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第292話 『姫騎士』の義憤


 堕天使エルザに突き刺さる蒼血の槍から、『吸血の呪い』が発動。声にもならない声と共に、肌からツヤが失われ、眼球は乾き始め、その全身がしぼみだす。

 血液という血液を、水分という水分を、命という命を。

 そして、力という力を吸い尽くしていく。

 そのエナジードレインは、まさしくひとつの到達点にあった。


「――クハハ、やはり処女の血こそ最高のうがい薬よな。実に素晴らしい。――そして成程、そういうことか、そういう理屈か。()()()()()()()()()()使()()()


 そして、しおれていく同僚に向けて、ヴァンパイア・ロードが力ある言葉を使用した。


「さぁ、堕天使エルザよ。――()()()()()()()()()

 それは、『スペシャル技』の詠唱。

 この場にいる誰かではなく、世界そのものを対象とした使用宣言。

 姫宮が聞いた中で最も短く、そしてだからこそ、最も凶悪な『スペシャル技』の詠唱だった。


 上空で『姫騎士』の聖剣が輝く、更にその上で。

 昼間のような光量で満ちる青空の中で。

 ()()()が出現する。

 そしてこれに伴い、空を暗雲が覆い始めた。

 突如として姫宮の『スペシャル技』を塗りつぶすようにして、辺りが薄暗いものへと変化する。


「ようやく、ようやくここまで来た。ようやく世界そのものへ干渉できるまでに至った。このサクリファイス様が、世界を我が手にかけることに成功した!」


 姫宮と吸血真祖の『スペシャル技』、すなわち太陽と蒼月が同時に出現し――、吸血真祖の力が勝っているからこそ、聖剣『サンシャイン』の輝きが月光の蒼い影に飲み込まれていく。


 この時、吸血真祖は月そのものを『武器』としていた。

 剣士が聖剣と魂を繋げ、その力を引き出すように。魔術師がワンドと魂を繋げ、その力を引き出すように。

 欠けることのない月と魂を繋げ、彼は今、超大なる自然物をそのまま『武器』としている。


「だからつまり、こういうことだ。大自然との接続、世界との完全なる同一による、ステータス現象を利用した攻撃! 誇れ、地に落ちた堕天使! 貴様は貴様にはもったいないほど、美しき我が一撃をもって死ねるのだから!」


 世界とは、あまりに超大すぎる存在だからこそ、ステータスなどありはしない。

 だからこそ世界の一部である月光を武器として放たれるその一撃は、ステータスに記された『防御力』を圧殺するほどの力を持つ。


「『蒼き月の一撃(ペイルムーン・アーツ)』!!」


 それは獲物をスポットライトのように照らす死への旅路。黄泉路の如き月へのロード。

 真祖の手が下げられた時、もはや小指一本動かせない堕天使へ向けて、集約さらた蒼き月光が降り注ぐ。蒼い、生気のない光が、檻のように堕天使を取り囲み、そのまま吸血真祖の力が発動。


 垂らされた水滴が砂漠に呑まれ、二度と返らないように、エナジードレインにより月光に包まれている全てから力が奪われていく。

 中間領域の荒れた大地すらも、なけなしのエネルギーを吸いつくされ砂塵へと崩壊。月の光が当たる範囲が、荒野から砂漠へ変化していった。


 そしてエナジードレインが強力すぎるのだろう。

 荒野の砂漠化は月光の輪の外にまで及び、大地のヒビ割れと砂化が姫宮の足元にまで迫っていく。


「ぁ、ぁ……ぁぁ、ぁ―――――――」


 当然、蒼き月光の中心にいる堕天使が無事であるはずもなく。

 消え入るような声とともに、堕天使エルザは天に召された。

 月光に導かれるまま、蒼く淡く光る満月へと命が吸い込まれていく。


 ――この時。

 美しさをかけらも残していない木乃伊ミイラのような堕天使の死体が。

 ガクンと首が折れる中、最後に『姫騎士』の方を見た。


「――――ッ!!」

 そのときに抱いた感情を、合理的に説明することは姫宮には出来ない。

 ただ、名前をつけることはできる。


 それはまごうことなき強い怒りだった。


 何に対するものなのかは分からない。どういう理由で怒っているのか、言葉にすることは出来ない。しかしけれども、声を上げずにはいられないということだけが明確に分かっていた。


