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第16話 レベル上げ(実戦)

 

 FMSは、『はじまりの町』が複数存在するゲームである。自分がどの職業になれるのかは始めてみなければ分からないため、職業に合わせた複数のフィールドがあるのだ。


 つまり、『はじまりの森』だけでなく『はじまりの荒野』『はじまりの海』『はじまりの山』『はじまりの谷』『はじまりの草原』といった『はじまりの〜』系フィールドが幾つも存在する。

 その中からこの『はじまりの森』が選ばれた理由は、遭遇エンカウントモンスターの属性や攻撃方法が多様に富んでいるから。


 FMSをどれだけプレイしたかは当然個人差がある。そのため、あまりゲームに慣れていない人たちを気遣った天城の提案により、このフィールドが選ばれた。

 天城以外が提案したところで、天城が反対すれば却下されていただろうが。



 ☆☆☆☆☆



「ヂィヴヴゥゥゥゥゥゥ……」


 和成は左手には『軽くて堅い木の盾』を、右手には『鉈』を構え、立つ。

 相対し睨み合うは、『はじまりの森』に出る序盤モンスター『キキ・ラット』。体長1メートル超えの大鼠だ。

 周りには怪我ないしは死亡の防止のため、和成のパーティである5人(親切・慈・化野・剣藤・裁)が見守っている。


 姫宮は天城の様子を見つつ、クラスの別の友達とパーティを組んだために別行動だ。

 そもそもパーティはシステムの関係上六人一組なので、どうしても一人余ってしまう。なので元々誰か一人は別の、グループに入れて貰うかソロで活動することになる。

 和成の場合、ゲームの世界に来て浮かれている連中は、和成のような足手まといを連れて活動することをテンポが悪くなるという理由で嫌がるので、入れて貰えない。言うまでもなくソロでの活動は不可能。

 慈はクラスで最も治癒と防御バリアーに長けた天職『聖女』なので、クラスで最も死にやすい和成から離れられない。

 化野はその性格の気難しさから、そもそもクラスに女友達が慈しかいない。

 そして、その彼氏である親切は化野から離れるつもりがない。

 剣藤と裁はFMSをやり込んでいないので和成と同様に足手まといとなり得る上、そもそも組めるパーティが少ない。生真面目な剣藤と寡黙な裁は、クラスメイト全員と同じくらいの距離感なため、決して嫌われている訳ではないが、今回のように仲良しグループで集まる際には浮いてしまう。今現在和成達のグループにいるのも、言ってしまえば単なる成り行きである。

 よって、和成を中心に成り行きで集まった七人の内、わだかまりなく迅速にパーティを組めるのは姫宮だけだった。


 乗山のりやまはやて。職業は『騎乗者ライダー』。

 テニス部キャプテン。

 長髪をうなじで簡単に纏めた、口元のほくろと三白眼が印象に残る少女。

 姉御肌で面倒見が良い。


 伊豆鳥いずどりまい。『職業』は『踊り子(ダンサー)』。

 チアリーディング部所属。

 マイペースでノリが軽く、クラスで唯一髪を染めているギャルっぽい少女。

 態度もファッションも言動もギャルっぽい。


 熊谷くまがい日夏ひなつ。『職業』は『魔獣使い(モンスターテイマー)』。

 バレー部所属。リベロ。

 髪を雀の尾のように結んだ、小学生に間違えられそうなクラスで最も背が低い少女。

 動物ヲタク。渾名はひよ子。


 森山もりやましょう。『職業』は『女蛮族アマゾネス』。

 バレー部所属。エース。

 熊谷とは対象的にクラスの女子で最も背が高い、運動が得意な少女。

 ボーイッシュな短髪が印象的。渾名は宝塚ヅカ


 以上、特に親しい友達4名と、現在姫宮は行動を共にしていた。



(取り敢えずこれでいいのかな……っと)

 体を横に向けて、人体急所の正中線を真正面の敵から逸らし、左手に装着した盾を上半身をなるべく広く守れるよう構える。

 左足を前、右足を後ろ。

 知識と経験から、取り敢えず構える。

 (これが最適なのか?さっぱりわからん)


「ヂィィィイイィィイィィィィッッ!!」

 先に動いたのは大鼠だ。

 愚直に真っ直ぐ突進し、体当たりを仕掛けてきた。

(躱す?無理!鎧、盾、重い!受け止める?受け止める!!)

 体長1メートルの大鼠の体当たり。

 日本で受け止めた親戚の子の体当たりと、どちらの威力が高いだろうか。

 ダン!

 大鼠の頭突きが、木の盾に激突する。

(普通に二本足で歩けてた時から何となく予想していたが、ステータスが新生児と同じ値だからといってパワーやスタミナまで赤ちゃんと同じって訳じゃないんだよな。

 たぶん今の俺の状態は、()()()()()()()()()()()なんだ。肉体に一切の補正がなく、強化も弱体化もされてない状態)


 体を貫く衝撃を受け止めながら、自分の能力を冷静に分析し、即座に鉈を振って斬りつける。そして刃が命中する直前に気づいた。

(あ、失敗した)

 ガイン!

