第99話 研究の成果と、超賢者への和成の望み
「よーし、これでひとまず完成なのだよーっ!」
はしごをレンガ色の土人形にかけながら、その頭頂部にアンテナの役割を持つ発信の魔道具を設置したサファイア研究員がやり切ったとばかりに諸手を挙げた。
バランスが崩れるので、はしごを彼女ごと支える和成からしてみれば堪ったものではない。
おまけに彼女の長い深緑色の髪が顔にかかり、くすぐったくて仕方がない。
「ああ、もう、危ない!! 気を付けてください!」
ただそう和成に言われても、有頂天なサファイアに反省の色は見えない。
もしも立場が逆だった場合、和成もまた自分と似たような行動をとったと、彼女が確信しているからだ。
実際、和成も文句を言いながらもその表情は興奮と達成感で綻んでいる。
こうして『ステータス計測ゴーレム』というアイテムが、理論上は完成した。
見た目はずんぐりむっくりした、土饅頭のような図体の魔導人形である。顔部分の正面と胸元に魔法回路が刻まれ、頭頂部にはサファイアが設置したばかりの魔道具がよく目立つ。奇しくも顔にあたる部分の魔法回路が単眼に見えなくもないことと、発信の魔道具が円錐形の角にも見える形状をしていることもあって、その完成形は土人形ではなく単眼の鬼にも見える。
そのアイテムに備えられた機能とは、その名の通りステータスの比較である。
この固定されたステータス値を持つ魔導人形を魔獣に攻撃させることで、その攻撃によりゴーレムのHPがどれだけ減少したか、どれだけの速度で攻撃が飛来したかを計測し、頭のアンテナでその情報を対となる外部装置へ発信する。その情報をもとに、精力的にサファイアが集めていた膨大な各種ステータスのデータと、和成から手に入れることの出来たステータスの補正のない体に関するデータを比較し、計算する。
するとそこから大まかな相手の魔獣のステータスが、実数値ではなく相対値という形で導き出せる。つまり、Lvが一様に上がると仮定した場合の、何Lvの和成ならそのモンスターと互角に戦えるか、或いは何人の和成が束になれば倒せるのか、どれだけの被害を受けるか、を大まかに導き出すのだ。
そしてその導き出された答えは則ち、ステータスによってどの程度強化された人族なら、そのモンスターと渡り合えるかの指標になる。
ただし、あくまでこれはまだまだ試作品であり、細かい調整のためには実際に使用を重ね改良を加える必要がある。完成はまだ理論上であり、これから実用性の研究が始まる。だがこれが普及することに成功すれば、サファイアとナインの両親のように、自分と相手の力量を見誤って亡くなる者を減らすことに繋がるだろう。
そんなサファイアの研究が和成の協力により形となったのは、和成がエウレカを訪れてから実に三カ月と数週間目の、異界の勇者らがエウレカを訪れ凱旋する予定日の数日前のことであった。
「しかし、ここまでやれたのは和成氏のおかげだ。ありがとう」
「どうでしょう……そりゃぁ切っ掛けが俺にあることは認めますが、これがこんなにも早く完成できたのはサファイアさんの研鑽と積み重ねがあったからだと思いますがね」
「いやいや。君も毎日毎日研究を、時には徹夜しながら手伝ってくれたではないか」
実際、和成は確かにサファイアを熱心に手伝った。
ただ和成視点から見てみると、その研究成果のゴーレムの大半を作り上げたのはサファイアだ。刻まれた複雑怪奇な魔法回路は全て彼女が作り上げたものになる。外部装置に組み込まれた計算式も彼女の発明であることに変わりない。
「というか作ってる最中ずっと思ってたんですが、サファイアさん魔導回路を作れるのに、魔法が使えないことがコンプレックスだったんですか?」
和成からしてみれば、一部ではあるが理解できる魔法よりも、全く理解できない魔導回路の方が難易度が高く思えてならない。
魔法陣は『意思疎通』のスキルの翻訳があるため、図形の意味が描かれた建築の設計図を見るようで、かろうじて理解は出来る。
しかし魔導回路は、『意思疎通』のスキルの範疇外にあるため全く分からない。魔力の流れを読み解くという、建物だけを見て内部構造を把握するような、言語とは別の技術が求められているからだろう。
