第13話 それぞれの思惑
和成が女神に選ばれずに召喚された、つまりは巻き込まれて召喚された事が露見し、謁見の間が一言では言い表せない複雑な空気に包まれていた時のこと。
今までも異界の勇者達の力量には差があったが、和成のそれはその中でも一際低いステータス。
エルドランド王国国王キングスは、そんな彼の処遇について頭を働かせていた。
ステータスが露わとなった事で、騎士や文官達からの軽蔑、困惑、哀れみの視線と同じ所属らしき少年少女たちからの動揺、同情の視線が、空間を交差する。
そして、キングスはメリットとデメリットを天秤にかけ幾つもの要素から多角的に計算し結論を出した。
和成にとって、いや、クラスメイト一同にとって幸運だった事は、キングス王が民に慕われ善政を行う優れた為政者であった事だ。
(無下に扱ってはならぬだろうな)
ここで和成に対し非道な行いをした場合、彼と親しいであろう『聖女』『最上級魔導師』『錬金術師』らの心証を著しく害してしまうということは円卓でのやり取りを見て理解していた。
そんな打算による政治的判断も絡んでいたのだが、それ以上に別の世界で平和に暮らしている者を呼び出し戦争に参加させることを、醜悪としてキングス王は重く捉えていた。
理解して尚、民のため国のため清濁を合わせ飲み、召喚の儀を許可した。
そうして召喚した少年少女達に、決して不利益があってはならないと王は深く決意していた。
☆☆☆☆☆
キングス王の謝罪と和成がそれを受け入れた。
その後、キングス王の鶴の一声により歓迎のパーティーは再開された。
ただし和成は居心地が悪いことを理由に早々に退室し、親切、慈、化野、姫宮がそれに続く。
裁と剣藤は、あんなことがあってなお自分たちとパーティを組もうとする者なら信用できるかもしれないと考え、会場で再びスカウトを待つことにし、とどまった。
「はぁ・・・なんか、負けた気分だ」
王直属の秘書に勧められた一室ーーテレビでしか見たことのない、高級なホテルのように豪華な部屋。家具にも敷物にも年季が入っているーーで、触れるのも憚られるような緻密な意匠のこらされたソファーに腰を沈めた和成は呟く。
漸く一息ついて深呼吸することで、ひっくり返りそうだった横隔膜が落ち着いた。
「そう?王女様王様相手に、結構対等にやり合ってたように思うけど。はい和成くん、お茶」
「ありがとう」
そう言って姫宮が、わざわざ入れてくれた紅茶の入った湯飲みを渡してくる。
ティーカップではない、円筒形の湯飲みに取っ手が付いただけのシンプルなコップだ。シンプルでない意匠の複雑なティーカップのようなものもあるが、下手に触って壊してしまうのが恐ろしくて手が出せない。
「ねぇ、和成君に姫宮さん。二人とも、一体いつの間に仲良くなったのかなー?」
「「さっきの間に」」
和成の隣のソファーに座る慈の問いに、二人の答えがシンクロする。
「姫宮さんじゃなくて、姫宮ちゃんでいいよ。私も慈ちゃんって呼ぶからさー。友達の友達は、友達ってね!」
「そう・・・・友達・・・・なんだよね」
「うん、友達!私と和成くんは友達!!そういう意味じゃ、化野ちゃんも友達だよ!」
「ハンっ、その流れで言うなら、アタシは友達じゃないね。アタシはそこの妖怪オタクの友達なんかじゃない」
そういう化野の口調は威勢がいいが、実際のところは姫宮から逃げるように親切が座るソファーの後ろに隠れているので、威厳も何も感じない。社交的という言葉の対極にいるような捻くれ者な化野は、姫宮が放つ圧倒的な陽のオーラは苦手なのだ。
ちなみに当の彼女に頼られている親切は、和成と対面するその位置で、首を回してチラチラ化野を覗き込みながら満足そうに微笑んでいる。
怯える小動物を微笑ましく見つめる科学者のような視線だ。
「友達じゃないの?和成くん」
「そうだな・・・・議論相手、と言った方が近いか。偶ぁに、もしもペガサスがいた場合どういう条件がそろえば科学的論理的に空を飛べるのかー・・・みたいなことを討論している」
「へー、和成くんが妖怪オタクってことは、オバケはいるのかいないのかーーみたいなことも討論してるの?」
「うーん、それは微妙に違うんだが・・・・それを説明すると長くなるんだよな。妖怪という民族機構兼概念について基礎知識を共有するには、一晩の説明ではとても足りない」
「ふーん、じゃあ、また今度聞かせてもらおうかな」
