第300話 VSヴァンパイア・ロード 劣勢の前半戦、終了
緑衣の外套を揺らす超『賢者』は、『聖女』慈の結界内部に明けた次元穿孔を潜り抜け現れた。
彼はそのまま魔王軍七大将が1人、吸血真祖サクリファイス・ペイルペインへと語り掛ける。
「――戦争開始より少しづつ上げてきた戦線を、まさかここで叩くとはな。貴様ほどの兵力を前線に出すことなく取っておけるとは、死してなお儂らは『軍師』の手のひらの上か。
或いは、貴様が出張らなければならないほどに魔王軍もまた追い詰められているのか」
「……なんぞ、ジジイ。新鮮な血液など一滴も残っておらぬ、枯れ果てた年寄りに興味はない」
「ジジイにジジイと呼ばれたくはないのぅ。年齢だけなら貴様の方が上じゃろうて」
吸血真祖もスペルもその頭髪は色の抜けた銀髪で、共に豊かな口髭を蓄えて相対している。その眼光はどちらも剣呑で、友好的な気配などあるはずもなかった。
「貴様は血の巨人を用いて5つの地点にダンジョンを製造。そこを起点に五芒星の大魔法陣を描き、大規模な錬金術を使う予定じゃったろう。――しかしそれはもう防いだ。『勇者』、『魔導士』、『ヒーロー』、『魔法少女』。
各地で有志達が妨害に成功した。ダンジョンの素体となる血の巨人はやがて駆逐されるじゃろう」
「――ああ、そうか。そういうことか。貴様が人族における、魔王軍の『軍師』か。
殺す」
吸血真祖の狙いを阻止して見せた、超『賢者』スペルの言葉を聞いて。
ヴァンパイアロードは怒るでも憤るでもなく、迅速に彼の命を絶つために動いた。
そのまま『聖障壁』に、自身の腕が壊れる威力で斬りかかったのだ。聖障壁の維持に心血を注いでいた慈が、改めて杖を握りしめる隣で姫宮は思う。
「体が壊れることを無視した、リミッター無視攻撃……!」
(やっぱりコイツ、全然追い詰められてなかったんだ! 全然本気じゃなかったんだ!)
折れた骨が『聖女』の壁にはコウモリの黒翼が刃として食い込み、深いヒビをいれていた。
それは何てことのない、姫宮からしても予想の範疇にある方法だった。きっと和成だって同じことが出来るし、薬物を頼れば彼女自身にだって出来るやり方だ。
ただそれを、圧倒的なステータスを持つ吸血真祖がやることが絶望だった。
不老不死とは、魂の欠片こと『経験値』を取り込むことで強くなれるこの世界において、それを際限なく行える力。
つまりは、いずれ神をも超えうる力。
その力を積み重ねた吸血真祖のステータスは高く、『攻撃力』も『防御力』もそれ相応。
不死性に任せて肉体を無視した単純な殴打であっても、むしろだからこそ使いやすい、シンプルな暴力として成立する。
「は、颯ちゃん……」
「落ち着け。……とにかく落ち着け」
聖障壁の内側で守られている、『魔獣使い』熊谷は『騎乗者』乗山にすがりついて怯えていた。
「マジでどうすりゃいいんだよ、俺たちは」
その隣で、外に出ることすら出来ない『竜騎士』竜崎も、握る剣を捨ててしまいたい衝動にかられていた。
だからこそ冷静だったのは――
「焦るな、皆の衆。『空域拡張:ワンド・ワイド・ワールド』」
超『賢者』スペルただひとりだった。
彼の魔杖の先にて複雑な魔法陣が現れ、そこに流される適切な魔力量が詠唱によって現象化。
距離という形で顕現する。
杖を掲げた、それだけで。世界の幅が広がった。
「――そうか、貴様の魔術は空間操作か! おのれ届かぬ!」
結界の中のスペルたちに、向ける真祖の攻撃は絶対に届かない。
