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第21話  『職人』と『処刑人』

 

 場面が少し遡る。


 魔道具で連絡がつき和成が倒れた事を知らたのは良いが、その結果混乱を招いてしまった久留米は、頭を抱えてアワアワしていた。魔道具越しに伝わる怒号や騒音から向こう側の状況を察し、さりとて気絶したままの和成をどうすればいいかを未だ聞けていないので切ることも出来ず、しかし「自分の所為でーーー」と自責の念に囚われ、「このまま此方は大丈夫と嘘をつくべきなのではーーー」と考えがぐるぐる巡り、パニックを起こしていた。

「ああぁぁ・・・ごめんなさいごめんなさいいぃ・・・どうしようどうしようーー」

 半分ベソをかきながら、久留米は訳もわからず首をブンブン振って周囲を見回す。

 現実逃避だ。何もせずにいるのが居心地が悪いので、取り敢えず行動しているだけだ。

 無論、久留米自身はそのことを意識していないが。


「フン、何をやってるんだか」

そんな久留米に、不遜で捻くれた声が聞こえてきた。

「ーーぇ?」

 二人がいるのは、中屯所の裏手である。人気がなく、此処まで通ずる道は目立たず、好奇心旺盛な子供ぐらいしか気づかないように思える場所だ。子供が秘密基地を作ろうと思うようなデッドスペースがここだ。


 その目立たない小道を通って来たのだろう。仏頂面の城造がそこにいた。

「フン、酷い顔だな」

 涙と鼻水で乱れかけている顔を一瞥して、鼻を鳴らす。

「なんでーーー?」

「お前らが外に出てから突然、馬の鳴き声みたいなのが聞こえた。その後、窓の外、空の上を青白いのと黄色いのが混じったエネルギーが放射状に飛んでたんだよ。んで、それが聞こえた後に何故か俺のHPが急に削られてな。更にだいたい同じぐらいの時間に、バタバタ町のガキや赤ん坊が倒れたらしくてな。今も騎士たちが大慌てで走り回っている。どうやら外部からの攻撃が原因だと言われたんで、ステータスがガキより低い平賀屋なんかも倒れてるんじゃねぇかと思って探してただけだ」

 久留米が抱き抱える和成を睨みながら、城造は早く話を終わらせたそうにまくし立てる。


「案の定か。フン」

「そ、そう!たぶん、『瀕死』状態なんだと思う・・・」

「なら『復活石』を使えばいいだろうが。此処に来る前に貰っただろ。『ステータス』」

 そう言って城造はステータス画面を出現させ、道具袋のアイコンから細長い八面体の結晶を取り出した。黄金色の宝石のような石だ。

「あっ!そ、そうだったったそうだったたそうだったぁ!!」

 焦りから見落とし忘れていた事実に、慌てて久留米もステータス画面から『復活石』を取り出す。

「・・・それで、これをどう使えばいいのかな・・・?」


「・・・・・・」


 言われて気づいた。ゲームなら画面から『使用します』を選べばそれで済むので、手元に直接現れたこれをどう使えばいいのか分からない。

 偉そうなことを言っておきながら言葉に詰まった城造は、気まずそうに眼を逸らした。

「・・・なるほど・・・なら、それを魔導具で聞けば・・・いや、今聞いているのか」

「う、うん・・・」

 話が早い。久留米の現状を見て、大体の事を察してくれた。


「フン、それを貸せ。俺が話をつける」

 仏頂面はそのままに、城造はぶっきらぼうに手を差し出した。


 ☆☆☆☆☆


『復活石の使い方を教えろ。こちらはそれで片付く。そうなれば、そちらも対処のしようがあるだろう。早く言え。グズグズするな』

 淡々と機械的に、ただ事実を告げるだけの声。

 相手の事情を考慮して、最も合理的な判断を口にする。

 ただし、相手の事を考えてはいるが、慮ってはいない不躾な口調だ。


「・・・・・・それは確かにそうだ。アンドレ王女!復活石の使い方を教えてくれ!」

 腹の底から響く和太鼓のような大声は、幻獣と『勇者』たちの戦闘音にかき消される事なく王女へと届いた。

「は、はい。復活石は、『瀕死』状態の者の頭や心臓などの、力の流れの中心地に置けば自動的に発動する筈です・・・」


「ーー石を頭か心臓に置け!それで自動的に発動するそうだ!!」


 ☆☆☆☆☆


「フン、了解だ」

 仏頂面で答える城造の側、というか下で、魔導具から聞こえて来た言葉に従い久留米は手に握っていた復活石を和成の額に近づけた。

 すると復活石から金色の光が漏れ出し、その光が額から和成の体に溶けていく。

 石から光の放出が止んだ時、和成は意識を取り戻した。


「う、うぅん・・・?」

「あ、目が覚めたぁ!良かったぁぁ!!」

「・・・え?今、どういう状況・・・ううぅっ、頭が揺れる・・・気持ち悪い・・・」

 久留米が気が抜けて脱力したことで、和成が久留米の上にのしかかる体勢になっている。あくまで倒れかかった男性を女性が支えきれずに二人とも倒れてしまった、という状況に見えるのが救いか。男が女を押し倒しているように見るには無理がある体勢だ。

