第26話 『魔獣使い』モンスターテイマー
「おーい。平賀屋くーん」
「ん?ああ、姫宮さん」
溌剌とした呼び声に反応し、双眼鏡でレッドドラゴンを眺めていた態勢のままで振り向いた先に、私服姿の姫宮未来がいた。日用品は王国より無償で送られる。
ちなみに和成は学生服だ。
「いやいやいや、そのままで見える訳ないでしょ」
そんな姫宮の頭から、一段低い位置よりもう一人の声が聞こえてくる。
『魔獣使い』熊谷日夏。
小学生並みの体躯の高校二年生。十七歳。バレー部所属。ポジションはリベロ。
後ろでちょこんとまとめたヒヨコのしっぽのような髪型から、あだ名は「ヒヨ子」。
「あ、熊谷さんも居たのか」
「やっぱり見えてなかった」
振り向いた時、和成は双眼鏡を覗いたままだった。
特に理由はない。
だからあっさりと何故最初からそうしなかったと思わせるような態度で、双眼鏡から手を離した。紐で輪を作り首にかけているので、地面に落とすことはない。
そうして視界に認めた熊谷の側に、四体のモンスターがいた。
頭にとまっている、鷹の爪のような鶏冠を持つ唐辛子饅頭の様な小鳥。
抱えられている、どんな顔をしているのか認識出来ない程に真っ黒な亀。
脚の側で鳴いている、動くぬいぐるみにしか見えない白黒の虎じまの仔猫。
首に巻きついている、ツノの存在によって漸くその種類が判別できる青い鰻の様な龍。
「朱雀、玄武、白虎、青龍か」
「そう!それでちょっと平賀屋くんに聞きたいことがあって来たんだけど」
和成の呟きに、姫宮が反応した。
「そうか。つまり、俺に四神についての情報を聞きに来たってことか?」
「平賀屋くんエスパー!?」
「空気を読んだだけだ」
オーバーリアクション気味の姫宮に、和成は冷静な反応を返す。
「んで、えーっと熊谷さん。話をするから、取り敢えずこっちを向いてくれないか?」
二人が漫才をしている内にふらふらと熊谷は檻の方へと引き寄せられ、ミスリルの格子を掴んで食い入るようにレッドドラゴンを見ていた。
「ああ、ごめんごめん。いやー、まるで動物園みたいにドラゴンがいるもんだから、ついテンションが上がっちゃってね」
「さっきここに来る前に大迫力で見たばっかじゃない」
「いや、なんとなくだが俺には分かるぞ。間近で見るのも良いが、動物園みたいな状況で見ることによって異なる種類のファンタジー感を味わえるんだ」
その時、熊谷と和成の目に一筋の光が走ったように姫宮は見えた。
二人は無言で強く手を握り合う。
「なんだこれ」
「同好の士とのグラップユアハンズだよ」
「固く握ることで魂が繋がるのさ。何故握るのかという理由は無く、つまりは原因もまた存在しない。過程すら無視し、あるのはただ握り合うという結果のみなのだよ」
「なんだこのノリ」
二人とも、ドラゴンとの遭遇にテンションが上がっていた。さっきは余計な奴らがいたのではしゃげないかった和成も、今なら思う存分はしゃげる。
そういう安心感をこの二人は持っている。
オタクが衝動に任せるままに長台詞を喋っても、キモいと言わない系女子。
取り敢えず頭ごなしに否定してこなさそうな人の良さを感じさせる二人だ。
「ま、熊谷さんが幻獣というかモンスターというか、ああいう感じのが好きのはなんとなく知ってたしね。可愛ものが好きなんじゃなくて、動物が好きなんじゃないの。熊谷さんは」
「え、ヒヨ子ちゃんのこと、なんで知ってるの?」
和成の言葉に、姫宮が反応した。
親友熊谷は確かに和成の言う通り、可愛いものが好きだから動物が好きなのではなく、ただ動物が好きなのだ。嗜好の一環ではなく生まれ持った性に近い。
つまりは変態だ。何時だったか、アナコンダに顔を締められたいとか言っていた。
