第14話 哲学の種はそこら中にある
異世界召喚二日目の朝。
用意された部屋のベッドで目を覚ました和成は、爽やかな朝を鼻で笑うかのような溜め息をついた。
夢オチだったら良かったのに。
その後はメルに渡された学生服に着替えて、速やかに朝食が準備されている勇者専用食堂に向かった。
前日に予め親切たちと集まる時間を決めておくことで、余計なトラブルに巻き込まれないようにしているのだ。
この世界においても一年は365日で、一日は24時間で、一分は60秒だ。
時間がスマホの時計と連動しているゲームの世界に入り込んだのなら、当たり前かもしれない。
ステータス画面には地球のものと変わらないデジタル時計がついていた。
尤も、時間を守る場合において和成は真面目なので、城の官僚から通達された朝食の時間に遅刻するような真似は決してしないが。
(ーーーーこういうのがあるから、この世界が一種の現実であるっていう俺の仮定が揺らぐんだよな)
☆☆☆☆☆
「おはよう平賀屋くん。隣空いてるよー!」
「朝から元気だねぇ、姫宮さん」
「これぐらいの早起きは部活の朝練で慣れてるからね」
「へぇ・・・・何部だっけ?」
「テニス部。平賀屋くんは・・・・文学部だったかな?」
「正解。言ったことあったっけ?」
「ないけど何となくわかる」
「そうかい」
時間は食事開始の40分前。他に集まっているクラスメイトはちらほらと言った所で、姫宮以外にこの場にいるのは剣藤ぐらいだ。
他の面々も、もう少しすれば来るだろう。
「どうぞどうぞ」とジェスチャーで勧められたので、姫宮が座っていた席のすぐ隣に和成は座った。
「どっちが先に来たんだ?」
「私だよ!ちょっと早めに起きすぎちゃって、そのあとに来たのが剣藤さんだよ。話しかけようかな、とか思ったんだけどさ、離れた所に座っちゃったしあそこの若い執事さんを鬱陶しそうにしてたりで話しかけ辛かったからさ、そのままずぅっと退屈だったんだよー」
「へー・・・・」
確かにそう言われて離れた席を見てみると、剣藤がかつて見たことがないほどに不機嫌そうに着席していた。
誰にでも基本的に物怖じをせず、積極的に話しかけられる姫宮が話しかけるのを渋ったのが納得できる凶相だ。眉間には蚊が留まっていればそのまま皮膚で潰せていたのではないかと思えるほどに、深い皺が刻まれている。
「何があったんだろ・・・・(小声)」
「さあ・・・・けど、何を聞いても藪蛇になりそうだし、今ここでヒソヒソ喋っているだけで怒られそうな気がするんだよな・・・・(小声)」
その途端、剣藤がこちらに顔を向けて睨みつけてきた。
「感心しないな・・・・人の顔を見て陰口か?」
「「いえ、何でもありません」」
慌てて二人は目線を剣藤が座る場所と逆方向に向けた。
ーーーー話題を変えよう。
そして、二人の心の声が一致する。二人とも(一応)空気を読む能力は高い。
「それにしても意外だったのは慈ちゃんだよーーー和成くんもだけど。この世界に召喚されたことでクラスメイトの意外な一面を知れるのは興味深いなーって思った」
「そりゃそうだ。そしてそれもそうだ。正直俺は召喚されたことに大してメリットがあるとは思ってなかったけど、今までと全く違う環境を突き付けられて、よく知らなかった人の意外な一面に触れれて、皆んなと接する機会が増えて皆んなと仲良くなれるなら、それはやっぱり良いことだよな。ーーーー新しく発見した意外な一面が、必ずしも良いものだとは限らないということは除けといて」
「それは本当にそうだとね。私も、平賀屋くんたちと友達になれて楽しいよー」
姫宮が嬉しそうに笑った。
当然、和成も。
「チッ」
そして、その空気を壊す舌打ちが微かに耳に届いた。
食堂の入り口にいる男子が二人、忌々しそうに和成たちを見つめている。
「・・・・新しく発見した意外な一面が、必ずしも良いものだとは限らないがね」
「御剣くんに、綿貫くんだね・・・・」
皮肉という言葉で化粧をしているかのように口角を上げた和成が呟き、それを聞いた姫宮は不快そうに眉をひそめた。
「『職業』は確かーーーー『ソードマスター』に『マスターオブランサー』」
「ちょっと文句言ってくる」
「まぁまぁ姫宮さん落ち着いて。喧嘩しても腹が減るだけ。揉め事を起こすのは結局こちらの損になる」
「・・・むぅ」
姫宮は渋々ながらも腰を下ろす。
