第25話 こじれた状況
「申し訳ございませんが平賀屋様。万が一の事態を想定して、レッドドラゴンと直接面会することはお控えください」
最後の門の先。レッドドラゴンが収容されている(直接見たことはないが)ローマの闘技場ほどの大きさがありそうな檻の前。ミスリル棒で編まれた格子状の扉に佇む騎士に、和成は行く手を阻まれた。
「つまりレッドドラゴンが暴れて・・・そうでなくとも、うっかり爪や尾が掠るような事故が起こるのを危惧して、檻の中には入れられないってことですか?」
「その通りです」
「許可は頂いた筈ですが?」
騎士の言葉に、メルが前に出て問いかける。和成のお願いを聞いて許可をとったのは彼女であり、それが彼女の仕事だ。自分の仕事に不備があれば、それは彼女のプライドが許せない。確認して反省しなければ。
「申し訳ありませんが、その際に齟齬があったもようです。私供には異界の勇者様がレッドドラゴンを間近で見たいという情報は伝わっておりましたが、その異界の勇者様のステータス値の平均が10以下であるとの情報は伝わっておりませんでした。そこまでステータスが低いと僅かな接触でも命に関わる重大な事故に繋がる可能性がありますので、規則に基づき平賀屋和成様をこの先に進ませる訳にはいきません」
どうやら情報に行き違いがあった様だ。
「・・・成る程」
和成が騎士の言い分に頷いた時、背後で鋼野と守村がほくそ笑んでいた。そして、和成はそれに気づいていた。
「平賀屋、わがままを言わずに素直に」
「ならしょうがないですね、諦めます」
余計な口を挟んだ鋼野の言葉と、素直に退いた和成の言葉が被る。
「「え」」
てっきりごねると思っていた鋼野と守村の口から、実に奇妙な音が漏れた。
「ま、ここで俺が檻に入るのは、幼児のライオンと同じ檻に入りたいっている願いが叶えられるようなもの。駄目なのは当然でしょう。檻の外から見る分には大丈夫でしょうか」
「それでしたら、あちらの階段から行ける上の展望スペースで見学して頂くのはいかがでしょう。この場所は檻の役割の他にも、騎士団の模擬戦を貴族の皆様にお見せする場として使用したり、モンスターを戦わせて富裕層の皆様にギャンブルを楽しんで頂く公営賭博場としても使用します。距離は離れておりますが、貴族様も使用する場所ですので上等のソファも御座います」
騎士が手で指し示した方を見てみると、確かに上に続く階段がある。更にその上へ視線を移すと、檻の向こうに野球ドームの観客席らしきものが見えた。
「色々な用途があるんですね」
「はい。この施設の機能を十全に発揮するには莫大な維持費がかかるので、様々なイベントとその閲覧権を売ることで賄っています」
「確かに、拘束としてのみここを使うのは勿体ないですよね」
番人騎士の説明に和成は納得した。この場所の監獄らしくなさや、矢鱈と煌びやかな門や廊下は、それが理由だったのだ。
「ここは主な目的として檻に使おうと作られた。しかし、主な用途としてはそれ以外で使われることの方が多そうですね」
「その通りです。半世紀ほど前まではよく使われていたそうですが、現在はその様なことを行う余裕はないのでしばらく埃を被っていました。そして現在、竜崎様が手放したレッドドラゴンの一時的な住処として使っております」
「成る程」
そのままマイペースに会話を続けながら、和成は階段を登り始めた。その背後には、メルが続いていく。
「お、おい、平賀屋・・・」
「ん、なんだ、天城?まだ何かあるのか?」
何か言いたいことがありそうな態度を取る天城に、わざわざ和成は階段を降りていった。
「あ、いや、何でもない・・・」
「そう」
そのまま再びマイペースに階段を登り始めた和成を、男子三人は苦々しそうに見つめていた。
☆☆☆☆☆
ーーー平賀屋和成視点
瑞獣、麒麟。
優れた為政者の前に現れ吉兆を示すとされる神獣。徳が高く殺生を嫌い、高い攻撃力を持つツノは普段肉の鞘に覆われている。
ビールのロゴで有名なあれだ。
他には、応龍、鳳凰、霊亀辺りがいる。
何故そんな存在が異世界にいるのか?
