第293話 鮮血の策略
蒼き月光と聖剣の陽光が入り混じる矛盾の中。『姫騎士』とヴァンパイア・ロードの戦いが始まってから、既にかなりの時間が経過していた。
しかし姫宮が自身の聖剣を手放していたこともあり、戦いは終始、彼女の劣勢であった。
2人が相対する砂漠化した大地では、蒼黒い凶器が乱立している。
吸血真祖が生やした血の武器たちだ。
それらはヴァンパイア・ロードが指揮棒のように手をふるたび、念動力で動いているかのごとく飛来。姫宮を串刺しにせんと飛び回り、自動追尾機能によって追い続ける。
「『 エ ン ジ ェ ル ・ ラ ―――ッッシュ』ッッ!!!」
これを、天使の羽のエフェクトをはやした『姫騎士』は、必死の乱打で撃ち落とす。
足元から生えてくる串刺しの槍にも注意をはらいつつ、背中の翼でひらりと舞いながら、腕・肩・肘の駆動を無理にでも続ける。
――逃げ場はなかった。
高く飛べば武器に撃ち落とされ、低く飛べば串刺しの槍に引っかかる。ときに吸血真祖が作り出した槍を足場にしつつ、飛び跳ねるようにして時間を稼ぐしかない。
(なんとなく、分かってきた! 血で出来た武器は魔法で作られてるから、一本一本に魔力の術式が込められてる。それを一撃で破壊すれば、血しぶきがすぐに刃になったりはしない。術式が刻み直されて血の武器が再生するまで、ちょっとだけ時間を稼げる!)
その状況に対応でき始めてはいた。
砕いた武器の血しぶきが、即座に刃となって向かってくる展開を避けられている。
しかし、向こうが武器を錬成することに対し限界は見えず、むしろ彼女の体力はゴリゴリ削られていく。ポーションを飲む暇がない以上、『技』の使用時に消費する魂力が尽きるのは時間の問題だった。
そしてそれ以上に問題だったのが、彼女は既に追い詰められていたという点だ。
「これだけあればそのうち死ぬか? 小娘」
砂漠にて乱立する、蒼き血潮の凶器の森。その内の一本を吸血真祖は手に取り、おもむろに自身の心臓へと突き刺す。当然、抜けばそこから命の根源たる血液が溢れ出すだろう。
これにより、体外に流出したそれらが増大。
傷口から止めどなく漏れ出す出血は、広く薄く拡散。その面積たるや、湖と何も変わらない巨大なもの。水平線にまで伸び、その上の空を移す、不気味な蒼き真祖の血の泉。
砂漠であるにもかかわらず、それが染み込んでいくことはない。まるで砂漠ですら、それを飲み込むことを拒否しているかのように。
そして天使の羽のエフェクトで滞空する姫宮が見る中で、それらが一斉に魔法陣へと姿を変えた。それは奇しくも、今より未来の時間軸にて和成がメルトメタルと共に使用した、大規模魔法陣と同じもの。
単独で成し遂げている点を考慮すれば、ヴァンパイア・ロードは2人を超えているとも言えた。
「『生命錬成・串刺城壁』」
吸血真祖の力によって生まれたのは、無数の杭が生える城壁だった。魔法陣から前方へ向けて、ファランクスのように突き出されている。
それらが一斉に稼働。動く城壁のように、姫宮を飲み込もうと進撃する。
「――!!」
迫る串刺しの壁に、当然彼女は撤退を選ぼうとするのだが……
「追い込め、『串刺密林』」
吸血真祖の呪文と共に、その遥か背後から串刺しの森が出現。円環状に『姫騎士』とヴァンパイア・ロードを閉じ込めるそれは、外周から中心へ向けて領土を拡大。円環の穴を埋めるようにして、砂漠の大地から凶器が生え出てくる。
その上空では雲のように、あるいは雨粒のように、無数の血の武器が待機していた。上下左右から埋め尽くすようにして放たれる、武器、凶器、狂刃。
(――終わった?)
