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第20話 対幻獣

 

 最初に動いたのはアンドレ王女だった。

 ただ、それは別に王女が実は歴戦の猛者だったからでも冷静沈着な策士だったからでもなく、単に女神から取り敢えず動かないと死ぬぞと神託が降ったからだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「『勇者(正義)』様!」 


「ああっ!」


 嗎と共に発生した、幻獣を中心にして全方位に広がる青白い衝撃波。

 アンドレ王女の呼びかけを聞いた天城は、その反射神経で即座に幻獣へ接近する。その衝撃のエフェクトを何とか乗り越え剣を振るおうと、天城は柄に手をかけていた。

 その天城に向かって、幻獣はシンプルな体当たりを食らわせる。


「くっ!」

 踏ん張ろうとするも、無理に衝撃波を乗り越え着地した瞬間を狙われた為、地面には片足しか着いていなかった。踏ん張りが効かず、そのまま天城は踏ん張れずに吹き飛ばされる。その幻獣の動きは下から上に放り投げるような、ダメージよりも遠くに投げ飛ばすことを優先した動きだった。


「だあぁぁっ!」

 次に攻撃を仕掛けたのは姫宮だ。

 天城の失敗を鑑みて突きの体勢のまま体を低くして衝撃を受け流し、幻獣へと刺突攻撃を繰り出した。

 しかしその攻撃は、カモシカのようにしなやかに飛び跳ねた幻獣に躱される。

「『シャイニング・セイバー』!!」

 それでも何とか一撃食らわせようと、姫宮は無理やり技を放ちながら輝く剣を振り上げた。

(このまま飛び越えられたら、倒れている皆んなが危ない!)


 姫宮は突きを繰り出す際に剣を横にしていた為、そのまま振り上げても剣の側面で叩くだけの攻撃に終わり、大してダメージは与えられない。しかしそこまで考えがいたらず、その素人丸出しの無理やりな一撃は繰り出された。そしてその一撃は幻獣にとって予想外であり、光を纏って刀身が伸びた剣を振り上げる一撃が腹部に命中した。


 いや、命中しなかった。


 命中する直前に幻獣は空中で後ろに跳び、姫宮の攻撃を結局回避してみせた。


「『インパクト』!『インパクト』!『インパクト』!」

 空中から更に上空へ跳んだ幻獣に、親切が連続して魔法を放つ。杖の先から衝撃波が飛んで幻獣に向かうが、地面を駆けるのと同じように空を走り、崖を移動するかのように三次元的な動きをする幻獣には、一発たりとも当たらなかった。

 親切の目が険しく鋭くなっていく。

 恋人である化野を、『瀕死』状態にした元凶への怒りが沸々と湧き上がる。


「『ハルマゲドン・ファイア』!」

 杖を空に向かって翳し、幻獣の周囲一帯に向けて巨大な火の玉の魔法を放った。

 ロケット発射の爆炎より巨大な火炎玉。温度と炎の密度はそれ以上だ。

 広範囲にわたって放たれた爆炎に、幻獣は丸ごと全身飲み込まれる。



「ーーー何アレ・・・」

 その爆炎は遠く離れた久留米にも視認できるほどであった。


 ☆☆☆☆☆


「どうしよう!?ねぇどうしよう!?」

 同時刻。意識を失った和成の頭を腕の中に抱えた久留米は、突然の熱波を感じて顔を上げ、爆炎を見て慄いていた。


 和成が突如倒れたこととその炎を関連付け、クラスメイトたちが強敵モンスターと戦っているのではと想像し、恐怖からついつい和成を抱き締める力が増している。

 しかし意識を失っているので、和成は何の反応もない。励ましても勇気づけてもくれない。

 避難するべきではとも思うが、気を失っている和成を置いて行く訳にはいかない。そもそも倒れた和成の体で自分の体が地面とサンドイッチ状態なので動けない。力を込めれば久留米の力なら決して動かせない重さではないのだが、和成が『瀕死』状態である可能性が頭に浮かび行動に移せない。


