。不死性からすでに切り落とした部分が戻っていた銀髪から、いくつもの兵士が生み出される。
「ああそうだ、足りない、足りない! もっともっと龍脈の力を引き上げねばならない! だから俺は――龍脈と魂のパスを接続する」
「……死んだぞ、貴様。それをしたなら貴様の死は確定だ。竜の力を浴び続けた者は死ぬ。どうしようもなくその存在は消滅する」
「――――みんな、頼む!」
吸血真祖を無視して和成の言葉が叫ばれた瞬間、ヴァンパイア・ロードは転びそうになった。生み出した銀髪のゴーレムたちが、何体かあらぬ方向へ飛んでいった。
スペルの空間操作が解除されたからだ。
そしてそのすきを突いて、『聖女』と『姫騎士』の攻撃が同時発動。『神聖』属性と『光』属性の攻撃が、和成と周囲のゴーレムたちに直撃し――
「『龍脈術・森羅増超』!」
竜の力の増幅の性質を利用した、和成のアシストにより『攻撃力』が増大。周囲の魔法生物を纏めて吹き飛ばした。
「――愚かなり」
残るは、大本の存在であるヴァンパイア・ロードだけ。
そして和成の全身には、肌の一枚下から今にも飛び出そうとするエネルギーが満ちていた。うずく筋肉、血液の脈動、心臓の鼓動に応じ、ドクンドクンと皮膚を破ろうとする力がある。
その正体は魂だ。
『龍脈』と魂のパスを繋いでしまったが故に、強制的に流れ込む『竜』の力。増幅の性質を持つエネルギーを吸収しすぎた結果、和成の魂が暴走する命となり、肉体から飛び出そうとしている。彼という肉体を飛び出ようとしている。
その過程で、和成という器、体を壊そうとしている。
これを目撃して、真祖の吸血鬼サクリファイス・ペイルペインは嘲笑う。
「愚か、愚か、フハハハ! 愚か者め! わざわざ悪手を選ぶとは!」
「――笑うな……」
「ん?」
「和成くんの覚悟を笑うなぁ!!」
結界の中、『姫騎士』は叫んだ。しかしヴァンパイア・ロードからしてみれば、その光景は無様極まりないものでしかない。
どれだけ叫ぼうが姫宮は壁の向こう、結界の中で守られているだけ。安全圏から喚いているだけ。だからこそ吸血真祖は嘲る笑みを浮かべ、和成をいたぶりつつ挑発の意を込めて会話に応じる。
そしてそれは、会話というには一方的なものだった。
「ハッ! 同胞が死力を尽くす中、壁の内より出ること叶わぬ弱者が何をほざく。説得力が皆無であると何故気づかん」
「――ッ! うるさい!」
「ククク、知らんのなら教えてやろう。あの男が使っておるのはな、竜人族の秘術、『龍脈術』の禁忌! 龍脈の力を過剰に引き出すことにより、魂を歪め人の器を捨て、命を捨て、新たな龍を生み出すのがあの技よ!
分かるか? アレは竜へと至るのではなく、新たな竜を生み出すだけの技。つまりは効率が悪すぎる劣等技術。魂1つ使い捨て、それを元にしたドラゴンを創造する程度! 所詮、大本と大差ない竜が一匹体から飛び出すものでしかない!」
「…………」
「例えば軍団相手であればドラゴンは有効だろう。魔獣大量発生相手であれば、その巨体も竜息も効果的だろう。
――しかしだ、『龍脈術』はこのサクリファイス様のような圧倒的な個を相手取るには力不足! 圧倒的に向いていない! アレは数の暴力を何とかするための最終手段であって、個の暴力に対抗できる圧倒的な個へと、己を鍛えるものではないのだ!
だからこその竜魂転生、その名称! 転生とはすなわち、別の存在になるということ!武具も、技術も、知識も!何もかもを捨てたがらんどうのトカゲ一匹、生み出すだけ! ――それでどうして、このサクリファイス様が倒せるということがあろうか!」
「……そう。じゃあ、じゃあ――」
だが、姫宮は和成を信じていた。『ミームワード』で伝えられた、『哲学者』の意思を信じていた。
彼がそんな無駄なことをするはずないと、固定された答えは微塵も揺らがない。それは『聖女』慈も同じなはずだ。超『賢者』スペルも同じなはずだ。しかし2人は和成のサポートに徹している以上、それは私が言わなければと姫宮は思う。
そしてそんな『姫騎士』が見つめる先、『哲学者』の右手では、吸血奇剣ブラディクスが握り締められていた。
「魂が肉体に宿ったまま、竜になった場合はどうなるの」
「………?」
直後、ドクンと。
巨大な心臓が動き出したかのような、鳴動の音が鳴り響く。
「――――?」
頭に疑問を浮かべながら、吸血真祖の分身のひとつが和成の黒竜装甲を砕いた。ヒーローのマスクのようなソレは、邪竜の鱗を組み合わせて作られたパズルのようなもの。許容量を超える衝撃を受ければ、勝手に自壊することで衝撃を外に逃がす。
「――貴様、それはッッ! その、呪いは!!」
その瞬間、真祖に動揺が見て取れた。
フルフェイスの仮面の下の、脈動する赤い刺青を知ったからだ。流れ続ける呪いの気配を感じ取ったからだ。
壊れた装甲から覗ける和成の顔。そこに刻まれたものを見るだけで、その刺青が全身に伸びていることが錬命の吸血真祖には理解できた。
刺青の中で、流れる邪悪なる呪いも力が赤黒く輝いていることも同様に。
つまり竜へと転じようとしている和成の魂と呼応するかの如く、ブラディクスの呪いが輝いていた。
そして、肉体から飛び出そうとする竜魂が――魔剣の呪いに縛られ離れない。
「アレはブラディクスの呪い。魂を肉体に縛り付けて死ねなくさせる、吸血奇剣ブラディクスの呪い! もしも魂だけが龍になるんじゃなくて、和成くんの体と魔剣が一緒に竜へ至った場合――」
――いったい、どうなるのかな!
そう勝ち誇る姫宮には確信があった。アレをやられたが最後、真祖の吸血鬼にも負けの目が生まれると、そう確信していた。
「おのれェェェェ!!!」
そしてそれは的中していた。ヴァンパイアロードは即刻即決で、脇目も振らずに『竜魂転生』の阻止へと動いたのだから。
そう認めていたことを示していた。
「『龍脈術・外法、竜魂転生―――』」
「待ァァァァてェェェェェェ!!!!」
爪を伸ばした、届いた瞬間に心臓を掻っ切るための前傾姿勢。
何百年かぶりになる全力疾走、必死の形相。
「させん! 絶対に、させェェェェェェ――――!!!!!」
それらを行使するということが、既に彼の胸中を屈辱で埋めている。
だがしかし、何百年ぶりかに発揮される本気、だからだろう。
錆びついた体で全力が出せるはずもなく、むしろ本気を出そうと力が入り過ぎていたからこそ、強張るその手は間に合わなかった。
「『――呪縛発動』!」
そして最後の一言が呟かれた時。
和成の体が、竜へと変じ始めた。
 




