第10話 トラブル発生(承)
少し前。
姫宮が会場を抜け出して、しばらく経ってからの事だ。
「天城様、少々よろしいでしょうか」
何人もの護衛の騎士を引き連れて、人形のように美しい青い目を向けたアンドレ王女が『勇者』天城正義に話しかけた。
王族の登場に、『勇者』に近づこうとしていた者たちが道を譲る。
「全然かまわな・・・・かまいませんよ」
「ふふっ、敬語は使わなくて結構です。貴方様方に対して我々がお願いしている立場ですので」
その微笑は美しく、笑い方は愛らしい。
「そうですk・・・・いや、そうか。分かった。この喋り方でいいのかな?」
「はい!」
そう言って笑う姿も可憐だ。
「えっと、それで話って・・・・」
「実は、パーティの編成に提案がありまして」
パーティとは、FMSというゲームをプレイする上で共に戦う仲間や一団のことを指す。通常のゲームプレイであればNPCと、通信対戦なら別のプレイヤーと最大六人まで組むことができる。
「ああ、それなら今、パーティメンバーによさそうな人を、今ここで探しているけど」
「さすがは勇者様。その紳士かつ迅速な対応は、とても頼もしいですわ」
「ハハハ、当たり前のことをしているだけだよ」
キラキラと尊敬のまなざしを向けられて、少しむず痒い。
「ーーーー私は、そのパーティに、慈様と親切様を勧誘すべきだと考えました」
「ーーーーいやだけど、あの二人は平賀屋とパーティを組むんじゃないか?思い返してみると学校生活でもよく話していたし、何よりさっき平賀屋を励ましていた慈を見ると、あまり二人を引き離すのもどうかと思うんだよ・・・・」
そうアンドレに提案されたがしかし、天城は乗り気でなかった。
(ここはゲームの世界で、みんなで楽しむ世界。一人ぼっちで誰ともパーティを組めずに楽しめてない人がいるなら自分のパーティに誘うのはやぶさかではないけど、そうでない親しいクラスメイト同士でパーティを組もうとする人を邪魔するのはどうなんだろう・・・・)
そう考えたからだ。
「宜しいでしょうか天城様。差し出がましいことを申し上げますと、パーティにおいて最も重要なことは役割です。一人一人が何の為にどう行動するかを決めておくことによって、戦術の幅を広げ戦闘における連携をより効果的なものへと昇華させることが、パーティを組む鉄則とされています。
そしてロールには大きく分けて攻撃役、盾役、回復役の三種類があり、ステータスで設定できるパーティメンバーの最大人数は六人です。
現在天城様が考えていますパーティメンバーは、
前衛
『勇者』天城様、攻撃役。
『守護人』守村様、盾役。
『重戦士』鋼野様、盾役。の、三人でしょうか」
「そうだね。そこに、攻撃役と回復役をバランスが良くなるように勧誘するつもりだったんだけどーーーー」
「私はそこに、後衛として回復役の『聖女』慈様、攻撃役(遠距離)の『最上級魔導師』親切様。
そして、回復役兼攻撃役を行える、『王女』の私を加えた、6人体制が理想であると考えています」
アンドレ王女からたおやかなまま紡がれる言葉が止まらない。
「慈様の天職『聖女』は、支援技によるサポート役や回復魔法による治療役だけでなく、防御技を使えば盾役を、豊富な種類と広いレンジ(効果範囲)の攻撃技を使えば近接格闘から遠距離攻撃までこなせる万能職。
親切様の天職『最上級魔導師』もまた、様々な属性の強力な遠距離魔法攻撃から支援魔法まで使いこなす上級職。
そんな皆様と王家に伝わる支援技・攻撃技を使用できる私がパーティを組めば、速やかに魔王と邪神を倒すことも簡単でしょう!