何故なら結界そのものを殴ろうとする彼の拳が、物理的に離れているから。
空間が歪み、距離を取らされてしまっているから。
たとえ全力で振りかぶろうとも、ヴァンパイア・ロードの拳は結界との隙間を数センチ残し先に進まない。真祖の周囲のねじれた空間が距離を生み出し、数センチに圧縮された数百キロとして存在してしまっているから。
「ならば――!!」
とばかりに、ヴァンパイア・ロードは血の杭を射出した。
物量で攻める、雨の如き杭の群れ。串刺しの嵐。
しかしそれらは届かない。
やはり、物理的な距離があるからだ。空間が歪んでいるからだ。
まるでその場で停止しているかのように、真祖の攻撃は飛び続けている。
「――おのれ、おのれ、おのれッッ! だがな、だから何だ! たとえ最高峰であろうとも、そのレベルで空間を歪めるなど長く持つはずがあるまい! 所詮は短時間、そんな時間で何が出来る! 何も出来まい!」
つまりは当然、わめくヴァンパイア・ロードの声も相応に小さなものになっていた。
スペルは揺らぐことなく、繊細に空間へ干渉。
「『次元壊・断裂:バースカラ=アインザック』」
吸血真祖の五体を、ステータスを無視して引き裂いた。
「キサマァァァァァ!!」
目に見えるほどに近い場所で、しかし何処か遠い場所で、ヴァンパイア・ロードは叫び続けている。
スペルのそれは、『最上位魔導騎士』ハピネスと、かつて和成をエルフの森に飛ばした『肉龍の災禍獣』グラムの力を合わせたもの。
足したまま2で割らない、2人の上位互換とまで言える代物だった。
――だからこそ、彼はその力を積極的に使えない。
「……ゲホッ! ゴホッ!」
「スペルさん!?」
「大丈夫か爺さん!?」
杖に体を預け咳き込む彼に、熊谷と乗山が慌てて駆け寄った。
「問題ない、ありがとう。……これで拘束には成功したが、逆に言うと拘束以外何も出来ておらん。アヤツを倒し切るには、儂らではまだ足りない」
「じゃあ、じゃあどうすれば――」
「……『聖女』殿」
そして、スペルはある一方を指差し言った。
「あの方向に、『中級浄化魔法』を」
「『上級浄化魔法』ではなく、ですか?」
うむ、と頷く超『賢者』を信じ、慈はその方向に浄化の力を放つ。
それは泡のように白く、美しい魔法砲撃だった。
☆☆☆☆☆
その瞬間を『千里』眼で目撃していた和成は叫ぶ。
「ようやく来た、ちょうどいいタイミング! ハピネス、頼む!」
――『死霊伯爵のペンダント』をここに!!
あらかじめ繋げておいた即興魔法『伝』を通し、何処か別の場所にいる王女に『哲学者』の声が届く。
そして次の瞬間、彼の手の内には、『最上位魔導騎士』による『送り出し』の魔法で必要なものが握られていた。
「死霊のスキル『神出鬼没』、――発動!」
☆☆☆☆☆
白い浄化の光の中へ、ハピネスから受け取った『死霊伯爵のペンダント』により和成は不意に現れる。
(イデでででデデデッッ!? 浄化のちからイデデデデデッ!?!?)
そしてその体は『セイクリッド・クリアー』に蝕まれていた。
血管を流れる魔剣の呪いにより、和成の魂は肉体に縛り付けられ不死性を保っている。だからこそ、血液中の呪いを『浄化』されることは魂の剥離、すなわち死につながる。
よって和成の体内では呪いのエネルギーが浄化のエネルギーと反発しあい、バチバチと呪いと浄化の放電として暴走。そのまま体を焼いていた。
(中級魔法だったから飛び込んだが、上級魔法だったら耐えられなかった!)
