6話 鐘の音と貴族のアルトについて
カーン、カーン、カーン、カーン
鐘の音が聞こえる。
きっとこれは時計塔で鳴らされている、朝の鐘の音だ。
町には時計塔と呼ばれている建物がある。町では1番背の高い建物で、名前のとおり中には時計が設置されている。
そして、時計塔の管理人は毎日決められた時間に、塔に吊るされた鐘を鳴らすことになっている。
町では時計が普及していないため、こうして定期的に鐘を鳴らすことで今の時間を町の人に知らせているのだ。
夜の間は鐘は鳴らされず、家に着いてからは鐘の音を聞いていないため、これは朝の鐘に間違いないだろう。
窓から朝日も差し込んでいるし、眩しく感じる。
「ううん。」
身じろぎするとなんだか足腰のあたりが痛い。
腕を伸ばすと、硬くて冷たい物に手が当たった。これは、皿だろうか。なぜこんなところに皿があるのだろう。
・・・・・・そうか、昨日はベッドではなく、テーブルの上で気を失ってしまったのか。
昨日は・・・・・・
「ああ!」
昨日はなにやら魔物を召喚して、さらに家にまで入れてしまっていたのだった。しかもそのまま気を失ってしまうなんて。
今さらながら不用心すぎる。気を失っている間に殺されるということはなかったみたいだけど、あいつ、ネイバーは今どこにいるのだろう。家の中にいるのか、もしかすると、外に出て人を襲っていたりするのでは。
そんな事になったら大変だ。急いで探さないと。
「あわわわ。急がないと。」
「どうした突然。」
「ええ?」
ネイバーを探すために慌ててテーブルから立ち上がったのだが、ネイバーは目の前にいた。
どこかに行くどころか、気を失うまえと同じようにイスに座っている。
「え〜と、いやまあ、何か急がないといけない事があった気がするな〜、って思って。」
平然とイスに座っているネイバーの様子を見て、危惧していたことがまったく起きていないことに拍子抜けしてしまう。ハシゴを外された感覚というのだろうか。
「ふ〜ん。」
ネイバーは特に気にしたふうもなくこちらを見ている。とりあえず何かしら話さなくては。
「そ、そう。え〜と、今はもう朝だよね。」
「ああ、そうだな。おはよう。」
「えっ。」
ネイバーの挨拶に言葉がつまる。ネイバーは少し怪訝な顔をした。
「うん?朝起きたときは、おはようと言うんじゃなかったか?」
「えっと、そう。お、おはよう。」
家で人と挨拶をするのが久しぶりすぎて言葉に詰まってしまったのだが、ネイバーは挨拶を間違えたのかと思ったようだ。
「魔物なのに朝の挨拶なんてよく知ってるね。」
「人間だったころに覚えたからな。」
平静を装いながら尋ねる俺に対してネイバーは落ち着いた様子だ。なんだか負けたような気がする。ずるい。
「それで、今日はどうするんだ?」
そんな俺の気も知らずにネイバーが今日の予定を聞いてくる。
「え〜と、今日は・・・・・・。」
今日は何かあっただろうか。
「そうだ、今日はスミちゃんのところに行かなきゃ。」
「スミちゃん?」
「そう、スミちゃんはパン屋の娘さんなんだけど、毎日店で仕事をするのは無理だから、俺が週に1、2回店番の仕事をしに行ってるんだ。」
さらに付け加えると、スミちゃんのフルネームは、スミ・ホワイトバードと言い、俺の幼なじみである。背は低めで、大きなくっきりとした瞳が可愛らしい、茶髪でショートカットの明るい女の子である。
実際すごいかわいい。仕事をしてお金を稼ぐことももちろん大切だが、スミちゃんに会うためというのもこの仕事をする大きな目的の1つであったりする。
「へぇ。いつ行くの。」
「うん?」
「俺も行くんだからさ、いつ行くのよ。」
「えぇ、ネイバーも来るの?家にいればいいじゃん。」
せっかくの楽しみが邪魔されてしまう。
しかしながら、ネイバーはそんな俺の考えは知ったことかといった様子である。
「当然だろう。まず町の構造とかを知らないと何もできないでしょ。」
「う〜ん。」
「別に人間の姿で行くとは言わないんだからさ。」
「う〜ん。」
昨日の様子を見る限りネイバーはかなりこちらに友好的だし、実際、俺の第一の敵となっているビジターや、他の貴族達に対抗するためにはネイバーに町の作りなどを知っておいてもらったほうがいいだろうか。
仕方がない。
「わかったよ。一緒に行こう。」
「それがいい。」
ネイバーも納得した様子だ。
ネイバーに待っていてもらい、簡単に朝食と着替えを済ませて準備を整える。
「よし、これでいいか。ネイバーは準備大丈夫?」
「ああ、やることなんて犬になるだけだしな。」
ネイバーは人間の姿のまま、片手で犬の形を作り「ワンワン。」と犬の鳴き真似をした。
「そっか、それじゃあ出るけど、外で騒いだり人に噛みついたりしないでよ。」
念のためネイバーに注意をしておく。
「安心しとけ。かわいいワンコになってやるさ。」
「本当に?頼んだからね。」
「はいはい。じゃあしばらく喋らなくなるからよろしく。」
