第22話 徳高き獣
通信の魔導具から裁の決意が響いた時、二人は丁度、介抱のために和成の体勢を整えている途中だった。
膝枕だ。地べたの上で、久留米が和成を膝枕している。
一旦駐屯所へ運ぼうとも考えたのだが、鎧を脱がせられないため物理攻撃力のステータスが低い二人では運べそうになく、騎士達が倒れた子供たちの対処でてんやわんやという城造の情報から助けを呼ぶのが難しそうであると判断し、その場で少しでも楽な状態にすることに決めた。
何故膝枕かというと、周囲に頭の下に敷ける柔らかいものがそれぐらいしかなかったからだ。
柔らかいからといって、わき腹を枕にするわけにはいくまい。
「・・・フン。母性本能でも芽生えたか?」
年頃の男女がべたべたすることに潔癖な、ある意味では純粋ともいえる嫌悪をにじませ皮肉を吐くが、久留米は事も無げにこう言い放った。
「苦しんでるのに関係あるかー!!」
魔道具から裁の声が響いたのは、ちょうどその時であった。
『ーーー城造!久留米!平賀屋!こっちの状況と敵の特徴を説明する!何でもいいからアドバイスをくれ!』
「ーーー分かった。取り敢えず、アドバイスがいるんだな・・・・うぅ・・・しんどい・・・」
「ちょっと平賀屋君!無理しないの!」
復活したばかりの和成には、酷い全身の倦怠感と頭痛が残っている。
顔は青ざめ冷や汗が止まらず、医者に掛かれば取り敢えず寝ていろと診断されそうな外見だ。
「ぐぎぎぎ・・・・・向こうで友達がピンチなんだ・・・・何もできないのは嫌だ・・・・裁には昨日の恩もある・・・・せめて、話だけでも聞かせてくれれれ・・・・・うぅっぷ」
久留米は心配だったが、必死なその顔を見て何も言わないことにした。
城造は初めから、勝手にしろというスタンスを全身で表していてぶれない。
『・・・・・・俺はあまり饒舌ではないし、口下手な方だ。説明は、慈にやってもらう』
魔道具を特定の方向に向ける際の衣擦れの音の後に、朗読のような柔らかい女性の声が魔道具から聞こえてきた。結界越しに魔道具のマイクにあたる部分を向けられた、『聖女』慈の声だ。
『相手は、龍を馬の形にしたかのような神々しい獣型のモンスター。額には長いコブがあって、鼻腔の下には雄々しい髭が生えている。頭から首、背中にかかる鬣は金色に靡き、全身余すとこ無くエメラルド色の鱗が光り、鱗の上に金色の体毛でできた紋様が輝いてる。まるで職人が作り上げた工芸品みたい』
「成る程ぉ・・・・ぅぅ・・・・」
魔道具から慈のモンスターに関する説明を聞き、和成は想像の翼を広げて頭の中に慈たちが向かい合うモンスターを思い浮かべる。慈と和成は一年以上部活で本について語り合った経験から、相応の言葉を交わせば互いに大抵の状況を伝達可能だ。
更に幼い頃から大量の本を読んできて、(正解を引き当てられるかは置いといて)脳内で文章を映像に変えることについては自信がある。
しかし、久留米と城造は何も思いつかないようだ。二人とも文字や言葉を映像へ翻訳することはあまり得意ではない。慈の言葉にしきりに首を捻ったり、額に眉を寄せて悩み続けている。
「うぅ・・・足は8本あるか?」
『4本だよ』
「翼は無い、よな・・・うぇっぷ」
『無いね』
「んで、雷属性の攻撃を、・・・繰り出す・・・」
『そう!』
「・・・額から生えているのは、角では無くて瘤なんだよな・・・・」
『そうだね。そう言われてみると、凄く綺麗なモンスターなのに、なんだか肉が盛り上がった瘤が異質な気がするーーーーあれが無かったら、もっと美しくなると思うのに・・・・」
「・・・・ならそいつはーーーー瑞獣『麒麟』じゃないのか」
「キリン?動物園の?」
「ビールの方だろ」
城造は少しだけ知っていた。
久留米は全然知らなかった。
『ーーーそうだ。・・・・そうじゃん!言われて初めて気が付いたけど、あの姿!『雷の攻撃』ってところにだけ眼を瞑れば、伝承にある麒麟の容姿そのままじゃない!!』
☆☆☆☆☆
「・・・・・・麒麟?慈、なんだそれは」
「幻獣『麒麟』!中国版ユニコーンみたいな神獣で、おめでたい獣である瑞獣の一角!狼と龍と馬の特徴を併せ持ち、全身に鱗が生えていて、蹄は馬、尾は牛!」
