第298話 VSヴァンパイア・ロード 蒼き血の蹂躙
「クハハ、どうやら貴様らはその弱さゆえ、首の皮一枚つながったようだな」
負け惜しみにも聞こえるセリフだが、実際には負け惜しみでも何でも無いことはその場の誰もが分かっていた。『聖女』慈の合流で、幸いにもクラスメイトに死傷者は出なかったが――それはただ、それだけの話でしか無い。
彼はただ、空からコウモリの翼で突撃するだけで、街1つを壊滅せしめているのだ。もうこの時点で、彼の手による死者・負傷者は多数生まれてしまっている。
「生命錬成、血製武器、形成。『串刺し赤血剣』」
それを証明するかのように、吸血真祖が手を振るだけで空中で魔法陣が起動。
瓦礫の向こう側の、流れたばかりの新鮮な血液から武器が錬成され、赤い剣・槍・棘が結界を取り囲むように浮かび上がる。
(――ヴァンパイア・ロードの血じゃなく!この崩落でやられた、みんなの血の武器!?)
そしてそれは、これからも増えるもの。
まず手始めに、吸血真祖は結界へとこれらの武器を向けさせた。いくつもの鮮血武器は一斉に動き出し、結界を破壊しようと斬りつける。
ガキ、ガキ、ガキィィィィン。
「なるほど、所詮は人族の血製武器。流石の『聖女』の結界は破れぬか。――では、これは別の使い方をすべきだろう」
しかしそれが難しいと分かると、球形の結界を取り囲んでいた血の武器は一斉に反転。
吸血真祖を除いたすべての方向の、外側へと向いた。 吸血真祖を除いたすべての方向の、外側へと向いた。
他者を愚弄し、慈を貶めた彼は、被害を広げるためだけにその行動を選んでいる。
嫌な予感しかしなかった。
「やめなさ……ッッ!!」
「だめ――」
「テメェッッ……!」
その悪意的な表情に対し叫んだのは、『姫騎士』だけでなく。
『聖女』も『騎乗者』も『魔獣使い』も、何なら『竜騎士』までもが同時に叫んだ。
「―――フッ」
しかしそれに対し、ヴァンパイア・ロード『サクリファイス・ペイルペイン』は憎たらしい笑みで返答するだけだった。
「『串刺し爆弾』」
釘を入れた爆弾が爆発するかのように、街の中心部である仮設ギルド跡地にて鮮血武器が炸裂。四方八方を一角の例外、吸血真祖の背後を除き薙ぎ払った。
建物が崩れ去った跡を貫通し、或いは建物ごと吹き飛ばす。大地に、赤いシミばかりが広がっていく。
そこには鮮血武器と、それ以外の鮮血の両方があった。
――そして、それらもまた吸血真祖の支配下にある。
「蠢くがよい、かつて命だったものよ。先ほどまで命だったものよ。濃く生命の残滓の宿る、新鮮なる血潮。すべては――我が手のひらの上に」
そしてそれは、これからも増えるモノ。
血を流せば流すほど、奴の武器は増えていく。命を狩れば狩るほど、攻撃の威力と範囲が増していく。その生物に対する圧倒的な優位性は、ブラディクスと何も変わらない。
だから、血を流せば流すほど、吸血真祖の武器は増えていく。
「生命、錬成。来たれ『巨人』」
だから。
奪った命と血潮を用い、真祖はそれを錬成した。
「――赤い」
「巨人……」
半液状の、ドロリとした肉体を持つそれは。
人命と血液から生まれた、人型の巨大ゴーレムだった。
胸部で輝く大魔法陣の命令に従い、鮮血の巨人『ネフィリム』が起動。そのまま結界に守られている姫宮たちを無視して、そっぽを向いて、かろうじて生き残っている他の生命を終わらせに動く。
老若男女の区別なく、戦闘員・非戦闘員の区別なく、巨人の鮮血の拳が大地に叩きつけられた時。
土砂と、瓦礫と、鮮血の武器を含んだ鉄臭い濁流となって崩壊。赤く街の一角を飲み込んだ。
