20越えても天才だけど想像以上にヤバイ生活送ってます
ここは、ライント地区から北西に300キロほど行ったところにあるオーリア地区。
先の大戦では敵国であった亜人連合は西から攻めてきた。
そのせいでオーリア地区よりも西の地区は全て割譲され、ここも甚大な被害を被ったのである。
その爪痕は十年経った今でも残り、国境でも緊迫な状況が続いている。
こんな状態で地区が発展することなど出来やしない。
物の質と値段の大幅な低下、治安は最低水準、公的機関はほぼ息すらしていない。
そんなボロ家だらけのこの地区でも群を抜いてボロい家、というか家と言っていいのかすら分からない小屋の戸が、ここ数日になって叩かれる頻度を増させている。
「セイゲンさん!?
いい加減に早く金返して貰わないと困るんですけどねぇ!」
「い、いやちょっと……まだ返す目処が立ってないんすよ……
あと少しだけ待ってもらえないでしょうか……?」
どんどんと叩かれる度に軋むドアの向こうの相手に、ナガラは極力刺激しないような言葉遣いを意識して返す。
「待っても待っても利息分しか帰ってこねえじゃねえか!」
「いやほんとに明日には返せると思うので!
お願いします!」
「……分かったよ……
じゃあ明日までに十五万セルな、こっちにも生活があるんだからちゃんと返してくれよ」
取り立ての男は案外あっさりと引き下がり、それ以上何か言うことはなかった。
「ふぅ……やっと行ったか」
ナガラはほとんど綿の入っていないベッドに腰を降ろし、安堵の息を漏らす。
「それにしてもありがてえよなぁ……
この不景気の中こんなに返済を待ってもらえるなんてよぉ……
本当頭が上がらねえや……」
噛み締めるように呟くナガラだが、全く全然そんなことではない。
ナガラは利子として十五万セルを請求されているが、まずこの家の値段が相場に照らし合わせると十万セルもしないくらいだ。
国境線ギリギリにある小屋で、ここまでのボロ小屋。
井戸すら使えず便所もない、最早人が泊まるために作られた場所ですらない。
因みに五万セルというと今の連邦民の平均月収くらいだ。
挙げ句まずこの家の所有者など存在しない。
三ヶ月前ここに移り住むことを決めたナガラの近くに偶然居合わせた詐欺師の男が恰も自分の所有している家のように振る舞ったのだ。
それを疑うことすらせずに信用したナガラは途方もない条件の書かれた書類にサインをしてしまい、今現在も貧窮に喘いでいる。
その上ナガラが彼に支払った金額は優に五十万セルを越えていた。
兵舎を出る前にあんなに重そうだった荷物が部屋のどこを探しても見当たらないのはその為だ。
自分の武勲の証である勲章を売った時ですら、値切られぼったくられ騙され泣きつかれ、最終的に荷物全部売り払って一万セル。
鑑定でもしてみれば一千万セルを越える価値のある武具や勲章だったはずなのにも関わらず、だ。
もしナガラがこの仕打ちに気付くようなことが起きてしまえば、恐らくオーリア地区は一瞬で火の海だ。
「やっぱ……上着ねえとちょっと冷えるな」
ナガラは緊張から解放された反動のせいか、露出した傷だらけの上半身を手で覆って身震いさせた。
今の季節区分は、日本で言えば秋の終わりごろに分類される。
寒さは本格的になってきており、明らかに上裸で耐えられるレベルなんてとっくに越えている。
「あーあ、シャツくらいは手元に残しておきたかったんだけど……」
ナガラはそうぼやいて見せるが、ないものはない。
仕方ない。
そんなことが分からないほどに子供ではあるまい。
「まあとりあえず今日も仕事に行くかぁ……」
警察がいたからつい逃げちゃったら職質受けてしまった。
いやもうなんで毎回逃げちゃうのかね俺、もう五回目だよ、学べよ……
ちょっとなんか警察と話すの慣れてきたよ。