第24話 赤き鱗の竜(レッドドラゴン)その定義
「・・・・平賀屋も来ていたのか」
複雑な思いが滲み出る言葉が、開かれた第二の門の向こうから聞こえてきた。巨門に勝るとも劣らない複雑な細工が彫られている。
その門が開けられた向こう側には、『勇者』天城正義がいた。
その傍にはアンドレ王女と鋼野と守村もいる。
「まーね、昨日竜崎が捨てたらしいレッドドラゴンがちょっと心配でね」
「・・・・そうか」
夜遅く、日付けが変わる少し前に和成は目を覚ましたのだが、メルがいない理由を察しながらもたっぷり寝た後で眠れそうになかったので、ぶらぶらと城内を散策していた。
そこで騎士たちが、
「『竜騎士』様がレッドドラゴンを捨てた」と噂しているのを聞き、翌日メルに確認。そしてそのままレッドドラゴンに会いたいとお願いし、時間の都合がついたので、現在レッドドラゴンが保護されている王城の一室に向かっているのだ。
「ーー本当にそれだけなのか」
「・・・? どういうことかな?」
鋼野の言葉に和成は首をコテンと傾けてすっとぼけるが、実のところその質問の意図には察しがついている。
(傷心のレッドドラゴンを慰めて親しくなろうという下心。そこからくる罪悪感で、同じ考えを持っていそうな奴に過敏に反応してしまうんだろうな)
堂々と構えれば多少は様になるだろう大柄な体を神経質そうに構えているので、どこか滑稽じみた感がある。
ただ、天城とアンドレ王女からは特にそういった気配を感じない。
(アンドレ王女様は何を考えているのかまるで分からないから思考の外に置いておくとして、態度を見る限りそう思っているのは鋼野と守村だけみたいだ。まぁ、天城は良くも悪くも鈍感で、打算では動かなそうタイプだしな。おそらく、この国の人たちを魔人族から救いたいと宣言した時と同じ様に、本当にコイツは今レッドドラゴンが心配なだけなんだろう)
「強いて理由を挙げるなら、ドラゴンをこの目で見ておきたいってのはあるな」
「興味本位で関わろうとしているのなら、やめておくべきじゃないか。レッドドラゴンは今、竜崎に捨てられて傷ついているんだ」
天城の言葉に棘がある。召喚初日の出来事を気にしているのだろう。
「ハッハー、そんな興味本位だけが理由なら俺だって面会は控えてたさ。それ以上に確認しておいた方がいいと思う事があるから俺はここにいる」
そんな天城に、あくまで和成は飄々と対等に喋る。今日は召喚3日目。初日の出来事に、天城が今だに根に持っていても別段可笑しなことではない。簡単に予想できることだ。
当たり前のことが当たり前に起きているだけなのだから、気を悪くするような事柄でもない。
「・・・なんだその、確認しておきたいことってのは」
「『ドラゴンは、何をもってドラゴンとするのか』」
そこまで言って、和成は歩き出した。メイドのメルがそれに続く。
「お、おい!」
「慌てるなよ。ちゃんと説明する。歩きながらした方が効率がいい」
「・・・んん」
淡々としている和成に男子三人は顔を不愉快そうに顰めながらも、和成の言うことも間違ってはいないので黙って歩き出した。
そんな中で、アンドレ王女だけが特にリアクションもとらずに黙っている。
「キッカケは、昨日お前らが戦った『麒麟』の存在だった」
「・・・俺らは戦ってなんていねーよ」
「けどどうせここで『お前らが』を、『天城が』に変更して喋ってたとしても、麒麟の事を話題にする以上お前らは絶対に不機嫌になってたろう。だからまあ、不快かもしれんが我慢しててくれ。出来ないなら耳でも塞いでてくれ」
「・・・テメェ、何様だ」
不機嫌になった鋼野にズケズケと反論した和成の胸ぐらを、守村が掴んだ。
何時ものように、和成は学生服を着ている。
「クラスメイトだよ。お前らがこの国の人たちにとって英雄だろうが救世主だろうが、俺にとっちゃあクラスメイトだよ。貴かろうが卑しかろうが、クラスメイトはクラスメイトだ。それ以上でもそれ以下でもない。
逆に聞きたいねぇ。
お前らにとって俺はどの立ち位置にいる?」
しかしその言葉を発した瞬間の和成は飄々としていない。
淡々とはしているが、胸ぐらを掴む守村の目を真っ直ぐに見つめている。
「ぐ・・・」
「守村、手を離すんだ」
「・・・分かったよ」
天城に制されて、大人しく守村は手を離す。
離された和成は襟を正して、何事もなかったかのように振る舞った。