よって死因は複数。圧死、溺死、失血死。或いは急所を斬られた即死か、命を吸いつくされたドレイン死か。
――ともかく、そんなものはどうでもいい。
なぜなら犠牲者たちの亡骸は、血肉のみならず魂ごとミキサー状になり『鮮血巨人』に飲み込まれたのだから。
右腕がもとに戻り、その巨躯が一回り膨れたことで、吸血真祖は笑った。
「ハハハ! ハハハハハハハハハ! どうだね我が研究成果は! 液状ゴーレムを核もなしに、ここまでの巨躯で成立してみせた! こんな事ができるのは世界広しと言えどこのサクリファイス様だけであるぞ! ハハハハハハハハハ!」
「――くたばれ! くたばれェェッ!! アナタは、アナタだけはッ! 絶ッ対に生かして返さない!! アナタの生存だけは、絶対に許せない!!」
鮮血の巨人、液状ゴーレム、『ネフィリム』が、被害者たちの怨嗟の声に聞こえる雄叫びを上げる中、それに負けない声で姫宮は叫んでいた。
そこにあったのは、生まれてはじめて彼女が使う言葉ばかりだった。
それは必死の覚悟だった。必然の怒りだった。必要な、生存本能だった。
息をするように他を殺せるコイツは、生物が多ければ多いほど破壊範囲を広げるコイツは、あらゆる生物にとっての天敵。例えどれだけの犠牲を払おうとも、この場で殺して置かなければならない外敵。
そんな、言葉にならない答えだけが胸を占めていた。
姫宮の人としての怒りが、理性が、その言葉を叫ばせていると同時に、ヒトとしての生存本能がそう叫んでいた。恨みや怒りとは別に、生物としての本能がアイツを殺せと危険信号を鳴らしている。
まるで獣のように、『姫騎士』は断言する。
「アナタだけは、ここで仕留める!!」
――でなければ、自分達が絶滅する!
そんな真理に近い、本能という感情を込めて。
それが姫宮という人間が、吸血真祖というあらゆる生物の天敵に切った啖呵だった。
「――フ、フハハ、フハハハハハハハハハハハ! 滑稽よな! ならば何をどうするというのか! このサクリファイス様は、数万程度の命の犠牲では止まらぬぞ! 一国の軍事力を片手でひねる戦闘力と、それ以上の叡智を持つ者! 錬命の吸血真祖、蒼き血のヴァンパイア・ロード!
それがこの、サクリファイス・ペイルペイン様だ!! これを見ろ!」
――しかし、彼の功績を見せられてしまったら。
吸血真祖が胸元から取り出したそれを見てしまったら。
どれだけ傲慢であろうと、彼には油断し慢心する権利があると認めざるを得ない。
どうすれば勝てるか分からないと、負けを認めざるを得なかった。
「ダンジョン、コア……?」
「何だよおい、2つ目があった……のか?」
「クハハハハ! 今、貴様らは絶望しているはずだ! 何故なら根本的に思い違いをしていたのだから! ――ダンジョンを人の手で生み出せたとて、その力を用意に使いこなせるはずがないと。ダンジョン・マスターとして、最奥にてダンジョンに縛られていると、そう考えていたのだろう。ダンジョンに閉じこもり、その防御力に任せて侵攻を開始するとでも考えたのだろう。
――分かってない。貴様らは実に分かってない! このサクリファイス様のダンジョンの脅威とは、その防衛性能にあらず! 簡易設置性にこそある!」
彼の手には、あの杖の先にすえられていた蒼色の宝玉が握られていた。
人造ダンジョンを生み出す際に使用したダンジョン・コアが、――数珠つなぎになっているものが取り出された。
「2つ目どころじゃない、一体いくつ――」
「分かるか低能共! 龍を紙の砦で守る意味がないように、神獣に布の鎧など不要なように、このサクリファイス様の『防御力』以下の防衛拠点など不要!!