「ヴァンパイア・ロードッッ!! なんで、どうしてそこで私を狙わない!!」

「ふっ、そこは貴様の寿命が数分のびたことを喜ぶべきじゃないのかね? ここは戦場、君は戦士。戦乱の世だからこそ必要とされる者。血をすする吸血鬼と、血を流させることを生業とする君たちとで一体何が違うのか。貴様も、このヴァンパイア・ロード様も――命を奪う者という点で何も変わるまい」


 自分もお前を同じだとうそぶく真祖の足元からは、蒼い血の凶器が小さな森のように乱立している。その杭の、剣の、槍の一本一本が、聖剣を手放している『姫騎士』には致命傷となるだろう。

 だが姫宮は叫ばずにはいられない。


「いいえ、違う、絶対に違う!断固として違う! 一緒にするな! たとえ殺し合いという行為が変わらなくても、殺すという結末が変わらなくても!

 せめて苦しめずに一撃で、なるべく相手の尊厳を傷つけずに! そう心に秘めて戦う私達と、仲間を裏切って嘲笑うアナタを一緒にするな!

 たとえ戦場だったとしても、殺し殺され合う敵味方の関係だったとしても、輝く尊厳と尊重が尊い花を咲かせることはきっとある!」


 言葉が後から後から、好き勝手に湧いてきた。

 それが、彼女にとっての魂の言葉だったから。


「それに私は知っている、戦いながら傷ついてる人を! たとえ自分が傷つくとわかっていても、他の誰かを傷つけないために戦う人を知っている! 正しさのためじゃない、偽善者だからじゃない、効率のためじゃない! そうするべきだと魂が叫んでいるから、人間としてのプライドがそうさせたからそうするの! だって本当なら――、彼には戦う必要なんかないんだから!」

「まったく、何の話をしているのやら」


「私の大好きな、アナタなんかとはぜんぜん違うカッコいい男の子の話だよっ!…… 私は彼みたいになりたい。彼の在り方を尊びたい。だから、ちょっとお喋りなところが似てきちゃったかもしれない。

 そして、アナタみたいな奴には絶対になりたくない! 同じ人殺しでも、確実に違うものは存在するのだから!」

「――ふん、どうでもいい話だ。とりあえず死ね」


 少々、気に障ったのだろう。ムカついたのだろう。

 紳士的な所作はあくまで表層だけ。その本質は対極に位置する乱雑なもの。

 そんな精神性が反映された態度で、ヴァンパイア・ロードは自身の血をばらまいた。もとから展開されていたものと共に、蒼い血の凶器が真祖の周りに展開される。


 砂漠へと変えられた大地から生えてくるものもあれば、溢れた彼の血から直接浮遊しているものもある。

 それらは一斉に突撃を始め――その全てを、姫宮は光の嵐で吹き飛ばした。


「『エンジェル・ラ―――ッシュ』!!!」


 その正体は拳の乱打。

 凶器の一本一本すべてを叩き落とし、血しぶきに変え。

 その血しぶきの一滴一滴すらも殴りつ、風圧で吹き飛ばすという強引な手法で吸血真祖の蒼い血を吹き飛ばす。

 これで血潮は細かく遠くへ吹き飛ばされた。わざわざ操作・回収し武器の形に再錬成するよりも、1から新たに武器を生み出すほうが早い。


(――面倒な)


 どちらにせよ、吹き飛ばした血しぶきから武器を作るには、ほんの少しだけ時間がかかるはずだ。すなわち、しばらくの間はヴァンパイア・ロードの方からのみ凶器は展開されるということ。


 そしてこの時、義憤に駆られ。

 精神的高揚に伴いステータスが上昇する英雄のスキル、『気分上々』が発動していた。


「私はアナタを認めない。私はアナタを許さない。――もしもアナタを許したら、私は私じゃなくなるから!」


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