これには流石の姫宮でもポジティブになりようがない
だから、この状況を変えるには彼女以外の要素が必要で。
それは今回、『姫騎士』の仲間たちだった。
「『ファイア・アローMAX』!!」
遙か上空、聖剣の輝きに身を隠す中から、燃える矢のような朱雀が出現。渦巻く炎の貫通力を持つ突撃が、空の血の武器を蒸発させながら吸血真祖を狙う。
「……小癪な」
そして、直撃。
ヴァンパイア・ロードが炎に飲まれる中、迫る串刺しの群れから龍に乗る少女たちが姫宮を救出した。
『魔獣使い』熊谷 日夏。
『騎乗者』乗山 颯。
『踊り子』伊豆鳥 舞。
「姫ちゃん、大丈夫!? 血ィ吸われてない!?」
「だ、大丈夫……。アリガト日夏ちゃん、助かった……」
青龍型モンスターこと通称アオちゃんの背中に載せられながら、一行は一旦、上空へと退避する。
「せ、戦況は!? 私以外の戦いはどうなって――」
「アナタが夜を晴らしてくれたから、みんなだいぶ楽になった! ――けど、そっちがまだ帰ってこれないみたいだから、人手がいらなくなった戦いを『女蛮族』にまかせて回収に来た!」
「そして姫ちゃんに、いいニュースがひとつ! 平賀屋の無事と帰還が確認された!」
「!!! ――よかったぁ……」
へなへなと脱力する姫宮を、青龍の舵取りをする『騎乗者』以外の2人が、落ちることのないよう支える。そんな姫宮の顔を覗き込む、2人の顔は笑顔であった。
「帰ってそうそうアンデッド軍団相手に無双! 勝ち星何個か上げて、今は邪竜ディストピア・エヴァーのゾンビを何とかしてるってさ! 残念ながら、こっちに来るのは難しそうだけどねー」
「!? じゃ、じゃあ私も――」
「……いや、それをするには、まずアイツを何とかしないとだ……」
あくまで冷静に、シビアに、龍を乗りこなす『騎乗者』乗山が言及する。
そして一行が彼女に促されるままに、吸血真祖の方を向いた時。
彼を取り囲んでいた炎が吹き飛び、中から無傷のヴァンパイア・ロードが現れた。ただ唯一、白手袋だけは外されており、その青白い指先からは同じく青白い爪が長く伸びていた。歪な鎌のような爪は鋭く、レッドちゃんこと、朱雀型の熊谷の魔獣を貫いている。
そいて、どくんどくんと、そこから血とそれ以外のものが吸われていく。
「あ、あっ、あ――ッ!! せっかく頑張って『上位種進化』させたのに、レベルがどんどん下がってってる!?!?」
四神型のモンスター、朱雀・玄武・白虎・青龍。
その4体は、既に単独で中規模ダンジョンを踏破できるほどに成長した。
一国の主要戦力を持ち出さねば討伐できない、完成に近い神獣へと『命の位階』が上がっていた。
……そして、その努力を無に帰す力を、吸血真祖は有していた。朱雀型の魔獣が有する人ひとり乗せられる巨体は、みるみる内にしぼみ雛鳥のように小型化していく。
「まさかッ、レベルドレイン!?」
「やばい、これは絶対ダメ! 戻って!」
『魔獣使い』の権能を使い、熊谷は朱雀型モンスターを魂のパスを通じて亜空間へ転送。かろうじて、存在ごと吸収される手前で救出できた。
しかし、となると彼女にできることは限られている。
クロちゃんこと、玄武型モンスターでは動きがおそすぎる。吸血真祖のいい的になるだけだ。
かと言って、シロちゃんこと白虎型モンスターは串刺し攻撃との相性が悪い。空を飛べない以上、いつか真祖の攻撃をかわせなくなる。
そして空を飛べる最後の青龍は、今、自分たちが乗っている。
「どうしよう、もう私にできること殆どないよ!?」
熊谷は『魔獣使い』。その本体である彼女自身は、どの魔獣よりも弱い。使役する魔獣の強化に力を注いでいたからこそ、それらで相手ができない場合、熊谷は無力だ。
「………」
「そこで姫ちゃんが黙るってことは!」
「ポジティブになれないくらい相手が強いってことか!」
「――だったらどうするってんだ。逃げようにも……」
「『蒼鉄武装』、錬成。射出」
「危なっ!!」
しかし同時に熊谷が無力な分、使役する魔獣をより強化しているのが彼女、『騎乗者』乗山だ。