自分の知らない世界を、自分が身近にいる人から聞けることを、姫宮は密かに楽しみにしていた。
「ーーーで、話は戻るけど、私は王女様王様相手に結構対等にやり合ってたと思ったんだけど、なんで和成くん的には負けなの?」
自分の分の紅茶を手に持ったまま、テーブルの側面に位置する五つ目のソファーに着席する。
「アレはそもそも俺の側に相当有利な状況だったんだ。何せ向こう側は俺が強力な手札を持っていたこともあって、俺の主張を安易に否定することも、途中でやめさせることもできなかった」
「それは和成くんの主張が正しかったから?」
「ハッ、ピュアだねぇ姫騎士さんは」
化野の捻くれた声が、ソファーの向こうから飛んでくる。
「どういうこと」
「打算だよ打算。アイツらがそこの妖怪オタクの主張を大人しく聞いてたのは、その主張を否定することで聖女、最上級魔導士、姫騎士、錬金術師、処刑人、侍ーーーその他諸々、召喚されたアタシたちの好感を損なうのを嫌がった結果の・・・・打算ってだけだ」
「・・・・そ、それは穿った見方(「穿った見方」の誤用)なんじゃあ・・・・」
「そうでもないと思うよ。学は確かに穿った見方をすることが多いけど、今回あの場にいた大多数の人間が口を挟まなかったのは、一言で纏めてしまえば『藪をつついて蛇を出したくなかった』からだと思う」
「・・・・親切くんって、化野ちゃんのこと『学』って呼ぶんだ。ヒュウヒューウ」
姫宮が囃し立てる。
「今それどうでもいいだろうがぁぁぁぁぁ!!!」
そして化野が照れた。
「ーーーー王女様は結局、0だったものが+に成りかけて、結局0に戻っただけだ。対して俺は、0だったものがーになっちまった。
アンドレ王女に対する召喚されたクラスメイト達の好感度はあのトラブルの前後で大して変わらない。
慈さんを強引に勧誘したのも、偏に彼女なりの使命があったから。
が、俺に対するあの場にいた有力者有権者の好感度は相当に悪くなってしまったということだ。
あくまで王女様は先走ってしまっただけというのが、あの場で出た結論だろう」
「けど、じゃあなんで和成くんの好感度が下がってるの?」
「『王女』という国の象徴とも言える存在にあんなことをすれば、国民から反発を受けちゃうのは当然だと思うよ・・・姫宮さ・・・ちゃん」
慈はがんばった。
「ああ、そうか。私はアンドレちゃ・・・王女様を同年代の女の子だと思ってたけど、そう言えば王女様って結構すごい立場にいるのか・・・」
「総理大臣や大統領では、若干その立場の意味合いは変わってくるしな。一番近い立場を一つ上げるなら・・・皇室やイギリス王室とかだよな、王族って本来」
「え、けどそれじゃあ和成くんは、天皇陛下や王室のトップに土下座させたってことで・・・・」
「言うな。思い返すだけで横隔膜が裏返りそうな上に、想像するだけで畏れ多くて口から心臓がまろび出る」
そう言う和成の顔は真っ青で、呼吸がどこかおかしい。
ソファーに体を預けたかと思うと、何度も深呼吸をした後でまだ熱い紅茶を一気に飲み干した。
「・・・・何と言うか和成くんって、飄々とした態度ほど飄々としている訳でもないのね」
「ーーーまぁそんな訳で、アレは俺が負けたようなものだよ。あの場で引き離される訳にはいかないと判断して多少強引に出たけど、結果的にこの行動が、最悪この国に於ける味方を失うことになる可能性もあるんだ」
責任を取るというのなら、今すぐ元の世界に帰してくれ。
女神様と話をさせてくれ。
キングス王に直談判しても、その二つの要望はどうしようもなかった。
☆☆☆☆☆
「結果は痛み分けーーーーというところだろうな」
和成たちが退室した後、キングス王もまた歓待の間を立ち去り執務室へ向かっていた。
今仕事場でありながら機密を守る目的でとても閉鎖的なため、公的な場でありながら私的な場でもあると言える一室で、椅子に座り溜息を吐いていた。
「お疲れ様です、キングス王」
そんなキングスに、和成たちとの会話を側で聞き公式なものとして記録していた国王秘書が、そっと冷たい杯を差し出した。
その中身を一気に飲みほし、再びキングス王はフゥっと息を吐く。
「忌憚ない意見を聞かせてくれ」
この場には、王と腹心である秘書の二人だけ。防音の魔法がかかってあるこの部屋では、外に言葉が漏れることは無い。
「王女様は、少々焦り過ぎていたように思います」
「そうだな・・・・」
額に手を当てて苦々しく呟くその姿からは、王としての威厳よりも、重圧に苦しむ哀愁が強く漂っていた。