「俺は図書委員だ。熊谷さんが何の本を借りたかを知っている。図書室で偶に顔を合わせるしな。そして借りた本の傾向を見れば人の趣味趣向はなんとなくわかる。トドメに、そのヌメヌメした鰻みたいなモンスターを首に巻いているのを見れば何となく察せられる」
「成る程。意外な所で接点があるんだね」
「同じ学校で活動しているんだ。何処ぞで何かの縁ぐらいは生まれるだろう」
「それはそうか」
「・・・・・・」
二人の軽快なやり取りを、黙って熊谷は見つめていた。
ついでに、甲羅に引っ込んだままの玄武モンスターを持ち続けるのは重いので床に置いた。
(珍しいな。姫ちゃんコミュ力高いから知り合いは多いけど、天然というか外面から受ける印象と内面が結構違うから、そのギャップにガッカリされるのを怖がって、素を見せる人は少ないんだよね・・・)
「えーっと、それでその、この子達のモチーフについて知りたいと思ってね。わたしドラゴンとかの有名どころは知ってるんだけど、マイナーなのは知らないんだよ」
「四神ってマイナーなのか・・・?とは思わなくもないが、まぁいいや。知らない奴は知らない類いの知識だしな」
熊谷は動物マニアであるが、ゲームやアニメや漫画には、あまり縁がないタイプの女子だった。実在するかどうか分からない幻獣よりも、実在する珍獣の方が熊谷の好みだ。
「南方を守護する赤い鳥、朱雀。東方を守護する青い龍、青龍。西方を守護する白い虎、白虎。北方を守護する黒い亀、玄武。これら四体を四方に、麒麟、又は黄龍を中央に加え守護神とする考え方がある。そして、それぞれが五行思想の木火土金水に対応している。五行思想や木火土金水について、どこまで知っている?」
「全然知らない」
「相性があるのは知ってる」
「そうか。姫宮さんが言ってる相性には、相生、相剋、逆相剋、相乗、比和が存在する。
相生は順々にそれぞれを生み出していく陽の流れを意味し、木は燃えて火となり、火が灰を作り土となり、土は鉱物を生み出し金となり、金は水分を凝結させて水となり、水は植物を育て木となる。
相剋はその逆で、相手を滅ぼす陰の流れだ。水は火を消し、火は金属を熔かし、金属は木を切り倒し、木は土から養分を吸い取り、土は水を堰き止め濁らせる。
逆相剋はそのまんま、相剋の逆。火の勢いが強ければ水で消せず逆に水が蒸発する。金属の融点が高ければ火で熔かせない。木が頑丈なら金属では切り倒せない。土が肥えていれば木に養分を吸い取り尽くされない。水が強ければ土を押し流してしまう。
五行思想とは、万物に通る気の流れを表したものだ。あらゆるものが循環し均衡を保っている状態を指すのが、正五角形の中の五芒星なのだろう。
だから相剋の中には相生があり、相生の中にも相剋がある。水が火を消すことで火が全てを燃やし尽くすことはなく、火が金属を熔かすことで道具が生まれ、木は金属で加工され製品となり、土は木が根付くことで土砂崩れを防ぎ、水は土の存在により流れを保てる。同様に、木を燃やし続ければ火はやがて衰える。火によって灰が溜まり続ければ、それはもはや土ではない。土から金を取ればその分大地は減る。金に水が凝結し続ければ錆びてしまう。水を木に与え過ぎれば腐らせる。
そして、相乗は相剋が過剰になった状態を指す。過剰な水が火を完全に消してしまい、過剰な火が金を完全に熔かしてしまい、過剰な金が木を完全に伐採してしまい、過剰な木が土の養分を完全に吸い取ってしまい、過剰な土が水を完全に吸収してしまう。
また、比和は同じ気が重なり、良い状態が更に良い状態へ、悪い状態が更に悪い状態へ行くことを指す。要は、バランスが大事ということだな」
「口と頭の回転がすごいね、平賀屋くん」
「本当にそういうのが好きなんだねー」
