第98話 白蛇仙龍族
「アイツも中々、難儀な境遇におる。白蛇仙龍族。それが白龍仙の竜人族の中における種族名になる。この世界の外にある仙界とかいう場所の力を使えるとか、1万年を超える歴史を持つとか、そんな逸話が残る竜人族の中で最も古い種がアイツや。にもかかわらず、何故そんな存在が蛇と呼ばれるのか」
「――蛇、或いはトカゲだとかワニだとかは、竜人にとっては罵倒語ですもんね」
「そう。特にワテみたいな翼を持たん種族やと余計にな。ほなけんど白龍仙の種族名には蛇の名がある。何でか分かるか?」
「蛇の身体的特徴を持っている……とかですかね」
今思えばあの時、ハクが生垣の向こうにいた和成を察知できたのは、彼女が蛇のピット器官(熱を感知する器官)のような身体的特徴を持っていたからかもしれない。
「正解や。本来の白蛇仙龍族は四肢を持たん。まんま蛇みたいに、手も足も持たん」
「――んん?」
和成の脳裏に何時ものハクの姿が浮かぶ。感情を表に出さない笑顔と、その口元を隠す扇子が彼女のトレードマークだと和成は考えている。
そしてその扇子を持つのは、当然のことながら彼女の和紙のように白い手である。魔法や念動力で浮かせている訳でも、手の代わりに尾を使っているのでもない。
確かに彼女は自分の手で物を持っている。
「どういうことですか?」
「あの女の容姿は人に近すぎるっちゅうことやな。ホンマやったら『白龍天帝』は手を持っとらんはずやのに、アイツは持って生まれたんやから」
「んんんん……?」
それがよく分からない。和成の頭には先天性四肢欠損症という単語が浮かぶが、しかしそれは「ある」はずのものが「ない」という疾患だ。「ない」はずのものが「ある」病気ではない。
遺伝子という設計図に於いて、「ある」はずのものが「ない」ことは在り得ても、「ない」はずのものが「ある」ことは在り得るのか?
そんな疑問が浮かんだ。
「いくら蛇とトカゲが似ていても、蛇から手が生えることなんてないでしょう?」
「当たり前や。せかさかい、厄介なもんを背負うとるんや」
蛇ではなく竜で、足ではなく手だが、これもまた蛇足というものであろう。
足が生えた蛇は、もはや蛇ではない。
ならば、本来なら四肢を持たないはずの龍の仔に四肢が生えているのなら、その仔は果たして竜か否か。
「つまり純血やないということや。歴史を積み重ねるうちにどこぞで血が混じって先祖返りでも起こしたんか、それとも先代の奥方がどこぞの間男の――人の血でも受け入れたんか、その辺りは分からん。状況から考えたら先祖返りなんやろうけど、先代が亡くなってしもとるから真相は闇の中や」
「そうですか……亡くなって……」
「まぁ厳密には、殺されたんやけどな」
「……何故?」
「分からん。けどな、そういう奴がおるんや。世界に災厄とか呪いとか虐殺とかをばら撒く、害悪としか言いようがない最悪の竜人が。歴史とか誇りと伝統とか、そういうもんをぶち壊せることを強さと履き違えとるクソみそがな。察しのええアンタなら気付いとると思うけどな、ワテが抱えとる肺腑の持病も、そいつの呪いによるもんや」
忌々し気に、彼女の口から煙管の紫煙が吐き出された。
薬効の臭いがあたりに漂っている。
「そいつに先代の『白龍天帝』とその一族郎党は皆殺しにされた。その所為で、本来なら表に出るはずのない忌み子である、あんたがハクと呼ぶあの女が唯一の血脈を持つ者として祭り上げられた」
「表に出るはずのない、ですか……」
「しゃあないやろ。アイツが手ェ持って生まれた理由が先祖返りだった場合、純血やとされとった白蛇仙龍の歴史が根底から覆る。竜人、人族、獣人、妖精族、魔人。どいつの血がいつ混じったんかは分からんけどな」
この世界では混血であっても子は産まれる。
他種族同士であっても、子を成すことは出来る。
「遺伝子の神秘、と言えば多少は聞こえが良くなりますかね」
「いでんし?」
「魂の記録というか、肉体が持つ親から受け継ぐ設計図みたいなものですよ」
その時だった。遺伝子の神秘、という単語から、和成の脊髄を怖気が走るような発想が駆け抜ける。
「――あ」
「――どないした?」
ポーカーフェイスを貫こうとしたが、和成の態度がわずかに変化したことから察したのだろう。ジェニーの視線が怪訝なものに変わる。
「――いえ、問題ありません。話を戻してください」
しかしその危惧を言葉にすることは出来ない。それを口にしたところで、『ミームワード』によって情報を伝達したところで、真の意味でその「胸糞の悪さ」を理解できるのは、同郷の日本人であるクラスメイト達しかいないだろうから。
