了解しました。
「そうか」
まずは頷く。まさかとは思ったが、やはりあそこに見える生物はエマと同じこの惑星の人類ではないらしい。イッヌのレーダーやナイン自身の拡張五感によって彼らの接近にはさきほどから気づいていたが、エマが特別なアクションを起こさないので危険はないものだろうと判断していた。
しかし今。
「ややや、ヤバいですよナインくん!! わああっ!! やだーー!! 私は処×〇なのに、初めてがオークだなんて×♡♡だーーーっ!!」
大騒ぎしているエマを見るに、友好的な存在ではないのだろう。これは恐怖している人間反応だ。エマは自分とは違ってメンタルメディシンを服用していないのだろうが、それにしてもこの反応はかなり大きい。
「イッヌ、あれはまさか銀河獣か? 小型銀河獣『ブタ』に似ているようにもみえるが」
〈ナノマシンの反応がありません。原生生物の一種であると推測されます〉
やはりな。思うに、古代の地球でそうであったように、この惑星には人類以外の生物がおり、野生のそれは時として生存の脅威になる、ということだろう。オーク、というらしい。
何体かの個体が手にしているのは原始的にもほどがある石の斧だ。それほど危険な生物には見えないが……。
判断を保留し、立ち尽くすナイン。これに対し、オークたちは殺気だった様子でこちらににじり寄ってきた。戦闘行動を起こすつもりのようだ。彼我の戦力比を推し量る知性もないと見える。
「ななナインくん! 逃げ××〇◇! こ、ここは私が◇◆〇! きっと、多分、食い止められると、いいなぁ……と思います……!」
オークの一団を観察していたナインの前に、エマが躍り出た。両手を広げ、こちらを庇うような姿勢をとっている。
「……どういう、ことだ?」
みれば、彼女は震えていた。膝ががくがくと落ち着かず、歯をカタカタとならし、泣きそうな声を上げている。これは、恐怖、の反応である。実際、ついさきほどまではへたり込んでいたはずだ。それなのに、こちらを救助する行動に出ている。
そんなエマの行動に、オークたちの表情が緩んだかに見えた。愉悦を感じているかのような、こちらを嘲るように鳴き声を上げてもいる。
「フゴオオオオオォォォッ!!!」
さらに吠え、斧を手に接近してくるオーク。
「ひ、ひいっ……! で、でも私だって……!! ××◆◆〇〇っ!」
エマは脅えつつも何か暗号のような音声を発し、手にしたスティック状の物体から――、火の球を放った。
「なにっ!?」
あのスティック状の物体は兵装だったのか? 熱源反応もナノマシン反応もなく、そもそもただの木材であったはずのあれが? ナインが驚いたのはそこだった。彼女が発生させた火球がオークたちとはまったく異なる方向に飛んで行って爆発したことは、この際どうでもいい。
「あーっ! ……もう!! やばっ、やば…… やーっ……!」
第二撃を放とうと準備態勢に入ったエマだったが、オークたちの動きはそれよりは早かった。彼らは、エマにつかみかかり押し倒したのだ。オークたちは興奮しているようで、涎が垂れている。エマはもがき、暴れているが脱出できそうもない。
これは、彼女にとっては生存の危機であろうと思われた。
では、俺はどうすべきか? 回答は明白である。この星の生態系はこの場の事情はよく分からないが、エマは現時点では貴重な情報提供者であり、友好的な関係を気付けそうな相手だ。一方、オークは事前通告もなく制圧行動に及んでいるし、こちらへの攻撃意識も感じられる。
原生生物との戦闘は極力避けるべきであるとされるが、それは緊急避難よりも上位にくる命令ではない。そしてこの場ににおいてエマが危害を加えられることは、ナイン自身の生存にとって不利益である。
ゆえに。
傍らに座っているイッヌを見ると、イッヌもまたこちらを見上げていた。
「各種デバイス、兵装のチェックを」
〈了解しました。――終了。システムオールグリーン〉
「本行動を、緊急時の自己判断による戦闘オペレーションと位置づけ。ターゲット、未確認惑星原生生物。『オーク』と呼称」
〈了解しました〉
「目標。敵の殲滅。――戦闘開始」