第1話 召喚直前
時刻は朝の8時。季節は秋。10月上旬。
平賀屋和成は二年八組の教室の戸をひいた。
「あ、和成君。おはよー」
「ああ、おはよう慈さん」
「おー来たか」
そんな和成へ朝の挨拶を行ったのは、戸を開けた直ぐにある自分の席に座る文学少女然とした少女と、近くに座る草食系な顔立ちの少年だった。双方ともに真面目そうで、煙草とも盗んだバイクとも縁がない。そんな趣きがある。
女子の名は慈愛美。
和成が部長を務める文学部に所属する副部長。
そして、和成の読書友達である。
男子の名は親切友成。
保育園から縁がある和成にとって最も付き合いの長い友人だ。
もっとも、和成の顔を見て挨拶を行った慈と違い、親切はスマホゲームの画面から眼を離さない。和成の方を一瞥して終わりだ。
男子の付き合い方と、女子の付き合い方は矢張り少し違うのだろう。
「今日はオメーが一番最後だぜ」
最後に、慈の隣の席で横にしたスマホを親切へ向けた少女から言葉が飛んできた。少女は意地の悪そうな笑みを浮かべて、揶揄するような言葉を投げかけてくる。
そんな慈と比べて一回り小さい彼女は、親切友成の彼女であり、和成の議論相手でもあった。
科学部所属の副部長、名を化野学。
「朝っぱらからゲームかよ」
「朝じゃないとできない時間制限クエストがあるんだよ」
「なんだ、文句あるのか」
「化野ちゃん、いちいちけんか腰にならないの」
「別にお前らが自分の時間をどう使おうがお前らの自由。……だがなオダ、課金しすぎるなよ」
和成は親切をオダと呼び、親切は和成をヒラと呼んでいる。子ども時代からずっとそうで、意識していてもあだ名が呼称として飛び出てしまうのだ。今更無理に変えても違和感しかない。
「問題ない。無課金だから問題ない」
「それ、無(理のない)課金をしてるって意味だろうが。しかもその金、自分がアルバイトで稼いだとかじゃない。親から無償でもらってるお小遣いだ」
「相変わらず説教臭いことを言う。その上で僕がちゃんと無理のない課金をしてるってことは知ってるだろ」
「まぁ一応言っておいただけではある。お前が要領いいのは知ってるからな」
そんな風にいつもの軽口を叩き合ってから、自分の席へと向かう。
現在の和成の席は、偶々親しい三人から離れた位置にあった。
「また読書か」
「また読書だ。昨日、慈さんから勧めてもらった本がもうじき読み終わるからな」
和成がカバンから小説を一冊取り出して答える。
「読み終わらなくても読むくせに。仮にその本が大長編の1ページ目も開いてない本だったとしても読むくせに。いい加減スマホ買えよ。電子書籍とかあるだろ」
「やだね。自分のペースで本を読んでいる時にピコンピコンLINEの通知が来るとか、考えるだけでも鬱陶しい。オマケにちゃんと既読スルーせずに返信しないといけないんだろ。メンドクサイ。あの程度の文字で伝わる情報なんざ、たかが知れている。俺はスマホは嫌いだよ。というか電話が嫌いだ。どうしたって機械越しの言葉には限界がある。面と向かった方が遥かに得られる情報が多いってもんだ」
「あ、そう」
和成のくどくどと流れる私見に対して、親切の返答は実に素っ気なかった。男子のみの幼馴染の距離感は、だいたいこんなものだろう。
和成はいつもこういう奴で、対する親切の対応も大体こんなものだ。
「私は正直、偏見が強過ぎる気がするけどなぁ」
対照的に慈の返答は幾らか感情のこもったもので、スマホを握りながら苦笑していた。
番号を渡す準備は何時でも出来ているのに。
「そもそも、オダが俺にスマホを勧めてくるのは、今やってるその何とか言うゲームを人に勧めたら、特典みたいなのが運営からもらえるからだろ」
「別にいいじゃん。ダウンロードするだけならタダだし、ガチの無課金でもかなり楽しめる作りになってるんだ。なぁ学、慈さん」
「まぁな」
「あはは」
「そ、俺はいいや。そういった時間は読書に当てたい」
和成はそのまま、マイペースに席へと向かってしまった。
「じゃ、朝のHRが始まる前に、クエスト1つ攻略しない?」
親切も話題を変え、二人に通信協力プレイを持ちかける。
「アタシは別にかまわんよ」
口調だけはつっけんどんに、それでも即座にいそいそと、化野は彼氏にスマホを向けた。
「チャイムが鳴る五分前には、途中でもやめさせてもらうからね」
そう言って慈もスマホを操作し始める。
☆☆☆☆☆
「どいとくれ。そこは俺の席だ」
友達とのお喋りに夢中になって、近くのイスを拝借していた同級生から自席を取り戻した後。何時ものように和成は本を読む。
視界の中心は開かれたページであり、それ以外の風景はただの絵も同然な状態となっていく。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
「何? 緊急地震速報?」
「いや、それならもっとドキッ!とくるのが鳴るだろ」
「あ、ゲームの運営からだ」
途中でクラス全員のスマホ(スマホを所持していない和成は除く)のバイブレーション機能が作動したのに一度反応したが、クラスメイトの呟きから和成はそれを大したことではないと考え、読書中の本が感性に合っていたこともあり再び没頭した。
だから気付かなかった。
合計39台のスマホ画面いっぱいにゲームロゴでもある魔法陣が広がり、それらが全て、所有者の眼の中で輝いたことに。
☆☆☆☆☆
「……あれ?」
突然の喪失感を感じて漏れ出た、そんな間抜けな声が平賀屋和成の第一声だった。
何故なら、何時ものように席に座り授業が始まるまでの時間に読んでいたはずの本が、気づけば手の内から忽然と消えていたからだ。決して目を離してはいない。物語も中盤に差し掛かる真ん中あたりのページをつまみ、次の文章を読もうとページをめくった感覚が指先に残っている。
(ヤバい。図書室から借りてる本なのに―――どこいった?)
和成の愛書家としての本能によりその危惧が真っ先に思い浮かんだが、しかし、それ以上に疑問を持つべきかつ危機を感じるべき事態が周囲にはあった。
跪き、祈すがるような姿勢を見せる大人たち。
その中で一人だけ装いが異なる女性が言い放つのだ。
「どうかお助けください。異界より招かれし、救世の存在たる皆々様!」
初めまして、巣立です。お読みいただき、ありがとうございます。
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また初めに言っておきますが、主人公は普通に変わり者です。根本の部分が人とズレてます。こんな設定の主人公はそうそうおらんやろ、と自分で思うようなキャラ付けをしました。