 移動途中に王国騎士から説明された、HPが0になった戦闘不能状態『瀕死』。

 この状態で更に攻撃をくらえば、それがどれほど弱いものであっても即死する大変危険な状態。

 和成はそのステータスの低さから攻撃のクリーンヒットを二回以上耐えられず、その後は完全な足手まといとなる。


「えっと、えっと、誰かいませんかー!?誰かー!誰かー!!」

 例え和成を上手く除けてのしかかられた状態から解放されても、一人で自分より体格の大きい、しかも軽いとは言え鎧を着用している男子をおぶって運ぶのは久留米には無理だ。さすがに同級生の女の子と話す際には要らないだろうと判断されて鉈と盾は『道具袋』へ仕舞ってあったが。

 これがステータスによって強化された慈や剣藤や姫宮であったなら、軽々と片手で担げてられるだろう。化野は無理。

 そして、二人が話していた騎士駐屯所の裏手は人気がない。久留米と親しくなることを王女の息がかかった者に妨害されることを和成は懸念し、偶々見つけた人気の少なそうな場所へと誘導したからである。


「どうしようどうしようどうしよう・・・・」

 そんなことも露知らず、顔を真っ青にして久留米は完全にパニックに陥っていた。

 自分の一挙一動によって、瀕死のクラスメイトの命がどちらかに転ぶ。

 重圧が半端でない。

 首をグルングルンと動かして周囲を見渡し、何か無いかと動揺で焦点が上手く合わせられない目を必死で凝らす。

「えっと・・・・あった!無線機!」

 そうして発見したのは、倒れかかった和成を受け止めきれなかった際にスカートのポケットから落とした、緊急連絡用に渡された通信用魔導具だ。慌てて落としそうになりながらも、通信のスイッチを入れる。

 魔法陣が浮かんだ後暫く置いて、通じたことが確認されるランプが点灯しブゥンと機動音が鳴った。


「えっと、平賀屋君が急に瀕死状態みたいになって、どうしましょう!?」

『えっ!和成君が!?』

 戦闘音をバックミュージックに、騎士の誰かが出ると言われて渡された魔導具にでたのは、HPを失い『瀕死』状態となった皆んなを守っていた慈だった。騎士たちは既に幻獣によって吹っ飛ばされた後なので、返答できるのは攻撃を耐えた者たちだけ。更に幻獣との戦闘に集中している者たちに応答は無理なので、必然的に魔導具にでられるのは倒れた者たちをドーム状のバリアーで守っている慈だけだった。


『何があったの久留米さん!!和成君は!?和成君は大丈夫なの!?』


 聖女様!バリアーに集中していただかないと倒れてる皆様がーー

 ドゴンドゴンドゴン!!

 当たらないぞクソッタレ!!

 右から回り込め!抑え込むんだ!!

 命令すんな!『フレイムブレス』!


『早く教えて!久留米さん!』

 聖女様ーー!!??


 緊迫したガヤが響く中、そんなの知ったことかとばかりに魔導具越しに久留米に詰め寄る慈の声は、それはもう恐ろしい剣幕だった。


「えっと、慈ちゃん、い、今話してて大丈夫なの?そっちの方がこっちより大変なんじゃな・・・・」

 周りに自分以上に取り乱した者がいると自分は冷静になれる心理現象が働き、久留米は和成の現状を伝えるのは後回しにするべきではないかと考えた。

『いいから早く教えなさい!!!』

「ふぁいっ!!」

 しかし、大人しい子だと思っていた慈の意外な一面に直面して叫ぶように答える。

 それはもう恐ろしい剣幕で、答えない事は出来なかった。


「な、何か嗎が聞こえたと思ったら平賀屋君が倒れて、そのまま目を覚まさない!!ひょっとしたら『瀕死』状態かもしれないから、下手に動かすことも出来ない!!」

『分かった。直ぐにそっちに向かう』


 ☆☆☆☆☆


「聖女様!?」

 王女アンドレは耳を疑った。

 突如現れた幻獣の攻撃を耐えきり現在戦闘を行なっているのは、全体的なステータスが高い『勇者』天城・『姫騎士』姫宮・『聖女』慈、ゲームをやり込んでいて女神から与えられたボーナスステータスにその分が上乗せされている『最上級魔導師』親切・『槍神』綿貫・『剣聖』御剣、防御力が高い『重戦士』鋼野・『守護人』守村・『処刑人』裁。それに、相棒に設定したドラゴンのステータス分自身のステータスが上がる、『竜騎士』の竜崎の丁度10人のみである。