昨日のことを思えば確かに、最高峰の称号を冠する『職業』と相応に高いステータスを持つ二人と底辺のステータス値の和成では、和成の方が分が悪い。あくまでこの国が欲しているのは対魔人族の切り札であり、箸にも棒にもかからない和成ではない。よっぽどのことがない限り、王城の人々は和成ではなく二人の味方につく。このままもめ続けて人が集まれば、クラスメイトは兎も角、王城における和成の立場は更に悪化する。
「・・・ねぇ平賀屋くん。あの二人、なんかこっちに来てるんだけど」
「・・・そいつは面倒くさい」
つかつかつかつか。
姫宮の囁きに目線を戻すと、こちらに歩みを進める綿貫と御剣の姿が見えた。
「おい平賀屋。なんでお前が姫宮さんの隣に座っている」
先に口を開いたのは、逆立つ剛毛な髪の毛が印象的な少年だ。
綿貫槍次郎。天職は『槍神』。
現在は朝食前ということで和成と同じく学生服だが、昨日のお披露目パーティーでは身の丈を優に超える長槍を構えていた、召喚されたクラスメイトの中において五本の指に入る高ステータスの持ち主。
「最弱ステータスの『哲学者』が姫宮さんの隣に座るとか、お前調子に乗ってるんじゃないか」
続けて、対照的に柔らかそうなストレートヘアーの少年が口を割る。
御剣壱占。天職は『剣聖』。
綿貫と同じく、召喚されたクラスメイトの中でも五本の指に入る高ステータスの持ち主。
「ちょっとやめなよ二人とも。平賀屋くんが私の隣に座ってるのは、私が隣に座るように勧めたからだよ」
チンピラが絡むように話しかけてきた二人組みに対して、姫宮は出来るだけ穏やかに返すことを意識して言葉を発する。
「姫宮さんは優しいね。だけど庇う必要はない。この場合、姫宮さんの優しさからの社交辞令を、図々しくも自分に対する好意だと勘違いした平賀屋が悪いんだ」
露骨に態度を変えて綿貫は姫宮に返答する。
その態度は姫宮を苛つかせるのに充分だったが、友達のためになんとか堪えた。
「別に平賀屋くんは勘違いなんてしてないからね?優しさから来た社交辞令じゃなくて、友達としての好意で隣の席を勧めただけなんだから」
多少自分の語尾が強くなったのを自覚しながらも、あくまでことを穏便に済ませることを忘れずに姫宮は応対する。
ただ、今回においてその対応は失敗だった。
社交辞令ではなく好意であることを姫宮が明言したことにより、二人の和成に対する悪感情が増大した。
「あっそ・・・なぁ平賀屋、ちょっと俺お前に話があるんだけど」
見下す目つきで接する綿貫を、右手首を掴まれた和成は無言で見つめる。
(これは絶対にロクな話じゃないな)
二人に男子の態度は、そう一目で分かる態度だ。
「なぁ二人共、フトンがフットンダって知ってるか?」
「「・・・・はぁ?」」
突然和成の口から飛び出た予想外の言葉に、二人は思わず素っ頓狂な声を上げ、姫宮も戸惑いの表情を見せる。
「お前・・・・はぁ?」
「まぁ知ってるだろうね。古典的で有名な駄洒落だ。フトンがフットンダ、フトンがフットンダ、フトンがフットンダ。幼稚園児だって知っている」
「だから何だよ!」
「俺がここに座っている理由についての答えだよ。いや、考察か」
「はぁ?」
「お前らの言う通り俺は最弱の『哲学者』。そして『哲学者』とはステータス画面の説明曰く、『この世の全てを疑い、この世の全てを信じる職業』だ」
「だから、何が言いたい!」
「フトンがフットンダように見えるからと言って、本当にフトンがフットンダとは限らないということが、だ。
お前らはフトンがフットンでなかったという可能性を考えたことがあるか?」
自信に溢れた笑みを浮かべて訳の分からないことを言いだし、何とも言えない独特の迫力を醸し出す和成に、いつのまにか二人は気圧されていた。
困惑しているうちに主導権を奪われたとも言う。
そっと和成が手を払うだけで、気がつけば力を入れることを忘れていた手があっさり振り払われる。
「フトンはフットンダように見えて実はフットンでなかったということだ。フットンダのはフトンでなく、フトン以外の地面や観測者の方だったのかもしれないということだ。
地球ごと、いや宇宙ごと世界がフットンで、フトンだけがフットバなかっただけなのかもしれない。
フトンがフットンダのかフトン以外の全てがフットンダのか。
その答えを、地球の上にいる観測者が簡単に出してあまつさえそれを信じ込むのは傲慢というものだ。フトンがフットンダのか、自らも含めたフトン以外の全てがフットンダのか、それを証明できるか?