そんなことを考えても、おそらくは仕方のないことなのだろう。
人がいる。女神がいる。ドラゴンもいる。
ならば、麒麟がいてはならないという理屈はないだろう。どういった進化の過程を辿ったのか実に興味深いが、ダーウィンの進化論曰く進化とはあくまで変化でしかないらしい。世代が変わる際に偶々変化した奴が偶々環境に適応して、偶々生き残っただけーーなんだそうだ。
個人的にはしっくりくる考え方だ。
Q.人は何故現代まで生き残っているのか?
A.偶然。
ちゃぶ台をひっくり返すかのような、台無しというかどんでん返しというか、兎に角そんな身もふたもない端的な答えというものが俺は好きだ。
だからこの世界に、地球の、日本のお隣である中国の幻獣麒麟がいても、別段不思議なことではないのだろう。ただの偶然だ。神秘も何もない、と思う。
そもそも女神様という神様がいて、それを崇め奉る宗教が存在しているのだ。麒麟も又、そんな感じのなんか凄いナニカによって、生み出されたのかもしれない。一瞬だけ目が合ったあの時、そう感じた。
アレは俺たち(生物)とは違う何かだ、と。
気の所為かもしれないが。
そもそも、ひょっとすると目が合ったということ自体が俺の勘違いかもしれない。俺の知識が状況の改善に大いに役立ったことが、無意識の内に俺の自尊心へ影響し、ありもしない印象を受けたのかもしれない。
あれは俺の脳髄が作った幻影かもしれない。
どっちでもいい。
どちらでも同じこと。
俺の印象がその通りならばそのことを意識しないのは危険だし、その通りでなくとも意識せずにはいられないのだから、同じだ。
麒麟。瑞獣。神獣。
吉兆を告げる。示す。報せる。知らせる。
どうにもそこが引っかかる。
そんな存在が、そう言い伝えられる存在が、召喚されてレベル上げのために野に出た途端に現れた。遭遇した。エンカウントした。
麒麟は四神の中央に置かれる存在でもある。
青龍、白虎、朱雀、玄武。東西南北を守りし四体の獣。五行のうち、それぞれ木金火水を司る守護獣。
そして麒麟が土。この世界の麒麟は雷を操っていたがそれは木行だったはずで、その一点が文献に残る麒麟像とそぐわないと言える。逆に言えば、それ以外は俺の知る麒麟と一致する。
だから一応あれは中国に伝わる麒麟と同じ様な存在であると仮定しよう。そう考えた場合、あの襲撃にはなんらかの意図があると考えるのが順当だろう。瑞獣。守護獣。
仮定その一。
俺たちが所謂人体に侵入したスギ花粉の如くこの世界にとっては異物であり、この世界の守護獣である麒麟が排除しようとした。ただし、そう考えると結局撤退した理由が分からないし、殺生を嫌うとされる麒麟には似合わない。ただしこれはあのモンスターが麒麟であるという前提に基づく。
仮定その二。
天城と同じ考えだが、俺たちに自分の弱さを知らしめるために親切にも出張ってくれた。ただ、ゲームの世界を楽しみたいとか考えている奴からしてみれば、弱さを突きつけてきた麒麟の行動は不愉快極まりないだろう。
仮定その三。
為政者であるアンドレ王女を見極めに来た。しかし俺の行動によって、それが目的だった場合は達成できずに退散した訳だが。
仮定その四。
特に理由はなし。あのモンスターは麒麟とは一切関係がない。偶々特徴が似ていただけ。
そして最後に、仮定その五。
裏で何かあくどいことをしているアンドレ王女を懲らしめにきた。
個人的には、これが一番有力な仮説だと思っている。
ただし、証拠はない。根拠も薄い。アンドレ王女から感じるなんとも言えない違和感からそう結論づけているが、それはあくまで俺の主観だ。証拠や根拠にはならない。ただ単に俺が、召喚に巻き込まれた俺や非戦闘職の城造や久留米さんを軽視する城の奴らに腹が立っているからそう感じているだけなのかもしれない。悪感情を持っているから仮定その五を必要以上に重視しているのかもしれない。
これは他の人がどう捉えているかも確かめなくてはな・・・
ただそれはそれとして、アンドレ王女と天城が麒麟に対してどういう感情を抱いたのか、どういう感想を思ったのかは確かめておきたかった。
だからレッドドラゴンの所を訪れた。
そもそも檻の中に入れるとは思っていない。折角ドラゴンを間近で見られるなら多少触れ合いたいとは思っていたが、安全を考慮すれば難しいだろう。
だから別に不満も何もない。
俺がレッドドラゴンとの面会を望んだ表の目的は、「捨てられたレッドドラゴンが心配だから」。主な目的は、「レッドドラゴンを観察して、麒麟に対する考察を深めたい」。
裏の目的は、「レッドドラゴンを間近で見たい、触れ合ってみたい」。
そして、「レッドドラゴンを心配してやって来そうな天城やアンドレ王女と、自然な形でコンタクトを取る」のが真の目的だ。
できれば直接麒麟について聞きたかったが、こちらからアポイントを取りたくなかった。ただでさえ立場はこちらの方が弱いのだ。下手に出れば何をされるか分かったものじゃない。俺の王女に対する悪感情や、言葉に出来ない違和感と不信感を向こうに知られるのは困る。
尤も、三人は言わずもがな、王女からは既に相当嫌われている気がするがな。
ついさっきの情報の齟齬がそうだ。メルさんがレッドドラゴンとの面会の許可をとった相手は、仮にも人族最大国家の王城で働く官僚だぞ?日本でなら、テレビの向こうの更に裏側で国を支えている超絶エリートにあたる人たちだ。そんな人たちが、そんな初歩的なミスをするか?
