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第11話 トラブル発生(転)

 

「な、何故でしょうか・・・」


 この状況で断るとは思っていなかったのだろう。アンドレは慈に尋ねる。

 相対する慈は、先ほどのおどおどした感じが消し飛んでいて、真っ直ぐに正面にいる天城たちを見つめている。

 その堂々とした態度に、誰も何も言えないでいた。

 先ほどの、おどおどしていた少女とはまるで別人のような慈の凛々しい顔が、決して軽い理由で断った訳ではないことを一切の言葉がなくとも雄弁に語っていたからだ。

 そうでなくとも、権力に於いて最上に位置する王女と女神に召喚された『聖女』の会話だ。

 この国の、それも政に関わる者が無難な態度をとるなら、両者の話に口を挟まず静観するだろう。


()()()()()()()()()。ーーーー大切な友人よりも見知らぬ他人を優先するような人が、慈愛の象徴として見られるなんておかしい。目の前で困っている友人を見捨てて、何処か知らない場所で悲しんでいる人を助ける。そんな人を、どうして救いの象徴と呼べるんですか」


「・・・・!しかし、貴女は『聖女』様です!!貴女の行いで、何百、何千、何万という人が救われるのですよ!?場合によっては、一人の為に他の何人もの民を見捨てる結果になるかもしれないのですよ!!」

「それはもう仕方のないことだと思います。私の体が一つしかない以上、どうしたって救えない人は出てくる。誰かを助ける為に誰かを見捨てなければならない選択は、その内絶対に経験します」

「慈ーー!?」

 そう言ってのけた慈に天城が声をかけるが、それに対する慈の態度は、大人しく見えた少女からは想像もできないものであった。


「天城君、そもそも人が人を救うという考え自体がおこがましいんだよ。私が救わなくとも、たくましく幸せになり勝手に救われる人もいるだろうし、私が救ったところで手を尽くしたところで救われない人もいる。人は一人で勝手に救われるだけ。水かきがついたお釈迦様の手からも、水は絶対に零れてしまう。

 そして私は、神様でもお釈迦様でもない。

 ()()()()()()()()()()()()


 誰も、二の句が告げなかった。



 ☆☆☆☆



(ああ、なるほど。こういうことか)


 ーーーー慈さんは強いよーーー

 気弱そうな少女でしかなかった慈が、多くの人々から注目を集める中でまるで聖人のようなことを話し出したことに、或いは聖人とは真逆の達観した啖呵を言い切ったことに皆が呆然としている中で、その場で慈と親しい化野と親切を除いてたった一人、姫宮は心の中で納得していた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 「あはは、その所為で落ち込んでたのにこういうことを言うのは失礼かもしんないけど、平賀屋くんって本当、『哲学者』って感じだよね」

 「まぁ、否定はしないよ。ステータスが貧弱でさえなかったら、天職『哲学者』自体は納得してたしな」

 「けど、慈さんが『聖女』なのは、なんか意外だったかなー。正直、大人しい慈さんには合ってない気がする」

 「そうか?俺はピッタリだと思ったけどねぇ」


 「慈さんは強いよ」


 ーーーーーーーーーーーーーー


 それは、少し前の一幕。

 取り留めもない雑談。


ーーー「まぁ、見える景色が人によって違うなんて当たり前でしかないがな」 

 続けられた言葉の所為か、妙にその台詞が耳に残った。


 それは、こういう意味だったのかーー


 同時に、和成の一面を知った姫宮は、慈の言葉が何処から来たのかを導き出していた。

 (あの言葉は多分、元々和成君のだ)



 ☆☆☆☆



「・・・・何も無いようでしたら、話はこれで終わりで良いでしょうか・・・・?」

 啖呵を言い切った慈の言葉によって周囲がおし黙る中、慈はおずおずと切り出した。ここだけ見れば、矢張り慈は気の弱そうな少女にしか見えず、先程の聖女然とした姿が幻だったかのように見える。