「そうである。だいたい、魔導回路を刻むのに必要な魔道具は、作るのに魔法が不可欠であるからして。それに、魔導回路は勉強し道具があれば、単純なものであるなら簡単に作れる。しかし、魔法は才能がなければどれだけやっても簡単なものでも習得できない。そして吾輩は、そもそも習得できなかった。吾輩は特別に成れなかった」
その特別はスペルやナインが持つ『賢者』のステータスを指しているのだろうと、危なげに梯子を下りる彼女を見て和成は思う。
「尤も、今は“特別”にこだわってはいないのだがね」
しかし清々しい表情で明言されると、もはやそのことに心配する必要はないだろうと思わされる。
「――俺がやったことは、枯れた技術の水平思考、に近かったのかもしれませんね」
「どういうことだね?」
「簡単に言うと、既に存在している技術の別方面への転用・組み合わせ、のことです。技術者というのは自分の技術をひけらかしたい傾向にありますから、最先端技術を使うということを優先してしまい、売れない商品や値段が高い製品、無駄の多い産物を作ってしまう。それを防ぐために最新技術から一歩遅れている技術の中から、コストを抑えて生産・販売できる方法を考える。
例えばゴーレムなんかは本来、護衛とかに使う人造モンスターみたいな存在ですけど、今回の研究に組み込めました。そういう感じです。時代に合わせて要求値を下げる、みたいな話ですよ。まぁサファイアさんの研究データと計算式を、大まかな精度でいい所までグレードを下げたのは、水平ではなく垂直と呼ぶ方が適切な気がしますが」
「ふむふむ」
「そして貴方の場合は何時の間にか、両親と同じ原因で亡くなる人を減らしたいという動機が、家族と同じ称号が欲しいという目的に変わっていた。その結果だれにも真似できない研究にこだわるようになり、最終目標に“一分の隙もなく計算で完全に現象を導き出せるようになる”まで設定してしまった」
「……そこまで言われれば言いたいことは分かるのだよ。確かにそれができれば誰にもできないことをするという目標なら達成できただろうが――別にそこまでしなくとも、目標を達成することは出来たのだからね」
「いい意味で手を抜く、みたいな話ですよ。或いは、最先端技術を使わないことと手抜きであることは別、みたいな話です」
全てのモンスターのステータス値を調べ、それらが現象に与える影響を計算式で一分の隙もなく完全に求められるようにする。
そこまでしなくとも、サファイアが導き出していた大まかな計算式があれば、ある程度なら自分と相手のステータスを比較することは出来たのだ。そもそもその最終目標は、超賢者スペルでも不可能であると判断し匙を投げるレベルの目標である。
そしてそのことに彼女は気付いていなかった。思考の袋小路に挟まり、身動きが取れないでいた。
人はそれを、迷走していると言い表す。
「他の研究員にも聞かせてやりたい話なのだよ。その辺りの区別がつかない―研究にのめり込み過ぎて気づけない―者は一定数いると思うのである」
「別に最先端を目指すことが悪いんじゃないんですけどね。問題はその行動をとることで、自分の目標が達成できるのかどうか、ですので」
「――その通り。そのあたりを否定されては、儂がここを作った意味がない」
「あ、じい様」
気が付けばそこに超賢者スペルがいた。今日の彼は、白髪に白髭を蓄えた、仙人のような老人の姿だ。
つまりは本来の彼の姿である。
何時もは多忙なため国のみならず時に世界中をも飛び回っているが、今は異界の勇者ら――『勇者』『姫騎士』『聖女』ら――が数日後にエウレカを訪れるため、研究機関区域で珍しくのんびりしていた。
特例として、救世の存在である彼ら彼女らはエウレカの研究機関も視察する。
それを超賢者スペル直々に案内する段取りとなっているのだ。
何故なら学術都市エウレカは、スペルにとって一生分の想いが積もり積もった場所である。彼以上にこの場所を案内し、その魅力をプレゼンテーションできる者はいない。
「誰もが自分の研究を好き勝手に出来る理想郷。それを目指して儂はここ、学術都市エウレカを作り上げた。すでにサファイアも分かっているじゃろう。儂が何故、何もアドバイスすることなく傍観していたのか」
