第23話 月下の誓い
その後、辺りは激闘が無かったかの様な静けさを取り戻した。ただ、倒れたクラスメイトや騎士達はそのまま残っていて、麒麟(仮)の来襲は決して白昼夢でもなんでもないことは明確だ。
アンドレを筆頭にこの国の者にも幻獣麒麟に似たモンスターには心当たりがなく、慈と裁からもたらされた和成の情報により、暫定的に『麒麟』と呼称することとなった。
そのあたりの後始末について和成がメイドのメルから聞いたのは、王城の自室のベッドの上でのことだった。
麒麟に吹っ飛ばされたみんなを回収し、治療をしてから和成たち三人も回収され、『空飛ぶ海賊船』の中で一応専門家に見てもらった。その結果、念のため安静にしておくように言われたので、船の無数にある部屋の一室で十分な睡眠をとった。『瀕死』状態からの復活石による回復は、回復後の体調に個人差があるそうだ。
例えば症状が軽度であった『海賊』原田は復活直後からピンピンしていたが、『飛空艇船長』空宮はずっと調子が悪かった。伊達に『瀕死』状態と言われていない。
尚、和成の症状はその中でも特に重度であった。
そして同時に、和成はメルより本件は他言無用と念を押された。
異界より召喚した救いの勇者たちが、未知の強敵モンスターに不意を突かれたとは言え大半が即座にやられたことは、民衆の不安を煽らないためにも公にするべきではないという判断が下ったためだ。
そのことを察してYESを返すと、和成はメルから警戒のにおいを感じた。
察しの良すぎる奴は余計なことを知るかもしれないからだろうか。
ーーーー今度からは、もう少し無能な奴のふりをするべきか・・・・。
そんなことを考えながら、今現在、和成は王城のとあるバルコニーで満月を見上げている。
その月の影は、兎が餅をついていると伝えられる日本から見える物とはまったく異なるものである。当然、大きなはさみのカニでも横向きの女性でも薪をかつぐ男でもない。
中央に楕円形の影が縦に並び、眼球のように見える月だ。地球の月とは異なる。
和成には、空の月が球体なのか円なのかすら分からない。
時刻は深夜。
『瀕死』状態から回復した際に残っていた後遺症が完全に治るまでの数時間、食事も摂らずに眠り続けていたのでまるで眠れないのだ。そうでなくとも、秋の朝から(気候からの推測だが)春の昼すぎへ召喚されたことによる体内時計のズレはまだ修正されていない。
だから今、和成は頭だけは妙に冴え切った状態でいる。
☆☆☆☆☆
ーーー「・・・・そう言えば、ヒラはスマホを持ってなかったんだったな・・・」
召喚直後の親切の言葉が反芻される。そしてその言葉は、和成からしてみれば朝の雑談のすぐあとに発せられた言葉だ。
(ーーーー「精神、あるいは認識に、何らかの干渉を受けている」と、考えるべきだろうなーーーー。
そうでもなければ、その話をしたばかりなのにオダがそのことを忘れていたことが説明できない。単純な記憶力なら俺よりアイツの方がいいんだ。学校の成績でも勝てたためしがない)
そして、和成の疑念はもう一つ。
(なぜ誰も、モンスターを殺すことを厭わないーーーー?そして、なぜ誰も、自分が死にかけてなお平然としている?)
二つの光景が思い起こされる。
一つは、キキ・ラットを倒した直後によって来たみんなが、キキ・ラットの死骸を平然と無視していた光景。まるで無関心で、そのことを何とも思っていなかった。
二つ目は、帰路の『空飛ぶ海賊船』内にて『瀕死』状態から回復した者たちの内、和成のように重い後遺症の有無にかかわらず、誰もがけろりとしていた光景。さっきまで「もう一撃をくらえば死ぬ」状態だったにもかかわらず、誰もが歯牙にもかけないでいた。精神的にまいっている者が和成以外にいない。
(だから、認識をいじくられているか、常識改変を行われている可能性が高い・・・・と思う。そして、それを行ったのは女神である可能性が最も高い。今ある情報ではそんなことが出来ると考えられるのは女神ぐらいしかいないし、記憶や人格に変化が見られないことから、この国の人たちが何かしたということは無さそうに思う。もしそんなことが出来るなら初めからそうしておけばいい。個性や自我を消しておいた方が、みんなを戦力として使うのはスムーズに進んでいたはずだ)
ただし、この仮定には大きな問題点が複数存在する。
(そのことを自覚したところで、何もできないんだよな。常識を改変されたと考え実感しているのが俺だけな可能性が高い以上、違和感を周知させようとしても聞き入れてもらえない可能性がついてくる。オダや慈さんすら認識レベルで改変が行われている以上、俺の仮定を聞いてどういう反応をするかは未知数だ。
そして仮に認識のリスクを背負いながら周知させることに成功したとしても、それを女神がやったことであると証明することは出来ない。所詮は「他に出来そうな奴がいない」っていうだけの消去法だし、証明する手段も思いつかない。下手に行動を起こせば俺の立場からして言いがかりと判断され心証を更に損ねるだろうし、異世界に俺たちを召喚したり認識を変えたり、そんなことが出来る存在に剣を向けるには、現状じゃあどう考えても力不足。女神が授けた加護のみならず、ステータスをゼロにリセットされるかもしれない。記憶や人格までは変えないのも、「できない」からなのか「しない」からなのかは分からない。最悪に底は無い。