「そ、それは・・・・」

「・・・・・・」

 未だ何処か釈然としない様子だが、アンドレも天城も鋼野も守村も、慈の主張に対する有効な反論が思いつかないため何も言えないでいた。



 クラスメイトたちも、何も言わない。

 「あの大人しい慈があんなに言って拒むのなら、無理に入れなくてもいいんじゃないか」

という穏便に事を進めようとする発想と、

 「大人しい奴を下手に刺激して飛び火が来るのが嫌。『勇者』と王女の問題に口を挟むのもめんどくさい」

という事なかれ主義の発想。

 慈が勇者のパーティに入るのか否かという点について、クラスメイトの多くにその二つの発想が強く出たことで、自分たちは口を挟まず静観しようという空気ができていたからだ。

 そうでない考え方をする者もいるにはいるが、そういった者たちも取り敢えず様子を見ようという結論に行きついたので大きな動きはない。


 既に空気が変わっていた。

 大人しい性質の慈の明確な反発には、それだけの衝撃があった。

 それが衝撃でなかったものは、親切と化野と和成だけだ。


「では、こうするのは如何でしょうか?」

 しかし、それでも口を挟む者はいた。


「えーっと、・・・・あの、どちら様でしょうか?」


「私、アンドレ王女専属執事執事長ハンダインと申す者です。どうかお見知り置きを」

 ピンと伸ばした右手を胸に添えながら、執事服に身を包んだ初老の紳士は恭しく頭を下げた。

「つまるところ一言でまとめますと、傷心の、そして自衛の手段を持たない『哲学者』様を放って置けないために、慈様は天城様とパーティを組まないのでしょう?

 でしたら如何でしょう。

 私たちの方より人材を選出し、『哲学者』様の専属護衛とするというのは。エルドランド王国は世界一の大国。決して皆様を満足させない結果には、ならないでしょう」

「ああ、それは良い考えだ!」


 ハンダインの提案に天城が賛同し、それは波となり場を伝わった。

 貴族が王族の意見に賛成することは当然として、それだけではなくにわかに色めき立つ。

 『哲学者』がどういう人間なのかはわからないが、『聖女』が積極的に守ろうとするその者の護衛ということは、異界の勇者たちの中でもトップレベルのステータスを持ち、国よりかなりの優遇を受けるであろう『聖女』とお近づきになれるということだ。

 更に会話から察するに、『聖女』だけでなく『最上級魔導師』も『哲学者』との友情は堅い様子。


 また、護衛は王家から受注される仕事となる可能性が高く高額の報酬が期待でき、上手く立ち回れば王族に好印象を与えられる。

 これは歓迎パーティーに招かれていた冒険者にとっても悪い話ではない。


 ()()()()()()()()()()()()


 クラスメイトたちも、その無難な解決策に納得仕掛けていた。


「では!王国守護騎士の名簿とギルドの冒険者名簿から、平賀屋様の専属護衛として相応しい者を選出しましょう!!そうすれば、八方丸く収まります!!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!和成君はそもそも人見知りで、初対面の人は基本疑ってかかるような性格ですし・・・・」

「いや、慈、それは平賀屋の我儘なんじゃないか?みんなが平賀屋のことを考えて、平賀屋のために行動してるんだぞ?」

 トントン拍子に話が進んでいこうとしていくのに慈は戸惑いながら苦言を堤するも、天城の一言に阻まれてしまう。


「ハンダイン!そうと決まれば、平賀屋様の護衛を選出する用意を!そして、会場にいる平賀屋様にもお話を!」

「え、あの、和成君いないのにそんな風に話を進めちゃうのはどうかと・・・・」

「・・・・では、こうしましょう。親切様には要望通り平賀屋様とパーティを組んで貰うというのは。その代わりに、慈様には私たちのパーティに入って頂くのは・・・・」


 その場には喧騒があった。王族の意思を尊重しようとする貴族たち。色めき立った冒険者たち。

 揉める慈に、どう口を出すべきか戸惑うクラスメイトたち。

 静観していると、突然状況がひっくり返りどう行動すべきか分からなくなることは少なくないように思う。

「おい!本人不在で勝手に話を進めるな!」

「親切君!」

「今その話すんのは、フェアじゃねェんじゃねぇか?」

「化野ちゃん!」

 慈に任せていた二人もとうとう口を出してきて、場が混沌としていく。

「どうする。出ていくか?」

「・・・・・・うーむ」

(和成くんのことも考えると、そろそろ行った方がいいのかな?)

