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第29話 山井と久留米と平賀屋

 

「おはようございます」

 和成が目を覚ますと、側から淡々とした声が聞こえてきた。

 規律正しい姿勢に、いつ見ても変わらない折り目正しいメイド服。銀縁の眼鏡と、その奥の冷静な目。

 メイドのメル・ルーラーだ。

「・・・おはようございますメルさん。えっと、今何時ですか?」

「既に十時を過ぎています。勇者の皆様は、もう出かけられました」

「そうですか」

 出来ることを増やすには、まずはレベルを上げないとどうにもならない。

 自分たちよりも強い存在を目の当たりにしたばかりなのだから。

 ただ、『百万倍の努力(ミリオン)』(LvUPに必要な経験値が100万倍になる。一定量のダメージを与えてトドメを刺した場合のみ、経験値を得られる)の文字がステータス画面に記された和成には、その手段はとれない。


「お身体の具合はいかがでしょうか」

「ん、大丈夫ですね。スッキリしてます。特に問題は感じません」

「食欲はどうでしょう」

「そう言われれば、少し・・・いえ、かなり減ってますね」

 和成が腹をさすると、それだけでグゥゥゥゥと盛大に鳴った。白虎型モンスター(ハクちゃん)に噛まれたのが昨日の夕飯前だったので、今の和成は二食抜いている状態だ。また、回復の際にもエネルギーを消費している。

「それでしたら、山井様が起床時刻を予測し、久留米様がお食事をご用意してくださいましたので、ここのままいただいてはいかがでしょう」

「ありがとうございます。いただきます」

「では、運んで参ります」

 しずしずと一礼してから扉を開け、きびきびとした姿勢でメルは部屋を後にした。和成が目覚めてからそれまで、厳格な表情のままニコリとも表情を変えない。


(・・・・きっと、俺が介入するようなことじゃないんだろうな)


 ☆☆☆☆☆


 ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ

 今日の和成の遅めの朝食は、多種多様なパンと名前を知らない芋のポタージュスープ。

 それに、サラダと果物の盛り合わせ。

 ちゃんと久留米が料理名の説明をしていたのだが、和成は碌に聞いちゃいなかった。

 早々にいただきますの挨拶を済ませ、食べる。

 和成は文化としての料理の名前には興味があるが、自分が食べる料理の名前は基本的にどうでもいい。

 腹に入れば皆同じ。特に今は腹が減ってしょうがなかったし、その状態で漂ってくる美味なる香りを嗅げば説明なんて耳に入らない。

 ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ


「気持ちのいい食べっぷりだねー。どうしてスープみたいな液体をガツガツ食べれるのか分かんないけどー。特に今回のは消化にいいサラサラめのスープなのに」

 ただ、それに関して久留米が気分を害する様子はない。料理の名前を然程重要視していないのは久留米も同じだ。それよりも自分が作った料理を美味しそうに沢山食べてくれる方が嬉しい。

 見ていて幸せな気分になる。

 ちなみに、和成が寝ていたベッドには上体を起こせばそのまま食事を取れるよう、病院のベッドのような配膳机が設置されていた。

 その上に並べられた料理を、ガツガツと和成は食べまくっている。

 最終的に籠に盛られたパンを全て平らげ、スープを三回サラダを二回お代わりした。

「ご馳走さまでした」

「はーい。お粗末さまー」

 満足そうに膨らんだ腹を撫でる和成と、嬉しそうに空になった食器を回収する久留米。

「良く言えばほのぼの、悪く言えば能天気な光景ね」

 そして、診察をしに待機していた山井。

「スキル『診察』発動・・・ええ、特に問題は無いわね。健康そのものよ」

 素人目で見ても、二食抜いていたとは言え先述の量を平らげた和成は、ベッドの上にいるがまるで不健康そうには見えない。


「・・・・で、隣で寝てるのは・・・四ツ谷さん?」

「そうよ。また体調を崩したみたいでね」

 和成の目線が隣のカーテンに囲まれたベッドへ移り、心配そうなものへと変わる。

 四ツ谷(よつや) 綺羅々(きらら)

 虚弱体質で有名な、クラスで最も病弱な少女。

 季節の変わり目には、体調不良により学校を休むことが多い。

 一年を通してつけているマスクから覗ける顔は不健康に青ざめており、目つきも基本的に倦み疲れていた。もちろん体育には参加せず(できず)にいることが殆どだ。

「喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー。これらは環境の変化が大きく悪影響を及ぼすからな・・・・」

 ついでに、和成・慈と同じ、文学部所属である。ほぼ幽霊部員であるが。

「詳しいねー平賀屋君」

「父親が小児科医だからな。えーっと確か、【免疫機能が成熟していない子供は、上記の症状を発生させやすい。成長と共に症状が緩和されるケースも多いが、これらの症状は個人差がかなり大きいので一概には言えない。日常生活を大人しく過ごす分には特に問題がない・・・・ことが多いのが、一番めんどうなんだよな。喘息は人によっては階段の上り下りとかの軽度の運動でも発症するけど、じっとしていれば見る分には健常に見えるから理解を得られず、サボっていると認識されることもある・・・・】。