 狙ったのは急所である頭。

「ギィィィィィッ!!」

 狙い通りに鉈が命中したキキ・ラットは呻き声を上げ、動きが鈍くなる。後退する足取りも覚束ない。

 しかし、和成はその隙をついて追撃できない。

 硬い頭蓋骨を斬りつけたことで腕が痺れていたからだ。

 見てみると、鉈の刃が、欠けていた。


 (骨がある所は狙っちゃ駄目だ。狙うなら、胴体に内臓! ――……四つん這いの四足獣相手だよな、どうする?)

 落としかけた鉈を辛うじて握り締め、ふらつきながらも距離をとって走り周り、後ろを取ろうとする大鼠を背後に回さないよう、その場で体を回しながらキキ・ラットの攻略法を思考する。


(よし、取り押さえてひっくり返して腹を搔っ捌こう)

 そんなことを決めながら、警戒してかかってこない大鼠から目を逸らさない。


(このまま動き回って体力減らしてくれるならそれも良し。初めての鎧で慣れてないし、軽いとはいえ木の盾もそこそこ重い。動き回れるスタミナも、追いかけて捕まえられる機動力もない。

 ――このまま、相手が攻撃してくるのを待つ)


「ヂィィィイイィッ!」

 再び大鼠は体当たり攻撃を仕掛けてくるが、今度の攻撃は直進ではない。

 よろつきながらも素早く柔軟に移動する曲線の突進攻撃。


(どっちから来る?前?右?左?後ろだけは取らせないようにしなければ――)


[ピコーン]

 そこまで考えた和成の脳内に、初めて聞く妙な機械音が響く。

[スキル『思考』のランクが、1から2に上がりました]


(このタイミングで!?邪魔だ!!集中できねぇ!!)


 そう聞こえた瞬間、響いた音に悪態をつきながらも冷静に大鼠を見つめていた和成は気づいた。

(ああ、そうか。このスキルはそういう風に使うのか)

 『思考』のスキルにより頭の回転が増し、体感時間が引き伸ばされ、視界が、動き回るキキ・ラットが、スローモーションのように見えたことに気づいた。


(体感時間だけだが引き伸ばされた、相手の動きがゆっくりに――左!!)

 懐に潜り込もうと飛び込んできた大鼠に、和成はカウンターをくらわせる。

 左手を大きく振って、木の盾の角で大鼠の側頭部を打ちつけた。


「ヂギッ!?」

 そのまま地面に転がる大鼠を、蹴飛ばしてひっくり返し、頸を盾の縁で押さえつけ、足の裏で尾の付け根を踏みつけ、動きを封じる。

「ヂッ、ヂィィィイ…」

(押さえつけることに成功! さて何処を切る?骨は切れないし、あまり迷って無駄に苦しませるのは嫌だし……)

 そんなことを考えながらジーッとキキ・ラットを観察していると、


[ピコーン]

[スキル『観察』のランクが、1から2に上がりました]

 再び独特な電子音が頭に響いた。

 そして一瞬だけ、和成の目に大鼠の腹部がレントゲン写真のように映った。

 骨のある場所と無い場所が分かる。


(これが、『観察』のスキルの効果――。少ない視覚情報でもそれ以上の情報を拾い上げる。見えない部分を補足してくれる)


 苦しめないよう一瞬で仕留めることを意識しながら、迷わず和成は鉈を振るい、キキ・ラットの臓物に異物を叩き込んだ。

 この集中力もまた、『思考』のスキルの効果かもしれないと、冷静に考えながら。



 ☆☆☆☆☆



「思いの外疲れた」


 慈の手から発せられる『回復技(ヒール)』と『浄化技(ピュリフィケーション)』の光を浴びながら、座り込んで息をつく和成は呟く。


「ザコいな平賀屋。ゲームの時は技一撃で倒れる相手だったってのに」

 『錬金術師』専用装備の白衣に身を包んだ化野が、ねちっこい絡みつくような口調で話しかける。

「そうかぁ?俺はこんなものだと思うぜぇ。そもそも俺はゲームシステムの中でモンスターを倒してた訳じゃなくて、軽いとは言え素の力で鎧着て盾持って戦ってたんだ。こんなもんだろうが」

 それに対する和成の返答も、何処か威圧的な口調だった。


「(この二人は何時もこんな感じだから、苦言を呈する必要はないよ。アイツらの距離感は基本的に独特だから)」

「………そうか」

 嫌味な口調の化野と態度が突然悪化した和成にの間に剣藤が入ろうとするが、親切に先手を打たれ制止させられた。化野と和成の間の友情は、これで中々ややこしい。二人が友情という呼称を使いたがらない所など、それの最も分かりやすい部分だ。


「まぁ確かに、ヒラには攻撃技すら無いからな。補正もボーナスもなく、日本にいた頃と同じ運動能力と考えると……」

「順当な結果だ。平均はちょっと超えてるかもしれないが、俺の運動能力は動けるガチの運動部には負ける程度でしかない」


 本来ゲームなら、最低限の攻撃技を一つ覚えるイベントを経てから戦闘に挑んでいた。

 MPとSPを消費して発動する攻撃技で相手に与えられるダメージは、ただ殴りつけたり斬りつけるのとはまるで違う。ステータスに大きく差がない限り、攻撃技を持たない者が単独で戦闘を行うことなどまず無い。自殺行為だ。

