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第19話  『料理人』

 

 コンコン

「失礼します」

 ドアをノックし、和成は騎士駐屯所の待機室へ入室する。そこにいたのは、戦闘技能を一切持たない二人のクラスメイト。

 偶然にも、二人以外の人物はいなかった。


「・・・フン」

 一人は、兎に角不機嫌そうな仏頂面の少年。

 その眉間には深く皺がよっていて、口はへの字型に歪められている。そしてそれが、彼の平時の表情だ。

 城造じょうづくり創作そうさく。天職は『職人』。

 帰宅部所属。手先が器用だが、偏屈で頑固で強情な職人堅気の男。

 

「あ、平賀屋君」

 一人は、髪を短く切り揃え、眼鏡をかけて朗らかに笑う少女。

 全体的に肉付きの良い心身ともに健康優良児である。全体的に丸っこい。

 久留米くるめ料理りょうり。天職は『料理人』。

 家庭科クラブ所属。同じく職人堅気ではあるが、城造とは対照的に柔軟で温厚でのんびりしている女の子だ。


 久留米は花が咲くような笑顔を浮かべて、和成が来たことを心から喜んでいる。

 和成を視認した途端に椅子から立ち上がる程だ。

(理由はなんとなく察せられるがな。こんな仏頂面で何言っても返事してくれなさそうなのといれば、居心地も悪くなるだろうさ。実際、空気が物凄く重たい)

 重々しい紫色の霞のような空気が城造を中心に漂っているのが和成には見えた。


「ちょっとだけ外行こう!ちょっとだけでいいから!」

「あ、うん」

 重々しい空気を無言で見つめていた和成の手を、椅子から立ち上がった勢いそのままに掴み外へ連れ出した。結局、折角部屋に入ったものの、和成は椅子に座ることなく立ち去ることとなる。


「はぁぁぁ・・・いやー参ったよ。城造君、ずーっとぶすーっとしててスッゴイ怖かったんだからー」

 軽く笑いながらも、その顔には軽く疲れが浮かんでいる。胃の辺りを撫でながら胸を撫で下ろしいることから、よほどストレスだったことが察せられる。

 (久留米さん、争いごととか苦手そうだからな。ピリついた空気はさぞかし居心地が悪かったんだろう)

「ま、城造は基本的に不機嫌で仏頂面なんだし、あまり気にする必要はないだろ。アイツの女嫌いは有名だしな」

 誰も触れようとしないし聞こうともしないが、城造はとても珍しい高校生の転校生だ。何故だか二年生の時に、工業高校から東北町第一南西高等学校の普通科に転校して来た。

 女子に対する当たりが強いことから、女絡みと実しやかに噂されている。


「こっちの世界の女の子に、ぞんざいな扱いでもされたのかなぁ?」

「かもな。今、この国にはそういう空気が流れてる。そういう流れが生まれてる。戦争が近づいている上に相手方がかつてない戦力を手にしたという情報を得ているから、何よりもまず戦闘能力を欲しがっていて、それを最も重要視してる。だから戦闘能力が一切ない俺たちは軽視されている。

 まぁ後方支援特化の二人と、それですらない俺とでは若干意味合いに違いがあるけど」

「・・・・・・」

 和成の自虐に、久留米は苦笑いを浮かべて口を半開きのまま停止させた。久留米には和成の能力をどう活かせるのかまるで思いつかないのだから、安易なフォローも出来ない。


「だからまぁ、今がチャンスと言えばチャンスなんだよな」

「チャンス?」

「そうチャンス。二人を見落としているみんなを出し抜くチャンス。つまり、久留米さんと城造と仲良くなれるチャンスだ。

 特に俺から言わせてもらえれば、久留米さんの能力は俺達クラスメイトの中で一番、凶悪なまでに強力な能力だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そ、そこまで言う・・・・?」

 真っ直ぐに目を見つめながら真剣そのものな表情と声色で語る和成に、久留米は戸惑いながら視線を逸らす。愛の告白をされているわけでもないのに、妙に気恥ずかしくて仕方がない。