 ただ久留米は純粋に、和成が復活し意識を取り戻したことを喜んでいる。


「調子はどう?体調は?しんどくない?」

「車酔いの酩酊感と吐き気・・・それに熱が38℃でてる時の倦怠感を足したのと、インフルエンザにかかったときの頭痛と関節痛が同時に出てる・・・正直いうと、割としんどい・・・うえっぷ」

「おい裁、此方は何とかなったぞ」


 復活はしたものの、未だに後遺症の残る和成を他所に、城造は淡々と情報を伝え終えた。

「どこが!?全然じゃん!すごく辛そうだよ!!??」

 慌てて久留米が訂正を求めるが、魔道具の受信部分を城造が手で塞いでいるので、その情報は向こう側に届かない。

「平賀屋が頭を押さえてるぞ。まぁ、頭がガンガンするときにそんなに耳元で騒がれたら、そうなるだろうがな」

「わー!ごめん平賀屋君!!」

 更に慌てながら、久留米は和成の頭を取り敢えず撫でた。

 風邪をひいた年の離れた弟に、よくやっていた治療である。

 原始的で単純な方法ではあるが、人肌程度のぬくもりで優しく患部を擦る行為には、時に痛みを和らげる効果があるのは間違いない。

 かえって悪化させる場合もあるが、今回の場合その対処は適切である。


「フン、冷静に考えろ粗忽者。取り敢えず『瀕死』状態は脱した以上、『次にどんな些細な一撃をくらっても死ぬ』状況は終わったんだ。このまま更に、復活石を使って復活はしたけど体調は万全じゃないーと伝えて、向こうをもう一度混乱させるか?聞いた限りだと、向こうはかなり切羽詰まってるみたいだが?」


「ううう・・・・・そう言われればそうだと思うけど・・・・」


「もしかすると、向こうも何人か『瀕死』状態から回復したばかりで戦えない奴をかかえていて、押されているかもな。こちらに集中させ過ぎて、結果向こうがやられこちらもやられてしまうことになればーーーお前はどう責任をとるつもりだ愚か者」


「ーーーーもう!言い方がいやらしーんだから!正論だけど、あなたの言葉には配慮がないんだよ!もっと言い方を選べば揉め事も起こらないし、お互い嫌な思いもしないでしょー?」

 プンスカプンプン。

 睨みつけるような目を向けられ辛らつな言葉を浴びせられても、腹を立てていても、久留米は怒らなかった。

 不快にも思ったし、怒りの感情が湧いてもいたが、その感情を表に出そうとしなかった。

 未だに久留米は和成に乗っかられたまま、地面と背中をくっつけているのに。


「なんだ、怒ったのか」

「ーーー地面と平賀屋君にサンドイッチにされたままなのにほったらかしにされてたら、怒りたくもなるよーーー。けど、()()()()()()。後で説教はするけど」

「・・・フン」

 わざと煽るような真似をしたが、乗ってこない。そんな久留米を横目で見て、何時ものように鼻を鳴らす。

 彼の場合、不機嫌な時とばつが悪い時に鼻を鳴らすのが、癖になってしまっている。


「今はそんなことしてる場合じゃないからーーー取り敢えず、平賀屋君を介抱するから手伝って」


 ☆☆☆☆☆


「・・・・・・了解」

 淡々とした城造の返事を受けて、裁と慈は胸を撫で下ろした。

 向こうでは揉めているが、それは現時点では知らぬが仏。

「一先ず、これで安心かー・・・」

「・・・・・・まだ相手を倒した訳じゃないがな」

 裁が視線を移した先では、王家に伝わる補助技を受けて、どうにかこうにか天城・親切・姫宮・竜崎の四人が幻獣と渡り合っていた。


「タンク役の二人がまるで役目を果たせてないよ・・・・相手が素早過ぎる」

「・・・・・・まったくだ。俺には目で追うことも出来ない」

 敏捷のステータスが高い慈には視認出来ているが、それ程高くない裁には幻獣の動きは捉えられていない。


「・・・・・・今の俺は、特に何の役にも立っていない・・・・何か、やれることはないのか・・・?」

 今の裁が戦闘に加わったところで、相手が素早過ぎて攻撃を当てることも味方の壁になることもできない。

 参加したところで、足手まといが関の山。


(矢張り俺たちは戦闘そのものに不慣れであると、否応もなく実感させられる。あの時、俺が戦闘において役立たずとなるのであれば、俺だけでも慈の結界の中にいるべきだった)