そしてそれを騎士さんから聞いた時の、アンドレ王女の態度。ほくそ笑んでいた鋼野の影に隠れて見えなかったからどんな表情をしていたのかはわからないが、そのタイミングで隠れて見えなかった事がかなり怪しい。まるでちょうど隠れたかのような位置にいたのがますます怪しい。
ただし、アンドレ王女が裏から手を回した事を確信できる証拠はない。俺の被害妄想の可能性もある。
しかし、可能性は高いのではなかろうか。
何故なら、アンドレ王女護衛隊の面々があの場にはいなかった。俺があらかじめレッドドラゴンの所に行くことを知っていたから、俺に害を及ぼす可能性が高いあの連中を連れてなかったのではないか。初日のあの憎しみが篭った目は脳に刻まれている。ああ恐ろしい。
ただまぁ、そこが俺がアンドレ王女を疑う、或いは嫌う理由なんだよな。
あそこまで人が心酔している状況が側にありながら、彼女はあまりに平然とし過ぎている気がする。多少の居心地の悪さや危機感を抱くべきではないのかと思う。
だってそうだろう。心酔している人間を何とも思わずに放置してそのままの状態にしているなんて・・・そんなことをするのは、使い勝手のいい手駒を欲しがる外道か、カルト宗教の教祖か、自分が心酔されていることに気づかない鈍感人間か、神輿に担がれてる状態に悦に浸っている馬鹿ぐらいなものではなかろうか?
そして馬鹿な王女が政治に関与するなんてことは無理だと思うし、鈍感な奴にも繊細な政治を行うことは出来ないだろう。
だから、外道か教祖か、俺には王女がそのどちらかに見える。
これが俺の偏見である可能性は矢張り捨てきれない。彼女の行動は俺の目には人心を掌握しようとしている様に見えるのだが、他の人にはそうは見えないそうだ。
クラスの友達の誰に聞いても、彼女をまるで純粋な乙女の様な女性だと捉えている。彼女自身に悪感情を持っているのは、純粋な奴が嫌いな捻くれ者の化野さんだけだった。
親切も慈さんも姫宮さんも剣藤さんも裁も、誰も彼女に悪感情を持っていない。初日の件にしても、彼女の立場なら仕方のない行動だったと好意的な解釈をしている。
そこが一層違和感だった。
確かに、国を守る者として天城のパーティにクラスでも特に強力なステータスを持つ人たちを引き入れるのは当然のことだ。
「申し訳ございません。焦りから皆様の事情も考慮せず無理な勧誘を行なったことを、ここで正式に謝罪させていただきます」
昨日レベル上げに行く直前にアンドレ王女が行った謝罪によって、全てを水に流すこととなった。
それは別に全然かまわない。長々と仲違いしていても仕方ないし、和解できるならとっとと水に流して和解すれば良いと思う。和解したこと自体は後悔していない。
しかし、それで凡ゆるわだかまりが消しゴムで消されたみたいに皆んなから無くなったのが強い違和感として残っている。
『哲学者』の職業ボーナス、『至高の思考』(哲学者の思考は、何人の影響をも受け付けない)。
つまり、おそらく俺だけは洗脳の魔法の影響を受けないのだ。
☆☆☆☆☆
移ろい行くまま思いつくままにつらつらとそんなことを考えながら、和成はじっとレッドドラゴンを見つめて居た。和成の趣味は読書と自問自答である。
私は対象Aに対してどのように思ったのか、明確な言葉で表せ。また、その心情に至った理由を述べよ。
彼は四六時中そんなことを考えている。
そしてその手には、予め『錬金術師』化野に材料を創造してもらい、『職人』城造に組み立ててもらった双眼鏡が握られている。当然スキルの効果によるものだ。
