7話 パン屋到着
ザッザッ
パン屋ホワイトブレッドに着くと、女の子が1人、箒で店の入り口を掃いている姿が見える。
俺の幼馴染のスミちゃんだ。小さな体で箒をせっせと動かす姿がかわいらしい。
「おはようスミちゃん。」
「あ、おはようライト君。」
俺が近くに寄って声をかけると、スミちゃんは箒を動かす手を止めてこちらに振り返り、片手を振りながら笑顔で挨拶をしてくれる。かわいい。
「今日もよろしくね。もう少しで掃除終わるから、先にお店の中で待ってて。」
「そう?けど、2人でやったほうが早いだろうし、俺も手伝おうか。」
もう少し一緒にいたいので俺も掃除に参加しようと考えたが、スミちゃんは俺の提案に対して首を横に振った。
「ううん。本当にもう終わるところだからまかせて。」
「そ、そっか。じゃあ中に入ってるね。」
「うん。」
残念だが断られてしまっては仕方がない。先に店の中に入ろう。
少ししょんぼりしながら歩き出そうとすると、足に何か柔らかい物体がぶつかってくる。
「ワン。」
足元を見るとネイバーがこちらを見上げながらぶつかってきている。スミちゃんと会った瞬間からネイバーのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
どうしようか。考えているとネイバーが前に出てスミちゃんの方へ寄っていく。
スミちゃんもネイバーの存在に気づいたらしく、目線を俺からネイバーに移して不思議そうにネイバーを見つめた。と思うと、
「え〜!!なにこの子、かわいい〜!!」
と大きな声で言い、しゃがんでネイバーの頭を撫でた。
「ワン。」
「かわいい〜!!ライト君のペットなの?」
「あ、うん。昨日から飼い始めたんだ。」
「そうなんだ。かわいいなぁ〜。名前はなんていうの?」
「えっと、今はネイバーって呼んでるよ。」
「そうなんだ。ネイバーちゃん、よろしくね。」
スミちゃんは箒を地面に置いて両手でネイバーを撫でまわしだした。
ネイバーのほうはなんだかまんざらでもなさそうに尻尾を振っている。ずるい。俺もスミちゃんに頭を撫でてほしい。
「ネイバーちゃんは男の子?それとも女の子?」
「え〜、オスだね。」
「男の子なんだ。そしたらネイバー君だね。ネイバー君おはよう。」
スミちゃんはすっかりネイバーに夢中な様子だ。
「スミちゃん、犬好きなんだ?」
「うん。大好き。」
「そうなんだ。」
知らなかった。実際、スミちゃんなら動物好きでも驚かないが、ここまでとは。
俺の視線に気づいたらしく、スミちゃんは照れながら、
「えへへ。好きなんだけど、うちはパン屋だから動物飼えないんだよね。」
と言った。
確かに、食べ物を扱っている店で動物を飼うのは難しそうだ。
ということはネイバーも家に連れ帰ったほうがいいだろうか。
「そうだよね。えっと、ごめんね連れてきちゃって。家に連れ帰ろうか?」
そう聞くとスミちゃんは首を激しくブンブンと横に振った。
「全然、全然大丈夫だよ!店の前に居て貰えばいいし、中には入れてあげられないけど、連れて帰らないで大丈夫だよ。」
「そ、そう。」
スミちゃんのやけに力の入った言葉に押されて、戸惑いながら従うことにする。
スミちゃんにそこまで構ってもらえるなんてなんて羨ましい奴だ。しかしながら、いつまでもネイバーにいい目を合わせておくわけにはいくまい。
「ネイバー、こっちこい。」
少し強めにネイバーに声を掛けると、スミちゃんに撫でられていたネイバーがピクンと顔を上げてこちらに来る。
「ああ〜。」
ネイバーが離れていきスミちゃんが残念そうな声を上げる。
心が痛い、ごめんよスミちゃん。けど、そいつは純粋な犬じゃないから不用意にハグとかするのは危険なんだ。
そんなことを考つつネイバーを店の扉まで連れていく。
「ネイバー、この扉から先、店の中には入ってきちゃダメだからね。わかった?」
扉を指差してから両手でバツ印を作りネイバーに見せる。ネイバーならジェスチャーで伝えるまでもなく理解できるだろうが、ここまでした方がスミちゃんや他の人が見ていても違和感がないだろう。
「ワン。」
ネイバーは俺の方を向いて1度吠えると、扉の側で伏せの姿勢をとった。
ここで待機してくれるということだろう。
「すご〜い!」
「え、どうかした?」
様子を見ていたスミちゃんが驚いている。何かあっただろうか。
「だってこの子すごい賢くない?昨日飼いはじめたばかりって言ってたのにライト君の言った通りに扉の側で伏せしてるし、まるで人の言葉がわかってるみたい。」
するどい。
「あはは、そ、そんなことないよ。他の犬よりかは頭がいいかもしれないけど、昨日だってテーブルに置いてた木の実を突然食べだしたりしたんだよ。」
「そうかなぁ、だけど落ち着いてるし、この子すごい頭がいいんだね。」
褒められたネイバーは我関せずといった様子で伏せの状態でどこかを見ている。
とりあえず、これ以上追求される前に話題を切り上げておこう。
「それじゃあ俺は先に入ってるね。何かやっておくこととかある?」
「あ、そうだね。特にはないけど、お父さんにも聞いてみて?」
「わかった。」
後は頼んだぞネイバー、大人しくしててくれよ。
ネイバーに念を送りながら扉を開けて店の中に入る。
店の中に入ると、焼きたてのパンの匂いが部屋に満ちていて、香ばしい香りが鼻に入ってくる。
店の中は、壁際にパンが陳列されていて、さらに店の中央にもテーブルが置かれ、テーブルの上にもパンが置かれている。
そして、店の奥に繋がる部分では仕切りがされており、そこに会計の場所が設けられている。
仕切りを越えてさらに奥に行くとパンを作る材料や竃があり、スミちゃんやスミちゃんの家族が暮らすスペースがある。
すでにパンの陳列も終わっているようだし、床にもゴミなどは見当たらない。
確かに俺がすることはなさそうだ。
「おはようございます〜。」
店の奥に向けて挨拶をしてみる。
聞こえていればスミちゃんのお父さんが出てくるはずだ。
呼びかけてから少しすると、店の奥から男性が1人歩いて来た。
スミちゃんの父親のゴートさんだ。
かなりガタイの良い強面の中年男性で、ヒゲもなく髪も整えられているが、パン屋よりも土方のほうが似合いそうな風貌である。
「ああ。」
とゴートさんは一言だけこちらに言ったきり、無言になってしまった。
ゴートさんはかなり寡黙な人であり、大抵の会話は一言で終わってしまうのだ。
「今日もよろしくお願いします。」
「・・・・・・。」
「えっと、何かやることとかありますか?」
「・・・・・・いや、ない。」
「そ、そうですか。あはは・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい。
もう少しでも会話ができればいいのだけど、寡黙なことと風貌も合わさってゴートさんに気軽に話しかけることなんてできない。
スミちゃん、早く掃除を終えてきてくれ。
そんな願いも虚しく、おそらくネイバーを撫でまわしていたのであろう、スミちゃんが店に入ってきたのはそれから20分ほど経ってからであった。
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