 秋の朝から春の昼間に召喚されたことによる気候の変化に、体内時計の狂い。おまけにレベル上げを行ったことによる体力の消耗と、二つのパーティーによる夜更かしや偏った食事。そして日本と異世界という環境の違い。これだけの要素があれば、体調を崩す人が出てもおかしくない」

「詳しいねー」

「前半は親からの受け売りだけどね」

「あまり騒がない。まだ寝てるのよ」

 山井が一本立てた人差し指を口前に近づけ、「お静かに」のジェスチャーをとる。

 久留米もまた、左唇の端から右唇の端まで「おくちチャック」のジェスチャーをとった。

 和成も流れに乗り、重ね合わせた両手で口をふさぐ「否言いわザル」のジェスチャーをとった。


「それで、貴方達今日はどうするの?」

 三人の声量が先ほどよりもおちたものになる。

「そうだな・・・やっぱり情報収集かな。俺はこの世界のことを何も知らない。幸い――かどうかは分からないが、時間だけはある。というわけでメルさん、図書館へ案内していただけませんか?」

「かしこまりました」

 メルは基本的に異界の勇者同士の雑談に口を挟まない方針だ。粛々と職務を全うするのみ。

「じゃあ私もそんな感じかなー。この世界にどんな料理があるのか気になるしー」

「そう。私は色々とやることがあるけど一応はここにいるから、もし体調に異常があるのが見つかったら直ぐに来なさい」

「ん、分かった」

 柔らかく会話する和成と山井を見て、久留米が反応した。

「・・・んー?なんかー、棘が抜けたのー?山井ちゃん、前は平賀屋くんのこと嫌いじゃなかったっけ」

 久留米が気付いた。さっきまで薄々気付いていたが、教室で和成と接した時の態度と今の山井の態度はまるで違う。話すことはほとんどないーーというか山井が和成を露骨に避けていたので会話自体はほぼゼロだったが、それでも両者まじめに通学しているので席が近くなったり、授業で六人一組になったりすることはある。

 山井涼子が平賀屋和成を嫌っていることは、二年一組において周知の事実だ。

 当の和成がまるで気にしておらず、山井も直接手を出すことはなかったので、教師も静観していたが。


「嫌う理由がなくなっただけよ」

「・・・ふーん(山井ちゃんって、こんなに柔らかい顔してたっけ)?」

 窓から差し込む日の光。部屋の壁。

 はにかんだ口から見える歯。

 それらの白さと眩しさが、目の下のクマにまるで似合わない。

 しかしだからこそ、それが成長と新しい門出を象徴している様に見えた。

「・・・・・・山井ちゃんが笑ってる!!??あの『二年一組仏頂面コンビの女の方』と呼ばれている山井ちゃんが!!!???」

「貴女の中での私は一体何なのよ!そこまで驚くこと!?あと何よその変な異名は!?女の方ってことは、片方は男子なのよね!!」

「相棒は城造くんだよー。はぁー・・・」

 久留米は頬に手をあてて呆けている。

 まるで珍獣でも見つけたかの様な顔だ。

「相棒じゃない!それにあんなのと一緒にされるのは流石の私も業腹なんだけど!!」

(そのセリフ、多分城造にもそっくりそのままお返しされるだろうな・・・。というか・・・)

「山井さん、声がでかい。隣」

「え、ああごめんなさい。いやそれにしたって・・・・」

「あははは―――」

 不満げかつ納得していない山井を尻目にカーテンを閉じ、着替えさせられていたパジャマからメルに渡された学生服へと着替えながら、姦しい女子二人の会話を聞き流す。

(たった一晩・・・いや、数時間か。変われば変わるものだ)

 良い傾向で、きっと悪いことではないのだろう。

 少なくとも昨日までの山井なら、こうも素直に和成へ謝ることはなかった。


 シャッ。

 着替え終わり、わざと荒く音を立ててカーテンを開けるも、

「絶対あの極端な女嫌いほどじゃない」

「私が言い出したんじゃないもーん」

「言い出しっぺを思い出しなさい。後で問い詰めてとっちめてやる」

「んーと、誰だったかな?」

 二人は普通に気づいてなかった。

 女子が楽しんでいる会話に下手に入るのは、得策ではないことを和成は経験から知っている。そして同時に、同じ場所(図書館)へ向かうことを知っているのに先に行こうものなら、後で久留米の機嫌を損ねてるであろうことも察していた。

 久留米は男子と団体行動をとることに抵抗がないタイプだ。

(そして女子とは、男子に比べて共感や共有を重要視する傾向にあるらしい。心理学の本で読んだ)

 この場合、久留米は和成と「図書館へ行く」という過程を良好な友達関係のために共有したがる可能性が高いことを、和成は空気を読んで察していた。

 マイペースだが空気は読める。そして敢えて無視する時がある。それが平賀屋和成。

(多分、このまま話が終わるまで待たなくちゃいけないんだろうな・・・まぁ、まだ寝起きで脳が本調子じゃないと言えばないから、別にいいんだけどね)

 これが通常時であれば、とっとと本を読みに行っていた。


 しかしながら和成の予想は外れ、和成が二人の会話が終わるのを待つことはなかった。


 何故ならメルに切り出されたからだ。


「平賀屋様。お伝えしておきたいことがございます」


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