口ほどにものを言う目をそれで隠しているので、和成の頭の中が高速回転していることを察せられる者は少ないだろう。
おまけにドラゴンを実際に見ているという事実に和成のテンションは上がっており、シリアスに展開する脳内とは打って変わって口角が勝手に上がっている。
和成は無意識だが、表情だけを見れば完全に喜色満面である。
そんな状態でも冷静な思考ができるのが、上がりきったテンションに徹しきれないのが、平賀屋和成という変人である。
親切友成曰く、
「ヒラは、精神の構造がちょっと違う」
だそうだ。
☆☆☆☆☆
ーーーメル・ルーラー視点
平賀屋様は察しがいい。この国に蔓延している「異界の勇者様を駒としてみる」風潮に気づいている。
一応、全員が全員彼らを駒としてみている訳ではない。異界よりこの世界に召喚した彼らに敬意と感謝を持って接する者も少なくないし、向こうの世界での人生を狂わせている事を認識し生涯奉仕する覚悟でいる者もいる。メイドと執事を広く公募した際、その理由でデータ上は八割が集まった。
魔人族との戦争に勝利するため、エルドランド王国や人族の滅びを回避するため、皆は恥を忍んで世界の外にいる者たちに助けを求めた。
しかし、その事実を認識していない者たちがいる。どうでもいいと思っている者がいる。
例えば、モンスターから高品質の素材を獲ることができれば、素材によっては一生食うに困らないだけのひと財産を築けるし、それ程でなくとも上手く売ればそれなりの儲けがでる。それには高いステータスを持つ者、つまりは一定以上のLvを持つ者が必要だが、そんな者達は秩序の維持のため多くはいない。
性格や倫理感に問題がある者が高レベル高ステータスを持ってしまえば、力を持たない者達に抗う術はない。暴力によって多くの無辜の民が命を落とし、秩序は乱れ社会が崩壊する。事実それによって国が滅ぶケースが数多く歴史に残り、今尚世界のどこかで乱暴狼藉をはたらく犯罪者も存在する。
故に、多くの国では法によって国が認めた者以外は一定Lv以上になる事を禁止している。
しかし、一部を除いて異界より召喚された勇者様は最初からステータスが高い。更に魔人族と戦ってもらうために、上記の法律に縛られない。
それはつまり、異界の勇者様方と親しくなりその力を上手く使えば大抵のことはできてしまうということ。この国や他国にも、その力に魅せられた、異界の勇者様方と関係を持ちたがる者が大勢いる。
そうでない者もいなくはないのだが、「欲にかられ利益を得る方が得ではないか?」という悪魔のささやきを耐えられる者は少ない。
勇者様方を召喚される前より駒と認識し利用する気でいた者達の悪影響を受け、そうではなかった者達が、「勇者様方が生み出す利益のお零れにあずかろうとする」方が得では・・・という考えに流される悪循環が生まれてしまっている。
・・・ハァ
人族の欲深さに気が滅入る。
現段階では、その嫌な動きに気づいているのは平賀屋様とその周囲だけ。しかし、他の方々が気づくのも時間の問題。平賀屋様達がその内に教えるだろうし、彼らは単に召喚された直後で浮かれているから気づいていないだけ。浮かれられないから、平賀屋様は気づいてしまった。
なんとか、皆様が搾取されるようなことは避けたい。
この世界に無知な少年少女たちが、この国の膿に、人間の欲深さの被害に遭う。
そんな恥ずかしい事が起きてはならない。
まずは、警戒心の塊である平賀屋様と信頼関係を築かなければ。
和成が両手でしっかりと掴んでいる双眼鏡を見つめながら、メルは胸を貫く志を、改めて胸に刻んだ。