観測者によって異なる観測結果が出る。当たり前のことだ。不思議なことなど何もない。
お前らは『俺が何故この席に座っているか』を尋ねたが、その前に俺のお尻に椅子がくっついている可能性を考慮するべきだったんだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
堂々とした和成の言葉に、二人は自然と顔を見合わせた。
「「ーーーーふざけんな!!長々と喋ってると思ったら、そんな下らないことを言うためだったのか!?」」
一拍置いて、憤慨した二人が身を乗り出し和成に迫る。仲がいいのか、完璧に発言が符合した。
「否定はしない。ああ否定はしないさ。俺の話は基本的に、誰かにとっては下らない与太話でしかない」
その二人の勢いを削ぐように、にへらと形容し難い笑みを浮かべた和成が立ち上がり、顔を二人の顔の直ぐ前に近づける。
「だけどね二人とも、さっきも言ったように観測者によって観測結果なんてのは異なるものなんだよ。誰かにとっては下らない与太話でしかない俺の話は、人によっては興味深いものになる。
お前らと姫宮さんのようにね」
そう言って和成が指差した姫宮は。
(へぇー面白い話だなー)
と、いったことを考えてそうな顔で感心していた。
綿貫と御剣が憤慨した内容に、姫宮は理解を示していた。
友達が絡まれている時に何を能天気なと思わないでもないが、姫宮はそういう奴なので仕方がない。
「これが姫宮さんの好意の正体で、俺が姫宮さんと友達になれた理由だよ。俺の話はお前らからしてみれば『哲学者』の戯れ言かもしれないが、姫宮さんにしてみれば興味深いオモシロ話なんだよ。姫宮さんがあの時俺の味方になってくれたのは姫宮さんが優しいからだけども、俺と姫宮さんが友達になったのは俺が弱いからじゃない。弱者だからじゃない。性格的な相性によるものだ。弱い俺に同情して、姫宮さんは俺の友達になってくれたんじゃない。何で貧弱ステータスの俺と姫宮さんが仲睦まじいんだよとか、姫宮さんの優しさを勘違いしやがって、或いは漬け込みやがってーーなんてもしかしたら考えてたのかもしれないけど、だとしたらそれはそもそも的外れさね」
二人は、何も言えなかった。
図星だったから。
「・・・・ちっ!」
「ふん!」
そのまま二人は後ろを向き、和成たちから離れていく。
「一応言っておくぞ二人共。
お前らが立っている場所が、本当にお前らの意思で立っている場所なのかを疑いもしないのはやめておけ。お前らがいる場所に自分の足で立っているのか、それとも足の裏に地面が勝手にくっついているのか、ちゃんと考えとけ」
「「・・・・・・」」
二人は無言で去っていき、和成たちが座る席から遠く離れた位置に座った。
「・・・・一応は、これでいいか」
「・・・・まぁ、誤解は解けて丸く収まったみたいだしね」
二人の動向を確認し、和成はほっと一息つきながら再び席に着いた。
☆☆☆☆☆
「綿貫様はお早いんですね。昨日就寝したのは結構遅い時間だったように思うのですが」
御剣と数列挟んで席に着いた綿貫に、ラフな格好をした少女が話しかける。
橙色の髪に茶色の瞳。
少なくとも日本人ではない。
「・・・・ああ」
昨日のパーティーで早速パーティとなったその少女に、綿貫が返す返事は素っ気ないものだった。
「どうしました綿貫様?体調でも崩されましたか?」
少女は心配そうに自分の方を見もしない綿貫の顔を覗き込み、至近距離で見つめる。
「・・・・なぁジーナ」
「なんでしょう」
「お前は・・・・俺のこと、好きか?」
少女は即答した。
「勿論です!綿貫様のようなステータスが高い救いの勇者様のパーティに入れてもらい、更にはご寵愛までいただけるなんて!!私は一生、綿貫様についていきますよ!!」
ーーーお前らがいる場所に、自分の足で立っているのか、足の裏に地面が勝手にくっついているのか、ちゃんと考えとけーーー
昨日はあんなに可愛かったその少女を見て、和成の言葉が頭に響いた。




