20越えても天才だけど職を失った
本部長室内を、異様な静寂が支配する。
嫌に存在感を増す古時計の音が異様さを更に助長させ、各々の表情が時を打つごとに少しずつ変化していった。
「……どういうことだ?」
長いようにも短いようにも感じられた静寂を破ったのは、ナガラのそんな声だった。
彼の表情は、まるで感情を失った人形のようにひとつの動きも見せない。
「ぶ、無礼を承知で申し上げますが……
それはあまりにも……」
続けていったカザリは額に汗を滲ませ、瞬きを少し増やした。
動揺を隠しきれていないのが丸わかりである。
「なんだ、カザリ。
お前はそいつのことを嫌っていたじゃないか。
どういう風の吹き回しだ?」
一方のダーデは至って冷静であった。
先ほどまでの重苦しい表情が全くの嘘のように、冷悧な瞳で二人を見据えるその姿は、おおよそ人間のものとは思えないほどに冷たい。
この世に生まれ落ちて育った自然物より、人の手で作られた人工物の方が人間らしいというのだから、因果なものを感じる。
「んなことを聞いてんじゃねえんだよクソジジイ……!」
自分の質問に返答すら出さなかったダーデに痺れを切らしナガラは目の前の上司の襟首を強引に掴み取る。
「お、おいやめろセイゲン!
取り敢えず少し頭を冷やせ!」
咄嗟のことに戸惑いながらも、ナガラを後ろから羽交い締めにするカザリ。
「離せ人形!
くそっ!退け!」
いくら救国の英雄と言えど、不利な体制で自分より圧倒的に力の強い戦傀儡に押さえ付けられてはどうしようもない。
彼は、目を血走らせて怒鳴り散らすことしかできなかった。
そのまま暫く混沌とした状況が続くと、ダーデは火を着けた煙草を口に咥えたまま話を続けた。
「俺にいくら怒鳴ったって無駄だ。
これは連邦議会で既に決議されたこと、断ればどうなるか分からないお前でもあるまい」
羽交い締めから抜け出そうと抵抗していたナガラは、一気に力を緩める。
「お前らごときに僕を押さえられるとでも……?」
体に力こそ入っていないもののその眼光は鋭い。
歴戦の英雄の殺気、というやつだ。
戦傀儡のカガリでさえ、直接それを浴びせかけられている訳でもないのに押さえ付ける力が少し弱まるくらいには身を震わせた。
ただ、ダーデはそれに臆することもなく小さく口を開く。
「……器物破損47件、命令違反57件、窃盗24件、その他軍事犯罪一般犯罪含め計227件。
ここまでの粗暴な犯罪者を国防を司る機関に入れておくのは不適切、だそうだ。
それと連邦議会の決議は選等兵団及び人間の兵士で構成される軍隊組織の全撤廃」
「……」
黙りこくったナガラにダーデは畳み掛ける。
「お前が起こしてきた事件の数だ。
殺人とか強姦、賄賂、違法取引云々はしてねえのは知ってる。
逆にお前が摘発した事件も数多くある。
正直軍部にゃナガラ・セイゲンがいなきゃ腐るって考えてる連中も少なくはねえ。
しかしまぁこりゃまずい。
お前の嫌われようは連邦議会じゃえげつないもんでな。
今まで壊されたり盗まれたりしてきたのはお前の兵団の設備やら俺のドアだけだったからそこまで気にすることでもねえし、命令違反に関しちゃお前の判断が違えたことは実際ない。
軍には規律が必要て意見は最もだけどな」
苦笑いを溢して灰皿に煙草を擦り付けると、彼はまた一息ついて話を続ける
「つまりまぁこんなんはお前を蹴落とすためだけの口実にすぎねえんだよ。
今まではてめえが強すぎるのと、救国の英雄だったこともあったし見逃されてきたけど……」
段々と語気が弱くなっていくダーデの言葉を遮って、ナガラは言う。
「結局人間が戦う必要がねえって言いてえのか」
「まぁ、そうだろうな。
コスト面性能面含め戦傀儡ってもんは本当にバケモンだ。
人間が血を流す必要が無くなったっつうのに連邦民が歓喜するのは仕方のねえことよ。
まだ先の大戦の傷が欠片も癒えてねえうちだからな、当時魔物の強大化と活発化に脅かされてたグレナリクにとっちゃ戦傀儡は希望だった。
連邦議会の連中はどこの派閥も国民の指示を得るために軍隊撤廃に躍起になってた、もう何年も前からだ」
「はっ、救国の英雄様を陥れるタイミングを虎視眈々と狙ってたわけか、性格の悪い奴等だ」
ナガラは軽快に笑い飛ばしてみせていたが、もう既にその瞳に覇気は感じられなかった。
命令を無視することは出来ないと考えたのだろう。
何故ならナガラは、いやナガラでさえ、比較的戦闘能力の低い戦傀儡と対峙したとしても10分も持たないからだ。
もう自分には全く発言権もない、ただの時の人。
彼自身薄々気付いていたつもりだったが、改めてそれを実感させるような出来事が遂に起こってしまった。
先程の真顔よりも酷い、全てを諦めた廃人のような顔になった彼は踵を返して大きく穴の空いた鉄扉から出る。
「俺は絶対に諦めない」
先程の表情とは比べ物にならないほどの決意に満ちた表情で、そんな一言を残して。
「……っ!
お、おいセイゲン!」
「やめろカザリ」
反射的に後を追いかけようとしたカザリを、声をあげて引き留めるダーデ。
「で、ですが本部長!」
「行って何になるってんだ?
どうにもしようがねえだろ、議会の決定だぞ」
「……」
諭されて黙りこくった彼女の拳は強く握りしめられ、爪はマニキュアをつけたかのように赤く滲んでいた。
六年くらい前の話なんですけど、ブクマしてくださいってコメントが僕の好きな作品に書いてあったんですよ。
当時サイトに登録してなかったキッズな僕は、何を勘違いしたのかGoogleでブクマつけてましたね……(白目