 慈が防御技でバリアーを張って倒れた者たちを守り、アタッカーの天城・姫宮・親切・綿貫・御剣・竜崎がタンクの鋼野・守村・裁の補助を受けて、素早く三次元的な動きを繰り広げる幻獣と渡り合っていた。


「『ドラゴンフレイム・バースト』!」

 成牛程の体格のレッドドラゴンの背に跨った竜崎が技の発動を命令した途端、その鱗よりも赤い炎が竜の口から放たれる。幻獣の奇襲を耐えきった中で唯一空を飛び、安定して空を駆ける幻獣へ攻撃できる『竜騎士』の大技だ。


「『砂塵剣(さじんけん)嵐乱(ランラン)』!」

「『ライトスピア』!」

 更に煌びやかな装飾が眩しい大剣に砂嵐をまとわせた斬撃を御剣が。

 細長く鋭利でシンプルな槍に光をまとわせた伸びる刺突を綿貫が。

 『剣聖』と『槍神』、それぞれ二人の大技が、専用の装備から放たれる。幻獣が『ドラゴンフレイム』を躱せても、その直後に攻撃範囲の広い上位技二つは躱せないだろうという考えだ。


 しかし、幻獣はそんな意図に反して動きを加速させ一気に全ての攻撃を躱し、青い雷のオーラを纏った突進攻撃を繰り返した。タンク役組が庇う前に、殆どのタイムラグなく攻撃を放った三人へ連続で攻撃が直撃する。


 (速過ぎる・・・!)

 (躱すなんて無しだろ・・・!)

 FMSをやり込んでいた分が加算された、Lv以上の耐久力を持つ御剣と綿貫がここで脱落した。


 ()()()()()()()()()()()()()()

 奇しくも倒れ際の2人の思考は一致していた。


「クソがァァァッ!!」

 唯一、竜崎だけはHPが残り『瀕死』状態となるのを免れた。配下のドラゴンのステータス分だけ自身のステータスが上昇する、『竜騎士』の固有能力のためだ。

(ふざけんなよ!こっちの攻撃を避けるとかゲームシステムになかったじゃねぇか!)

「『火竜弾』!『火竜弾』!『火竜弾』!」

 竜崎は攻撃が当たらない苛立ちから、支配下のドラゴンへと出鱈目に命令を下す。背中に乗せた『竜騎士』に逆らえない、逆らわないドラゴンは、そのまま出鱈目に火炎弾を吐き出した。

 当然そんな攻撃が幻獣に当たるはずもなく、それどころか攻撃を仕掛けていたアタッカーの邪魔になる始末だ。


「ゴラァ竜崎ィ!危ねーだろーが!!」

「考えて打ちやがれ!」

 声を荒げる鋼野と守村。


「落ち着け竜崎!お前は一人で戦ってるんじゃないんだ!」

「竜崎くん危ない!私たちに当たる!綿貫くんや御剣くんに当たったらどうするの!?」

 文句を言いながらも、上記の二人よりは冷静に諌めようとする天城と姫宮。鋼野と守村と共に、『瀕死』状態となった御剣と綿貫の二人を竜崎の攻撃から庇っている。


「邪魔するなボケ!当てられない上に妨害まで熟すとは、随分と戦いがお上手ですねぇ!引っ込んでろこの無能!!」

「無能だと!?テメェ覚えとけよ親切(おだぎり)ぃ!」

「・・・・・・落ち着け。今仲間割れしてどうするんだ。敵は竜崎ではないだろう・・・」

 (コイツ、キレるとこんなにガラが悪くなるのか・・・)

 化野がやられたことで気が立ち杖を振り回しながら竜崎と喧嘩寸前の親切と、それを軽めのチョークスリーパーで抑える裁。


 この一連の状況から察せられる通り、クラスメイトのチームワークは普通に良くない。と言うかそもそも、現在彼らが此処にいるのはそのチームワークの練習の為で、実際の戦闘において素人なのだからしょうがない。この場にいたのが現在此処から離れた町にいる非戦闘職三人でも結果は同じで、最初の攻撃で吹っ飛ばされた足手まといが三人増えるだけだ。