「彼らは一人一人が一騎当千以上の戦力となる個人。国同士のパワーバランスを簡単に覆す者が低く見ても半分はいる。その中でも格別なのが、『勇者』殿、『聖女』殿、『姫騎士』殿」
この世界における戦力は、高ステータス高Lvの者が何人国に属しているかによるところが大きい。
この世界のステータスという法則の中では、圧倒的な力量を持つ者一人と十把一からげの平均的な力量の者万人とでは、前者に軍配が上がることが不思議でもなんでもない。
万人を纏め上げる将が、万人よりも強くて当たり前な世界。
「次点で、最上位と最高峰を冠する、特定の職業カテゴリにおける到達地点の力を得た6人。更に彼ら以外の上級職持ち達に『死霊術師』・・・・」
「もう一つ更にを重ねるなら、異界の勇者限定『職業』、『ヒーロー』と『魔法少女』が謎ですね。
一体どんな『職業』なのか見当もつかない」
「中級職である『重戦士』殿と、上級職である『守護人』殿も気がかりだ」
「・・・・トラブルの火種は、未だあちこちに散らばったまま・・・・」
「ハァ・・・・私は早速、彼らを呼び寄せたことを後悔している・・・・・」
苦々しく顔を仰ぎながら、キングスは呻く。
「彼らはこの国に忠誠を誓った訳でも義理がある訳でもありませんからね。帰属意識があるという訳でもない」
和成の態度を見れば一目瞭然だ。彼以外も、話が違うといつ元の世界に帰せと言い出す者が現れるか。
「場合によっては、他国に平気でつく可能性もある」
そんなことになれば、たとえ魔人族との戦争に勝利しても人族領全体で大戦が起こる可能性が残る。
現状では人族が結束しているため人族間での争いはないが、同盟がほんの小さなきっかけで簡単に崩れ去る可能性は否定できない。
それを回避しより優位に立つには、強力な者を手元に置き囲い込むのが一番だ。
それこそが、アンドレが慈ーーー可能であれば親切や化野、姫宮ーーーとパーティを組もうとした本当の理由。
「おそらくその目的は平賀屋殿に見抜かれているだろうな。アンドレのやり方は強引で、少々露骨だ。あれでは違和感を持たれて疑われても仕方がない。彼の言う通り、時間をかけて信頼関係を築くことを優先しなければならなかった。元々、平賀屋殿が抱えていた我々との壁が、これで更に厚く高くなった。最低でも暫くは、姫宮殿達への勧誘を控えさせねば・・・・。
ハァ・・・・・来月に控えた世界会議が、もうすでに憂鬱だ」
それは、現在のような極々限られた状態でしか口にできない、『王』の愚痴だった。
「あの少年はステータス自体は低い。だが、それは決して無能ということではない」
「ステータスに強さの全てが書かれている訳ではない、ですか・・・・」
それはこの世界の諺。
国や歴史を問わず、時間的な縛りや空間的な縛りを問わず、世界中で実感を持って言われる言葉。
「転じて、彼がより深く自分の立ち位置を理解しているということでもある」
「そうですね、例えば王女様の護衛・・・・いえ、親衛隊たちは王女様の御勧誘を断らせた平賀屋様に並々ならぬ悪感情を持つでしょうし、慈様とお近付きになりたい野心家な、また欲深な貴族、冒険者にとって彼は目の上のたんこぶでしょう」
「それだけではない。クラスメイトもだ。特別あからさまな行動はなかったが、先のトラブルでの平賀屋殿の扱いに難色を示している様子の方々は少なくなかった。低ステータスの和成の扱いを当然のものと考え、弱いことが理由で庇われているのが不満なのだろう」
この世界の住人である王たちが理解できなかったのはやむを得ないが、和成の行動に不満を持った者の理由はそれだけではない。
【ゲームの世界に現実的なツッコミを入れられた】こと。
そんな無粋極まりない行動に気分を害した者も、一定数いたのだ。
「結局のところ、平賀屋殿は元々築いていた信頼関係が引き離されるのを防いだだけ。得たものは特になく、掴み取った権利も【個人の意思の尊重】という無難で慎ましいもの。結果的に一部の同郷の者たちからも距離を置かれることとなり、王城の味方を限りなくゼロに近い数に減らしてしまった。
対して我々も、ステータスによって優遇不遇が分かれることを否定的に感じる者たちからは懐疑的な目で見られるだろうし、あの場で平賀屋殿と退室した4人とは暫く協力関係の要求を控えなくてはならなくなった」
それはつまり、彼らと信頼関係を築けず助力を得辛くなるとなれば、わざわざ勇者召還の儀を行なったメリットが半減するということでもある。
