まるで古代だな
微睡み。それは少年が初めて覚えた感覚だった。睡眠は専用のカプセル内で取るものであり、定時になれば覚醒のための措置が行われて目覚める。それがこれまでは常だったからだ。
肌に当たる柔らかい感触や体の上にかけられた何らかの繊維による温もりは、新しい経験だった。
だが、少年はそれに安寧を覚えるほどに呑気ではない。彼は知らない感触という違和感に即座に覚醒し、目を開けた。
「……はっ! ……なんだ……ここは……! ヘルメットは……!?」
飛び起きようと思ったが、両足が縛られていることに気が付いた。
これはどういうことだ? いかなる事態にも対応できるよう製造育成された兵士である少年は、即座に冷静さを取り戻し周囲を観察した。
まず、大気がある。こうして呼吸をしていても問題がないところからみるに、含有される成分は生存に適したものであろう。そして重力も感じられる。1Gに極めて近いものと推察される。ずいぶんと環境設定が行き届いたコロニーのようだ。
自分が眠っていた場所は8平方メートル程度の空間であり、外壁は……木材? 酸素の合成に必要な植物資源を外壁に使っているというのは信じがたいことだが、間違いはなさそうだった。
ここはどこだ? 情報量が少なすぎる。
次に確認すべきは自身の状態だ。パイロットスーツはヘルメット以外は無事であり、携行していた武器や各種デバイスも故障していない。そして……。
「イッヌ、お前も無事だったか」
寝台の傍らに、自身のサポートAIであるイッヌが待機していた。コックピットを離れたためか、小型のサポートマシンの形をとり追従してきたらしい。
なお、イッヌははるか古代の地球にいた『犬』という生物からデザインを拝借しているらしい。
〈無事ではありません。マスターの搭乗機たるA381は機能の大半が破損しました。そのため、現在当機はサポートマシンにAI機能を移管しています。他には白兵戦用の兵装、緊急移動、通信、分析、情報処理等の機能を有していますが、標準的な中型銀河獣に対する出力比は、35%です〉
なるほど。つまりイッヌはすでに本体ともいうべき機動戦闘機を失い、今はその小さなサイズのサポートマシンが体のすべてということらしい。もっともAIに『体』という概念があれば、だが。
「そうか。だが、それでも十分マシだ」
少年はひとまず息をついた。通信と情報処理機能さえあれば友軍に連絡を取ることもできるであろうし、白兵戦用の武装があれば小型銀河獣くらいとなら渡り合える。
まずは身の安全の確保。それから友軍への帰還がすべきことであろうと思われた。
そうなれば、行動の選択はたやすい。
「ステータスオープン」
少年は手首に装着しているバイタルチェックデバイスを起動させた。眼前の空間に2Dモニタが出現し、少年の現在の健康状態や筋力、思考速度などのあらゆるパラメーターが表示された。いつも通りの特に問題がない数値、つまりは人類としては極めて高水準な能力値となっている。
「イッヌ、ヒートカッターをよこせ」
〈スタンバイ〉
音声入力を受けたイッヌは、犬であれば右の前足の爪部分にあたる個所を切り離し、少年の眼前に浮遊させた。
少年がその爪を握ると、爪はわずかな形状変化によって大きさを増しナイフ状の兵装となる。
「なにがあった? ここはどこだ?」
高熱を放つ刀身を持つヒートカッターによって脚を縛っていた縄を切断しつつ、質問を重ねる。
〈次元爆の発生の直前に銀河獣に攻撃を加えたことで未明の時空間にワープアウトしたものと推測されます。現在の座標については不明です〉
「……そうか」
イッヌの推測はおそらくは正しい。あの次元爆は自分が突撃したことによって正常に発動していなかった。空間を破壊する作用のある次元爆だが、今回のケースは想定もしていなかったイレギュラーを起こしたものとみえる。どこか別の銀河の船団、そのなかでも環境保全船あたりにワープアウトしたと考えるのが妥当であろう。
〈マスター、今後の行動方針を決定してください〉
「まずは状況の把握だ。行くぞ」
〈イエス、マスター〉
機動兵士支援AIは優秀ではあるが、『判断』を行うことはない。少年は寝台らしきものから立ち上がると部屋の外壁を調べ、その一部がドアであったことを発見した。なんと驚くべきことに手動で動くタイプだ。いったいセキュリティはどうなっているのか。
「まるで古代だな……。環境設定のクオリティは高いのに、どういうことだ」
部屋を出ると、やはり木材で構成された空間が広がっている。今いた部屋の外には階段があり、下に続いているようだった。下にもいくつかの部屋があり、中央にはなんらかの作業を行うスペースと思しきものもある。だが機材や装置、造りかけらしいデバイスは未知のものである。
「見たこともない道具だ。イッヌ、お前のデータベースではどうだ?」
少年は、小さな体でひょこひょこと後ろをついてくるAIに問いかけた。
〈古代の地球、銀河歴マイナス9300年、西暦1600年前後の文明レベルに酷似しています。ですが、完全には一致しません〉
「……まさか」
少年は一つの可能性に思いが至った。だが、少年が生まれ過ごしてきた世界は、その可能性を容易に受けいれられないものにしていた。
だから、確かめる。
外壁のあの部分が人力で動くドアだということはもうわかった。そして、新たに発見したドアの奥からは物音が聞こえる。人類同胞の声である。ただ、妙に高く、そして不可思議な周期と周波数だ。なんらかの暗号であろうか?
もちろん、警戒を怠るわけにはいかない。自分は縛られていた、ならば、自分を縛った何者かがいるはずだ。
少年は、光が漏れていたドアを勢いよく開け、パイロットスーツ大腿部に備え付けのホルダーから銃を抜き、部屋のなかにむけて構えた。
「……なにっ?」
少年の目に入ってきたのは、まずは、水。
木製の大きな容器に並々と入った水を、これまた木製の容器ですくいとり、それを体にかけている人間がいる。全裸である。
いや、これは本当に人間であろうか。全体的に筋量が少なく、ウエストのあたりは目立って細い。そのくせ、胸部と臀部には膨らみがある。また肌理が細かく、柔らかそうにみえる。黒い頭髪は長く、後ろでまとめているのも見慣れないスタイルだ。
「~♪~♪~?………」
その謎の人物は謎の発声を中断し、少年のほうに視線を向けた。
目と目が合う。走る緊張感。相手は何故か硬直しているが、少年は銃を構えた。そして硬直しているその人物の全裸の全身をくまなく観察した。
危険はなさそうだ。そう判断したので、対話を試みるべく、口を開けたままでいる対象の顔をじっと見つめた。
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