「――吾輩が“自分の研究”をしていなかったから。そして吾輩に“自分の研究”をさせるため、であるのだろう」
老爺形態のスペルは満足げに頷いた。
「――さて和成殿。これで和成殿も、儂が日当とは別に送ろうと思う報酬が、何に対する報酬か分かったじゃろう。ひとりのジジイとして、孫に大事なことを教えてくれたことに対する報酬を払わせてほしい」
――何か、決まったかのぅ。
そのしわがれた声には、弱弱しさの対極にあるものが詰まっていた。
儂が送れるものなら、超賢者スペルの名のもとに何でも送ろう。
その言葉の重さを和成は思い出した。
「――なら俺は、最大内在魔力量を上げるタイプの『装備品』が欲しいです。けどそれを所有すれば、戦争に参加する義務が生じる」
どこか罪悪感を抱える目のまま、和成は言い出しづらそうに続けた。
それがあれば、魔力さえあればどんな魔法でも使用できる即興魔法をより強力なものへと昇華できる。それ単体で能力として完成の域にある即興魔法だが、その足を和成のステータス値が引っ張っていることは間違いないのだ。
これから先も生き残ることを考えるなら、少しでも自分のステータス値を上げる努力を怠る訳にはいかない。
しかし問題は、そのための『装備品』を手に入れられる者は、有事の際に戦いへ投入される者に限られているという点だ。
「何とかその義務を背負わずに、そういったアクセサリーを所有できないものか知恵を貸していただきたく――…」
その歎願を和成が行ったのも、無理はないだろう。和成からすれば生き残るためとはいえ、雑魚ステータスにも関わらず兵役を負わなければならないのだから。
あくまで彼は、徴兵制のない平和な日本の高校生だ。兵役の義務に忌避感を持つなと言う方が無理だ。
だが同時に、それをスペルへ――戦場に立つことを義務付けられている張本人へ対し、自分は戦場に立ちたくないが強力な『装備品』は欲しいと言ってのけているのと同じこと。
そのことに和成が罪悪感をいだくのもまた、無理はないだろう。
義務を拒絶して権利のみを欲す。
和成からしてみれば、そのような行為は嫌悪の対象である。
ただ彼にとって、自分の命はそんな矜持よりも重い。
命より重い矜持もあれば、命より軽い矜持もある。
それは一人一人違う。和成の中でも細かく違う。
抱える者が違うのだから当たり前だ。
「うむ、分かった」
しかし和成の思い悩む内心とは裏腹に、超賢者スペルはひどくあっさりとした態度で了承してしまった。
「――え? そんな簡単に返事していいんですか?」
「別に大丈夫じゃろ。和成殿はそもそもこの世界のものではない。望んでやってきた訳でもない。この世界の何処の国であっても、その国のために命まではかけれんじゃろ。儂も無理じゃ。他所の世界の他所の国のために命を費やせるものか。だから儂はもとより、異界より救世の存在を召喚するのは反対じゃった。この世界の外の知識には興味があったがの」
「……そう言っていただけると、気が楽になります」
「それに和成殿たちは一種の特権階級におる。法律や慣例を無視しても、建前上は問題ない」
「そう言ってもらえると、気持ちが楽になります」
「つまりは言い訳さえ出来ればよい。そうなれば戦えない和成殿でも強力なアイテムを所有できる。――よし、」
ほんの一瞬だけスペルは考え込み、新たなる提案を行った。
その一瞬が常人にとっての熟考に値することを、その場の誰もが知っていた。
「和成殿、儂の弟子になりなさい。儂の魔法言語説に関する研究で、もともと和成殿には即興魔法とは違う魔法と、呪歌と魔法舞踊も習得してもらうつもりでいた。その発動と習得の仕方に、他者と比べて違いがあるか調べたくての。その時の魔法習得を直接この儂が教えれば、和成殿は儂の弟子を名乗れるようになる。そして師が弟子に魔導に関する贈り物を送ることは何の問題もない。それでも文句を言う奴には、文句なら超賢者スペルに言えとでも言ってやりなさい」
和成が更にスペルへ大きな恩を感じたことは、言うまでもないことだろう。
☆☆☆☆☆
その後のことである。
ナインとスペルがこのような会話を交わしたことを、和成は知る由もない。
「“サファイアさんをください”と言ってくれるのを期待してたんじゃがのぅ」
「お祖父様って意外とロマンチストですよね」