「そこまでの能力なんだよ。室町時代の日本では胡椒は解熱剤や水あたりの薬と重宝されていた。香辛料には物によっては同じ重さの金と交換されるものもあるし、塩なんてのは人間が生きていく上でどうしても必要な訳だしな。つまり、調味料を自在に生み出せる料理人限定のスキル『メイキング・シーソニング』は、金を無限に生み出せる能力と同意だとも言える。状況によっては、食糧ってのはお金より価値があるしな。

 そしてこれが一番何よりも何よりも重要なことだが、調味料を生み出す能力があれば醤油や味噌すら生み出せるかもしれない」


「・・・・それが一番重要なの?」

「重要だ。重要過ぎるぐらいに重要だ。俺は日本人だぞ。米と味噌と醤油と沢庵と梅干しと豆腐と納豆と出汁と鰹節と海苔と干し柿と天麩羅と鍋と刺身と寿司と丼と餡子とカレーと秋刀魚とラーメンと唐揚げと蕎麦とうどんとおでんと・・・・その他諸々が無いと生きていけない。体はともかく心が死ぬ」

「多過ぎだよ。これが無くっちゃ生きられないってのが多過ぎだよー」

 真剣そのものの顔で堂々と宣言した和成に、呆れ半分に笑いながら久留米はツッコミを入れた。

 それはもう本当に、滑稽な程に真剣そのものな表情なのだ。


「だが、これは決して言い過ぎじゃない。今の俺たちの状況は、和食が絶対に食べられない外国にいるようなもんだ。俺たちはいつか必ず絶対に、故郷の味が恋しくて恋しくてたまらない状態に陥る。異世界召喚を自覚した時に、命の心配の次に懸念したのがそれだった」

「アハハハッそうなんだ・・・・・・いや、そう言われてみれば、それは平賀屋君の言う通りかもーー・・・・。確かに、笑い事じゃない・・・・・・実は結構ヤバいんじゃないの?」

 最初は笑い飛ばそうとしていたが、自分で言ってる内に事態を理解した久留米の口調が、段々と小さくなっていった。

「ヤバいんだよ、今の状態は。最悪、久留米さんの能力を目当てにクラスメイト同士で戦争が起きる可能性だってあるんだよ。冗談抜きで」

「いやだけど、本当に私のスキルで醤油とかが生み出せるとは分からないんだし・・・・・『メイキング・シーソニング』!醤油よ出てこーい!!」

 自分で言ってて不安になったのだろう。手を前に突き出して、スキルの発動を宣言する。

 ドビャア

「ウヒャアッ!?」

「おっともったいない」

 突き出した手の直ぐ前。何もない空間から黒い液体が突然発生し、重量に従って落ちて来るのに久留米は驚き半歩ほど後ずさる。それに伴い、ステータス画面の魔力値が減少する。

 対照的に和成は一歩踏み込んで、手をお椀状にして差し出し液体を受け止めた。

 そしてそのままゴクゴクリと、大半がこぼれたが手に残ったそれを飲み干した。

「うん。醤油だ」

「いや、その量一気飲みするのは健康に悪いでしょ。というか手と口が醤油まみれじゃないの。ほらこれで拭いてー・・・」

 久留米は醤油よりも和成に強く慄き、一周回って少し冷静になりながら、ハンカチを差し出す手と一緒にツッコミをいれる。セリフが半分棒読みだった。

「はいありがとう。これは後で洗ってから返す。で、話を元に戻すと」

「・・・・うん」

 手と口の周りの醤油を拭いながら真剣そのものな顔の和成を、久留米はスルーすることにした。


「それだけ久留米さんの能力は強力ってことだ。人間は取り敢えず飯が食えれば何とかなることが多い。

 逆に言えば、飯が食えなければ少々ヤバイ状況だ。食糧難で起こる戦争なんてのは珍しくも何ともない」

「確かに私も、日本食が食べられなくて唯一日本食を作れる人がいれば、その人に執着すると思う・・・それで、その人の取り合いになって、争いごとが起きるかもしれないのもなんとなくわかる・・・けど!私、私の取り合いで皆んなが争うのはイヤ!それも私自身じゃなくて、私に付随する能力を!」