ダンジョン程度がこの身を守る壁として機能するものかよ! アレはただ、『闇』と『光』のマナを集束させるための舞台装置でしか無い!!」
例え、それがどれほど人道を無視したものであっても。
昨日存在していなかったものを生み出し、明日の可能性を切り拓いたことは紛れもない偉業。
その点を考えれば、やはり吸血真祖の優秀さはテロリスト以下な邪竜ディストピア・エヴァーとは比べ物にならないだろう。
だからこそ彼は、地形を塗り替え疑似生命を生み出し、人の手では生み出せないアイテムを想像する人知を超えた(ダンジョン)現象を――
「ダンジョンコアは量産品、ただの使い捨ての爆弾よぉ!!」
そう言い切った。
「術式、開放! 迷宮宝玉、設置! 誕生せよ、我が居城。我が領域。我が叡智の結晶!」
まず手始めに、『鮮血巨人』がドロリと溶け、波のように吸血真祖の足元へと広がった。その量は街の命と残っていた血肉の大半を飲み込んだだけあって膨大なもの。軍事拠点全域を飲み込む勢いで広がっていく。
そして、瓦礫を塗りつぶす湖面のような鮮血の表層から、密度と共に血の武器が生え出した。
大地からせり上がるそれは、中にいる姫宮たちを結界ごと持ち上げるのに十分な量。
更に、より集まる蒼き凶器の群れは儀式台の姿を取り、吸血真祖を上空へと運び出す。
それは、かつて見た神殿であった。
それは、かつて見た居城であった。
違うのはただ、その色だけ。
吸血真祖の蒼から人族の赤へ変わっていただけだった。
つまりは、起動を始めた彼の領域だった。
「――『生命錬金:迷宮創世』!」
そして、真祖が持つ数珠つなぎの蒼い宝珠の内、たったひとつが輝き始めた時。
割れた大地の底の底から、岩盤と倒壊した建物を押し上げるようにして尖塔が隆起。地脈・龍脈の吸い上げながら、塔の大きさを持つ槍が乱立する。
その貫く城、無数の巨槍の連撃は、下方から『聖女』の結界の表面にヒビを入れ始めた。
「慈、結界が!」
「大丈夫、まだ完全には割れてない! まだ持ちこたえられる!」
城という名のダンジョンが想像されることにより、結界は急速に持ち上げられていく。その勢いに、揺れに、上下移動に、全員振り回されることしか出来なかった。
「これなるは我が領域! 血と刃の無限迷宮にて、このサクリファイス様がおとなしくしてくれると期待していたか?
甘い甘い、実に甘いわ! 設置に数分、必要なものは石とこの身が1つだけ。命の量によっては更に短時間! たったそれだけで、都市ひとつを破壊し拠点がひとつ増える。それがこの、人造ダンジョンの使い道!!
来たれ『無刃造:カズィクル・レッドヴラド・キャッスル』!!」
高らかに、長い2つの犬歯を見せつけるように吸血真祖は嗤う。
しかしその景色も、真祖のダンジョンの一部である無数に生まれる鮮血の槍が、結界を覆い尽くすほどに突き刺しに来ることで見えなくなる。
『聖女』慈の守りの表層に入るヒビが、少しづつ深くなっていく。その隙間から今にも穂先が侵入しかけていた。もしも先が僅かにでも貫通すれば、そのまま槍は液状となり大量に内部へ入り込むだろう。
もはや、迷ってる暇はなかった。
敵がこれ以上の隠し玉を持っていたとしても、見極める余力などあるはずがなかった。
「――『瞬間移動』の巻物、使うからな!」
『騎乗者』乗山が『道具袋』から取り出す中、行われたその宣言に反対する者は誰も居ない。
一行はそのまま『瞬間移動』の巻物を用い――さらなる後方、吸血真祖のダンジョンから離れた街へと退却した。
☆☆☆☆☆
「甘い!甘い! 甘ァァァァァァァァい!!!」
しかし、彼は吸血真祖。
広域にバラ撒いた、使い魔という仲介を挟み生命力を感知。ただそれだけあれば、姫宮たちのような高ステータス者なら居場所を把握できる。
そして尖塔の最上階。破壊された街並みのみならず、その先の荒野まで一望できるテラスにて。
マントを翻す彼は、その背後に手首から漏れ出す自身の蒼い血による砲門を展開した。
「そんなもので逃げられると思うな、『串刺砲・射出』!!」
串刺しの杭の砲弾が、右と左で3つずつ。計6門分一斉に発射され――それぞれ別の地点、6つの街に着弾した。
それは、他の街に集まっていたクラスメイトらを狙ったものだった。
☆☆☆☆☆
「立て直すよ、みんな――」
ズ、ゴッ!!