流れる水の如き和成の弁舌に、二人は感心を通り越していた。一応、はっきりした滑舌と文の要点や節目にかかる抑揚によって、分かりやすく理解できている。
「で、どの子がどの属性なの?この子が火で、この子が水なのは何となくわかるけど」
そう言って熊谷が、頭に乗る小鳥と首に巻く鰻もどきを順繰りに指し示す。
「いや、青龍は水行ではなく木行だよ」
「あれ?けど龍って、水とか川とか滝の象徴だって何処かで聞いたけど?」
「それは確かにそうだし青から水を連想するのも分かるけど、さっき中央に位置するのは麒麟または黄龍だと言っただろう。それと同様に、朱雀は赤龍、白虎は白龍、玄武は黒龍に置き換えられるからな」
「「へー」」
「朱雀が火なのはその通りだけどな。んで、白虎が金、玄武が水だ」
「ああ、そうか!だからアオちゃんが植物属性で、ハクちゃんが金属属性で、クロちゃんが水属性だったんだ。私てっきりレッドちゃんが炎属性で、アオちゃんが水属性で、ハクちゃんが風属性で、クロちゃんが闇属性なんだと思ってた」
「カラーリングから連想すれば、そう思っても仕方ないかもな。ちなみに、春夏秋冬や感情なんかにも五行思想は存在する。五行の移り変わりによって四季が訪れると考えていたから、四季が五行の象徴になっているくらいだ」
「教えて!」
そこまでいくと話が逸れているのではと熊谷が言う前に、姫宮が反応した。
「木行は春。樹木の成長を表しエネルギーや若々しさを内包する。
火行は夏だな。光輝く炎から灼熱の性質を持つ。
金行は秋になる。元となる金属の性質から、冷徹や堅固、確実といった概念を含む。
水行は冬を象徴する。湧き水を表し生命の泉を象徴する。よって、胎生や霊性を内包する。
土行はそれらの季節の節目、変わり目の象徴だ。これを土用と呼び、立春・立夏・立秋・立冬の直前約十八日間を指す。
序でに言うと、土用の丑の日は立秋直前の十八日に存在し、この時期によく夏バテをするので精のつく鰻を食べようと定着させたのが平賀源内だとされる」
「そうなんだ・・・」
「それは知らなかった」
「鰻の旬は冬だからな。夏売れない鰻をどうにか売ろうとした販売戦略の結果、夏によく食べられるようになったんだ」
「「へぇー」」
「ビタミン豊富な鰻を夏バテ予防に食べるのは、別に間違ってないがなーーーーいや、話を戻すぞ。
感情にも五行は存在し、これを五情と言う。火行が喜び、木行が怒り、水行が哀しみ、金行が楽しみ、土行が怨みだ」
「なんかそう聞いてみると、土行が若干浮いてる感じがするね・・・あれ、土行?」
そこまで聞いて姫宮は気づいた。
「麒麟が使ってたのは雷属性で、土属性じゃないよ?それとも、五行思想では雷は土行に入るの?」
「いや、それは俺も疑問だったんだ。五行において、雷は木行のカテゴリに入る。だからまぁ、あれはひょっとすると麒麟ではない似ているだけのモンスターなんじゃないかーーということをさっきからずっと考えていた。
この世界におけるファンタジーな存在は、何を基準にそう訳されたのか・・・とかな」
「訳された?」
和成の最後の言葉に熊谷が首を傾げ、姫宮が尋ねる。
「訳されたって、どういうこと?」
「・・・二人とも、『意思疎通』のスキルの存在を忘れてないか?俺たちが認識しているこちらの世界の言葉は、全てそのスキルによって訳されたものだろうに」
(ーーーだからこそ、もしも女神様が俺の敵だったとしても反逆のしようがない。もしも女神様がこのスキルを剥奪できた場合、それをされれば俺には手も足も出ない)
「例えばあのレッドドラゴン。天城たちにも言ったが、東洋の龍と違って西洋のドラゴンは悪の象徴だ。ドラゴンの語源はdrakon、ギリシャ語で『見張る者』の意味。財宝を巣に貯め込み、それを奪われぬよう番をして暮らすドラゴンは欲の深い存在だとされた。代表例を上げると、北欧神話のファフニールやギリシャ神話の眠らないドラゴン辺りだな。
