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1話

 町で暮らす平凡な青年。俺こと、ライト・ニューポートは森の中にいた。

 近くに動物の気配もなく、木々の合間からは高く上った太陽の光がまばらに差し込んでいる。

 そんな静かな森の中で、俺は左手に、古びた本を片手で開きながら持ち、右手には長さ30㎝ほどの木の棒を持っていた。

 そして本を見つめながら、手に持った木の棒で地面に複雑な模様を描いている。

 この模様は魔法陣なのだ。俺は地面に魔法陣を描き、召喚術を行おうとしているのである。

 普段、町でしがない何でも屋をしており、魔法とは何の関わりもない生活を送っている俺がこんなことを行おうとしているのには理由がある。

 それは、いけ好かない貴族達とその取り巻きの連中に一泡吹かせてやるためだ。

 召喚術によりドラゴンとか、もしくはゴーレムとかそういった強そうなモンスターを召喚して、貴族連中を懲らしめてやるつもりなのである。

 もちろん俺は召喚術などやったことがない。魔法に詳しいわけでもないし、魔法を使ったこともない。

 そもそも俺が住んでいる町は魔法の技術が全く発展していない町なのだ。

 なんでも魔法は、魔力を消費することによって使うことができるらしいのだが、人が魔力を有しているか否か、また、その人が魔力をどの程度有しているかは生まれながらに決まっているのだという。

 このため、町で魔法を使うことができるのは生まれながらに魔力を有している者に限られている。さらに、魔力があったとしても町には魔力の使い方を教える学校などがなく、10人に1人程度、生まれながらに魔力を有している人が小さな火の魔法を出すのがせいぜいであり、薪に火をつけるなどの家事に魔法を利用している程度であった。

 しかしながら、都市部においては魔法についての事情がまったく異なっているのだという。

 都市部では生まれながらに魔力を有していない人であっても、後天的に魔力を有することができるようになる方法が確立されているらしいのだ。

 さらに、都市部では魔法の学校もあり文献なども豊富であるため、住民のほとんどが魔法を使うことができるそうで、魔法の使途も日常生活程度ではなく、軍事にまで利用されるなど多種多様な使われ方がされているらしい。

 つまり、俺の暮らす町と都市部の暮らしで、それ程の差が生じるぐらいには俺の暮らす町は田舎だったのである。

 さて、そんな田舎の町でも一部、様々な魔法を使うことができる人がいる。

 それがこの町の貴族連中である。

 町の貴族は、都市部ほどではなくても、貴族という高い身分を有していることから都市部の魔法学校で魔法を学ぶことができたのである。それにより、貴族の連中は生まれつきは魔力が無かったにもかかわらず、様々な魔法を使えるようになったのだ。

 そして実際のところ、貴族が身に着けた魔法は町で有効活用されていない。

 なにせ貴族達は権力と魔法で人を威圧して商品の料金を踏み倒したり、無茶な要求を他人に飲ませたりということを気まぐれに行っているのである。

 地位だけの問題ならば何か対処方法もあったのかもしれないが、魔法が出てくるとお手上げである。

 目の前で普通の人には理解のできない魔法が使用され、人が1人まるごと入ってしまいそうな火の塊を出されたりする。もしもそんな巨大な火の塊をぶつけられたりしたら防ぎようがない。はっきりと言って怖い。

 しかも1人ですら怖いところ、貴族達はいつも集団で行動していて、取り巻き達と一緒に騒ぎを起こすのだ。とても手が付けられない。

 とはいえ、態度が悪いだけならいつものことなので俺も特に怒ることはなかったのだ。

 しかしながら昨日の出来事はひどかった。

 俺は1人で一軒家に暮らしている。1人で暮らすには広く、2人で暮らすには少し狭い。そんな大きさの家なのだが、俺が家で仕事道具を整理している時に突然、俺の家に1人の貴族と3人ほどの取り巻き連中がドカドカと上がり込んできたのである。