そう言うとネイバーは人から犬へと姿を変えていく。
そして10秒ほどで完全に犬の姿になると、
「ワン!」
と元気な声で一度吠え、俺の側に寄ってきた。
その姿はかわいい犬そのものだ。
これなら多分大丈夫だろう。
ネイバーが残した服をてきとうに片して家を出る。さて、ここからどうなるか。
スミちゃんのいるパン屋、店の名前はホワイトブレッドという。に着くまでには家から15分ほど歩く必要がある。まだ朝も早いし、それほど人と会うことはないと思うけど。
そんなことを考えていると、町の入り口に繋がる交差点でさっそく人と出会った。
「やあ、おはよう。」
「おはようございますコールさん、アルト様もおはようございます。」
「ええ。」
出会ったのは2人、1人は昨日も会った門番の仕事をしているコールさんで、もう1人は貴族の娘のアルト・シルバーシーリングだ。
年齢はたしか20歳で、キレイな銀髪を腰まで伸ばし、キリッとした目つきでスタイルが良い美人である。しかしながら、美人だけど貴族の性というのか、町の人に横柄な態度を取るということはないが、他人に興味がないというか、誰に対しても冷たい態度をとっている印象がある。
あまり外に出ることもないイメージだったけれど、こんな朝早くに何をしているのだろう。
「おっ、さっそくその子を連れて散歩かい?」
「ええまぁ、仕事に行くついでに一緒に連れて行こうかと思いまして。」
コールさんは笑顔でネイバーを見つめている。
「コールさんはどうしたんですか?」
「ああ、散歩だよ。毎日歩いておかないと体が動かなくなるからね。」
「なるほど、アルト様も散歩ですか?」
「そんな事どうでもいいでしょう。」
「え、ええ、そうですね。」
笑顔で問いかけたのにアルトは愛想笑いすらせず冷たい態度である。嫌な奴。
何か他に話しをしたものだろうかと考えていると、隣にいたネイバーが歩いてコールさんとアルトの前に出た。
尻尾を少し揺らして興味深そうに2人を見ている。
「おう。いい子だ。」
コールさんが嬉しそうにしゃがんで「よしよし。」とネイバーの頭を撫でた。ネイバーは特に嫌がる素振りもなく、大人しく撫でられている。
「そういえば、もう名前は決めたのかい?」
コールさんがネイバーの頭を撫でまわしながら俺に尋ねる。
「はい。え〜と、ネイバーと呼んでいます。」
「ほう、少し変わってるがいい名前じゃないか。」
「はは、ありがとうございます。」
しまった。咄嗟にネイバーと言ってしまったけど、もしかすると、犬のときと人間のときで名前を変えたほうがよかっただろうか。けれどもう、ネイバーと言ってしまったし、いまさら変えるのは不自然だろうか。
「えっと、まあ今のところ暫定でネイバーって呼んでるんですけど、まだ名前には悩んでるところなんですけどね。」
付け足したように言っておく。
コールさんは少し不思議そうな顔をしたが、
「そうか、まあゆっくり考えるといい。けど、なるべく早く決めてあげないとこの子がかわいそうだぞ。」
と言ってまたネイバーの頭を撫でた。
「そ、そうですよね。」とぎこちなく笑いながら返事をする。なんとか誤魔化せただろうか。
ばつが悪くなったのでなんとなくアルトの方を見てみると、アルトはコールさんとネイバーの様子を遠巻きに見ていた。
しかしながらこちらの視線に気がつくとすぐに顔を上げて、
「私はもう行くわ、ご機嫌よう」
と言ってこちらに背を向けて歩き出した。
「ああ、ごきげんようアルトちゃん。」
「ごきげんようアルト様。」
コールさんに合わせてアルトに別れの挨拶をするが、アルトはそれを聞く様子もなくスタスタと去っていってしまった。
アルトが去ると、コールさんも立ち上がって少し伸びをした。ネイバーも俺の側に寄ってくる。
「さて、俺もそろそろ散歩の続きをするか。引き留めて悪かったね。」
「いえいえ、そんなことないですよ。さきほどアルト様とは何か話してたんですか。」
気になったのでコールさんとアルトが何をしていたのか聞いてみる。
「いんや、たまたま会って天気の話しをしたくらいだな。どうかしたか?」
「いえ、アルト様が人と話しているところをあまり見たことがなかったので。」
「ああ、俺はまあ、あの子が小さい頃から知っているから話しやすいんだろう。あの子は人見知りだから。」
「ははは。」
俺が見る限りアルトが人見知りなんてことはなさそうだが。コールさんには苦笑いで返しておく。
「それじゃあ、またな。」
「はい。また。」
そうしてコールさんも去っていき、俺とネイバーは再びスミちゃんのいるパン屋ホワイトブレッドへと歩き出した。
今日はまだ始まったばかりだ。
お読みいただきありがとうございます。
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アクセス解析を見ると大体10人くらいの人が読んでくれているのか?
なにかしら面白味があると思ってくれている人がいればいいのだけど。難しい。