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第97話 竜人との宅飲み


 その家は和成から見て大きめであったが、同時に狭く制約が多かった。

 それは人族より一回り大きい体を持つジェニーにとっても同じであった。

 その家は彼女にとっては狭く、無駄に広いと言える。


 和成目線では、その家は大きい。しかしその割に部屋数は少ない。

 体格が大きい者用に、1つ1つの部屋が大きめに作られているためだ。

 しかしそれは竜人族専用に作られているという意味ではない。

 寧ろジェニーからしてみても、その部屋の数々は大きかった。

 彼女以上の巨躯を持つ者を想定して、その家は作られたのだろう。

 周りの民家と比べて一回り大きいが、しかし部屋数は少ないのがこの家だ。トイレと風呂を除けば、無駄に大きい部屋が三つあるだけ。部下2人と竜車を含めれば、彼女がこの家で暮らすには不便が付きまとう。

 本来この物件は、稀に見る大柄な他種族が一人暮らしすることを想定されているのだ。


 そしてその巨大な家の、客間に当たる部屋で。

 和成とジェニーは向かい合わせで着席していた。

 ジェニーは和成からすれば久しぶりに見るスライム椅子に座り、そのテーブルには大量の酒瓶が並べられている。

 また客間のカーテンは全て閉じられており、窓も閉まっている。そして卓の上には、何時ぞや見た懐かしの魔道具が置かれていた。

 世界会議中の王城で商談する際に使用していた、防音の魔道具である。既にスイッチが入れられ、ブゥンという起動音と共に、見えない薄いカーテンに包まれているような感覚を味わった。

 ただ世界会議中は人々の喧騒の中で使用していたため、音を遮断するこの魔道具の力はよく体感できたが、今日のこの場所は元々静かな室内であるため効果を実感しづらい。


 特に静寂が耳に痛く響く理由は、何時もは口から生まれたとばかりにお喋りなジェニーが、何故か今日はだんまりを決め込んでいるからだ。その口は堅く結ばれたままで開かれる気配がない。


