第295話 悪魔の兵器 Nuclear Bomb
『――以上が、事のあらましってやつ』
姫騎士の一党が、一矢報いつつも逃げ帰ることしかできなかった。その正直な宣言に会議が重苦しくなる中、スペルは和成へ向けて話しかけた。
『大前提として、吸血真祖が自力でダンジョンを創造したことは間違いないじゃろう。なにせダンジョンとは大自然のマナが澱み、凝り固まることで生まれるもの。不毛の地である中間領域で誕生するはずがない』
「つまりだからこそ、人造でないとあり得ない」
『うむ。そしてこれが極めて肝要なことなのじゃが、エウレカの学者たちが“本当に人造ダンジョンなんて出来るのか?”と試しに魔力計を使用した。
すると実に数100kmもの距離をとっているにも関わらず、膨大な『闇』属性のマナが観測された。それも同じく膨大な『光』属性のマナを包み込み、まるで圧縮するかのようにの』
「成程」
『………? 失礼ですが、総司令官殿。それは吸血真祖が何らかのアイテムを創造しているということでしょうか』
『或いは何らかの儀式でも……?』
スペルの言葉に理解を示したのは和成だけ。姫宮たち他のクラスメイトでは、その驚異をまだ把握しきてれいない。
逆に他の軍略会議に参加する面々は、スペルが警戒しているという時点で脅威度を最大に設定しては入るが――流石に、その情報だけでは何が行われているかまでは分からなかった。
『和成殿、我が弟子として説明をお願い申す。かつてエウレカにて、そなたから聞いた情報と外れていないはずじゃ。これを説明するには儂よりそなたこそが相応しい』
「かしこまりました、では僭越ながら」
そして和成に話題が振られたことに、特に文句は生じない。情報を共有するという点において、『ミームワード』がある彼のほうがスペル以上に適任なこともあると、会議に参加している面々は理解している。
議長であるスペルが決定し実行していることに、誰も問題などありはしない。
(かしこまりました……か)
ただ姫宮は少しだけ、そこで素直に快諾する和成を意外に思った。彼なら他の誰かに役目を譲るような、そんな気がしたのだ。
――それはつまり、彼女が今回は違うことを察していたということ。
スペルが和成に説明させた理由は、彼が『ミームワード』を有するからではなく、異界からの来訪者だから。
この世界の外側の知識があって初めて、議会のメンバー全員にその深刻な脅威を説明できるからだった。
☆☆☆☆☆
「まず大前提として、『闇』属性のマナは停滞や圧縮の性質を、『光』属性のマナは活性や拡散の性質を持つ。ここまでは皆様であればよろしいでしょう」
「そして同時に、あらゆるマナは凝縮されることで物質となる。『鉱物』属性のマナなら宝石に、『水』属性のマナなら液体に。この時、どのマナがどういった配分で、どういった順序で混ざり合うかによって結果は変わるもの。それを日々研究なされているのが『学術都市エウレカ』です」
「だからこそ、かつて私がエウレカで修行を行っていた際、スペル先生は尋ねられました。――『光』属性のマナを物質化した場合どうなると思うか、と」
「現在、『光』属性のマナだけは物質化することが出来ない、不可能であるというのが定説です。何故なら、『光』のマナには拡散の性質があるから。拡散するがゆえに凝縮が上手く行かず、物質化できないのだと、そう考えられています」
「例えば『光』属性の攻撃はビームが最も効率がいい。拡散の性質を持つ都合上、指向性さえつければ勝手に飛んでいくからです。その際ほとんどエネルギーを消費しない。
対して『闇』属性はその真逆。その場に留まり続けようとするため、動かそうとすると余分なエネルギーを要求される。しかしその分、一定以上集まれば圧縮の性質で勝手に集約・物質化してくれる」
「お話を聞く限り、『万能職』エルザ・エルザ・エルザの武器がそれにあたるでしょう。だからこそ武器生成という観点において、『闇』属性は『金属』属性と並び二強の位置を占めております」
「しかし私の世界において、光の正体とは電磁波という波であり、粒子という物質の性質も持つもの。よってスペル先生とは知識を照合し合った結果、『光』属性のマナを圧縮した場合、目には見えない極小の物質と化して飛び散るのではと推測しました」
「今まで何故、『光』属性のマナを物質化出来ないと考えられていたのか。それは出来た光の粒子が小さすぎて見えない上、観察しようとすると光速で飛び散ってしまうからではないか、と」
「――そして一言に光と言っても、金属に種類があるよう光にも種類があります。『金属』属性のマナが圧縮される過程で、他にどのマナを吸収するかで金属の種類が変わるように」
「……ここで少し、たとえ話をしましょう」
トン、トン、トン。
和成は一定の間隔でテーブルを叩いた。
「これが、長い波」
更に叩いた。
タタタタタタ!
