第2話 未知との遭遇
その異様な、非現実的な状況の中で特に注目すべきことは、大きく分けて二つ。
一つは、周囲にいるのが自分だけではないこと。
学校指定の学生服と、同じく学校指定のセーラー服を着た集団の存在。
二年八組の同級生。共に机を並べて同じ授業を受ける級友たち。
つまりはクラスメイトたちもいるということ。
そしてもう一つは、その外側の異様な状況。
現在地である謎の部屋は学校の体育館並みの広さがあり、中心に大きな魔法陣が輝く台がある。和成はその魔法陣の中に、自分を含めたクラスメイトたちが乗っていることを認識し、更にその台を取り囲む様に奇妙な体勢をした集団に気付く。
よくよく見れば、それは見たことのない体勢ではあるが、まるで祈りを捧げている様にも見えた。
その風景に一瞬気を取られ、現実味のなさから逆に冷静になる。
それでも多少の動揺は残ったが、取り敢えず先ずは人数を確認することにした。
(チューチュータコかいな。チューチュータコかいな。チューチュータコかいな。チューチュータコかいな……全員いるな)
数えてみると、クラスメイト四十人全員が、自分の周りで同じように棒立ちしている。
しかし和成は、『なんだこれは!?ドッキリか!?』と誰か一人くらいは声を荒げるのではないかと思ったのだが、誰一人として声を上げる者すらいないのが気になった。妙に皆んなが落ち着いているように見える。
他に動転して声を出すものがいれば便乗して自分も大きくリアクションを取れるが、これでは自分だけ声を荒げるわけにはいかない。嗚呼、日本人。つい空気を読んでしまう。
ここで彼が声をあげていれば、後の展開も変わっただろうに。
「お願いいたします、勇者様方……!」
印がなければ前後左右の区別がつけられないような正四角形の部屋で、唯一の印となる大扉。魔法陣が刻まれたその扉の方向から、鈴が鳴るよう声が切実な懇願と共に響いている。
しかしながらそちらに顔を向けた和成が目に入れたのはその声の主ではなく、その扉の上に飾られた知恵の輪をルービックキューブのように絡み合わせた見たことのない象徴だった。
(なんだあれは。宗教的なシンボルか? 基督教の十字架でも、猶太教のダビデの星でもない。俺が知る限り、あらゆる宗教と何の共通点も見受けられないマーク……)
現実逃避。
それが和成が声の主である少女ではなく、その上方向のシンボルに目線を無意識にそらした理由である。
少女の言葉の内容と切実さを聞くだけで、嫌な予感がプンプンする。
「ど、うか……この国を、……お救いください!!」
しかし、そんな現実逃避には限界がある。
悲痛な声を無視するのは流石に良心が咎めるし、この状況が既に出した直視したくない予想と当たっているのなら尚更話を聞き逃すわけにはいかない。
だから和成は、鼓動する心臓とそれに伴い振動する指先を忌々しく思いながら目を向けた。
目が眩みそうになる金でできた綿糸のような髪。宝石のように煌めく碧眼。
紅い唇に白い肌。絢爛豪華なドレスと上品な所作。
まるで、これぞ貴族か王族という感じの、分かりやすい見本のような少女だった。
その少女の額には玉のような汗が浮かんでおり、顔色や動作からは体力を消耗しているのが伝わってくる。
「女神様が、勇者様方に話は通してあると、おっしゃっていました。……ケホッ、お願いいたします!どうか、お力をお貸しください!!」
息が荒れた状態で無理に声を出して咳き込みつつも、彼女は言い切った。
和成はそんな疲労で今にも倒れそうな少女を見つめながら冷静に考えている。
突発的な状況に置かれると、逆に案外冷静に物事に接せられるものだ。
単に戸惑いの感情が強く、状況を把握できていないだけだが。
そして、和成は自分の内心が状況に即していないのではと考えつつも、冷静に考えられるうちに状況をひとまず纏めてしまった方がいいと判断し、このまま考え続ける事にした。
(まさか、ゲームの世界にでも吸い込まれたのか?)
和成はそうあたりをつける。
「分かっています!話は女神様から聞きました!俺たちに任せてください!なぁ!そうだろみんな!!」
「「「「「おおぉぉぉ!」」」」
とそこまで考えた時に、クラスのリーダー的ポジションにを務める天城正義が少女の懇願を引き受け、さらにそれを他のクラスメイト達も了承した。
(…………あれ?)
自分に何ができるのか、相手が何を要求するのかがわからない状況で、いかにも重大そうな案件を何故にあっさり引き受けたのか、それが和成には分からない。
(なんだこの違和感。ひょっとしてみんなと俺とでは、何か前提条件が違うのか?)
内心冷や汗をかき、それを噯にも出さない和成を他所に、話はどんどん進んでいく。
「私、は『エルドランド王国』の王女、『アンドレ・クイン・エルドランド』と、申しま……す」
息も絶え絶えに、か細い声で彼女はそう名乗った。
その声は大きいとは言い難く、比較的近くにいた和成の後方のクラスメイトからさえ「何て言ったの」という声が小声で聞こえてくる。
「召喚し、ておいて・・・誠に心、苦しいのですが、私には案内するだけの体力が、・・・残っていません。ミリス、勇者様方・・・の案内を、頼みます・・・」
アンドレはそう側にいた従者へ指示を出し、そのまま倒れ込んだ。それを最も近い位置にいた天城が咄嗟に受け止める。
「異世界召喚の儀式は、命に関わる危険な魔法なのです」
従者の説明が聴こえてくる。
そしてその話を聞いて、
「分かりました。俺に任せてください。できるだけのことはさせてもらいます」
天城正義。
正義感が強い好青年で文武両道。その積極性を買われて、東北町南郡第一西高等学校の生徒会長を務めていた少年。同時に、県大会優勝の経験を持つテニス部のエース。
ユーモアがあり、リーダーシップがあり、コミュ二ケーション能力がある。
「それではついてきて下さい。王の間へ案内いたします」
天城の言葉を頼もしそうにしながら、従者は別の従者に部屋の扉を開けさせて、クラスメイト達を先導しだした。
そしてそのまま40人の勇者達は従者の後に続くのだった。
従者に続くクラスメイト達は、特に指示がなかったそれぞれ思い思いの並び順で歩く。中には出席番号順に並ぶべきではないかと提案したクラス委員長もいたが、ここが学校ではなく異世界だということでその案は誰が言うまでもなく自然に却下された。
和成もまた、歩きながら親しいクラスメイト達と合流しグループでかたまっている。
しかし荘厳な王城内は静かで、とても雑談ができるような空気ではない。
結局和成は折角集まった友人たちから何の情報も得られないままに、集団は目的地に到着してしまった。
つまるところ、この段階では和成は、事態をまだ軽く捉えていたということだ。
そして召喚されてからおよそ5分後。
ある扉の前にクラスメイトたちは連れられた。
その扉は和成が生涯で目にした中で最も巨大な扉で、大仰な意匠が彫り込まれ荘厳な空気を放っている。そして、その扉へと続く複雑な模様の編みこまれたカーペットや金銀で装飾された扉から、和成はこの先にある存在の重要性を改めて察し、遅ればせながらも肩を震わせた。
(空気を読まずに、何か聞いておいた方がよかったか……?)