「俺だって嫌だ。そんなものは見たくない。戦いは嫌いだ。争いなんて馬鹿馬鹿しい。だいたい久留米さんを中心とした取り合いの争いなんて、まるで単純な戦争の縮図じゃないか。そんな臍で茶を沸かすようなゴタゴタは滑稽極まりない。クラスメイト同士の、たった異世界に40人しかいない日本人同士の骨肉の争いなんてーーー虚しいだけだ」

 自分が争いの火種になる想像をして、心底悲しそうな顔をする久留米。

 嫌そうに顔を歪めて、クラスメイト達の行く末を憂う和成。

 平和主義という点において、争いを嫌うという点において、久留米と和成は同じだった。


 (多分これは偶然じゃない。異世界召喚で得た天職は、おそらく俺たちの内面を反映したものになっているんだ。俺も久留米さんも、きっと城造も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あくまで唯の仮定であるが、和成は思いついたその仮定に結構な信ぴょう性を感じていた。


「まぁ、この場合争いが起きないようにするのは簡単だ。食糧関連の戦争ってのは、食料が足りないか、食糧を一部が独占するから争いが起きるんだ。

 だから、皆んなに平等に食事を振る舞えばいい。久留米さんは、そういうのは得意なタイプだろ?」

 和成から見た久留米は、争いを嫌い和を喜ぶ性格だ。料理好きで、家庭科クラブで作ったお菓子をクラスの皆んなに配って、食べて貰えるのを純粋に喜んでいるような少女だ。


「そ、そうだね。良かったー、それなら得意なやつだ」

 要は日本にいた頃と同じようなことをしていればいいと分かり、ホッと肉付きのいい胸を撫で下ろす。

「状況によるだろうけどな」ボソッ

「不吉なこと言わないでよぉ!」


「そう言われてもな、異世界に召喚された人間がどんな発想をしてどう行動するのか、推測することしか出来ないんだ。しかも、異世界だから俺が想定してない予想だに出来ない何かが起こる可能性が、ゼロじゃないどころか普通にある。起きる可能性が高いのか低いのかすら分からない。

 物理法則が違う上に魔法やらステータスたらがあるこの世界は、地球や日本とは全く異なる発展を遂げたのかもしれない。パッと見で空から見た印象は中世ヨーロッパみたいだと勝手に思っていたが、水路とかのインフラ整備や城壁のレベルは高そうだったし、浴室の形態は外国のよりも日本のものに近いし、歓迎パーティーの食べ物も装飾技術も芸術品も現代日本のものとそこまで差があるようには思えない。

 人間は日本神話ではいつの間にか生まれてたし、キリスト教では主によって生み出された。この世界の人族が女神様によって作られたという御伽噺があったとして、それが単なる事実であってもおかしくない。

 さっき偉そうに香辛料の価値について語ったが、どれだけの価値があるのか確証はない。日本より価値がないのか、当時の中世ヨーロッパより価値があるのか、調べられてないから分からん」


「え、じゃあ、さっきの話はなんだったの?」

「あれはただの導入部分だ。対応を間違えば二年八組同士で血みどろの争いになる可能性を伝える為のつかみだ。別に嘘は吐いてないが、まだ調査が出来ていない段階だった。あくまで可能性の話だ」

「そりゃあ、だってまだ2日目じゃん」


「あと、久留米さんが自分の能力の価値に気づかずに落ち込んでたから」

「ーーー・・・・」

 和成の視線は口説かれているのかと思うほどに真っすぐだ。

 実際に口説いているのだろう。

 ナンパや告白との違いは、その根本にあるのが食欲であるというだけだ。


「日本人として生まれ日本文化にどっぷり浸かって生きてきた以上、異世界暮らしをしていく内に日本食が恋しくなるのを避けるのはまず無理だ。習慣や文化なんてのは、一種の呪いみたいなもんだしな。