 そして混沌が更なる混沌を呼びそうになった、その時だった。



 その喧騒がある一言で停止した。



()()()()()()()()!!!」

 妙に通る声が、どこからともなく響いてきた。和成の声だ。


「ハァーー・・・・、矢っ張りこうなったか。こんなことになる気がしてたんだよ。だからわざわざ会場を抜け出したのに・・・・」

 場違いに飄々と、気の抜けた感じのするその声が聞こえてくる。

 大きさからすぐ近くに聞こえるようにも思えるが、妙にくぐもっていて音源が特定できない。

「和成君!何処にいるの!?」

「ここだ」


 ヌッ


 そんな擬音語と共に、和成が純白のテーブルクロスを捲って机の下から這い出してきた。


「ちょっと・・・・」

 それは、慈が思わず呆れてツッコミを入れてしまうような光景だった。

「どこから出てきてんだよ」と、親切。

「お前、やっぱ頭いいくせにバカだろ」と、化野。


 ただ、和成は大したことは何もしていない。

 姫宮が入室してから数分後。和成も当然、事前の打ち合わせ通りに入室していた。

 狙いとは少し異なる形だが、観衆の注目は慈たちに集まっていたため和成が気付かれることはなかった。

 『聖女』に対する異世界人たちの態度から、自分と慈を巡ったトラブルが起きることを予想していた和成は、自分が無関係な話ではないのだろうと考え、話を聞くためにテーブルの下に潜り込みそのまま()()()前進で慈たちの側に近付いたのだ。

 丁度、慈が食事を皿に盛った時に天城が話しかけていたため、慈たちはその後はずっとテーブルの側にいた。

 つまり和成は、ある時点からずっと、テーブルクロスの裏側で盗み聞いていた。


「・・・・どこから聞いてたの?」

「大体執事長が話始めたぐらいかな・・・・あ、ごめん、足、引っかかってる。ちょっと慈さん、机支えてて。このままだと上の料理ぶちまけちゃうかも」

 慈と親切と化野は呆れていた。

 和成がそういう人間であることはとうの昔に理解していたが、それでも矢張り机の下からカーペットの上とは言え地べたをハイハイしながら出てきた高校生を見て、何やってんだと思わなくもない。

 正直言って情けない。

 その場にいる大半の人間も、和成に対して呆れか困惑の感情を抱いていた。

 理由を知らなければ、突然机の下から這い出てくる奴なんて訳がわからないのは当然だろう。


「どうすんだよお前、この空気。さっきまで結構シリアスだったのに」と、化野。

「まぁ、ヒラが絡むことで妙な結末がやってくることは、偶にあるけどね」と、親切。


「よし、出られたっと」

 立ち上がりながら汚れをはらいつつ、和成はアンドレがいる方向に目を向ける。

 この段階ではまだ、腰は屈めたままの状態だ。


「平賀屋様、慈様が天城様と共に行動するだけで、多くの民が救われます。どうか、慈様が私たちとパーティを組むことを許しては頂けないでしょうか」

 目が合ったアンドレ王女は、すぐに軽く礼をしながら静々と洗練された所作で主張する。

「・・・・王女様、差し出がましいことを申し上げさせて頂くならば、その言葉を使うのは時期尚早かと存じます」

 口調自体は丁寧であるが、態度そのものは不敬の極みである。

 王女と面と向かって話しているにも関わらず、あろうことか腰を反らしてストレッチをしている。

 その行為に周囲の貴族は眉を顰め、王女の後ろに控える護衛騎士たちは憤慨の色を浮かべた。

「ーーーーどういうことでしょうか」

「いえ王女様、王女様はひょっとして、なぜに慈さんが申し出を断り続けているのか、分からないので御座いますか?」

「どういう意味でしょうか」


「そうですね・・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 失礼」

 ムニー


 和成は、アンドレの白い頬を両手でむんずと掴み、弱めに引っ張った。痛みを伴う程の力で引っ張ってはいないが、端正なアンドレの顔は変顔に歪む。おまけにその手は、テーブルの下から這いずり出た時に