「んで、どうする?俺としては、別に話を聞いてくれてもくれなくてもどっちでもいいんだがな。四人でお喋りしながら行きたいならそうすればいい。そういうのを気にするタチでもない。レッドドラゴンの所まで、鼻歌でも歌いながら気ままに行くだけさ」
カツカツカツカツ。
和成の足音が沈黙の中を響く。
気まずそうな顔をしたアンドレが、そこで初めて口を挟んだ。
「わ、私は聞いてみたいです。正体がよく分かっていない麒麟(仮称)について最も知識を持っているのは平賀屋様で、更に何かそれに関する考察があるのなら、聞いておく必要がありますので」
ーーー食いついたか。
『思考』のスキルの効果によって加速された時間の中で、和成は冷静に分析していた。
アンドレ王女を信用出来ないでいるからだ。「信じるのが怖い」のではなく、「信じるのはヤバい」ような気がしている。
(昨日の麒麟との戦闘は、アンドレ王女や天城、そしてゲームの世界を楽しもうとしている奴らにとって出鼻を挫かれた形だ。中にはゲームの負けイベントみたいなことを考えてた奴もいるかもしれない。しかしどっちにしろ、妙に強い麒麟に速攻でやられたり思うように翻弄された訳だからな。イージーモードを期待していた奴らには面白くないだろう。
そしてそんな麒麟を倒すキッカケになったのは、誰よりもステータスが低い俺の知識なんだ。個人的には話を聞く限り裁と慈さんの機転によるところが大きいと思うけど、「和成君のおかげで、私たちは瑞獣麒麟を撃退できた」と、慈さんが解釈していたし、裁も真面目に「平賀屋の知識が切っ掛けなのは間違いない」と言ってくれてたからな・・・・
尤も、周りの目は大分懐疑的だったから、どれだけ株が上がったかは分からないが。
しかしそれが面白くない奴もいるだろう。さっきの鋼野と守村の態度から分かる通り、俺は多かれ少なかれ下に見られている。悲しいことだが。今回麒麟の情報を提供し、逆転のチャンスを作ったことで考えを改めてくれた者も何人かはいるようだが、逆に俺に対する悪感情を強めた者もいると思う。
それは天城も同じこと。
だからこそ、ここでアンドレ王女が俺の話を聞きたがったことは大きな意味を持つ。
アンドレ王女は、天城の好感度が下がらないように行動している・・・・ように思う。そして天城は姫宮さんが俺と親しくし、話を聞きたがることを面白く思っていない。姫宮さんは昨日安静にしていた俺をお見舞いして、ついでに神話や妖怪の話をせがんだ。そして、結果的に天城らはほったらかしにされていた。
そんな状態でアンドレ王女まで俺の話を聞きたがれば、天城は臍を曲げる可能性がある。
そのリスクをとってでも、俺の話に価値を見出しているということだ。
逆に言えば、「どうして価値を見出しているのか」の答えを見つければ俺は、王女の、場合によっては女神様にとって何が価値あるものなのかが分かるということだ。生き残るためには、その情報は欲しい。
それに・・・麒麟の存在と行動について、天城がどう考えているのか、アンドレ王女がどう考えているのか、女神様がどう考えているのかは、おそらく色んなものの裏側に切り込めるはずだ)
あの時。迎えに来た『空飛ぶ船』へと担架で運ばれて行く時。
偶然ランクアップした『観察』のスキルによって遠くまで見えるようになり、偶然崖の上に立っていた麒麟を発見し、たまたま目が合ったことを和成は思い出していた。
(ーーーー何を考えているのかは分からなかった。ただ、妙に気になるんだよな・・・)
「『ドラゴンは、何をもってドラゴンとするのか?』。『何をもって、神獣麒麟を麒麟と判断するのか』。俺はそれが気になった。俺が知る伝説上の麒麟と天城たちが戦った麒麟(仮)には、確かに多くの共通点がある。ただ、俺は麒麟と雷に関係性を見出せなくてな。確かに相違点もまた存在している。その点が少し気になったんだ」
「・・・つまり、どういうことだ?」
「俺はファンタジーやら神話が好きで、よくその手の知識を収集しているんだが、麒麟が雷で攻撃するなんて話は聞いたことがなかったんだ」
「ハッ、厨二病かよ」
「多分違うだろうね。ファンタジーやら神話やらが好きなのは子供の頃からだし、中学生の頃は寧ろサンタクロースを信じていない奴らを内心馬鹿にしてたから、厨二病というならそっちの方が厨二病だろ」
「「「・・・・・・・・」」」
鋼野の野次に、和成はケラケラと笑いながら反論した。余程のことが無い限り、和成は悪意に悪意を返さない。たとえその行動の結果、却って相手を煽ることになろうとも、のらりくらりとかわすだけだ。