「―――――」

「………?」


 そしてもうひとつ、防音の魔道具の側には開かれた本のような魔道具があった。

 何故それが魔道具であると分かったかというと、ページが見開き1ページ分しかなく、そこに魔導回路が描かれていたためだ。

 一定量の魔力を流すことで、魔法陣とは違い、ステータスとは関係なく決まった現象を生み出す。

 それが魔導回路である。魔法と比べると魔法よりも科学に近い。


 ―――ブゥン。


 そんなことを考えていると魔導回路が輝きだし、立体映像のような像が映り始める。

 そこに映し出された()を見て、和成はジェニーが押し黙っている理由をようやく理解した。


『えらい久しぶりになりますなぁ、和成はん』


 竜人族統一の象徴。歴史を背負う生き神にも等しい存在。

 固有職業『白龍天帝』を持ち、同時にそれが名前でもある女性。

 和紙のような強さと弱さを感じさせる白い肌。

 それとは対極の墨のように照る長い黒髪。

 その肌には主張しない程度の薄い化粧が施され、その髪は後ろで鞭のように束ねられ前髪は紅葉の葉のように整えられている。

 そしてその紙の隙間から天を突く、鼈甲色の角。


 和成がハクと呼ぶ――彼女がハクと呼ばせる――白龍天帝その人が映っていた。


「久しぶりですが――どうしたんです? 俺の記憶が確かなら、貴女はずっと多忙であるはず」

『なんや、嬉しいないん? 偶さか時間が空いたもんやけん、わざわざウチからアプローチをかけたのに』

「別に嬉しかない訳じゃありませんが――まぁいいか。少々突然に思う気はしますが、貴女は忙しいですし、しょうがないと言えなくもないですし」

『寛大に受け入れてくれはって、嬉しいわぁ』


 彼女の顔を隠す扇と仕草も、その裏で作られているであろう含みの多い笑みも、何ら変わりがない。

 和成がお茶会という体で暇つぶしの雑談相手になっていた、ハクの態度そのままである。ほんの数カ月ぶりではあったが、和成からしてみれば十分に懐かしい。

 なんせ修行中に顔を合わせる知り合いと言えば、エウレカへ移住する前、世界会議中に顔を合わせていたメンバーの中では、メルとジェニーとスペルしかいないのだから。

 他の面々とは、手紙などの他媒体越しでしかやり取りをしていない。

 しかもこの世界では何らかのトラブルで情報の伝達が上手くいかないことも多いのだ。手紙の文に描かれている内容が、やり取りを一つ分を飛ばしていることは珍しくない。

 手紙は偶に届かない。


「ふむ――しかし、では何をしましょう。エウレカでの日々でも話しましょうか?」

『――なぁ、和成はん。ウチが今何をしたいと思ぅとるんか、当ててみんで?』

「………」

 それは、付き合いたてのカップルに置いて彼女が彼氏に「私が何に怒ってると思う?」と尋ねる言葉に近いのではなかろうか。

 日常生活の中で収集しておいた数多の情報から、和成は即座にそう判断した。

 その直後から『哲学者』のスキル『思考』により体感時間を加速させ、思い出せる限りの文通のやり取りを思い返し、さらには『観察』のスキルにより相手の態度を注視することで全力で空気を読む。


 結果、和成は数秒の間をおいて答えを絞り出す。


「折り紙の折り方を教えて欲しい、とかですか?」

『――まぁ、合格ということにしときまひょか』

 果たして正解だったのか外れだったのか。

 和成が何と答えていても予め用意しておいたその答えを口にしていそうな、そんな態度でハクは答えた。彼女に感情を隠されると見抜けづらいというのが恐ろしいところだ。凄まじく分かりやすい姫宮や剣藤とは違う。


「文通の魔道具に、折ったドラゴンの折り紙以外の折り紙をジェニーさん経由で送る旨を書きましたから、それではないかと判断したのですが」

『その辺りは秘密にしとくんが粋やと思いますえ』

 はぐらかし、そして仄めかす。

 彼女は基本的に自分の感情を表に出さない。

 自己の欲求を抑えることを、美徳と考えている節がある。

 それが間違っていると言うつもりは、和成には毛頭ないが。


『ほな、早速教えてもらいまひょ』

 ただ、そう言ってハクが着物の袂から準備よく紙を取り出したことから鑑みるに、やはり自分の答えが正解なのかもしれないと和成は思った。

 その紙は、薄桃色の花びらが散りばめられた状態で摺られた、和紙のような薄紙である。花びらの向こうが透け、紙の有機的な白が見えている。実に風流な、その一枚だけで芸術的と言ってもいい紙である。

 そんな高級そうな、日常生活では使う機会のないそれがすぐに出てくることからも、和成は自分の仮説の信ぴょう性が高いのではと想像する。

 尤も、その想像を表に出すことはしなかったが。


「――では、まずは簡単なものから折っていきましょうか」


☆☆☆☆☆


 そして結局、ハクとの久方ぶりの会話は折り紙の指南といくつかの雑談だけで終わった。特記事項と言えば、即興魔法に関する情報を和成が思いつく限り全てを提示したぐらいだ。


『――和成はん。それ、ウチらに教えて良かったんですの?』

 即興魔法なら事実上何でもできるが、実際のところはステータスの関係から直接的な攻撃には使えないこと。ただし間接的な攻撃や攻撃以外の魔法なら、魔力があれば何でもできること。