次は、先ほどよりも大分小刻みに。
「これが、短い波。この差が光の種類ということになります」
会議の参加者が首をかしげる中、真っ先に挙手した『姫騎士』が尋ねた。
『わかりません和成くん!』
「うん、つまり波長の違いってのは振動数の違いなんだよ。一定の時間の中でどれだけ振動しているかを表している。つまり波長とは振動数であり、内在するエネルギーの違いを表すものだ」
トン、トン、トン。
再び和成は、左手でゆるく一定の間隔でテーブルを叩いた。
「これが長い波長の振動数。時間が同じであれば、間隔が長いほど振動数は少なくなる。そしてだからこそ、運動量が少ないことが分かると思う」
対象的に、タタタタタタ!
右手は激しくテーブルを叩いている。
「逆にこれが短い波長の振動数。時間が同じであれば、感覚が短いほど振動数は多くなる。だからこそ運動量が多くなる。
さて姫宮さん、ここで質問だ。――トン、トン、トンと叩くのと、タタタタタ!と叩くの。どっちの叩き方が多くのエネルギーを内包している?」
『え? そりゃ当然……』
タタタタタタと、小刻みに動く右手。
トン、トン、トン、と、一定間隔で動く左手。
彼女は右手を見ながら言った。
『いっぱい動いてる方でしょ? だからタタタタタタの方』
「そうだ。なら聞くが、どっちが紫外線か分かるか?」
『え? ええと、確か、確か――』
そして物理の教科書をなんとか思い出しながら、姫宮は正解を言い当てた。
『たくさん叩いてる方が紫外線!』
「そうだ! 内包してるエネルギーが多いのが紫外線だ! だからこそ一定時間内に、より多く叩く波長こそ紫外線! 短い波長こそ、より多くのエネルギーを内包する!
そしてそれが紫外線が体に悪い理由だ! 紫外線を多く浴びることは、高エネルギーの光粒子を受けるのと同じこと。内包しているエネルギーが多いから生命に害がもたらされる。細胞を傷つけられる。だから殺菌効果がある。だからこそ――」
タタタタタタ!タタタタタタ!
和成がテーブルを叩く速度が増していく。
タタタタタタ!タタタタタタ!
「これをどんどん、どんどん、どんどんどんどん……」
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
「短く短く圧縮していくと……」
(あ。なんか和成くんが言いたいことが分かった気がする)
姫宮以外の者たちに、その脅威度は伝わりづらい。しかし異界より召喚されし救世の存在のリアクションを見れば、嫌でも固唾を飲まずにはいられない。
この時、姫宮たちは和成の言葉の先を察し始め、その内容がもし正解であったら――と顔を青くする。それに対する脅威は、嫌悪は、子供の頃から刷り込まれているものなのだから。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
そしてそのタイミングであれば、和成の『ミームワード』は脅しと言ってもいいほどにスぅ……と沁み込んでいく。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
そして、やっと彼の手が止まった時。
「やがて放射線と呼ばれる領域へ突入する。光の波長が短くなるほど、内包するエネルギーが大きくなるほど、その危険性は増す」
『哲学者』の言葉が静かに、しかし心臓が止まるかのように発せられた。
「吸血真祖が作ろうとしているのは、擬似的な放射線爆弾である可能性があります。もしもそうであれば、生命の身体情報を、魂の在り方を、遺伝子を歪める見えない猛毒が――最悪の場合、光速で拡散されるかもしれません」