決して余裕がある訳ではないエルドランド王国では、力を持たず女神の加護も受けていない、寧ろ呪いのような『ミリオン』を持つ和成に出来ることはほとんどないのだ。王として優先すべきは民であり、国であり、即戦力になる勇者達だ。
王であるキングスは、和成を優遇し辛い立場にいる。
「ハァ・・・・・・」
一際大きく重たい溜息をついて、キングスは呟く。
「本当に彼には申し訳ない。我々人族だけでなく、神にまで嫌われるのだから」
「まったくです。彼につけるメイドはいかがいたしましょう」
「メルが良いだろう。国への帰属意識の薄い彼女が、最も平賀屋殿の味方になる可能性が高い」
☆☆☆☆☆
歓迎パーティーが終了した後、明日から戦闘によりレベル上げを行うこととなった一行は一人一人客室に通された。
これは女神様の信託を受けてから用意されたものだ。天城や姫宮などはちゃんとしていると評価していたが、和成や化野は「これぐらいは当然の義務だろう」としか思わなかった。
召喚される人数が大まかにしか明言されていなかったために余分があり、和成の部屋もちゃんと与えられた。
和成に充てがわれた客室の大きさは、一般的なホテルの一室程。
そのまま寝転んでも大丈夫そうな清潔感のある絨毯が敷かれ、中央にはデンと部屋の四分の一を占めるベッドが置かれている。
他にも机や鏡も置いてあった。
そして、可愛らしいメイドさんがついてきた。
「平賀屋和成様の専属メイドとなりました。『メル・ルーラー』と申します。どうか何なりとお申し付け下さい」
恭しく頭を下げながら、和成に仕えることとなったキングス王直属の従者はそう名乗った。
背筋が伸びた見ていて気持ちがいいほどの姿勢と、足首から上を隠すロングスカート。
切れ長のブラウンの瞳に、後頭部で複雑に編まれ一塊となった黒髪。
そしてその瞳に添えられた、少し厚めの丸眼鏡。
知的な印象の美人だ。
「一つ聞いても良いでしょうか?」
「何なりと。しかし和成様、私は貴方様のメイドですので敬語を使われる必要はございません。」
部屋に控えていたメイドに向けて、出会い頭に和成は尋ねた。
それに対して、頭を下げながらスカートの端を掴んで持ち上げた恭しい態度でメイドは答える。
「俺たち40人全員に、こんな感じでメイドさんがついてるんですか?」
「はい。ただし、女子の皆様には執事が配属されております。それと和成様、敬語を使われる必要はございません」
「それは後々ならしていきます。初対面の年上相手にタメ口は苦手です」
「かしこまりました」
☆☆☆☆☆
王城の一室。
限られた者のみが存在を許されるその天上の空間に、少女が、一人。
時刻は夜。
薄暗く、人の顔に影がかかり、相手の顔も薄ぼんやりとして認識出来ない。
「アァァァァァァァァァァァァァ、アァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
ヒステリックな金切声が、部屋に鳴り渡る。
部屋にかけられた防音の魔法により音が外に溢れることはないが、それにしても喧しい。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるなァァァァァァァァァァァ!!!! なんで思い通りにならない! なんで上手くいかない! みんなみんなみんな、わたくしの言うことにしたがっていればいいのに!! わたくしの傀儡でいればいいのに!あの男ぉぉぉぉぉぉ!!!
ようやく駒がそろうと思ったのに!これで、これで、これでぇぇ!!
やっと全部殺せると思ったのに!!!
文句なんか何も言わずに!わたくしの言うことにしたがって!黙って動いていればいいのに!!
アァァァァァァァァァァァァァ、アァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
その少女の悲痛な声は、
天上よりも天上にいる女神を除いて、
誰にも、
聞こえない。
☆☆☆☆☆
何故だ?何故あのような能力を彼の者たちは持っている?
『意思疎通』、そして『収納』。
そのようなスキルを、妾は与えてないというのに!
☆☆☆☆☆
(ーーーーまるで自分がどういう態度を取れば相手にどういった印象を抱かせるのかを熟知しているみたいな、そんな嫌ぁな印象があるんだよな・・・・。胡散臭いというか、キナ臭い・・・・アンドレ王女)
 