あらゆるものを乗りこなし、乗りこなしているものから力を引き出すだけでなく強化する、『騎乗者』とのコンボ戦略。この組み合わせにより、4人乗りのまま青龍は吸血真祖の攻撃を躱すことに成功している。
「『瞬間移動』のスクロールを使う暇すらくれなさそうだ!」
しかし止めどないその攻撃に、他の動作を挟む余裕がない。もしも回避でなく逃走に力を裂けばその瞬間、ヴァンパイア・ロードが本気を出すと分かっている。
理由は不明だが、なぜだか奴は手を抜いている。――その理由は、『姫騎士』の一行の合流からそう時間が経たない内に判明した。大地に広がる青い血の泉の魔法陣が、上空から見て完成したことが、魔法の知識がない『姫騎士』の一党でも『意思疎通』のスキルで翻訳されたからだ。
「何のために大したことのない量産型を使い続けたと思う? 何の工夫もなく似た武器ばかり使っていたと思う? ――全てはこれの準備のため。小娘らの相手など、所詮片手間で十分だったということよ」
そして、吸血真祖は姫宮たちに語りかける中、その長い犬歯でカリュと自身の指に傷をつけた。深い指先の傷から溢れる血は、ツツ――と荒野へ流れていく。
アクリル絵の具を溶かした水が蛇口から流れるかのように、しかし溝を伝って正確に流れるかのように、大地を広がっていく。
それは不気味なほどに蒼く、魔法陣の上にもうひとつの魔法陣を刻んでいた。
「ただひたすらに広がれ我が血潮。地の果ての端々にまで、この地の隅々にまで」
そしてその水面の底、蒼き血潮が透ける中。
3つめの魔法陣が走り出す。
「なにこれ、ナスカの地上絵!?」
「いや、けど、こんなに重ねたら訳が分からんぞ!?」
「こんな複雑な魔法陣で、いったい何を……」
まず手始めに、ヴァンパイア・ロードの足元から、密度と共に血の武器が生え始める。その寄り集まる蒼き凶器の群れは、吸血真祖を持ち上げながら次第に儀式台のような姿を取った。
それは一種の神殿であった。
それは一種の居城であった。
つまりは、彼の領域だった。
「練り上げられし、我が居城、誕生せよ。我が領域。我が叡智の結晶!」
最後に真祖が持つステッキの先端にて、宝珠が彼の血液と同じ色に輝き出した時。全ての準備が完了した。
「『生命錬金:迷宮創世』!」
ステッキの宝珠の正体とは、人造のダンジョン・コア。
超『賢者』スペルすら手を付けられていない、未踏破の偉業の結晶。
それを持って彼は、吸血真祖による吸血真祖のための、吸血真祖だけのオリジナルダンジョンを創造した。
砂漠の砂の下の下から、全てを押し上げ尖塔が隆起。地脈・龍脈の力を巻き上げながら、塔の大きさを持つ槍が乱立する。
材料は予め広げられていた彼の血潮。蒼き血液。
地の果てにまで広がっているように思われたそれが、引き潮のように集い無数の武器の形を取る。それらが寄り集まることで、鮮血の魔城を構築していった。
「フハハ、フハハ、フハハハハハハ!! これなるは我が領域、我が人生の集大成! 血と刃と凶器によって生まれし、鮮血の無限迷宮!
その名を『無刃造:カズィクル・ペイル・キャッスル』!」
すなわち今ここに、新たなダンジョン・マスターが誕生する。
「では小娘よ、――死ぬがよい」
「………!」
そして、誕生した魔城の形をしたダンジョンの、最も高き塔のテラスにて。
たたずむヴァンパイア・ロードの足元には、展開された魔法陣が。
あとは手をかざすだけ。そのまま『スペシャル技』を使うまでもなく、天候がひとつ作り変えられた。魔法陣から生み出された血の霧は、渦巻き天に登り、またたく間に雲となる。
「死の雨よ降り注げ、血の風よ吹き荒れろ。鮮血の蒼き嵐を見せてやる。
――『串刺暴雨』」
その雲から降り注ぐは鉄の雨。血潮の武器。
蒼黒い曇天から生み出された、武器、凶器、狂刃が、雨あられと降り始める。
つまりは、雨粒のひとつひとつが全て剣山。密度は高く逃げ場はなく、言うまでもなく、回避不可能。息を吐くように展開されたその一手だけで、姫宮は逆転の手が浮かばず絶望し――
「……しゃーない! 覚悟は決めた、やるしかない!」
だからこそ、この状況をひっくり返す一手のため。
おもむろに『踊り子』伊豆鳥は、自身の服を脱ぎ始めた。




