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第101話 (間話)久方ぶりの会合


 凱旋のパフォーマンス中にやらかした『ヒーロー』雄山と『魔法少女』法華院。そしてそのパーティメンバーは、エウレカの中央機関地下に拘束され事情聴取をずっと受けている。特に元凶として罪が重いと判断された『ヒーロー』雄山に至っては一時的に牢屋へ入れられていた。

 当たり前である。

 許可なく街中で『スペシャル技』を放つなど、(当然、使用した技にもよるが、)街中で爆弾を爆発させるにも等しい。上空に放たれたため犠牲者がおらず、また学術都市へ危害を加える意図はなかったと判断されたため、この程度の処分で住んでいるのだ。

 彼が異界より召喚されし救世の存在であることが考慮された、かなり甘い措置である。裏に政治が絡んでいるとも言う。


 ただそれはそれ。

 和成達クラスメイトからしてみれば、雄山のやらかしにはもう慣れている。

 なのでその後の行事は一応、つつがなく終わった。その際の超賢者スペルが直々に案内する研究機関の見学も無事に終了する。サファイアの“ステータス学とその技術転用”に関する研究と、スペルの“魔法言語説の証明”に関する研究の重要協力者として和成が紹介され、少しだけだが久しぶりに友人らと交流する時間を貰えた。


 そして|異界より召喚されし救世の存在《凱旋に参加したクラスメイト》たちは来賓として、学術都市エウレカが誇る魔導研究塔に滞在している。そこは和成が移住した研究所の一角の近くであり、サファイアの研究室へもすぐ訪れることの出来る場所であった。

 超賢者スペル――敬愛する魔法の師匠――の細やかな気遣いに、和成の彼への尊敬の念はますます深まっていった。


 その翌日のことである。


「王手。そしてチェックメイト」

「ああああああああああ」

「負けたー!」

 学術都市エウレカの研究機関。その一角に設けられたサファイアの研究室にて、和成と姫宮、剣藤の3名は2つの盤を挟んで相対していた。

「ハンデ付きだったのに、また負けたー!」

 わざわざ女嫌いの『職人』城造と交渉して小道具をレンタルし、2体1―和成は将棋とチェスで、同時に姫宮と剣藤を相手にする―のハンデありで勝負を挑んだにもかかわらず、2人は負けた。それもほぼ同時に。


「なんで!? なんで負けるの!?」

「そりゃあ……」

 心底悔しそうに髪を振り乱す姫宮へ答えを返したのは、側に戦局の推移を見守っていた親切だ。その周りには、裁や慈、化野といった『聖女』のパーティから、熊谷や乗山といった『姫騎士』のパーティメンバーもいる。伊豆鳥と森山は飽きて何処かへ行ってしまったが。


「慢心じゃないか? 2人ともハンデのせいで油断だらけなんだよ。それどころか相手――ヒラが熟考して手が止まっている時に、“ハンデのせいかな?ちょっと手加減するべきかな?”って感じで罪悪感を募らせて、攻撃の手が弱まってたりしてただろ。だったら初めからしなければいいのに」

「で、俺の場合はエウレカでの生活で手に入れた、『思考』のスキルのランクアップに伴い獲得したスキル――『並列処理』があるからな。同時進行で複数の情報を処理できるこの能力にかかれば、将棋とチェスを同時に対戦しようとも問題はない」

「しかし、私は何度かお前を追い詰めたと思ったのだが――」

「確かに追い詰められたね、剣藤さん。姫宮さんにも追い詰められた。けどそれは多分、俺がエウレカに移住してからの数カ月で2人が経験を積んでたってだけだと思うがね。そこで2対1のハンデに罪悪感を覚えて攻撃の手を緩めちゃったりするから、足元をすくわれる訳だけども」