そんな奴らと比べると、果たしてあの赤い鱗の生物はドラゴンと訳すのは適切か否か」
「「うーん・・・」」
和成の問いに、二人は頭を働かせて自分なりの答えを模索する。
「宗教の観点から考えれば、親切なんかが使える『魔法』もおかしい。『魔法』とは元々悪魔と契約を交わして使う不思議な力の事。八百八の悪魔と敵対する女神様の宗教とは相容れないはずだ。尤も、単に『摩訶不思議な力』みたいに適当な形で訳されただけだろうがな。ここがゲームの世界なら、そういう訳され方をされるのはおかしくない。そしてそれはドラゴンにも言えるんだろうな」
「反論する前に自己完結しないでよ」
「折角反論考えたてのにー」
女子二人から、仲良く野次が飛んできた。
「じゃあ、その反論を聞かせて貰おうか」
「うーんと、平賀屋くんが言っちゃったことだけど、最近の二次元産業じゃあドラゴンはあんな感じのモンスターって意味で使われてるんだし、そんなに気にすることないんじゃない?」
「それに、ここはゲームの世界。『はじまりの森』のモンスターたちもゲームと同じ名前だったし、最近使われてるのと同じ意味で使われてるだけだと思う。あと、ゲームの用語とか固有名詞がそのまま訳語に当てはめられてるのかもしれないし」
「まぁそうだよな。結局、あのモンスターを中国の麒麟と見做していいものかどうかは、麒麟が何処かへ行ってしまった以上、結論の出しようがないんだよな・・・」
「そうか・・・」
「ふーむ・・・じゃあ、平賀屋くん。四神についてもっと話してよ」
「・・・ああ、そういえばそういう話だったな。しっかし四神について話せることはもうあまりないぞ。四方を守る神獣、以外の情報はあまりないんだよな・・・何故中国と日本でその信仰が流行ったのかーーとかなら多少は話せるが、それが今重要とは思えないし、無茶苦茶長くなって二人を眠りに誘うだろうし」
「ふーん、じゃあわたしはもういいかな。この子達の属性が変じゃないってちょっと思ってたけど、その理由は分かったし。ありがとね」
「えー。私はその中国と日本で四神信仰が流行った理由のお話を聞きたいんだけど」
熊谷は自分の疑問が晴れたので納得した様子だが、対照的に姫宮はまだ和成の話を聞きたがっている。前回の見舞いの際の神話と妖怪に関する話が余程お気に召したのだろう。信仰が生まれる原因と経緯に姫宮は興味津々だ。
「けど姫ちゃん。私たちまだまだやることがあるじゃない」
「うう・・・そうだけどさ・・・」
(珍しいなー。自分より他人を優先することが多い姫ちゃんが、自分のわがままを諦めきれないなんて)
揉めてる二人を傍目に、和成の興味は熊谷が連れてきた四神がモチーフのモンスターに移っていた。経験則から女子の相談に首を挟むべきではないと考え、二人が結論を出すの待とうと思ったからだ。
単に、『女子の会話よりファンタジーのモンスターの方に興味があるから』とも言える。
「よーしよしよし」
身を屈め手を伸ばし、熊谷がハクちゃんと読んだ仔猫にしか見えない白虎のモンスターを撫でようとする。首の辺りをこしょこしょして、ぐるぐる喉でも鳴らして貰おうと思ったのだ。
しかしハクちゃんは熊谷の足元におり、和成が足と腰を曲げて屈み手を伸ばせば、手を上に上げるだけでちょうど熊谷のスカートが捲れる位置関係になる。ハクちゃんに気を取られている和成は気づいていないし、姫宮と目を合わせて話し込んでいる熊谷も気づいていない。護衛のメルもさっきまでクラスメイト三人が和やかな雑談をしていたことに加え、姫宮と熊谷の会話に引っかかる点かありそちらに意識を向けていたので気づかない。