 そして何事かと思う間もなく俺のことを取り囲んだのだ。

「おいライト、相変わらず狭くて汚い家だな。」

「は、はい。」

 集団の中心人物である貴族から高圧的に話しかけられ、俺は頭を下げながら返事をした。

 この貴族の名前はビジター・ハイウォール。町では5指に入る権力者の家系の長男だ。

 子供のころは権力を笠に着ることもなく、貴族以外の人達とも分け隔てなく接していた奴で、嫌な奴ではなかった。

 それどころか俺の家で一緒に遊んだことすらあるくらいだった。

 それがいつの頃からか、都市部の学校に勉強に行って卒業後、町に戻ってきてからビジターは変わった。

 貴族同士でしかつるまないようになり、貴族以外の人には高圧的な態度をとるようになったのだ。

 ビジター以外の貴族は子供のころから嫌な奴らだったが、そいつらも都市部に行って町に戻ってきてからは余計に性格が悪くなった。それを考えると、都市部の暮らしというのは人の性格を歪ませてしまうほど嫌な場所なのかもしれない。

 俺は行ったことがないので詳しい事情は分からないが。

 しかしながら、何があったのかは知らないが、その性格が悪くなった影響を受けるのが俺や町の住民というのは困る。

 特に今回は俺の家にまで押し掛けてきて俺を囲んでいる。一体何のつもりなのか。

「な、何かご用でしょうか。」

「用ねぇ。いや、大した要件じゃないんだよ。ほら。」

 そう言ってビジターが俺に差し出してきたのは1枚の赤い紙きれだった。

「え~と、……土地家屋所有に伴う納税加算命令書?貴殿、身寄りなく独身につき、所有する土地家屋に税金を加算するものである!?なんだこれ!?」

「なんだとは何だコラァ!!」

「ひっ。」

 取り巻きの1人に凄まれ悲鳴を上げる。

「まぁまぁ落ち着けよ。脅しにきたんじゃないんだからよ。」

 ビジターが取り巻きを宥めるが、訳が分からない。

「ビジター様、これは一体なんなんでしょうか。」

 そう尋ねると、ビジターはこちらを見下したような顔で答える。

「お前字は読めるよな?」

「えぇ。読めますが。」

「その紙には何て書いてあるよ。」

「納税加算命令書と。」

「わかってるじゃねぇか。」

「い、いえ。まったくわかりませんが。」

「はぁ~。」

 ビジターがわざとらしくため息をつく。

「お前さぁ、親いないよな。」

「……はい、いませんが。」

 俺の両親は俺が子供のころに2人とも亡くなっている。

 両親は2人とも生まれつき魔力を有しており、多少魔法を使うことができたため、町の周辺に現れた動物や魔物を追い払う仕事をしていた。

 そしてある日、普段は出現しないような魔物が森に現れたらしく、その魔物を追い払うために2人で森の中に入っていき、そして2人とも行方不明になった。

 それから十数年、今に至るまで2人の影を見かけたという話すら聞いていない。

「それにお前独身だよな。」

「はい、そうですが。」

 俺は今25歳、そして産まれてから彼女がいたことのない人間である。

 親がいなくなった時から俺は、1人で生きていくために靴磨きや洗濯など日銭を稼ぐ仕事をせざるおえなくなったのである。

 町の学校にも行けず決まった職ももっておらず、その日暮らしをしていくので精一杯でとても恋人をつくるような余裕などなかったのだ。

 それでも、乏しい稼ぎの仕事でも今まで生きてくることができたのは、両親がこの家を遺してくれていたために、住む場所には困らなかったということが大きいだろう。

 それが何なのだろうか。

「当然知ってると思うけどよ。今月から独り身で家を持ってる奴は税金を追加で納めることになったんだわ。」

「し、知らないですよ、そんな話。回覧板にもそんなことは載ってなかったですし。」

「それはお前が知らなかっただけだろうが。これは町の議会でとっくに決まったことなんだよ。だって独り身の奴が家を持っててもそのスペースが町にとって無駄になってるだろ?本来ならそのスペースに別の家や店を建てたほうがよっぽど町のためになるんだから。それができないせいで町にとって大損害になってるんだわ。その損害分くらいは払うのが当然だよな。」

「そ、そんなことを言われても困ります。今でも税金は納めていますし、突然税金を多く払えと言われても、稼ぎもありませんし。」ビジターの言い分に対して、しどろもどろになりながら反論するが、ビジターは特に気にした風もない。