そして、魔王軍との戦争に怯える人たちにとって、この国の王女である私と、女神様によって召喚された異界の勇者様方の中でも特に強力なステータスを持つ、『勇者』様、『聖女』様、『最上級魔導師』様が同じパーティにいることは大きな心の支えとなるのです!」
感情が昂っているのか、その二つの碧眼は潤んでいた。言葉にも次第に熱がこもる。
「民たちは、魔人族の影に怯えています。民たちを救済するには、一刻も早い活動と心の拠り所となる象徴が必要なのです」
「それが、俺と慈と親切ってことか・・・・」
「そうです!伝説の天職『勇者』と共に戦う『王女』と『聖女』と『魔導士』の存在が、どれだけ民たちを支えるか!」
まるで王道の物語のような組み合わせだ。
「古来より人族に語り継がれる物語には、『人族存亡の危機が訪れたとき、勇気の象徴『勇者』と慈愛の象徴『聖女』が現れ、混乱を納め荒んだ人々の心に救いをもたらす』・・・・と記されています。逆に言えば、『勇者』様と『聖女』様が共に行動しないということが、魔族に怯える民たちの心を更に追い詰める結果にもなるのです」
そこでアンドレ王女は、民のことを憂う涙を流した。
「しかし、それでは平賀屋がな・・・」
天城は平賀屋和成という男子のことを、接点があまりないので詳しくは知らない。
ただ、教室の隅だろうがど真ん中だろうが、一切気にすることなくマイペースに本を読んでいる印象しか残っていない。周囲が雑談で騒いでいようとも、本の世界に没頭しているクラスメイト。
話しかければちゃんと反応する。授業態度も普通。
だから人嫌いな訳でもコミュニケーションに難がある訳でもないとは思う。
そんな普通の同級生。
そんな彼があそこまでブルーになっているのを見ると、更に追い込む結果をもたらすのは気が進まない。
「ーーーー天城様は、現在の民の状況をご存知でしょうか」
「い、いや、来たばかりだし、あまり知っているとは言い切れないかな・・・・」
ゲームでは民衆の設定はあまり深く掘り下げられていない。FMSはざっくり説明すると、フィールドやダンジョンでモンスターを討伐し、得た素材で新たなる武器を作り魔王に挑んでいくーーーというゲームだ(あくまでこれは、プレイヤーの職業が戦闘系の職業である場合。非戦闘系の職業の場合は、全く別の冒険が待っている。それが同時に、FMSがヒットした一因である)。
「この王都は女神様の結界によって安全が保たれていますが、王国の末端部分はそうではありません。ただでさえ常にモンスターの脅威にさらされている上に、鉄壁を誇る城塞都市が魔人族に攻め落とされたことで、民衆の多くはいずれ人族領に侵攻してくるのではという恐怖を抱いているのです」
アンドレの言葉に含まれる水気が増した。
美少女に涙交じりにそう言われてしまえば、発せられる言葉は限られてくる。
何より、心を打たれるようだった。少なくとも天城はそう感じた。
「それに、早期に魔王を討伐することは、その分『哲学者』平賀屋様を早く元の世界に返してあげられるということでもあります。決して自分たちの事だけを考えているわけではありません。面識のある私共よりも親しい天城様から直接、説得して頂けませんでしょうか」
こうして和成のためという大義名分を手に入れたことで、天城の中から遠慮が消えた。
それどころか胸の奥から熱い思いが湧き上がり、今や一種の使命感と共に、天城は説得しやすそうな印象のある慈のもとへ向かう。
既に天城からは「この世界がみんなで楽しむゲームである」という意識は消え、『勇者』としての義務感だけが残っていた。
☆☆☆☆☆
そして場面は、姫宮が堂々と扉を開けた少し前へと移る。
人々でごった返している『歓待の間』中央、多くの貴族や王族といった主催者たちやクラスメイトから最も注目を集めるその場所で、緊張で声を震わせながら机から料理をとったばかりの慈は天城と対峙していた。
慈はクラスの隅でいつも本を読んでいる地味目の大人しい少女であり、クラスの中心人物でイケメンな天城と話すことに対してどうしても萎縮してしまう。
しかも、天城の隣には浮世離れした美少女のアンドレ王女が。さらにその後ろには鋼野と守村がいて、さらにさらにその後ろにはアンドレの護衛であろう騎士たちが大勢いた。