 先ほどの戦闘も、キキ・ラットに攻撃技を使われれば、その瞬間に和成の敗北はほぼ確定していた。

 使われた瞬間に慈の技で守り、他の誰かが仕留められる状況であったからあんな真似ができたのだ。


「連戦は正直言って厳しいな。身動き一つ取れない訳でも指一本動かせない訳でもないが、このまま戦えば何かしらのミスをして、多分何かしらの怪我をする。そして、それがただの怪我で済むとは限らない」

「慣れない鎧を着てデカい盾を持って、弱いとは言え大きめの野生動物と戦ったんだから、それが当然かもね」

 汗を拭こうと木のヘルメットを脱ぐ和成に、慈がハンカチを渡しながら同意した。


「……二人は別に、付き合っている訳ではないんだよな」

 流れるように渡されたハンカチで当然の如く汗を拭く和成と、その側に居る慈のナチュラルさに、剣藤が口を挟んだ。彼女はあまり、高校生の恋愛に対して肯定的でない。


「付き合ってないよ」「付き合ってないよ」

「俺たちの関係性を表す単語は、友達の二文字だ」

「うん。付き合ってない付き合ってない」


 和成は立ち上がって汗を拭ったハンカチを鎧についた小物を収納スペースに入れながら。

 慈は曲げて地面についていた膝を伸ばし土を払いながら、気持ち早めに感じる速度で返答した。

「ああ慈さん、これは後で洗って返すから」

「わかった」

 

「……そうか」

 何となく釈然としないものを感じながらも剣藤は引き下がる。

 深く追求するのは下衆の勘繰りというもの。

 少なくとも彼女はそう捉えている。


「じゃあ、当初の予定通りに俺は安全圏に引っ込んでおこう。自分がどれだけ戦えるのかは、皆んなも自分自身で把握しておいた方がいいだろ」

 ヘルメットを被り直した和成は、そのまま歩を進め『はじまりの森』の出口を目指す。

 キキ・ラットと戦闘を行った場所が、『はじまりの森』のフィールドに入ってすぐの、帰る際に護衛は必要ない場所だったので、距離的に護衛は必要ない。

 森とすぐ近くの村を隔てる川に架かる橋を渡り、門を潜って塀の中に入ればそれで終わり。

 念のためにモンスター避けのアイテムも持っている。


 そもそも今回のキキ・ラットとの戦闘は、和成がこの世界に於いてどれほどの戦闘能力を有しているかを確かめるものでしかない。


 本来であれば経験値というものはパーティで総取りであり、全員に分配され和成は参加しているだけで強くなれるはずだった。

 しかし彼が何故か持っていた『百万倍の労力(ミリオン)』(LvUPに必要な経験値が100万倍になり、一定量のダメージを与えてトドメを刺した場合のみ経験値を得られる)の効果により、パーティを組んでいるからといって、何もしなくても和成に経験値が入るということはない。


 ギリギリまで弱らせたモンスターを和成に倒させる方法も、『一定以上のダメージ』を与えていることが条件にあるために達成し辛くなっている。

 攻撃技を持たず攻撃力が装備込みでも4の和成では、防御力が一定以上のモンスターにダメージを全く与えられず、『一定以上のダメージ』を与えられるモンスターは倒した所で2p前後の経験値しか得られない。


 それも、先述の通り一度戦闘を行う度に休憩か回復が必要となる。

『聖女』の支援魔法を何重にも掛けてもらった状態で、『錬金術師』の状態異常技で相手を弱らせればより格上のモンスターを退治出来るので多くの経験値を得られ、これが最も効率の良い方法となる。

 しかしその間は化野(錬金術師)はともかく(聖女)は手が出せず、当然二人のレベルは上がらない。

 パーティの総合的な力を考えた場合、和成が強くなるより二人が強くなる方が効率的なので、和成のLvの 効率を上げれば上げる程、無駄が多くなる。


 矢張り一切の攻撃技がないのが痛い。

 攻撃技があるかないかで、独特な法則があるこの世界では、与えられるダメージに天と地ほども差がある。

 そうして得られる経験値は2p。場合によっては1p。

 LvUPまで、残り799万9998p。

 助力を得た場合でも、『はじまりの森』のフィールドでは多く見積もっても精々100p前後が最大。

 そして現時点で、『はじまりの森』に一行が進入して既に数時間を過ぎていた。

 運よく群れと遭遇しない限り、ゲームほどモンスターとは出会えないようだ。


 和成のレベル上げに専念するには何もかもが足りない。

 時間は有限だ。戦争は、いつ本格的に始まってもおかしくない。

 仮に一日で200p経験値を得られるとして、一つレベルを上げるのに4万日かかる計算だ。

 年に直せばざっと100年。


(もっと他の方法を考えないと、全然現実的じゃないな)


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