 それらを全て、隠し立てすることなく和成はハクへ教えた。当然、その場にいるジェニーにも話は通っている。

 なおこの場合の攻撃とは、「ステータスの法則において『攻撃判定』が行われるもの」という意味である。


「まぁ2人なら俺が嫌がることはしないでしょうし、万が一された時も死なば諸共みたいな作戦は用意してますし」

『……そういうことを面と向かってウチに言ってのけるあたり、妙なところであんたは度胸がある』

 ハクは仮にも竜人族統一の象徴、白龍天帝の位につく者である。

 和成の物言いは他に誰も聞いていないとはいえ、不敬も甚だしい。

 ただ彼女からしてみれば、そんな信頼の表れは不快ではないだろうが。


『或いは、単にズレとるだけか。まぁ、思慮深さと成功率が常に繋がっとるわけでもありまへんし――なら、ジェニー・モウカリマッカはん』

「何でしょうか」

 そしてハクは、畏まるジェニーへ言葉をかける。

『和成はんに龍脈術を教えて上げたらどやろか。今やったら有効に働くと思うんやけど』

 それは、提案という体の命令であった。

「――確かに、それはそうでしょう。分かりました、私から伝授しておきます」

『ほな、和成はん、楽しかったですえ。また機会があれば』


 そしてぶうぅぅん、と魔導回路の起動音と共に、ハクを写していた立体映像はかき消えたのだった。


 (結局何だったんだろ。単におしゃべりがしたかっただけか?)

 疑問が浮かぶ和成の視線は、自然と胸を撫で下ろすジェニーの方へ向かった。心なしか、自分と比べて一回りは大きい彼女が小さく見える。ハクに委縮していたからだろうか。


「はぁ~危なかったわ」

「何があったんです? 色々と突然だったんですけど。それにハクさんとジェニーさんは立場があるから公的には上下関係をかっちりしてますけど、プライベートではそうでもないじゃないですか」

 酒に酔った彼女が口にする愚痴の中にはハクに関するものも多い。そしてその愚痴の大半は、親しい仲でなければ出てこないようなものばかりである。


「いや、つい調子に乗って定期連絡で、かずやんにお酌してもらいながら愚痴を聞いてもろとるーって言うたら羨ましがられてな。常日頃のストレスを吐き出したいとか無茶振りされて、こうして場を整える羽目になったんや」

「よくそれを実行しましたね。そんな俗な真似が許される立場にいないでしょ、あの人」

「白龍仙の強さを分かっとらんからそんなことを言えるんや。ワテはかずやんよかは甚だしく強いけど、白龍仙には逆立ちしたって勝てん。ステータスが隔絶しとる。あの女は人の形をした災害と同じや。本気で怒らせたら怖い怖い」

「そう言われましても、俺からしてみれば雲の上の強さに2人がいるってこと以外は分かりませんよ。自分より強い奴がどれだけ強いのか、までは分かりません」

 和成からしてみれば、自分を一撃で葬れるという点で見ればサファイアもジェニーもハクも、全員同じだ。


「そうやな…白龍仙が本気で暴れたら山はひとつを消し飛ばすぐらい小指で出来る、とでも考えてくれたらええわ」

 そう言ってジェニーは、ぐびりと机に並べられた酒瓶をひとつ取り、気つけとばかりに一息で飲み干した。その呼気には、胃の腑から湧き立つ酒の香りが含まれている。

「まぁかずやんの言う通り、立場上、白龍仙は酒を飲めんし、あの女が愚痴をべらべら喋るとは思うとらんかったけどな」

「ですよね。あの人は自分の内心を表に出しませんしね。言葉を交わさずとも相手が相手を重んじ合い、相談することなく察し合うのが一番だと考えてそうですし」

「分かっとるやないか」

「あと、人を褒める時に基本含みを持たせますよね。照れ臭いのかどうかはわかりませんが、素直に褒められないと言うか。目の前の人を素で褒める時は、照れを悟られたくないから無表情でそっぽを向いて、内心緊張しつつ遠回しに言葉少なく素っ気なく褒める。そういうタイプな感じがしますね」