 急襲直後。クラスメイトたちが幻獣の攻撃で弾き飛ばされた時、耐久力の高い裁は偶々瀕死状態にならなかった。その後、飛び出していった天城と姫宮の背中を追うように、自分も戦闘のサポートをしようと考え飛び出した。

 だが、相手との差がありすぎた。

 現状、『瀕死』状態の者が命を繋いでいるのは、ドーム状に包む『聖女』慈のバリアーがあるからだ。

(俺があの中にいれば、城造のように『復活石』を使えたのに・・・・・!)

 バリアーは、あらゆる攻撃をはじき、敵の侵入を許さない。

 しかしその鉄壁さによって、味方もその中に入れない。

 更にバリアーを張ることに専念している慈は、他の行動に出ることが出来ない。

 つまり、中で倒れている騎士やクラスメイト達は、倒れたままの状態だ。

 しかし中に入ろうと一瞬でも結界を解除すれば、裁では目視できないほどに素早い幻獣に入り込まれてしまうだろう。

 一枚隔てた壁の向こうのクラスメイトに、今の裁では何もできない。


「・・・・・・・・」

 ギチチッ

 噛み締めた奥歯が、嫌な音を立てた。


(――――今の俺にできることと言えば、打開策の立案しかない。・・・・・・だが、何も思いつかない・・・いや、本当は多分、打開策の立案しかできないなんてことは無いはずだ。俺にできることは、それ以外にもまだ何かあるはず。しかし・・・・しかし――――何も思いつかない!!)

 焦り。焦り。焦り。

 それが生み出す、思考の袋小路。

 悩めば悩むほど出られない。

 そうして裁が頭を抱えている間にも、敵は天城に攻撃を当て、姫宮の攻撃を躱し、親切の魔法を電撃で相殺し、盾を構えた守村と鋼野の背中に回り込んで蹴飛ばし、竜崎の攻撃を叩き落とす。

 断片的にしか視覚情報が得られないが、押されているのは分かった。


(アンドレ王女は別の支援魔法の準備で動けない。が、彼女は自分に出来ることを果たしている。

 自身を囮にして、それに幻獣が食いついて彼女に攻撃を仕掛ければ、その内に俺が結界内部に入れるかもしれないという、そのわずかな可能性に賭けている。攻撃しないならしないで、支援魔法の重ね掛けに成功するだけ)

 この世界の住人との違いを突き付けられた気分を、裁は感じていた。


 焦り、焦り、焦り。焦り、焦り、焦り。


「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。・・・・・私が言えることじゃないかもだけど・・・」


 急に、現実に引き戻された。

 狭くなっていた視野が元に戻り、視野狭窄がもたらした暗がりが晴れる。


「―――いや」

 逆だ。

「・・・さっきまで焦っていたお前の言葉だからこそ、思い知らされるものがある・・・」

 焦ってどうしようもない時、自分より焦ってない者と会話をすることで、落ち着くことがある。


「―――あ、・・・そうか・・・」

 思い出したラグビー部の監督の言葉から、裁は天啓を得た。

 後日思い返して、そこまで大したことではなかったと感想を抱いたが、この時の裁の心情では、その発想は天啓と呼ぶにふさわしい衝撃を与えた。


「何か、打開策でも閃いたの?」

「・・・・・・打開策は閃いてない。だが、これで打開策が浮かぶかもしれない」

 それは、行き詰った時の基本中の基本。基礎中の基礎。


「慈、魔道具を」

「分かった」

 結界の壁越しに、声を届ける魔道具を向けられる。


 息を、一息吸って。


「―――城造!久留米!平賀屋!こっちの状況と敵の特徴を説明する!何でもいいからアドバイスをくれ!!」


 分からないことがあれば、人に聞けばいい。

 自分の視点で思いつかないことがあれば、人の視点を借りればいい。

 当たり前のこと。基本中の基本。基礎中の基礎。


 ただそこに、平和な日本を生きた何処にでもいる高校生である裁が戦いの中で思い至ったことは、素晴らしいことだろう。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



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