「・・・・・・俺には蹄や尾っぽを見分けることなんて出来ないんだが・・・・」
「そ、それは私もだけど・・・・けど、あのなんか異質な感じの角!あれこそ麒麟の特徴の一つだよ!」『麒麟は大変徳の高い神獣で・・・・普段の性格は非常に優しく殺生を嫌い・・・・虫や植物を殺す事すら恐れるとされる・・・・歩く際は僅かに浮かんで草木を踏まない様にし・・・・食事の際は必ず枯れ草を食むという・・・・』
慈の説明を補足する形で、魔道具から和成の解説が聞こえてくる。
『そして、鋭い角も普段は肉の鞘に覆われていて、他者を傷つけないようにしているそうだ』
ちょうどその時。
モンスターのコブから角が飛び出し、『竜騎士』竜崎を蹴散らした。
そこまで聞いて裁は気付いた。
(アイツは何故、俺たちを狙わない?結界に何度か攻撃を加える事はあったが、しかしそれ以上攻撃を仕掛けてこない。最初の攻撃で皆んな吹っ飛んだが、死者はゼロだ)
神妙な顔で、麒麟(仮)を見つめる。
急襲したあのモンスターに対して和成の言う「徳の高い」という表現を使うことには違和感があったが、あらためて考えるとそうでもないということに思い至る。
(ただでさえ押している状況で、何故大き過ぎる弱点であるクラスメイトたちを狙わない?タンクの防御をすり抜けられるほどの速さがあるなら、アタッカーたちの攻撃を躱して『瀕死』状態のみんなを守る結界に攻撃を仕掛けるなんて、簡単なことじゃないか?)
少なくとも裁とアンドレ王女は、結界の外で待機している。瀕死状態の『剣聖』御剣と『槍神』綿貫も、成り行きで結界の中に入れていない。
同時にその景色を見た慈も気付いた。
(麒麟は、草を踏まない様に移動している?)
よく見てみると、麒麟が脚を地につける際、その地面には土しか無い。麒麟が来る前に戦いやすいよう技を使って荒地にした際に、草花が消し飛んだ場所にのみ脚をつけている。
そう言われてみれば、麒麟の瘤から角が飛び出たのもーーーー
ーーーー「邪魔をするな!」
焦った竜崎が、出鱈目に攻撃を放ってからだ。
(流れ弾が逸れて、周囲のーーーー森とかに被害を出すのを恐れた?)
その疑問を前提に置いて見ると、また違った景色が見えてくる。
(確かに麒麟は自分へ飛んだ攻撃は躱してるけど、躱した場合にモンスターの生息域に飛んでいきそうな攻撃を、それとなく迎撃している!?)
天城、姫宮、親切。三者三様の攻撃を躱し迎え撃つ、麒麟の戦い方の基準。
気づいてみれば、それは一目瞭然だった。
「『セイクリッド・ショット』!!」
自らが思いついた仮定のもと、慈は聖杖から神聖属性の光球を放った。麒麟に当たらないギリギリの部分を狙って。そのまま飛んでいけば、流れ弾は森へと突っ込むだろう。
その攻撃を、麒麟は雷を纏った角で切り裂いた。
(やっぱり!あのモンスターは他のモンスターを庇ってる!ならーー)
「『レイン・レーザー』!!」
再び聖杖より発射される、無数の光線。慈はそれを、幻獣麒麟から少し外れた場所へ放った。
麒麟の近くではあるが、麒麟がそのまま動かなければ、絶対に当たらない位置に向けて。
そして麒麟は、そのまま行けば確実に森へと突っ込むレーザーの雨の中へ飛び込んだ。高ステータスの慈の攻撃は、『はじまりの森』周辺のフィールドに出るモンスターを一筋のレーザーだけで絶命させるに足るものだ。
全身を放電でまとい、無効化する。
しかしそれは同時に、身動きがとれないということでもある。
「今だ!!」
裁の呼び声に、高ステータス三人組が反応する。
「『勇者の一撃』!!」
『勇者の剣』の大振りによる白いエネルギー光線。
「『サンシャイン・ソード』」!!」
聖剣『サンシャイン』による『炎』と『光』の属性を持つ飛ぶ斬撃。
「『スピアウィンド・ソニック』!!」
大仰な杖から放出される圧縮された竜巻でできた音速の槍。
それらが、連続で麒麟を襲った。
ヒイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!