『瞬間移動』直後。聖剣に手をかけていた姫宮が、戦闘体勢を取ろうと鞘から抜いた、ほぼ同時刻。
音速を超えた蒼い血の杭という砲弾が再び大地に突き刺さった。
それにより発生した衝撃波が先ほどのように炸裂し、拠点都市が破壊されていく。
とても、血液の武器が衝突した威力とは思えなかった。
更に割れた大地に流れ込む血から蒼い武器が生え、建物ごと人員を串刺しにしていく。
(どんだけの威力でぶつかったらこうなるの!? どんだけのステータスでぶっ放したらこうなるのっ!?)
土砂崩れに巻き込まれても怪我などしない『姫騎士』が、『防御力』を上げる白銀の鎧を『装備』した状態なのに。
ただの衝撃波をこらえるのが精一杯で、剣を握ったまま動けない。
それがそのまま、吸血真祖のステータスの高さを表していた。
「――みんなぁぁぁぁぁ!! ハヤテちゃん、ヒナちゃん! 竜崎くん、愛美ちゃーん!!」
『騎乗者』乗山颯、『魔獣使い』熊谷日夏。
『竜騎士』竜崎、『聖女』慈愛美。
ステータスの低い順から、『防御力』の低い順から、姫宮はクラスメイトの名を呼んだ。
「コチラ『魔獣使い』! 玄武ちゃんの甲羅盾で無事! 『騎乗者』ちゃんも一緒!」
「コチラ『聖女』、慈愛美! 同じく無事!」
「俺も無事だ、竜召喚が間に合った!」
「よし、私達だけじゃないんだから! みんな、みんないる! だから絶対に――諦めない!」
全員、レベルもステータスも高い。一番低い熊谷や乗山であっても、そのレベルは国家単位で見ても上位に食い込んでいる。
そしてそれは、同時に相応の戦闘を経験していることを意味していた。
幾度となく戦場に立ってきたため、端的に言えば場馴れしているのだ。『経験値』ではない経験値を積み重ねているのは和成だけではない。彼女たちも、クラスメイトたちも同じこと。
――だからこそ、再び現れた鮮血の巨人に誰もが向き合った。
飛来した血の杭から生まれた、街の人々の命を吸い尽くしつつ膨張を始める『ネフィリム』。
それに対し、ようやく鞘から聖剣を抜けた姫宮は叫んだ。
「レベル上げのために、ずっと、ずっと――私達だって戦って来たんだァァァ!!!」
そして、『聖女』と『姫騎士』の声が重なった。
「『太陽の聖剣の一撃』!!」
「『セイクリッド・ハイ・クリアー』!!」
炎の陽光と、浄化の砲撃が同時に『鮮血巨人』に命中。
その巨躯の大半を一気に消し飛ばした。
☆☆☆☆☆
更に。
何処か別の、他のところで。
異なる杭の砲弾が命中した、複数の街で。
『ネフィリム』に向けて、それぞれ異なる声が叫ばれていた。
「「――変身!!」」
それは例えば『ヒーロー』と『魔法少女』の同時変身であり。
「……『創世火山』」
例えば『最上級魔道士』の大規模魔法であり。
「『王国の一撃』ッッ!!」
例えば『勇者』の、剣の一振りだった。