「はぁ~。それで?」

「それで、とは?」

「だからどうすんのよ。お前。」

「えっ?」

 ガシッ

 突然、ビジターが俺の胸倉をつかんで睨みつけてきた。

「払わないで済むと思ってんの?」

「ひぃ。い、いえ、そんなことは……。」

「きちんと税金を払うか、税金を払わずに家を引き払うか。選べよ。」

「そ、そんな。」

「まぁ特別に今月分は免除してやるからよ。来月からどうするか考えとけよ。」

 ビジターは俺の胸倉を掴んでいた手を離して、そのまま取り巻き達を引き連れて家から出ていった。

 後には俺と赤い紙きれだけが残された。

 俺は動くこともできずに、1日中ずっと立ち竦んでいた。

 そして今日、俺は今まで感じたことがないほどの怒りに目覚めた。

 なにが追加の税金か。なにが貴族か。一体何様のつもりなのか。

 なんの権利があって、やっとのことで生計を立てている人からこれ以上のお金を巻き上げようというのか。そしてさらには家まで奪おうというのか。

 こんなことが許されていいはずがない。

 とは言っても、町の議会で決めたということは本当であろう。議会を構成する議員は全員、貴族で固められていて、貴族がこうしようと考えたことは全てそのとおりに決定されてしまうのだ。

 つまり、町ではすでにそれが正しいことになっており、裁判などで争うこともできないのだ。

 こんな理不尽な目に遭っているのにそれを争うこともできないなんて、ふざけている。絶対に許せない。

 どんな手を使ってもあの貴族達に一泡吹かせてやる。

 町の議会や裁判所に訴えることもできず、力で対抗しようにも、相手のほうが力も強いし人数も多いので力で対抗することもできない。

 それならば魔法の力に頼るしかない。

 そう考え、俺は両親の遺した魔法に関する本や物をあさることにした。

 俺に魔力があるのかはわからないが、父も母も魔力を有していたのだから俺にもきっと魔力があるはずだ。

 基本的に、魔法に関する物を手に入れることは都市部でないとできない。しかしながら、絶対に入手できないということはない。

 特に、両親は魔法を使って町の警備をしていたこともあり、魔法に関する本や物を多少所有していたのだ。

 今までは何となく、両親の私物に触れることを避けて暮らしていたけれど、そんなことを考えている場合ではない。

 この中からなんとかすごい魔法を探しださないと。

 そして、魔法の本を読み始めてから数時間後。

「だめだぁ~。」

 俺は心が折れかけていた。

 なにしろ魔法の本は専門用語が多く、さらに、わざとかと思うくらい文章がまわりくどいため、内容がまったく理解できないのだ。

 またさらに問題があって、魔法の本に書いてある内容が貴族の連中に泡を吹かせるような内容ではない。

 本の内容は理解できなかったが、とはいえ本の章題くらいはわかる。そして本の章題を見る限り、いずれの魔法も少し大きい程度の火を起こすとか、多少の水を出したり、少し強い風を起こすといった程度のものしか載っていない。つまり、家にある魔法の本はどれも初心者向けの魔法の本だったのである。

 これでは魔法を使えたとしても貴族連中の相手にもならない。

 本を読んでも内容がよくわからないのに、使えたとしても本に載っているのは大したことのない魔法ばかり、一体どうすればいいんだ。

 途方に暮れながらも、諦めきれずにぺらぺらと本をめくる。

 すると、あるページで本をめくる手が止まった。

 そこに書かれていたのは、1つの魔法陣と、その魔法陣についての説明だった。

 この本は何度か最初から最後まで見ていたはずで、その時にはこんなページはなかったような気がするけれど、きっと見逃していたのだろう。

 そして幸いなことに、このページの文章はなぜかとてもわかりやすい。

 他のページの文章は全く理解できないのに、この魔法陣の説明は自然に頭の中に入ってくる。

 なんでも、この魔法陣が発動すると、大きな魔力を有する何かが召喚されるらしい。

 何が召喚されるのかまでは書かれていないが、大きな魔力を有しているモノといえば、やはりドラゴンとかゴーレムだろう。

 実物を見たことはないけれど、ドラゴンなんていう有名な魔物を召喚することができれば貴族の連中に一泡吹かせるどころか、腐った町の政治体勢をぶち壊すことも可能なはずだ。