「…………」
そしてそう言われてしまえば、ジェニーに聞き返すとこなどできはしない。
彼女は、空気が読める大人なのだから。
「――まぁ周りの連中は白龍仙を、あの女以外の一族が滅びたことで表に出さざるを得なくなったんやけどな……『白龍天帝』は竜人族統合の象徴。権威はあれど権力はない。その上、今の白龍仙には、権威すらほとんどない。誰も口にせんてだけで、みんなアイツがその位置に相応しないと思とる。けど他におらんから、しゃあなしに祭り上げとる状態や」
「なら、ハクさんは何故ああも多忙なんですか?」
「建前上の権威はあるさかい。象徴として外交上の挨拶だとか、政にはやらなあかんことはぎょおさんある。地位っちゅうんはそういうもんや」
「――成る程」
何故ハクがああも和成を気に入ったのか。その理由の一端が和成には分かった気がした。
彼女もまた、ハピネスと同じだったのだ。
不遇な環境に居ること。
自分がそこから逃げ出すことで、大きな火種を生み出してしまうこと。
だからこそ身動きが取れず、ただ耐え我慢していること。
つまり、ある意味では和成は彼女と同じ状況にいたのだ。
――思えば、遠い竜人の国の彼女が自分のことを知っていたのは、それが理由だったのかもしれない。
『あ、えぇと……私は召喚された異界の勇者の一人、『哲学者』の平賀屋和成と申します』
『―――ふうん』
そう考えると、あの値踏みをするような目も意味深なものに思えてくる。
『今ちょうど暇しとってな。ちょーっとでええけん、話し相手になってくれへんで』
あれをあくまで建前であり、情報を手に入れるための方便であると判断したが、実際のところは内心を吐露しただけだったのではないか。
そう思えてならない。
望んでその環境にいるわけではないこと。
おかれている状況が不遇であること。
共に優先順位が明確に下であること。
かと言ってその意識を改善することは出来ず、強硬な姿勢を取れば却って状況が悪化するだけであること。
同時に恵まれた立場にもいるということ。
それをもって和成はハピネスと自分の境遇を似ていると判断した。
それをジェニーから聞いた情報を基にハクへも当てはめるとどうだろうか。
ハクが今の地位にいることは、周りの都合でしかない。
建前上は持ち上げられながらも、内心では皆に不適当だと思われている。
彼女の優先順位は、歴史を繋ぐことや情勢を安定させることより下だ。
故に彼女が行動を起こせば、大勢の血が流れ黒い感情が国に蔓延するだろう。
そして彼女は、竜人族統一の象徴として絶対に食うには困らない。ジェニーから聞かされたそのステータスがあれば、モンスターに襲われ亡くなることもないだろう。
だからこそ護衛があの場にはいなかったのだ。和成はそれをもって彼女を位の低い立場のものと判断したが、実際のところは彼女に護衛は必要ないと判断されていたにすぎない。
『今ちょうど暇しとってな』
それを知ってからその言葉を思い返すと、何ともいたたまれない気持ちにさせられる。この世界において護衛などというものは気休めの建前に過ぎないとはいえ、それすらない扱いと云うのは胸に重くのしかかる。
それでは、大事にされていないのと同じではないか。
自分の感情を表に出さず、互いが互いに思いやり合い気を使い合う仲を理想と考えていそうな彼女は、決して自分の境遇を和成へ伝えることはしないだろう。
その点はハピネスとは違う。
ハクは大人として、誰にも助けを求めない。
ジェニーもそれを分かっていて、その上で裏で少しだけ気を遣っているのではないか。
――アイツも中々、難儀な境遇におる。
冒頭でジェニーが口にしたその言葉が、和成の脳内で反復された。
――アイツも、ということは、貴女も何ですか?
その一言を聞けなかった。
『ミームワード』は、コミュニケーションの能力。
言葉を使わなければ発動しない。
「――どうした、かずやん?」
「……いえ、何でもありません」
そして、仮に伝えられたとしても出来ることはそれだけだ。
『ミームワード』は伝達の能力。
伝達した後で、言葉を届けられた側がどういった行動をとるのかまでは、能力が及ばない。和成に出来ることは予測だけである。
伝えたところで、伝わっていないフリをされれば何もできない。
ばつが悪くなった和成は何時ものようにお酌でもしようかと卓の上の酒瓶へ手を伸ばすが、それが自己満足の産物であるように思えて結局やめた。
一度ジェニーと目が合ったが、そこに蓄えられた微笑と、そこに込められていた呆れとも親しみとも取れそうな感情の揺らぎが、色が何故うまれたのか、結局わからなかった。




