第299話 VSヴァンパイア・ロード 超『賢者』参戦
『姫騎士』の陽光の一撃と『聖女』の浄化技を受けたことにより、鮮血巨人を形成していた呪いが解除。肉体を保てなくなったことにより、その巨躯は端の方から大地へ染み込んでいく。
その直後のことだ。
「『攻撃増強』、『防御増強』、『敏捷強化』。『状態異常耐性』、『物理攻撃耐性』。『呪怨耐性』、『魔法耐性』。
『聖女』慈のありとあらゆる支援魔法を、『姫騎士』たち一行は受け取った。
しかし世界最高峰の増強を受け、すべてのステータスが一回り上昇したところで姫宮には勝てるビジョンが浮かばない。
そしてそうなれば英雄のスキル、精神的高揚に伴いステータスが増大する『気分上々』は起動しない。
「これだけやっても……」
「多分、まだ足りないと思う。倒すにはもっとステータスがいる」
「――おい、アレを見ろ! 向こうって確か、俺がこの前まで居た拠点だぞ!?」
『竜騎士』竜崎が指す方向を見ると、遠く離れた荒野の先で蒼い『鮮血巨人』が暴れているのが見えた。距離の問題で針のようにしか見えないが、しかしそれでも暴れているのだけは分かる。
「赤じゃない、蒼い巨人ッ!」
「つまり人の血からじゃなく、吸血真祖から生み出されたってこと?」
「――向こうにいるんだ。私達が『瞬間移動』で移動して、『鮮血巨人』を一体倒してる間に……同じ距離を移動してる」
「向こうも『瞬間移動』が使えるってこと……?」
「いや、それよりは――」
そして、亜音速で空から何かが飛来した。
「ステータスと身体能力によるゴリ押しが近いと思う」
「『聖障壁』!」
姫宮が呟く中、同じくその行動を予測していた『聖女』の防御壁が、再び彼の攻撃を防いだ。
衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし、爆風が砂煙を巻き上げる中から、両手の手甲から剣を突き出すかのように蝙蝠の黒翼をまとう吸血真祖が現れた。
その皮膜を刃に変えて、不敵な笑みで彼は空中にて立つ。
アレはたとえ『聖剣』と斬り合っても壊せないだろうという確信が、姫宮にはあった。
「クハハハハハ!! さっきぶりだな、外側からの来訪者諸君!」
「……ダンジョンを生み出したばかりなのに、随分と速い合流ね」
「ああ、未熟なことに『闇』マナを利用した圧縮装置では、安定に結構な時間を要してしまう。何せアレは僅かなミスでダンジョンごと飲み込んでしまうのでな。
――逆に言うと、それを設置しないのであれば安定にさほど時間はいらんということ。強制地形変形による砦破壊と考えれば、所詮は急造のダンジョン。あの程度で十分でしかない」
「…………」
「さて、貴様らを守るその障壁。神聖なる防御。――いったい何時まで保つものか?」
そして、手甲剣のような蝙蝠の黒翼から、密集した斬撃が小型の嵐のように繰り出された。
☆☆☆☆☆
一方、和成は疑似ブラックホール製造装置が座する側にて、引き延ばされた体感時間の中から行動に移していた。
(―――――)
『思考』のスキルによる体感時間の加速と集中の中、ブラックホール装置を『観察』し続ける和成にブラディクスは問いかける。
(おい所有者殿、すぐにでも『瞬間移動』のスクロールであっちに行くべきじゃと思うんじゃが!?)
(いや、スクロールだと登録されてる地点にしか移動できん。大体の場所は拠点のギルドだから、それだと移動先が街中になる。そして俺は被爆しちまったから、今のまま街中に行くことはできん。体についた疑似放射線を除去してからだ)
(どうすれば除去できるんじゃ)
(分からん。放射線なら一応対処法は知ってるんだが、この世界の鉄と俺の世界のFeが厳密には異なるように、核融合で生まれた放射線と『光』マナの凝縮で生まれた疑似放射線もおそらく別物。何をどれだけすれば除染できるか、確実なことは何も言えん)
(そうか、そうなるのか……)
(あくまで凝縮された『光』マナの粒子が身体を貫通・付着して、そこから発散される高エネルギーが人体に害をもたらしてるだけだから、その粒子を除去するだけの話ではある。それに上位のステータスがあれば、放射線の害に耐えきることは十分可能なはず。
だが、それ以上に考えなきゃいけないことがある)
(……それは何じゃ?)
(何故、吸血真祖は装置をほっぽりだして強襲に向かったのか。圧縮された『光』マナの爆弾が、何時でも爆発させられる状態になったのに――何故すぐさまコレを使わないのか)
一秒にも満たない脳内会話の中、和成はチラリと真祖の装置に視線を移す。
同じようにブラディクスもそちらを見て、答えた。
(確かに、何故わざわざ本人が出張っておるのじゃ? 偶然とはいえ、奴がそれをしたおかげで儂らはこうして入れ違いに潜入出来ておる。何故にわざわざ、吸血真祖は自ら屠って回っておるのか)
(――おそらく、この爆弾が完成したけど未完成だからだ。何時でも爆発させられるが、それをしても擬似放射線が広がる範囲が大して広くないからだ。
今の時点でコレが爆発すれば大勢死ぬ、それは間違いない。いくつも拠点都市が飲み込まれ、色んな場所に色んな爪痕を残すだろう。しかし、それで巻き込まれるのは大半が不毛の大地、中間領域だけ。魔王軍からしてみたら、中間領域だけでなく人族領や竜人列島にまで汚染が広がった方が都合がいい)
(じゃからもっと時間をかけて、長く多く『光』属性のマナを貯めて、圧縮させて――より巨大な爆弾を作ろうとしておるのか!?)
