第30話 メイドのメルと『哲学者』
「申し訳ありませんでした、平賀屋様。昨日貴方が怪我をしたのは、私の油断によるものです。謝罪で気が済まないのなら、好きに処罰していただいてかまいません」
「いえ、その・・・謝罪で気が済んだので処罰はしません。大体あれは俺の自業自得な面が大きいですし・・・」
閉められたカーテンの内側で、和成は真剣な表情のメルを至極あっさりと許した。
和成からしてみれば、自分の浅慮な行動で皆んなに迷惑をかけたにも等しいので、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいなのだから。
そもそも自分が許せる立場にいることが分からない。そんな権限が自分にあるとは思えない。
ただ同時に、自分が許さないとメルは納得しないだろうとも思った。
メルからしてみれば、自分が油断してたかどうでは関係ないのだろう。
例え和成がどんな行動をとったとしても、そんな和成を守るのがメルの仕事。
だから俺が倒れたのは、一応メルさんの怠慢であると言えなくもない。
メル自身はおそらくそう考えているのだろうということは、目を見れば何となく分かった。
「それに、メルさんはちゃんと反省しているんですから、罰する意味も特にないでしょ。減給とかなら雇用主はキングス王ですから俺がとやかく言うのはお門違いですし、もし俺が言えばペナルティとして減給させられるとしてもそんなことしませんよ。力で無理やり仕事させるなんてどんな無能でもできる。そんなことしたくないですカッコ悪い。ですので、もうこの話はここで終わりでいいじゃないですか」
(迷惑をかけた俺が、一体何を言ってるんだって話だが)
「寛大なる御処置、誠に感謝致します」
額に冷や汗をかいた和成の言葉を受けて、メルは深々と礼儀正しいお辞儀をした。
(次からは気をつけよう)
それを見た和成はそう決意した。
そして、これがメルさんの作戦なのかもしれないと、そうも思った。
「それともう一つ、平賀屋様に伝えておきたいことが御座います」
「何でしょう」
「貴方様が昨日、レッドドラゴンを見ていた際に使用されていたこれなのですが・・・」
「あぁ、城造に作ってもらった双眼鏡」
メルの手には、黒い本格的な形の双眼鏡が握られていた。
メイド服のポケットが付いたスカートが、緩やかに揺れる。
(改めて見るとやっぱり凄いよな。『職人』のスキル『メイキング』。ありと凡ゆる道具を生み出し、それを十全に使いこなせるスキル。つまり、材料と設計図があれば何でも作り出せる。
尤も、一番凄いのは最新の双眼鏡の構造を何故か知っていた城造なんだろうけど。もしも俺が同じスキルを持っていても、双眼鏡の仕組みについては単純な構造しか知らないから、城造以上のものは作れない)
「ーーーこの構造を売れば、かなりの大金を稼ぐことができます」
それは、メルにとってかなりの決断と一緒に放たれた言葉だった。
メルが和成を護るのは、護衛としての仕事があるからだ。魔人族との戦争に勝利するには高ステータスの異界の勇者たち、つまりは和成の友人である親切や慈、姫宮の助力は最低でも絶対に必要である。そして彼ら彼女らの信頼を得るには、同時に和成に信頼されなければならない。
元々の信頼関係か性格的相性の良さからくる仲の良さかは分からないが、もしも彼ら彼女らに協力を願ったとして、そこで和成が疑いの目を向ければ、それだけで彼ら彼女らが二の足を踏む要因となってしまう。
人族の命運を分けるに、そんな不安要素は何よりも邪魔だ。
そしてそれは逆説的に言えば、和成が信用しているという事実が既に、『聖女』たちが信ずるに足る根拠となるということでもある。だからこそ、何とか和成とコンタクトを取ろうとする者たちがいる。
そうでなくとも和成の立場は、「女神が間違えて召喚した」ということで悪い。
そんな存在が『聖女』や『姫騎士』と親しくすることや、王女や『勇者』の意思に従わないことに、勝手な悪感情を抱く者がいる。
メルとしては、そんな奴らからも和成を守りたいのだ。
勝手に召喚して勝手に人生を奪い勝手に戦わせる。その上さらに辛辣な態度までとり酷薄な待遇を与えることは、メルにとって許容し難いことであった。
今回の助言は、その為の布石だ。
警戒心の塊である和成に、信じてもらう為の布石。
ここで和成に助言し、王家の加護の元で商品を展開し、その利益を与えるまですれば、和成に信頼されるかもしれない。その利益によれば、高額なマジックアイテムを買ってボーナスポイントを得ることも、魔法書で魔法を習得することも、装備や武器を整えることもできる。
そこでもしも金に目が眩み悪事を行うようなら、ただ見捨てればいい。
信頼関係を築けなければ、別にそれはそれで構わない。身勝手にも巻き込んだ世界の一人として、自分だけでも生き残れるために何かをしたいだけなのだから。
最終的に、彼や召喚した者たちが失意や絶望の中で死ぬことが無ければそれでいい。
そんなメルの言葉に対する和成の返事は、まるで最初から決めていた言葉を発するかの如く淡白なものだった。
「そうでしょうね」
「・・・・・・」
結構な覚悟を込めた言葉に対するその物言いに、メルの一瞬自分の行為に対する決意が揺らぎ、二の句が継げなくなる。
「えっと・・・この世界では、魔法による技術が進歩していますが、そのために安定した魔力の供給が不可欠となります。それは、これから始まる戦争に関しても同じことです。しかし供給できる魔力の総量には限界がありますので、この器具のような魔力を使用しないただの道具の需要が高まっているんです」