 その言葉を受けて、同時に2人は声にもならない呻き声をあげた。


「もう一回!もう一回勝負!」

「いや、次の予約はもう入ってるでしょ。我慢しなよ」

「うううう……」

 チェス盤は1つしかない。だから順番を守って譲り合わなければならない。

 それがマナーである。


「お手柔らかにね、裁くん」

「・・・・・・うむ」

 続いての勝負は熊谷と裁。小柄で可愛らしい熊谷と大柄でいかつい裁が対面すると、風格や雰囲気が全く比べ物にならない。十中八九、熊谷が負けて裁が勝ちそうな空気が生まれている。

 実際のところは、姫宮に付き合わされて経験を積んだ熊谷の方が、最近になってチェスにも手を出した裁より先輩なので、彼女が勝ち越す結果で終わることが多いが。


「うう……特訓したのに」

「顔を洗って出直してこい」

「ひどい!」

 場所を2人に譲り休憩のため離れつつ、和成は同じく脳を休ませようと離れた姫宮へ、勝者の立場からドライにそう言い捨てる。流石に集中して行えば疲労は溜まる。


「――まぁいいや。それはそれとして和成くん。実は私たち、結構色んな所を移動してきたんだよね」

「エルドランド王国とホーリー神国あたりを転々としながら、凱旋のパフォーマンスをやってたってのは知ってる」

「その時に収集した怪談話や都市伝説が纏められたノートがここにあります」

「ください」

「お願いします姫宮様」

「お願いします姫宮様」

「よろしい」

「ハハァ――ッ」

 恐縮し平伏する和成ごっこへ、姫宮は尊大な態度ごっこでノートを手渡した。それは女王が部下に褒美を送り、それを恭しくかしこまった態度で受け取るような光景であった。

 子供のごっこ遊びのようである。

 というか子供のごっこ遊びであった。


「仲がいいなお前ら。そしてノリもいい」

 そのやり取りを見る剣藤は呆れ混じりだ。

 いい年してのごっこ遊びに、何をやっているんだと思わなくもない。

「そして怪談話や都市伝説が集められたノート……なぁ。何故そんなものを収集しているんだ?姫宮が行く先々で何か話を聞いていたのは知っていたが――それがまさかオバケの話だとは」

「趣味だよ趣味。個人的な趣味。俺は、人間の認識というものに興味がある」

 姫宮から渡された地方の怪異譚が纏められたメモ帳をめくり、内容を確認しながら和成は答えた。

「私も私も。そんな感じ」

 姫宮も賛同する。


「民俗学と言ってな、残ってる口伝や伝承からその地域の文化を紐解く学問がある。文化形態、説明機構としての妖怪を研究する学問と言ってもいい」

「説明機構? 妖怪を研究?」

 剣藤からしてみれば馴染みのない言葉が羅列された。


「別に妖怪を研究すると言ってもミステリーハンターみたいなことをするわけではない。実在の妖怪ではなく、概念としての妖怪を研究する学問だ。だから妖怪研究家の中には、妖怪は存在しないと明言する人も多い」

「つまりどういうことだ。さっぱり分からん」

「たとえば何かしらの謎現象が起こるとしよう。そうだな……坂道を歩いていて中腹で目眩を起こしたとしよう。ついさっき健康だったのに、だ。それは何故か?」

「立ちくらみとか貧血とか、そんなところじゃないか」

「何故そう思った?」

「それは……それが一番納得できるからだが」

「そうそこ」

「どこだ」


()()()()()()()()()()というところだ。

 貧血と言った医学的要素もあれば、視覚と肉体感覚の差異からくる科学的な要素もある。そして他には、狸に化かされたからだ地縛霊に足を掴まれたからだどこそこの誰それの祟りだ、というのもある。そしてこの何が一番納得できるかというのは時と場所――時代や地域によって異なるはずだ。江戸時代の人間と現代の人間では、狸に化かされたという解釈への説得力が同じであるはずはない。どの説明に最も納得できるのはなんなのか。