その手には、かつてエルフの森でグリン・グリン・グリーンから渡された『セイントモミの白鞘』が握られている。『職人』城造が腕によりをかけ、ディストピア・エヴァーの鱗で補強したそれには『神聖』属性のエネルギーを吸収する効果がある。
(だがこれでいい、これで除染は完了した!)
弱点を補う白鞘という『装備』を担保に、被爆した和成の疑似放射線は浄化・消滅。浄化の力の過剰な分は、白鞘の方に吸収された。
そのまま彼は流れるように、『神出鬼没』のモヤの中から『黒龍装甲』をまとい現れる。
「あ、あれは――」
それは他のクラスメイトからすれば、灰色のモヤをまとった何者かが唐突に、白い浄化魔法の光の中から幽鬼のように、ユラリと姿を表したように見えた。
「何だお前、闇堕ちした仮面ライダーか!? ウルトラマンか!? 戦隊ヒーロか!?」
「ひょっとして仲間を助けられなかった雄山くんの、レベルアップの派生系……?」
「そんな、まさかそんな凶々しいスキルツリーがあったなんて……」
「らしくないよ雄山くん! 『ヒーロー』の天職がめっちゃ似合ってた、ポジティブな君はどこに行ったのさ!」
それは『黒竜装甲』のフォルムもあって、それは非常に誤解を招く風貌だった。
「全員、違う! 俺だ、平賀屋和成だッ! ――スペル先生!」
しかして、こういう時に便利なのが『ミームワード』だ。
和成の言葉に一行は強制的に納得させられ、名前を呼ばれた超『賢者』はその指示に従う。
「『次元間転送:アポートシス』」
そして、和成の手から吸血真祖へ向けて槍のように『セイントモミの白鞘』が投擲された時。スペルがシャンと魔杖を鳴らすだけで、浄化の力を含んだエルフの鞘は吸血真祖の心臓の位相へと転送。
空間を超え、ヴァンパイア・ロードの核とでも言うべき場所に突き刺さった。
「グ、アァァァァァァッッ!?!?」
「――『聖女』の浄化技の、『神聖』属性が染み込んだエルフ族の白鞘だ。吸血鬼には効くはずだ」
その体はそれだけで青白い炎に包まれ出し、今までの不死性が嘘のように細胞組織が灰化していく。その様子を、生命力の変容を、和成の眼がブラディクスの生命感知と合わせて見逃さなかった。
「そして何となく分かったぞ、吸血魔族の種族特性、体の仕組み。
お前の不死性は細胞単位で存在する特殊な器官によるもの、細胞内のミトコンドリアに似た存在が、『邪悪』属性の不純化の性質を創造の性質へと調整! 魔界の瘴気を生命維持の熱量のみならず、物質への変換を行い異常な細胞分裂を可能としている!
だから『邪悪』属性のマナを所有している限り、ヴァンパイアの寿命に限界はなく再生に限りはない! 飲まず食わずで活動し続けられる! 逆に言うと――その全身の『邪悪』属性を抜けば、お前は死ぬ」
「ふざっ……けるなよ! このサクリファイス様は真祖の吸血鬼! 万年を生きたヴァンパイア・ロード! 貴様風情がこの程度で――勝ち誇れる相手ではないわァァァァッッ!!!」
しかして青白い浄化の炎を消し去るかのように、吸血真祖が全身から血しぶきを噴射。心臓部からエルフの白鞘が弾き飛ばされ、それをキャッチした和成の全方位を蒼い血潮の武器が取り囲む。
「――『吸血の呪い』、発動」
そして魔剣ブラディクスに埋め込まれた赤い宝珠から、『邪悪』属性のエネルギーがほとばしった。つまりは『吸血の呪い』が発動した。
蒼き血潮の武器がすべて、ブラディクスの赤黒い力に触れた瞬間に融解。刃から液状に戻った血液が、そのまま魔剣の中へと吸い込まれていく。
「なん、だと……!?」