「分かり過ぎとちゃうか?」

 ジェニーは驚いた。


 言葉で表す前に相手の態度から相手が考えていることを察する。

 それが白龍仙にとっての理想のコミュニケーションの在り方だ。

 そんな白龍仙からしてみれば、確かに和成との関係性は心地いいのだろうと彼女は思う。何度も酒の席で愚痴に付き合ってもらっていると分かる。彼は人のペースに合わせることが得意な人間だ。確固たる、これが俺であるという自分を構築できているから、多少人に合わせても揺らがない。


 ――そういうところが好かれとるんやろな。


「あと、文通の魔道具にジェニーさんへ金属製の折り紙をあげて、折り方まで伝授したらすごく喜ばれた―ということを書いたら、やたら返信に時間がかかったことがありまして。だからそれじゃないかと判断しました。―ハクさんにもジェニーさんへ差し上げたのと同じものを差し上げるべきでしょうか?」

「何なん? あんたのその気持ち悪いぐらいの察しの良さは」

 おそらくそれが正解だろう。反射的にジェニーはそんなことを思う。

「それにしても、なぜ俺がここまで気に入られたのか」

「…なぁかずやん。それ、かなりあざといセリフやで」

「はぁ。しかし俺としましては、どう行動すれば相手を喜ばせられるかはぼんやりと分かっても、その行動の結果どれだけ相手が喜ぶのか、までは分かりませんからね」


「――相手がどういうことを言われたいか、言われたくないかは分かる。けどそれを言って、相手がどれだけ嬉しいなるんか傷つくんか、までは分からんっちゅうことか」

「そういうことです。みんなそうだとは思いますけどね」

 偶に的中率が異様になるということを除けば、和成の分析の精度はそれ相応である。確かにそう言われると、ジェニーとしても反論が難しい。


「…ほなけんど、かずやんが白龍仙に好かれる理由は、やっぱりあると思うで」

「――そういうものでしょうか」

「せや。アイツはアイツで難儀なやつというか、面倒なもんを背負っとるさかいなぁ……」

「そうですか。では、商談も終わったのなら俺はこれで」

「待たんかい」

 嫌な予感を察したのか、早口でまくし立てるように話した直後、和成は席を立ち部屋の出口へ向かった。さっとジェニーが指揮棒のようにそのスコップのような手を振ると、2人の部下が部屋の扉の前に立ち進行を塞ぐ。


「躊躇なく逃げんなや!!」

「だってジェニーさん、今からスゲー厄介なこと言い出すでしょ!? そんなの俺に聞かされても困りますよ! 俺は単なる小市民でしかないんですから、国の歴史の暗部に光を差し込むことなんかできませんて。それに何時かは故郷へ帰りますし!」

「せやからわざわざワテが借りとるこの家に連れ込んだんやろが。ここやったら聞いとるんはワテらだけ。アンタが竜人族の連合国の暗部に触れても、それで終わりや。ワテらが口外せん限り誰にもバレやせん。そしてワテらは誰も口外するつもりは無い」

「そりゃあ、その辺りは信じてますが……」

「せやろ? だったら少し耳を貸してくれてもいいやないか。ここで秘密をあんたと共有しとるゆーことになったら、白龍仙の矛を収められる。な、助けると思って、な?」

 その人懐っこい笑みを浮かべながら頼まれると、和成にも断り辛いものがある。そしてそれだけではない。彼女は和成へ類が及ばないように、また責任を負わないで済むように、取り図った上で情報を開示しているのだ。

 つまりそれは、誠実であるということ。


「アンタが知ってくれとる。その事実だけあったら、白龍仙の奴も励まされる」


 ――それでだけでええんや。


 続く言葉を聞いたところで、果たして本当にそれだけで済むのか、という胸に湧く疑問を和成は払拭できない。出来る者などいないだろう。一度疑ってしまえば、それはシールをはがした後に残る白いアレのようにしつこく残る。


 だがしかし、ジェニーの必死とは違う大人びた真剣表情を見ると、

「いやです」

 の一言を口にすることは憚られた。


 だから。


「わかりましたよ。聞くだけですからね」


 そう言葉にする他なかった。


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