 実際のところがどうなのかはどうでもいい。その辺りを俺は重視していない。何故その解釈が最も納得できるのかという、人間の認識の違いに興味がある」


「つまり、人間が何らかの現象に行き合った際、その現象をどう解釈するのか、何故そう解釈したのかが重要ということか?」


「正にその通り。それを俺は個人的に、趣味の範疇で調べている。人間の認識というものに興味があるんでね。例えば幽霊の正体見たり枯れ尾花という諺があるが、なら何故そこで枯れ尾花を幽霊と勘違いしたのか。その原因の解明に文化面からアプローチをかけるのが民俗学だ。枯れ尾花がそもそも生えてない地域で枯れ尾花が幽霊に間違えられることはないし、幽霊――死後の人間の魂がとどまり続けるモノ――といった考え方がない地域でも、枯れ尾花が幽霊と間違えられることはない。つまりこの世界には、この世界にしか存在しない、俺たち日本人には思いつかないような妖怪がいるかもしれない。このノートにも“人食いハウス”とか“モンスターダンジョン”とかの、この世界らしい怪異譚がつづられている。ならば妖怪好きの末端に位置する者として、それを調べないとかないだろう!」


 拳を掲げる和成の声は大きかった。


「今回は特に、独特な話は見つけられなかったんだけどね」

「どうだろうな。個人的にはこの“罵倒された幽霊ゴースト”の話が印象に残る。やたらと広い範囲で語られている上に、内容に法則のようなものを感じる。――それに特徴がないのなら、それはそれで構わない。それはつまりユングの集合的無意識に類似する要素や、地形気候といった要素が似通っているからかもしれんしな」


「ユン…? 分かりやすく説明してくれないか?」

「ユングの集合的無意識。時代も国も違うのに、同じような考え方、文化、物語が残っている。その原因がこれなのでは――という奴だ。人間は深層心理の奥底、意識してない深い深い内側の部分、そんな無意識の領域で、物事の捉え方を共有しているのではないか、という発想。それを裏付けている――とまでは言い切れないが、しかし気候や土地などのが似た場所では、信仰される神や語られる怪異譚に共通点や類似点が多くなることはある。実際、多神教がポピュラーな地域と一神教がポピュラーな地域とでは、土地や風土に傾向がある。尤も、俺たちを引きずり込んだ女神様の宗教はこの傾向を無視しているけどな」


「そうなのか?」

「その辺りは当たり前だと思うがね。地球にはモンスターもステータスもないし、女神様の宗教は“神の存在を客観的に証明できる”っていう大きすぎる特徴がある」

「――ふむ、成る程。……思ったのだが、それはつまり怪異譚などを収集して、異なる価値観をすり合わせている――ということか?」

「まぁそうなるかな」

「なら、もっと効率のいい手段があるんのではないか?何と言うか、無駄が多いような気がするのだが――」

「そりゃあ半分以上趣味でやってることだからな」

「やってることだからね」


 和成と姫宮は仲良く答えた。


「――それに何の意味がある。怪異譚とはつまり、オバケの話だろう? くだらない」

「くだらなくて結構。寧ろくだらないからこそ俺は妖怪研究を趣味にしているんだ」

「何故」

「我が人生の哲学、“人生において最も価値があるものは、生きる上では何の価値もない無駄なものである”――に準じているからさ。無駄で結構!無意味で結構!無価値で結構!俺が楽しいならそれで十分!趣味を共有できる友達がいるなら十二分!ただ、それだけがあればいい。趣味とは、人生において何の意味もないぐらいでちょうどいいんだよ。それに意味無意味を問うならこの世界に果たして意味があるものなどあるのだろうか。人の意思そのものが、原子、つまりは塵が溜まった中で起きる電気信号にすぎないというのに」


「――それは極論が過ぎると思うのだが……」

「俺はこういう極論を真剣に考察するのも好きなのさ。既存の価値観に中指を立てるような、裏側から突っつく論旨も大好きだ。所詮この世は薄氷より薄いガラスの上。いつ崩れてもおかしくないのが人の認識さね」