(推測だがな。そして勝負事の鉄則は、相手が嫌がることをし続けること。よって俺は結論を出した。今すべきは、この装置を壊すこと!)
(しかしそれでは、うっかり暴発してしまうのではないか?)
(だからこそ、既に行動に移している)
エウレカで学んだ知識から、魔導技術的なアプローチで装置を『観察』。そこにブラディクスの生命感知――の派生である魂の感知、目には見えないエネルギー体の感知を応用した感覚を用いて、真祖の兵器を解析していく。
そして和成が行動に移してから、丁度4秒が経過した時。彼は疑似ブラックホール発生装置の仕組みに、ほとんど確信を持っていた。
(念のため、『調』を使って調べるとアレがコレでそれがコレで――成る程、確認完了。把握した!)
(やっぱ便利じゃのう、即興魔法)
(この装置は『闇』のマナを凝縮させ、疑似ブラックホールを発生・維持させる装置と、『光』マナを圧縮するため、凝縮された『闇』のマナに『光』のマナを注ぎ続けている装置で出来ている。言ってしまえば、かなりシンプルな作りだ。
そしてそれは全てブラックホールの外側にある。ブラックホールを維持する装置と同化している。放射線を生み出すほどに『光』マナを圧縮するブラックホールの中に――装置の類いを設けられるはずがないはずがないからな)
(ならば、どうすれば暴発せんように壊せるのじゃ?)
(一番確実なのは、複雑に刻まれた術式の筋、魔力の線! 『光』のマナを供給するそれを、ピンポイントに他の部分を一切傷つけず断てば供給が止まる。これ以上、放射線爆弾は大きくならない)
(他の部分を傷つけた場合は?)
(ブラックホールの維持に問題が生じ、圧縮されている『光』マナが解き放たれる。つまり放射線がバラ撒かれる爆弾として炸裂する。――ブラディクス、出来るか?)
(――――クカ、クカカ、クカカカカカカ!! 出来るに決まっておろうが、それぐらい!)
そして、少女形態から魔剣形態へと形を変えたブラディクスが、和成の手のひらに収まった時。その刀身から溢れた赤い血が、糸のように細い刃となって装置の隙間に入り込んだ。
「そういうだろうと思っていた。ということで……頼むぞ!」
「『血斬』!」
吸血真祖の兵器製造が一部停止したのは、2人が異変を察知してから、わずか8秒後のことであった。
☆☆☆☆☆
(――私たちの勝利条件は、一体なんだんだろう)
障壁が猛攻に耐える最中、姫宮は考えていた。
(吸血真祖に勝てるビジョンは全く浮かばないけど、もしも万が一勝てたとしても、放射線爆弾の完成の目途が立っちゃったからアイツはここに来た。
今、装置は安定しているらしい。じゃあ吸血真祖を倒して、その装置の維持が崩れたら――そのまま暴発して、放射能がばら撒かれちゃうんじゃないの!? いやそれどころか、もしも吸血真祖が何時でも悪魔の兵器を解き放てるとしたら――?)
圧倒的な強さを誇る吸血真祖を、爆弾を爆発させないように倒す。
(そんなこと絶対無理! どうしたらいいか全然分かんないよ!!)
その勝利条件を達成することは絶望的だと、姫宮は吸血真祖の攻撃を見つめながら内心で泣き言を呟いた。
すると、突然。
弾かれた蝙蝠の黒翼に代わり、吸血の力を持つ蒼い爪を振り下ろさんとするヴァンパイア・ロードの動きが止まった。
「――この感じ、まさか!」
(……?)
姫宮も、慈も、熊谷も。
乗山も竜崎も誰かも。
その唐突な真祖の挙動に対し、答えを出すことが出来なかった。
しかし、続く吸血真祖の激怒を受けてようやく分かった。青白い顔が真っ赤になるほどの激高と共に、彼は叫ぶ。
「誰だ! このサクリファイス様の領域に土足で踏みった者は! 我が研究成果に汚い手で触れたネズミは誰だァァァァァ!」
研究者として、自身の研究成果に触れられたことが逆鱗に触れたのだろう。『錬金術師』として、装置をいじられたことが我慢ならなかったのだろう。
それは明らかな隙であり、明らかな怒りだった。
額に青筋が浮かぐ吸血真祖は沸点に達したまま、最初に彼が創造したダンジョンへを直視している。
他の何をも目に映らないほどに、死体に打ち付ける杭のように凝視していた。
「『次元開・欠孔:モンティ=ホール』」
だから、その隙を突く者が現れた。
それは『姫騎士』にあらず。『聖女』にあらず。
『魔獣使い』にあらず、『騎乗者』にあらず、『竜騎士』にあらず。
「――これ以上の狼藉は許さぬぞ、魔王軍七大将が1人、ヴァンパイアロード……!」
空間に穴を開け来訪した、超『賢者』スペルだった。