敷物の敷かれた地べたを直に触ったままの、お世辞にも綺麗とは言えない手だ。


「!?」

「!?」

「!?」


 会場の心の声が一致した。


「ぶ、無礼者!気安く王女様に触れるでないわ!!」

 突然のことに戸惑いつも、咄嗟にアンドレの背後にいた騎士たちは前に出てアンドレと和成を引き離す。

 何人かは腰に携えた剣を抜き、構えている。

「だ、大丈夫か!?アンドレ!」

 引き離されたアンドレには天城が近付き、その華奢な肩を支えた。

「貴様!何をしている!恐れ多くも気安く、不躾に一国の王女に触れるなど何と心得ているのだ!!」

「いやいや失礼。立ち眩みか何かは分かりませんが、少々幻影が見えましてね」

 首根っこを騎士の一人に掴まれながらも、和成はヘラヘラとした薄い笑みを浮かべたままだ。


「縮こまってたところから急に立ち上がったせいで貧血でも起こしたんでしょうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「 「・・・・・・!!」」


 場の雰囲気が、緊迫した。

 親切、慈、化野は和成の言葉の意味を察し、クラスメイトは和成の言葉から「アンドレの言葉が嘘である可能性」に気づいた。アンドレ王女の弁論は確かに設定通りで破綻してもいないが、その言葉を信じるための根拠は特に提示されていない。「嘘をつかないだろう」という無意識の前提が、ただそこにあるだけだ。


 対して護衛騎士たちは、無礼そのものとも言える行動に青筋を浮かべていた。

 態度が悪い上に、汚れた手で顔を掴み辱め、挙句の果てには馴れ馴れしく呼び捨てにする。

 おまけにその御言葉を嘘扱いだ。

 信奉する彼らが激怒するには十分すぎるほどに十分だ。

「貴様ッ!!」

 ガシリと、和成の胸ぐらが掴まれる。

「グエェェェ」

 足が地面から離れ、喉から濁った音を含んだ空気が漏れ出す。

「全く、一体何がそんなに気に障ったんですか?」

 それでも和成は余裕綽々な態度を崩さない。

「姫様を呼び捨てにして!その肌に汚い手で軽々しく触れるなど!あってはならない事だ!!」

「呼び捨てにしているのは、天城だって同じじゃあないですか。それに見てみなさい、天城も王女の肩を掴んでいる」

「巫山戯るな!貴様なんぞと『勇者』様が同じであるはずがないだろが!!」


「へぇ、それはーーー()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「当たり前だ!!!」

「ワイルド!」


 ーーーそうか、この騎士の名前はワイルドか


 そんなことを和成は考えながら、こうも考えていた。


 ーーー()()()()()()()()()()


「しかし!姫様・・・・」

 アンドレの言葉にその騎士が反発したのは、彼自身が持つ王女に対する尊敬と誇りによるものだろう。

 しかしその言葉は、周囲を見渡したことで次第に尻すぼみになっていく。

 親切、慈、化野、姫宮。そして和成の意図、或いは、護衛騎士の言葉の意味を理解した一部のクラスメイトたちが、王女たちを懐疑的な目で見ていた。


「離しなさい!平賀屋様のステータスでは、最悪一撃で命に関わります!」

「グッ・・・・!」

 顔面を蒼白にしたアンドレの焦りを感じさせる言葉に、護衛騎士は逆らえず素直に手を離した。

「おっ、ととと、と」

 少々よろめきながらも和成はしっかりとした足取りで数歩後ろに下がり、首に手を当ててぐるりと回す。

 そしてそんな和成を庇うように親切と化野が前に出て、慈が隣で支え、姫宮が背後についた。

 さらに、学級委員長である裁と副学級委員長である剣藤も、一団に加わる。

 ここで口を閉ざすことが、クラス全体の不利益になると判断したからだ。

 二人の責任感の強さは、クラスの誰もが知っている。


「大丈夫?平賀屋くん」

「ああ、ありがとう、姫宮さん。まぁ、大丈夫だよ」


「ーーー申し訳ございません、和成様。不快な思いをさせてしまったことを、謝罪いたします」

 相対する一団に、アンドレは深々と頭を下げた。


「・・・・アンドレさん、ワイルドさん。パーティに入る件は、お断りさせてもらいます」

 その謝罪に対する慈の答えが、和成の周りに出た六人の心情の総括であった。


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