 大真面目にそう言い切られては、剣藤には何とも言い返せない。

 言い返せるだけのものを持ってないのだから。


「それに、せっかく異世界に召喚されるなんて言う稀有な体験を味わえているんだ楽しまないと損だろ。しかも戦争は近く不安の種はそこら中に転がっている。――楽しまなきゃ、やってられない」

「…………」

「つまりは俺なりのストレス発散だな」

 そしてその和成の表情を見ていると、より一層に何も言えなくなる。彼の主張を撥ね退けることが大人げないように思えてならない。何処か投げやりで鬱憤を晴らすかのような捨て鉢な態度が、剣藤にはその裏に潜んでいるように思えてならなかった。


「ちなみに、私は和成くんの話を聞いてるうちにハマっちゃった」

 姫宮が茶化すような、同時に場の空気を和らげるような言葉を直後に口にしたのは、彼女も同じように感じたからである。そう剣藤は直感した。

 なら自分もそうすべきだと。

 その部分にはあまり触れるべきではないと、彼女は結論を出した。


「…しかしこれでは、天城が『姫宮は平賀屋に悪影響を受けている――』と主張してたが、それを否定できないと思うのだが…」

 誰彼構わず怪異譚や都市伝説を聞きまわり収集している姫宮の姿は、客観的に見れば思うところがないでもない。彼女の顔がいいため余計に不審者じみて見える。クラスの中心人物が、クラスの隅でマイペースに読書に興じている変わり者と親しくなり、マイナーな趣味に走る姿を――悪影響と称する輩が出てくるのは、分からなくもない。


「人は心の中では自由だ。何を思おうとも許される。趣味も同じだ。個人の範疇で楽しんでいるならそれは個人の自由! ただそれだけのことだ」

「そうだそうだ! だいたい私が何を好きになって何をしようが、そんなの私の勝手だ! 天城には関係ない!だいたい女神さまだってこの世界で好きにしていいって言ってたじゃないか! 犯罪を犯してるわけでもないし、文句を言われる筋合いはなーい!」

「ううむ……」

 (2人のその頑なな態度が、余計に天城を刺激しているように思うのだがな……。ただ折角できた、趣味を共有できる友人を無理に引き離されれば、――誰でも頭にくる、か。そして頑なと言うのなら、天城側も大概ではある)


 剣藤の脳裏に思い返されるのは、召喚初日のあの出来事である。

 和成がそのことをまだ根に持っていることは、態度を見れば何となくわかった。

 (あの時、天城はクラスメイトではなく見ず知らずの民衆を優先した。それはそれで一つの選択なのかもしれないが、その選択を他者に――特に訳も分からないままに召喚された和成や、その和成を心配して側にいようとした友人らにまで強いたのは……やり過ぎだ)


 戦争が近く、魔獣モンスターが生息し、災禍獣ハザードが跋扈するこの世界へ召喚された。それも何の力も持たないまま。

 和成からしてみれば、飛び切りタチの悪い誘拐と同じだ。

 和成の味方に付いたことを、剣藤は全く後悔していない。


 (天城は他所の立場になって考える奴だったと思うんだがな……)

 しかしそれとは別に胸にできる()()()を感じながら剣藤は、憤慨する2人をなだめることになった。ついでに妖怪解説と民俗学談議にも突き合わされた。


 そしてその内に、しこりが出来たことをすっかり忘れていた。


 ☆☆☆☆☆


「―――ぬぅぅ」

「あの仲に入っていかないのか? サファイア」

「しかし兄者よ。あのように友人の友人が親しくしているところには入りづらいのである…。友達の友達は友達でないというか何というか…。あとあの将棋とかいうので和成氏と勝負して連戦連勝したら、もうやりたくないと言われたのである」

「お前って頭いいけどバカだよな」


 研究者サファイア・ワードマン。

 彼女は普通に要領が悪い。


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