そしてそもそも、周知させること自体にメリットよりデメリットが強い。
違和感を口にして、常識を元に戻せたとする。その結果起きることは、モンスターを殺せないためにレベルが上がらず、戦争が近いのに戦闘を行えない無力な日本人が増えるだけだ。
将来何が起こるか分からないゲームのようなこの世界で、より生存率を上げるには、とにかく強くなるのが手っ取り早い。そしてレベル上げはその中で最も、効率的かつ効果的だ。何より、みんなを軽くあしらった麒麟(仮)の存在や、今のみんなよりステータスが高い人が何人もいることを考えると、自分からレベル上げのできない状態にみんなを落とすことに意味は無い)
結局、今の和成に出来ることは何もない。
今の状態を放置することで、クラスメイト達に何かしらの悪影響が出る可能性を想定していても、何もしてやれない。
(できることは精々、何か起きた時に共感できる存在として相談に乗ることぐらいーーーーか)
ギリギリと、奥歯が強く噛み締められた。
(ーーーー落ち着こう。まだ二日目だ。急いてはことを仕損じる。焦りは禁物だ)
取り敢えず和成は、深呼吸から始めることにする。
(まずは目標を定め、それを達成するにはどうするべきかを考える。それが基本)
瞳を閉じて、神経を集中させる。
(俺の目的は日本への帰還。やはりそれが一番の目的だ)
目的の明文化。初心を決めること。
どちらも人生の基本。
(そのためにはどうするべきか。
一つは、「ただ待つこと」が挙げられる。
魔王と邪神を討伐すればゲームクリアであり、返してもらえる。そういう約束だ。
ただこのプランの問題点は、完全な人任せであること。
オダと慈さんに、天城、姫宮さん。高ステータスな連中に任せるしかなくなるし、よしんばそれで討伐に成功しても最終的には女神だよりになってしまう。
女神は信用できない。巻き込んでおいて謝罪の一言もない上に、姿の一つも見せやしない。信用に値する根拠が不十分だ。
それにこれは自分の将来を人に丸投げしている上に、友達を戦わせて安全圏から眺めてるようなもの)
「ーーーー許容できねぇなぁ」
和成は戦いたくない。
戦いそのものが嫌いだからだ。
傷つけるのも傷つけられるのも大嫌いだからだ。
だからこそ、戦いたくないと思うのと同じくらい戦ってほしくない。
戦わせておきながら自分が戦わない状況に置かれるのなら、戦う方がマシだ。
戦いたくないが故に、戦わざるを得ない。
(我ながら、面倒くさい性格だよな・・・・)
 
自嘲気味な溜息を吐くが、それに気付く者は誰もいない。和成以外誰もいないので当然だ。
(取り敢えず、やれることはやっておこう。時間はあるし、出来ることはゼロじゃない。たとえ自己満足に終わりその行為に何の意味もなかったとしても、何もやらないという訳にはいかない。
自分の能力、ステータスの把握。この世界の情報の収集。人脈の確保。信頼の構築。上手くやれば脳髄の中の知識を売ってお金をゲットすることも出来るかもしれない。
ーーーーそうだ。やれることはまだまだある。どれもこれも一介の高校生がやるようなことじゃないとは思うが、それでも、こんな状況に置かれた以上、尽くせる人事は尽くしておこう)
この世界の球体なのか平面なのかすら判別の付かない月を通して見出した故郷の月に、和成はそう誓った。
城造に支えられながら『空飛ぶ海賊船』に乗り込む際、『観察』のスキルによって偶々目が合った、遥か彼方よりこちらを見つめる麒麟(仮)の姿を思い返しながら。
☆☆☆☆☆
そして翌日の夕方。
回復した和成は、王城のとある場所へと向かっていた。
その目的地は王城の端、荘厳なる堅牢な門。爆弾でもヒビが入ることはないであろう銀門である。
その後ろにはお目付役兼護衛のメルも控えている。
当初の予定では、彼女の護衛はあくまで王城のみ・他のクラスメイトが側に居るときは護衛しない予定であったが、早々に半壊の危機が訪れたため和成の専任護衛となった。
「でぇっか・・・」
巨門の数メートル手前に立った和成の口からは、思わず間抜けな声が漏れる。
それ程までにでかい。(実物を見たことはないが、)パリの凱旋門ぐらいあるのではなかろうか。その上、その門の全てが輝く銀によって作られているのだ。微細な彫刻まで刻まれているその門は、本来の機能とは別に、芸術品としての価値がある。
「この門は全て魔法銀ミスリルで出来ています。素の状態でも大体の魔法は通しませんが、門が閉じられ結界の魔法が作動して仕舞えば、この先の牢から逃げ出せる者はおりません」
和成の後ろから、メルの丁寧な解説が飛んでくる。
「へぇ、ミスリル・・・具体的には、どんな金属なんですか?」
「非常に高い魔法耐性と、非常に高い魔力伝導性を持つ金属です。硬度も融点も銀とは比べ物にならないためその分加工も難しく、ミスリルを加工出来るという事実が中小国家においては国力を知らしめる効果を持ちます」
「成る程・・・・ん?高い魔法耐性と魔力伝導性は矛盾しているように思うんですが?」
ーーーー魔法を通さないのに、魔力はよく通すっておかしくないか?