「そうですか。それなら確かに、この器具は売れるかもしれませんね」
「・・・?どういうことでしょうか。平賀屋様の態度は、このことを予想していたのですか?」
「いえいえ。単に、もしもそうだったらやれることが増えるから、そうだったら良いのになぁ・・・という希望的観測をしていただけですよ。見たところ、この世界は魔法が発達していますが、科学はそこそこのようです。俺たちの世界の知識を売って、お金を得る。お金も力です。お金で馬鹿高いレベルアップポーションを買えばレベルをあげられる。用心棒として凄腕の冒険者を雇うこともできる。
とれる選択肢が増える。今の俺からしてみれば、それだけでありがたい。
たっだ、俺の知識を売るなら、クリアしなきゃいけない課題がいくつかありますからね」
「課題、ですか・・・」
「利権ですよ利権。確かに俺が作ってくれと提案しなければ、城造は双眼鏡を作らなかったかもしれませんから、そういう意味では俺にも商品化の際に利益を得る権利がひょっとするとあるかもしれませんし、職人気質で金銭に対する興味が薄そうな城造は細かいことを言わないかもしれません。
しかし、他のクラスメイトがどうかまでは分からないでしょ。麒麟のことを知る人が俺以外にもいたように、双眼鏡の仕組み程度なら他に知っている人がいてもおかしくない。
仮に向こうの知識で作った物を売って利益を得たとしましょう。しかし、物によっては他の人でも作って売ることは出来るんです。なんなら、アイデアだけ売ってもいい。それで俺が利益を得て、一体他の人がどう思うか・・・」
「・・・成る程、それは確かに・・・申し訳ありません。浅慮な発言でした」
「気にしないでください。ただまぁ、何度考えてもそこがネックなんですよね。資本主義社会のルールに則って早い者勝ちを主張すれば特に天城なんかは反発しそうですし、剣藤さんや姫宮さん辺りも良い顔はしないでしょう。何よりそんな自由とは名ばかりの、やったもん勝ちの一人勝ちで利益独占みたいなのは嫌いです。出る杭は打たれる。そもそも、変に目立てば絶対に目をつけられますよね。特に俺の場合」
「・・・おそらく、そうなるでしょう」
「ま、現段階では取らぬ狸の皮算用ですね。地球の知識は果たして、俺個人の財産なのかーーって、そんな訳ない。これが俺一人なら悩むことはないんでしょうが、俺以外のクラスメイトもいるんです。地球での知識は、ものにもよるんでしょうが矢張り皆んなの共有財産だと思うんですよ」
「・・・・・・」
「儲けようとするなら、予め根回ししてからお断りを入れなきゃダメでしょうね。細心の注意を払って、漸くトラブルを回避できるかどうか・・・難しいでしょうけど」
「・・・(予想以上に冷静な方ですね。知識を売れば儲けられるということを教えれば、飛びついてくると思っていたんですが。そんな平賀屋様を落ち着かせながら、キングス王が信頼する商人と伝手を持たせ地盤を固める予定でしたが、早速崩れてしまいましたね・・・。おまけに、考えていた危惧も殆ど言われてしまいました)」
和成は自分を傑物だなんて思っていない。
アルバイトすらしたことがなく社会に出てもいない自分が、商人として大成できるなんて思ってもいない。
自分に商才があるなんて微塵も考えないし、自分の運が良いとも思わない。和成に言わせれば、運が良ければそもそも異世界に間違われて召喚なんてされなかったはずだと考えている。
(商品化の際に大きく貢献するであろう城造様と久留米様は、偶々つい先日平賀屋様と親しくなりましたから、この国の者達が近づくのに気をつけていれば暫くは大丈夫でしょうし・・・いや、偶然ではない?平賀屋様は、この状況を見越して二人に接触していた?召喚直後なので、戦争が近いこともあって誰もが戦闘員に注目しているあの状況で?おそらく今後はあの二人に目が行く者は絶対現れる。つまり平賀屋様は、殆ど唯一と言っていい機会を逃さなかったということ・・・)
メルのその判断は買い被りである。和成が城造と久留米の二人に接触したのは、単に異世界に召喚されて心細い和成が、少しでも仲間を増やそうと取り敢えず接触できそうな奴に声をかけただけだ。
確かに和成は、あの時声をかけなければ二人と接触する機会が時間と共に減っていくであろうことを予想していたが、そこまで計算はしていない。
和成の行動が英断か愚行か、それは現段階では分からない。
「ま、おいおい考えていきましょうか」
☆☆☆☆☆
そう言って開けたカーテンの先では、久留米と山井が未だにお喋りしていた。
内容を聞く限り、どう考えてもこの場でする必要のない中身の無い話である。
「・・・人はどうして、こうも不毛な雑談が好きなのかね」
「貴方が言えることではないと思います」
少なくともメルが知る限り、異界の勇者たちの中で最も喋っているのは間違いなく和成である。
☆☆☆☆☆
問い一「ゲームの世界に現実から入り込んだ場合、入り込んだ人間にとってその世界はゲームか現実か?」
――少なくとも、俺にとってこの世界は現実だ。ヒトの営みがあり、友達がいる。そして俺はその中で生きている。ならばどんな常識の範疇外の出来事に会おうとも、この世界は俺にとって現実だ。
だから、やれることから始めていこう。できることを積み重ねよう。
第一章『異世界召喚編』終了。第二章『王都・王城編』へ続く。