相手にしても、腹が減るだけ。
「だからまぁ、気になったんだよ。慈さんや裁はあれが俺の功績みたいに言ってるし、確かに俺の話が麒麟(仮)の行動パターンを見抜くキッカケになったんだろうけど、それがただの偶然である可能性もあるんだ。偶々似たような生態のモンスターと偶々出会っただけかもしれない。果たしてあれは瑞獣麒麟の範疇に入るのか。何をもって瑞獣麒麟であると判断すべきか。
その疑問を一度抱くと、他にも疑問が湧いていて来た」
「それが、『何をもってドラゴンとするか』か・・・」
「そう。昨今のゲーム漫画アニメでは忘れ去られているが、元々ドラゴンというものは基本的に邪悪な存在だ。蝙蝠の羽に蜥蜴や鰐のような爬虫類の体を持ち、凶暴で強欲で炎や毒の息を吐くキメラだ。物語で生贄として宝石を要求したり姫を攫ったりして、主人公の勇者や騎士に倒される悪役だ。
しかし、この世界でいうドラゴンはそうではない。ですよね、アンドレ王女」
「え、ええ。ドラゴンは下位種であればただのモンスターですが、成長すれば超常のものとして崇め奉られるものもいますし、逆に暴虐かつ邪悪な存在として国や英雄に討伐されることもあります。一概には言えません」
「つまり、平賀屋が言う昨今のドラゴンの扱いと大して違わないってことだろう。ここはゲームの世界なんだから当たり前だ」
和成の問いに対するアンドレ王女の答えの直後に、天城が口を挟んだ。
「もともとドラゴンは邪悪な存在であるという点に目を瞑ればそうなるだろうね。麒麟の場合も、雷のエレメントを使うことに目を瞑れば特に問題はない。
そこに目を瞑っていいのか?というが、今回の俺の疑問なんだよ」
「・・・それは、レッドドラゴンを見て答えが出ることなのか?」
「さあ?」
いけしゃあしゃあと和成はほざいた。
「ただ、碌に見もせずに答えを出すのはどうかと思っただけだ。ちゃんと自分の目で見て考えて、自分なりの判断をすべきだろう?例えそれで何にもならなくても」
一番前を歩いていた和成は、急に振り返って天城の目を見つめた。
「・・・そうだな」
「一応今の段階では、あれは瑞獣麒麟として見ていいのではと考えている。そこで天城に質問だ」
「な、なんだよ」
「何故、麒麟は戦闘を仕掛けたのか。天城はどう考えている」
「ちょっと待てよ、そもそもそいつは本当に麒麟なのか?お前の話では麒麟ってのは徳の高い幻獣らしいが、そんな徳が高い幻獣が何故俺たちに攻撃を仕掛けてくる」
「うーん、そのあたりは徳の定義を決めようがないから何とも言えないところだと思う。
命を大切にするとか人に優しくするとかが徳だと言われると否定出来ないけど、しかし徳はもともと仏教の言葉だからね。最終的には一切の執着を捨て去り輪廻の輪から解脱するのが仏教の目的だ。日本の場合、神道や民間信仰、儒教に修験道、陰陽道やら独自の価値観やら、色んなものが混じり合ってる。そもそも麒麟について書かれた資料も、太古の昔の中国のものだ。『徳』という言葉に込められた意味が分からない以上、解釈は結構どうとでもできる。そこから結論を導き出すのは無理だ。仮定を確定しようにもしようがない」
「・・・・・・」
ペラペラとよく回る口に、何となく気に入らず取り敢えず挟んだ難癖を否定されても反論できない。流れるようにまくしたてられれば、何をどう否定すればいいのかも分からない。
「だからもう、最後には主観的な結論を出すしかないんだよ。だからなるべく客観性を高めるために、どう解釈したかを色んな人に聞いている。慈さんにも裁にもオダにも姫宮さんにも聞いた。後あの状況に立ち会った人の中で残ってるのは天城とアンドレ王女だけなんだ」
「・・・・・・」
「別に言いたくないなら言わなくてもいい」
口籠る天城を慮るように和成は言った。
そんな態度を取られれば、意地を張って返答に難色を示す自分が酷く小さい人間に思えてきて、答えずにはいられない。
和成の態度はそこまで計算尽くである。
「俺は、麒麟は俺たちを試していた、と考えている」
ぶっきらぼうに天城は答えた。その考えに基づくなら天城は慈が隙を作るまで終始翻弄されていた訳で、その隙を作るキッカケは和成にあるのだから口にもし辛いだろう。