「よし!」
初めて命中した攻撃に麒麟は甲高く嘶いた。慈は歓喜の声を上げる。和成から貰ったヒントによって、状況が好転したからだ。
『・・・・・・』
しかし当の和成は、魔道具越しに警戒していた。ナニカが引っかかっていたからだ。
『・・・・・?』
だが、そのナニカが何なのかが分からない。目覚めたばかりで、頭がまだ本調子でないためだ。
思考に霞がかかり、上手く動かない。
『慈さん、裁。なんか、まだ警戒しておいた方がいいような気がするんだが・・・』
その時だった。
嘶く麒麟から空に向けて落雷が昇った。
「キャア!?」
「・・・!」
そしてそれは、遠く離れた村にいる和成たちにも認識できた。
『何が起きた・・・・・うぅ』
『うぇぇぇぇ!?』
『・・・フン』
空に昇る雷は放射状に拡散して、いくつもの落雷となり森へと突っ込んだ。雷鳴と共鳴するように響く嗎に、慈と裁の背筋が凍る。
天城、姫宮、親井も、その気迫に攻撃の手を思わず止めてしまっている。
そして嗎と雷のエフェクトが終わり、静かに幻獣はこちらを見据えていた。
その肉体は無傷である。
「・・・・・くっ、慈!平賀屋!まだ何か、瑞獣麒麟について話していないことはあるか!!」
『う、うぅん・・・そりゃあまぁ、五行の歴史とか中国神話と関連した話題ならまだまだあるけど、その中でこの状況に関係あるものとなると・・・』
白い靄がかかった脳を、頭痛を無視しながら必死に動かして和成は考える。しかしこういう時に限って、余計なことばかりが記憶の底から浮上してくる。五行では麒麟は土だの中国神話の神農や黄帝だの、関連はしているが関係の無さそうな知識ばかり思い出す。
『ーーねぇ、これ何の音?』
しかめっ面で眉に皺を寄せて脳を使っていた和成を現実に引き戻し落ち着かせたのは、久留米の不安そうな呟きだった。
厳密に言えば、久留米の呟きで気づいた、森の騒めきによって和成は答えを見つけた。
『これは多分、森の生き物が騒いでる音だと思うーーーあ、そうか!そうだ!
麒麟は確か毛虫の長!つまりは獣の長だ!』
「・・・・どういうことだ・・・?」
「あ、裁君!ーーーー麒麟の角が生えたモンスターたちが、こっちに走って来てる!!」
『毛虫・・・・中国語では虫は生き物を指す言葉であり・・・・つまり毛虫は毛のある生物、獣を意味する・・・・・『徴詳記』には、瑞獣麒麟はその毛虫の長であると記されている・・・・・うぅっぷ』
魔道具からは情報を提供しようと頑張る和成も声が聞こえるが、その声を聴く余裕は残念ながら二人には無かった。
「何!?」
慌てて裁が視線を移した先には、麒麟と同じ角を生やし、雷のエフェクトを纏ったモンスターの群れが迫っていた。それも四方八方から。その中には、和成が相対したキキ・ラットや親切一行が戦ったヒートンもいる。ただし、ポンポン茸はいない。毛虫は獣や哺乳類を指し、きのこのような菌類は含まれない。
そしてそのモンスターたちから、いくつもの攻撃が飛んで来た。
「マジか!キキ・ラットに遠距離攻撃技なんてのはなかった筈だぞ!?というか、何故『雷』属性の攻撃が使える!?」
親切はその光景に頭を抱える。遠距離から攻撃してこないからこそ和成の相手に選んだのだ。
そのキキ・ラットが、額から生えた麒麟のツノより電撃を放っている。
「つまり、獣型モンスター全般に対する能力上昇効果の能力ってことか!?そんなの聞いたことない!」
「お、落ち着いて親切くん」
何時もは冷静だが現在は慌てている親切を姫宮が宥める。
そして、迫る電撃を纏ったモンスターたちに気を取られ、麒麟への注意が疎かになっていた。
その隙をついて、麒麟が空を駆け逃げ出した。
「ああっ!待てーっ!!」
天城が跳んで剣を振るも、既に麒麟は空高くに。
更に雷を纏い高速で駆け出し、みるみる内に小さくなっていった。
そして、その途端に迫って来たモンスター達は、踵を返して森へと帰っていったのだった。