 そしてそんな足手まとい数十名を同時に守っているのが、『聖女』慈のバリアーである。これが無ければ、技術的に全員を守りきれない天城たちは詰んでいた。

 そして、慈は即興拵えのパーティ唯一の回復役ヒーラーだ。焦りと未熟なチームワークからペース配分を考えずに攻撃技や魔法を連発する彼らは、いずれガス欠を起こして回復が必要となる。


(こんな状況で、聖女様に抜けられる訳にはいきません!)

「待ってください!準備が終わりましたので今から王家に伝わるステータスアップの補助技を、女神様の強化と共に使用します!それを使えばこの状況から簡単に逆転出来るでしょうが、今聖女様に抜けられてはそれも出来ません!ここは堪えてくださいませ!!」

 アンドレ王女はバリアーの外から懸命に慈に話しかける。


「じゃあ早くして!それが終わったら私は和成君の所へ向かう!」

 しかし慈はにべもなく簡潔に答えるだけだ。

 昨日の出来事からアンドレ王女を信用していないし、端的に言って嫌いなのでしょうがない。今も疑いの目で見続けており、この混乱に乗じて和成に危害を加えるのではと気が気でないのだ。


「い、いえ、この簡単な逆転というのは、あくまで勇者様、姫騎士様、聖女様、最上級魔導師様方全員に『王家の祝福』を使用した場合の想定でして・・・・」


「ふざけないで!和成君がもし『瀕死』状態だったら、危険極まりない状況なんです!今直ぐにでも向かわないと!」

「いえ、しかし聖女様・・・・」

「・・・・・・落ち着けよ」


 心火を燃やして語調を強める慈に、オロオロといたいけな少女のように対応するアンドレ王女。このままでは収集がつかなくなり修羅場に突入しようかというタイミングで、『瀕死』状態の御剣と綿貫を安全圏に運んできた裁が冷静に口を挟んだ。

 天城(勇者)姫宮(姫騎士)から倒れた二人を預かり、荒れている親切(魔導士)を盾役の二人に押し付けてここまで運んできたのだ。

 同時にその図体も王女とバリアー越しの慈の間にねじ込んで、修羅場が起こる前に鎮火した。

「アンドレ王女。少し席を外して、戦闘と王家に伝わる補助技をお願いします。慈を説得しますので。

 慈、少し耳を貸せ」

 珍しく間を置かずに言葉を紡ぎ、アンドレが返事をする前に有無を言わさずとっとと話を切る。

 事実この緊急事態では、信頼関係を築けていない自分よりも、裁が説得を担当するのは理にかなっている。雷のエフェクトを纏って攻撃しだした幻獣に、パーティが更に追い詰められているのは事実だ。

 だからアンドレは、大人しく裁の言に従った。


「・・・・・・慈、平賀屋が心配なのは分かる。しかし一度、あの俺以外のタンク二人に任せた、ブチ切れて暴れている親切を見ろ」

 そう言って指差す先の最上級魔導師は、杖を振り回しながら大柄な鋼野(重戦士)守村(守護人)に押さえつけられていた。


「・・・・・・平賀屋が『瀕死』状態なら、化野やお前が今守っている全員も『瀕死』状態だ。アイツの頭に血がのぼっている理由は、わざわざ言わなくても分かるだろう。ここでお前が抜ければ、守りきれない。そして、もしもあのモンスターを町の方に逃せば、それこそ一貫の終わりだ。平賀屋だけじゃない。久留米も城造も危ない。アイツはここで食い止めなくてはならない。

 もう一度言うぞ。冷静になれ」


「・・・ごめんなさい」

 淡々と告げられる事実の羅列に冷静さを取り戻した慈は、素直に頭を下げ謝罪を述べる。

 その時だった。


『―――フン、一先ずそっちの話はまとまったようだな』


 そんな二人に向かって魔導具から飛び出した言葉は、丸っこい久留米の声ではなく、不機嫌そうな男の声だった。


「・・・・・・その声は、城造かーー?」


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