「それは、魔法と魔力を同じものとして考えているからです。魔力は魔法の元となるエネルギーで、魔法は魔力によって引き起こされる現象です」
「成る程、何となく分かりました。魔力自体はよく通すが、魔力を基にして発動した魔法ーーー例えば炎の魔力は通すけど、炎の魔法を使ってもその熱や爆発を通さない・・・・みたいな感じですか?」
「その解釈で正解であると思います」
そんな雑談に興じながら、二人はどんどん門へと近づいていく。
(『ミスリル』。ファンタジーを描いた創作物には良く出る、伝説の金属。初出は確か、『指輪物語』だったか?鋼より強く羽より軽く銀より輝く希少金属。真の銀とか聖銀とか呼ばれる。銀の性質を持つためアンデッドに有効で、また魔法との相性が良いバランスのとれた優秀な素材・・・とされることが多い)
和成はミスリルの芸術的な巨門に触れ、刹那の間にそこまで考えた。
『思考』のスキルによって、ごく短い時間を何倍にも引き伸ばして思考することができる。
実際にファンタジーに登場する有名な物資に触れて、和成は言葉に出来ない高揚と感動を堪能していた。
(尤も、単に『意思疎通』の効果で適当に訳されているだけかもしれないがな。いったい何をもってミスリルと呼称するべきか)
しかし同時にそうも考えていた。
ロマンチストのくせに、妙なところで冷静で現実的なのが平賀屋和成だ。
浪漫に浸りきれないだけとも言う。
「それでは、門を開けてください」
「了解しました」
門の右扉と左扉のそれぞれに立つ騎士が側にある細工を何かしら動かした途端、
ズウゥゥゥン・・・
室内の門が開くにはいささか重厚過ぎる音を立てて、ミスリルの巨門は開いた。足の裏から感じる地響きに、自然と背筋が伸びる。
「人力で動かすわけじゃないんですね。ステータスが高い人が、その怪力で開け閉めするのかと思ってました」
「・・・・この門を自力で動かせるものは、そうはおりませんよ」
「そうですか」
(ーーー成る程。つまりは何人か、或いはここが人族最大の国であることを考えれば、多ければ何百人かはこの門を開けられるかもしれないということか)
「慈さんや姫宮さん、天城なんかもいずれはこの門を単独で開けられるようになるんでしょうか?」
「・・・不可能ではないと思いますが・・・何故そのようなことを聞くのですか?」
「いえいえ、天城は兎も角、女子二人がこれを開けられるようになる頃にはムキムキマッチョになるのかと思うと、少々微妙な気分になっただけですよ」
「物理攻撃力のステータスが上がれば確かに体格が多少筋肉質になることはありますが、獣人や魔人族でない限りそこまではなりませんよ」
「そうですか。それなら良かった。天城と姫宮さん、いったいどちらが先にこの門を自力で開けられるようになるのか」
「それは天城様の可能性が高いと思いますが・・・・」
「それもそうか」
飄々としながら和成は、開き切った巨門をくぐっていく。
(つまりステータスが上がれば、物理の法則を完全に無視した現象を起こせるということか。あくまで地球における物理の法則であって、こちらの世界では当たり前の法則なんだろうが・・・そして話を聞く限り、ステータスは素の肉体を強化するようだ。
つまり、同じステータスであっても、体格がよい方が力強く素早い、と)
巨門が開いた先には、広く高く長い廊下が続いている。その先にいるものに胸を膨らませながらも、同時に和成は冷静に情報を収集し分析していた。
(我ながら不粋だよ、まったく)
自嘲気味な感想を思い浮かべながらも顔には出さないよう気をつけて、さもワクワクしている楽天家のふりをしながら廊下を進む。
下手くそなスキップまでしている。
(素直にこの状況を喜べれば幸せなんだろうけど、どうしても猜疑心や警戒心が顔を出すんだよなぁ)
死にたくない。生きて帰りたい。だから、気が抜けない。
何も考えずに異世界のファンタジーを楽しめれば、どんなに幸せか。
浪漫に向けて突っ走りたいのに、どうしても現実的な視点で見ることをやめられない。
それが平賀屋和成という人間だ。
☆☆☆☆☆
そしてその門の先にいたのは誰あろう、『勇者』天城正義一行であった。
 