 つまり、極端な事を言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「お、大袈裟じゃないかな・・・」

「そうか?少なくとも、俺にとっては大袈裟でもなんでもない。先刻も言った通り、俺は日本人だ。たとえ何処に居ようが、俺は死ぬまで日本人だ。異世界に召喚されようが、俺の魂は日本にある。米と味噌と醤油と沢庵と梅干しと豆腐と納豆と出汁と鰹節と海苔と干し柿と天麩羅と鍋と刺身と寿司と丼と餡子とカレーと秋刀魚とラーメンと唐揚げと蕎麦とうどんとおでんと・・・その他諸々が無いと生きていけない。

 俺が心身ともに健康である為には、久留米さんの協力が必」


 ーーーーヒヒィィィィィィィィィン


(何これ?)

(馬の(いななき)ーー?)


 この会話中ずっと真剣な顔で真っ直ぐに見つめながら語る和成が、特に真剣な口調で始めた語りが終わりに差し掛かかった時、『はじまりの森』の方向から響いてきた怪音に久留米は少しだけ気を取られた。

 大真面目な和成に真正面から向き合うのが照れくさくて、少々これ幸いと思いながらの行動だった。

 それでも次の瞬間には和成から目を逸らしたのが申し訳なくて、ちゃんと向き合わなきゃと視線を和成に戻した時だった。

 和成が久留米の同年代の平均よりも大きいたわわな胸に、顔を埋めた。


「へ?え、ちょっと!?平賀屋君!?」

 当然、久留米は大いに戸惑った。

 何か助平心でも起こしたのかとも思ったが、先程までの真剣で大真面目な態度とこの行動がどうにも一致しない。違和感が拭えない。

 そして久留米は気づいた。

 和成は膝が関節の向きに従い折れている。膝から崩れ落ちている。


 体から、力が、抜けている。


「!」

 気づいた時には、和成の体がガクンと落ちた。

「平賀屋君!」

 肉が付いた柔らかな腕で和成の頭を抱きしめ守りながら、和成の体重を支えきれず久留米は一緒になって尻もちをつくように転倒した。


「平賀屋君!平賀屋君!」

 呼びかけて体を揺するも反応がない。


 平賀屋和成は、白目をむいて完全に意識を失っていた。


 ☆☆☆☆☆


 そのほんの数秒前。


 支給された魔導具から女神様より神託が降ったという報せが届き、非戦闘系職業である3名を除く37名の異界の勇者たちが、二艘の船の傍で一堂に会していた。


 その神託の内容は、あと少しで全員の力を合わせなければ勝てないモンスターが現れるというもの。


 『海賊』原田と『飛空艇船長』の空宮のスキルで村に近い『はじまりの森』から離れ別の森フィールドに移った彼らは、戦闘に邪魔な木々を技とスキルで薙ぎ払い切り倒し森の一部を学校の運動場ほどの大きさの空き地に変えて、日本人37名、パーティメンバーと騎士団員、王女とその護衛たち含めて凡そ60人弱で待ち構えていた。


 そしてそのモンスターは悠々と現れた。


 そのモンスターは、実に神々しい獣だった。

 狼と龍と馬の特徴を併せ持ち、その額には妙に長いコブがある。

 全体はまるで神鹿のようで、蹄は馬、尾は牛のそれだ。

 鼻孔の下に生える黄金のような髭は雄々しく、頭から首、背中にかかる鬣は風を受けて金色に靡きながら存在感を放っている。

 全身余すところ無く翠色の鱗を持ち、更に鱗の上に金色の体毛でできた紋様が輝く肉体は、職人が丹精込めて作り上げた工芸品と遜色ない。


 その場にいた全員がその美しさに見惚れ、停止していた時。

 その幻獣は天が割れるかの如き音量で、轟音そのものな(いななき)を上げた。


 そしてその場にいる王女と異界の勇者以外の全員が吹き飛び、全体的なステータスか防御力、HPが高い一部を残して、その場にいる全員はHPが0となり意識を失った。


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