「そして、俺たちはまだまだだと教えてくれたんだと思う。この世界に召喚されて、俺たちは多少調子に乗っているところがあった。甘かった俺たちに、そんなことでは生き残れないぞと教えてくれたんだ」
拳を固く握り締め、それを見つめながら天城は答えた。断言した。
「成る程。ま、その可能性はあるわな」
顎に指を添えて和成は思考する。
(特に否定すべき点はないな。どのみち推測しかできない訳だし、麒麟が人を戒めたり導いたりするのはイメージに合う)
和成は、天城が麒麟をどう捉えているのか。それを聞きたかった。
(天城が、「麒麟は自分たちに弱さを突きつけにきた」を主軸に置き俺が置かなかったのは、単に好みと自尊心の問題・・・・かな。「俺たちを試しに来た」が主軸になれば、麒麟が撤退したのは慈さんが中心であり、同時に俺がお眼鏡にかなったからだとも考えられる。実際のところがどうかはわからないが、少なくとも天城はそう捉えているだろう。だが、「自分たちの弱さを突きつけに来た」が主軸なら、この場合の中心は天城であり姫宮さんであり鋼野たちであり・・・いずれにせよ、俺が中心から離れる。
きっとそこが一番重要なんだ。
初日の揉め事と、幼馴染である姫宮さんと俺が親しくしているのが、余程胸に引っかかっているんだろうな)
しかし、和成は姫宮とわざわざ仲違いするような真似はしない。折角友達になれたのに、何故そんなことをしなければならないのか。
こちらには小ちゃい嫉妬に気を使う筋合いは無い。
(ただ、ここから先を考えればわだかまりを排除しておいた方がいいんだよな。どうやって和解するかも考えておく必要がある)
「アンドレ王女様はどうですか?ちなみに、瑞獣とは『為政者の前に現れ吉兆を示すおめでたい神獣』のこと。その麒麟が王国の政治に携わるというアンドレ王女の前に現れ、戦闘をしかけ、傷つけることなく去っていったのは何故なのか・・・・」
和成にとってはそれも気になることだった。天城が麒麟をどう捉えているのか、その目的が何と考えたのか、何故そう考えたのか、も重要ではあるが、和成の推測のためにはアンドレ王女の答えの方がより重要だった。
「別に答えたくないなら、答えなくてもいいですよ」
敢えてそう言った。
そこで答えなければ答えたくない理由があることが分かるし、答えてくれるならそれはそれで万万歳だ。
どちらに転んでも構わない。
「正義様と同じです。私たちの未熟さを教えるために、麒麟様は現れ、稽古をつけてくれたのだと考えています。それに、確かに私は王族として政に多少関わっておりますが、王であるお父様と比べれば為政者としてはまだまだです。そんな私が、女神様がお遣わした勇者様と行動するに相応しいかどうか、確かめるために戦闘を仕掛けたのだと思います」
(百点満点の答えだ)
ソツのない答えを、和成は訝しんだ。
まるで天城の好感度を上げる言葉を選んで話しているかのような気持ち悪さと、他者にどう受け取られるかを極限まで気を使った喋り方特有の違和感を覚える。
(あくまで俺の主観ではあるんだけどな)
「結果的に、私の全力を発揮する前に麒麟様は撤退してしまいましたが・・・・」
「つまり、平賀屋の所為で、麒麟は本来の目的を果たせなかった可能性があるということか」
「ハッハー、皆んなが瀕死状態で一撃貰えば即死しちゃうような大ピンチの状況で、逆転のチャンスになるかもしれないヒントを、病み上がりの状態で頑張って提供したことを責められるとは思わなかったなー」
鋼野の皮肉に皮肉で返す。
ああ言えばこう言う。
「ぐっ・・・」
「テツ、もうやめとけ。どうせ口では勝てない」
和成を睨む鋼野を隣を歩く守村がなだめた。その守村もまた、不快そうに和成を睨んでいるが。
(随分と悪感情を持たれていることだ。日本にいた頃と態度を変えている気はないんだがな。尤も、アイツらからしてみれば、王の間で大々的にステータスが低いことが露呈してから「立場が下」とインプットされたんだろう。悲しいなまったく。こちらに敵意はないんだが、どんな態度をとっても悪感情のフィルター越しに見られるなら和解のしようがない。まぁたぶん和解する気がないんだろうな。クラスメイトってだけで、そこまで親しかった訳じゃないし)
そうこうしている内に、タイミングよく最後の扉に着いた。
この向こうに、ドラゴンがいる。
ファンタジーとの遭遇に心踊らせながらも、そんな自分を冷静に見つめている野暮天な理性に複雑な思いを抱きながら、和成は我先にと開かれた扉をくぐった。