 さっそくこの魔法陣を試してみよう。

 俺はすぐに本を持ち家を出て森へ向かった。

 家で怪しげなことをしていると思われるのも嫌だし、ドラゴンを召喚できたら体が家に収まりきらずに家が壊れてしまうと考えたからだ。

 今考えれば、もう少し慎重に物事を考えるべきだったのかもしれない。

 本当にドラゴンが出てきてしまったら、俺に制御などできるわけもなく、自分も町の人も一人残らず殺されてしまうであろうということは想像できることだ。

 しかしながら、俺にはほかに頼るものもなかったのだ、どちらにしろ最後には魔法陣を使っていただろう。

 そして俺は森の中に入り、地面が平らな場所を見つけて魔法陣を描いた。

「よし、完成。」

 魔法陣を描き始めてから1時間。

 地面には完成した魔法陣が描かれていた。

 自分で描いたということが信じられないほどに複雑な、本に描かれたものと全く同じ魔法陣である。

 後は魔法陣を発動するための呪文を唱えるだけだ。

「すぅー、ふぅー。」

 魔法陣を前にして1度、大きく深呼吸をする。

 そして呪文を唱えた。

「深淵にまどろむものよ、我の呼びかけに応えたまえ。」

 その瞬間、

 ピカッ!!

 魔法陣が強く発光した。

「うぉ、まぶしい!」

 まぶしすぎて目を開けることができない。

 ザスッ、ザスッ

 魔法陣の中から、何かが地面に足をつけたような音が聞こえる。

「ハッ、ハッ。」

 さらに何か、生物が発するような吐息が聞こえる。

 中で一体何が起きているのか。魔物の召喚はうまくいっているのだろうか。

 シュゥゥ

 しばらくすると、召喚が終わったのか、徐々に光が弱まっているのを感じる。

 一体何が起きたのか、召喚は上手くいったのだろうか。おそるおそる目を開けてみる。

 そして目の前にいたのは、4本足で地面に立ち、体は体毛で覆われ、鋭い歯を口に並ばせて尻尾を激しく振りまわしている。1匹の獣であった。

 そして獣はこちらを見上げて吠えた。

「ワン!」

「って、これ犬じゃないか!!」

 まぎれもなく犬だ。しかも、ドーベルマンとか強そうな犬ではない。小型でふさふさした毛並みの、かわいい犬である。

「はぁ~~~。どうしよう。」

 魔物ですらないただの犬が出てきてしまうとは。

 やはりこの魔法の本は初心者向けの本にすぎなかったのだ。

 確かにドラゴンみたいな魔物が出てくるとは思っていなかったけれども、それでも何かしら魔物が出てくると期待していたのに。

 これでは貴族連中と対峙するなんてとてもできない。

「ワン!ワン!」

「あ~、はいはい。」

 犬は立った体勢のままこちらを見上げている。

 はぁ。とりあえず召喚してしまったものは仕方がない。こちらから呼び出しておいて森に犬を放置するわけにもいかないし、家に連れて帰るしかないか。

 犬の世話なんてしたこともないのに。誰か犬を飼っている人に教えてもらうしかないだろうか。

 そんなことを考えていると、犬の体の中から、

 グググッ

 という不思議な、なにか歯ぎしりの音を大きくしたような音が聞こえてきた。

 そしてなんだか犬の体が先ほどよりも大きくなっているような気がする。

「えっ?」

 俺が呆然としている間に、突然、犬は後ろ足だけで立ち上がった。

 そして気のせいではなく、グググッという歯ぎしりのような音を立てながら、犬の体がどんどん大きくなり、前足と後ろ足が伸びていく。

 この音は骨や筋肉が軋む音だったのだ。

 ググググググ

 さらに犬の体は変形を続け、体毛がなくなり、体の骨格は幅が広くなり、頭の形は小さくなっていった。

 そして骨の軋む音が収まり変形が終わった時、そこには1人の、全裸の男が立っていた。

 そして男はこちらをまっすぐに見つめ、笑顔を作り話しかけてきた。

「よう、おはよう。」


お読みいただき誠にありがとうございます。

最後まで読んでいただいた人は本当にありがとうございます。

物語を書いたのは初めてですが、こんなに大変な作業だとは思いませんでした。

けど楽しかったので、また少しずつ書き溜めを作って投稿しようと思います。

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