「俺たちのパーティに入ってくれないか」
「え、えーっと・・・・」
先ほどアンドレ王女に言われた内容と、それに関する自分なりの考えを混ぜながら、とうとうと語り終えた天城はそう結んだ。
目を伏せがちにどもりながら答える慈と対象的に、天城は真っ直ぐ目を見つめている。
そしてその話題は二人に注目する者たちからしてみれば、固唾を飲んで行方を見届けなければならない内容だ。
『勇者』が『聖女』に接触するということはそれだけのことであり、ある種の必然でもある。
何故なら、クラスメイト達が得た天職の中で最強を決めるなら、まず間違いなくこの二人が選ばれるからだ。単純なステータスだけならFMSをやり込んでいた親切と数人のクラスメイトたちの方が上なのだが、『勇者』そして、『聖女』の二つは戦闘系職業の中でも伝説級の存在であり、職業というカテゴリーにおいてランク付けをした場合の文句無しのツートップがこの二つである。
つまり、伸び代を考えれば他のクラスメイトたちを簡単に抜く可能性が高い。
「私からもお願いします。私たちのパーティに入っていただけないでしょうか?」
そう言って、さらに天城の隣からアンドレ王女が畳み掛ける。二人の後ろの鋼野と守村と騎士たちも居ることで、断り辛い空気が生まれていた。
「お、お断りします・・・・」
「何故ですか!?」
かろうじて絞り出した慈の言葉は、発せられたアンドレの言葉によって塗り潰されてしまった。
悲鳴にも、絶叫にも近い言葉。気弱な少女の抵抗を掻き消す言葉。
そしてそんなアンドレに呼応するように、天城の勧誘も過熱していく。
ただその際に使用された言葉は、大半が先ほどのアンドレ王女の影響を大きく受けたものである。
「慈、君の天職『聖女』は、戦闘だけでなく支援技によるサポート役や回復魔法による治療役だけでなく、防御技を使えば盾役もこなせて、豊富な種類と広い効果範囲の攻撃技で近接格闘から遠距離攻撃までこなせるまさに万能職!!
そんな君と俺たちがパーティを組めば、魔王を倒すことだって簡単なんだ!」
しかしそんなことを知らない者にとっては、堂々と魔王討伐を宣言した天城は頼もしい『勇者』だ。
自然と周囲の者たちから感嘆の声と賞賛の拍手が送られる。
もしこれが和成辺りが口にすればに一笑に付されるか、「疲れて頭がおかしくなったの?」と労りの視線を向けられる台詞だが、天職『勇者』に選ばれ高いステータスを示した天城が言うその言葉に人々は希望を抱いていた。
「民たちは、魔人族の影に怯えています。民たちを救済するには、一刻も早い活動と心の拠り所となる象徴が必要なのです。
伝説の天職『勇者』と共に戦う『聖女』の存在が、どれだけ民たちを支えるか!」
高らかに言い切るアンドレ王女の声は、まるで喧伝のようである。
大きく言い切る声と云うのは強力だ。
事実か否かは関係なく。
既に場の空気は約束されたものへと変わっていく。
アニメなどで仲の良いキャラクターが仲違いをしてしまい、それを敵に利用されているシーンを見る時と同じ空気。
どうせあとで仲直りするんだろ?という、決まった行動をとる正義を揶揄する、ある種の見下しに当たる心境。
「それがーーーそれが、私をパーティに引き入れたい理由ですか?」
慈には自分を見る周囲の人間が、そんな心持ちでいる気がしてならなかった。
「そうです。入ってくれますね」
「いいえ、それが理由なら、私はパーティに入ることはできません」
だから、慈はそんな空気をぶった切った。
場が凍りつき、耳に痛い沈黙が、会場に流れる。
全員が水を打ったように静まっていた。
姫宮が入場したのは、この時だった。
☆☆☆☆☆
(「舞ちゃん、これどういう状況?」小声)
(「民の為に天城と慈に、あと親切に同じパーティになって欲しい王女と、なりたくない二人が対立してる・・・・感じかな」小声)
姫宮は近くにいた友人に話しかけ、ざっくりとした概要を聞く。
彼女が言った内容だけを取り上げれば、親切と慈がまるで我儘を言っているようにも聞こえる不思議。
空気が、天城とアンドレに傾いている。
(ーーーーけど、それじゃあ平賀屋くんはどうなるの?二人は平賀屋くんと組む気なんじゃないの?)
いざとなれば乱入する覚悟を、この時に姫宮は決めた。