位置関係から唯一気づいていた姫宮も、体と目線の向きから和成の目的がハクちゃんであることを理解したので放っておいた。
誰も止める者がいない中和成は呑気に手を伸ばしーーー
「ニャウ」カプッ
そんな仔猫の鳴き声と可愛らしいオノマトペと共に、普通に和成は噛まれた。金属属性のハクちゃんの牙は針のように鋭い。二本の牙が手の甲に突き刺さっている。
「あ」
軽く驚き和成は小さく声を上げる。
小さな小さな両者の声は、話に夢中な熊谷と姫宮には聞こえない。当然、離れた場所から見守るメルにも聞こえない。
そして和成の視界の端には、2pしかないHPのゲージがみるみる内に減っていくのが映った。
「ごめ」
そこまで言おうとして、和成は意識を失い前のめりに倒れこむ。
もう一度描写しよう。
さっきまでの和成の姿勢は、そのまま上に手を掬い上げれば熊谷のスカートが捲れ、目の前にパンツがモロに見える状態だった。
つまり、気絶して前のめりに倒れた和成の頭頂部は、そのまま熊谷の股間に突っ込んだ。
「へ?」
「あ?」
「え?」
和成の奇行に一瞬固まった後、それぞれ三者三様の行動をとる。
「平賀屋様!?」
和成の様子のおかしさに気づいたメルは、慌てて駆け寄った。これがもしも『瀕死』状態なら、今の和成は一撃くらうだけで死に至ってしまう。
(な、なんで?平賀屋くんは、そういうことをしないと思ってたのに・・・?)
現実を受け入れられなかった姫宮は、混乱により思考が停止する。和成の態度は明らかにおかしいのに、その原因が分からない。姫宮のからは、ハクちゃんが和成に噛み付いているのが見えないから当然だ。
「ちょっとぉ!?平賀屋君のエッチ!!」
被害者である熊谷は、慌てて咄嗟に和成の頭を押さえる。しかしバランスを崩し熊谷の方に傾いていく和成の頭は、気絶していることもあって重い。おまけに熊谷は人生初のセクハラに体が強張り、力が出ない。声も少し震えている。
その結果、拒まれてなお和成が同級生女子の股間に頭を突っ込んでいるような、酷い構図が出来上がった。
「そういう悪ふざけが許されるのは、小学生までだよう!!」
一応熊谷が純真な内面をしていたため、その行動を性的なセクハラと捉えられず、単なる悪童の悪戯と解釈された。
単に性的なセクハラと捉えるのが恐ろしかっただけかもしれないが。
悪ガキの悪ふざけということにして、円満に収めたかっただけかもしれないが。
尤も、当の和成からしてみればどちらも不名誉なことに変わりはないし、そもそも意識を失っているのだからラッキースケベもクソもない。
「ちょっともう!いい加減に怒るよ!!」
ただ、和成が気絶していることに気づけていない熊谷は、そのまま無理に力を入れて和成を押し倒そうとする。
「熊谷様!少し待ってください!今の平賀屋様に衝撃を加えてはいけません!!」
間一髪、冷静な無表情で見守っていたメイドが顔を青くしながら駆け寄るのを見て、漸く二人は和成の態度の異常さに気づいた。
頭を股間に突っ込んでくる和成の行動は変態そのものに見えるが、それ以上の行動をとってこないのだ。
(こういう時は普通の変態なら、腰や脚を掴んで頭をぐりぐりするんじゃないの?)
そんな正しいのか間違っているのか判断がつかないことを思う姫宮の脳裏に、昨日聞いたばかりの言葉が浮かんだ。
そしてそれは、熊谷も同様だった。
「「『瀕死』状態!」」
事実、少し熊谷が身を捩り倒れこむ方向と筋を違えるだけで、そのまま和成は地面へと重量に従って動き出した。
「平賀屋くん!」
『瀕死』状態は、次の一撃をくらえば即死する大変危険な状態である。それこそ、地面に倒れ込んだ際の衝撃で死んでもおかしくない程度には。
さっきまでの和成の動きは滑稽そのものであったが、実態はまるで笑えないシリアスな状況であった。




