空から男の子が!
落ちた。また落ちてしまった。これで何回目だろう……。うーんと、えーっと、16回目になるなぁ。ギルドの試験、ちょっと難しすぎるんじゃないの。
この寒い中、シチュー屋さんで並んでると昼間のことを思い出して落ち込む。
うう。また試験費用溜めないといけないよ。助けて。
この場合、私が誰に助けを求めてるのかは定かじゃない。でもホント助けてほしい。
田舎から出てきて、冒険者の資格が取れたまではよかった。あのときはとっても喜んだ。しかし私は知らなかったのだ。冒険者の資格は誰でも取れるもので、その先『ジョブ』は試験がいるということを、そのなかでも『魔法使い』はかなりの難関であることを。
「おっ、エマちゃんじゃないか。今日も工房でバイトかい?」
列が進んで、私の番がきた。もうすっかり店のおじさんにも名前を憶えられている。これはあれだ、残業のときに夜食を買いに行く機会が多すぎるからとかそういうことではなく、私が可愛いからだ。……うら若く可愛い女の子だからだ。うん、きっとそうなんだ。
工房や鍛冶場が並ぶこの辺の地区で、シチュー屋さんに並ぶ人が私以外は全員マッチョなオジサマだけだからとかではないんだ。うん、きっとそうなんだ。
「そーなんですよー。いやー、貧乏暇なしですよー、あっはっはー」
私はそう答えつつ自分の後頭部を軽くたたいた。
言ってて悲しくなったりしない。しないったらしない。
「若いのに偉いねぇ。ミートボールはおまけして二個いれてあげるよ」
「ホントですか! ありがとうございます!! ……ぐふふ」
私は、ふふふ、と育ちの良い可憐な女の子っぽく笑った。
私が可愛くて健気だからか、シチュー屋さんは私が持ってきた容器にシチューを多めに入れてくれた。超嬉しい。夜勤のとき、親方が夜食代として持たせてくれるお金は900Gで、それだとミートボールは一つ。いつもはこれを親方と二人で分けて食べる。
今夜はなんと、まず帰り道で一個食べて、しかもそのあと親方とわけて半分個食べられる。素敵。
そんなわけで、私はいつもよりちょっとだけ上機嫌になり、街外れにある『ザック魔導工房』への帰り道を歩いていた。冷めるとあれなのでミートボールはもう食べた。美味しかった。
そういえば今日は星が綺麗だな、とか考えながら歩いているのは、連続試験落ち記録を作ってしまったことを思い出さないようにするためではなく、ロマンティックな乙女だからだ。
「……あれ?」
ふと、おかしなことに気が付いた。星が綺麗なのはさっき思った通りなんだけど、その星の一つが、動いている。っていうか、落ちてきている。水に沈む小石のように、ゆっくりと落ちてきている。
自慢じゃないけど、わたしは目がいい。それは、ここ王都からだいぶ離れた土地で山ばっかり見てた田舎者だからとかじゃなくて、持って生まれた才能として目がいい。だから気づいた。あれって……。
「人!?」
青い光に包まれて、人が落ちてきている。ただ落下してるのとは違って、ゆっくりと。それも、今から私が戻ろうとしていたザック魔導工房のほうに向かってる。
なにあれ!?
私はとりあえず走った。私は実は結構、体力があるし俊足だったりするのだ。魔法使い志望なんだからそんなことよりまともな呪文の一つくらい使えるようにしろとか言われたりするくらいには爽やかスポーティ女子なのだ。
落下点に近づくにつれて、落ちてくる人の姿がよく見えてきた。多分、男の子だ。
それから、その男の子の近くを、小さな犬の置物のようなものも一緒に落ちてきている。男の子を包んでいる青い光は、その置物から発せられている様にみえた。
「わわわ、わわ!!」
工房の裏庭に到着した。上を見ると、やっぱり、人がすぐ近くまで迫ってきていた。
「おう、なに騒いでんだエマ!!」
工房の中から、親方の声がした。私が出る前に壊れた魔導具の修理に着手していたはずだけど、それはまだ途中のようだ。
「おおおお親方!! 空から男の子が……」
「くそっ!! このポンコツが!!」
名誉のために言っておくけど、ポンコツっていうのは私のことじゃない。修理中の魔導具のことだ。私は親方にはポンコツと呼ばれたことはないのだ。
なにか蹴る音がしたから、親方も相当苦労しているらしい。それはわかるんだけど、今は私の話を聞いてほしい。
「空から男の子が!!」
私は今度は強めに叫んでみたが、工房の中で発生した爆発音に遮られた。ちゅどーん! 的なやつ。ちなみにここザック魔法工房で爆発音が上がるのは別に珍しくない。私くらいしかバイトする人がいない理由や郊外にある理由はその辺にもある。
「空から……!!」
私はもう一度声をかけつつ、落ちてきた男の子にとっさに手を伸ばして……ひっこめた。だってなんか触るの怖いからね。
「ちきしょう、今日はもうやめだ!! おいエマ!! 俺は帰るからな!! 戸締りはしっかりしとけよ!! シチューは……。やる!!」
え!? ほんと!? わーいわーい!!
私がミートボールをもう一個食べられるという事実に感動を覚えて工房のほうを振り向いた瞬間、後ろでどんっ! という音がした。
「……ぐっ……」
慌てて音の方、つまり地面に目をやると、さっきの男の子が倒れていた。なんか痛そうな声だったから、抱き留めてあげなくて悪かったかなぁ、とちょっとだけ思う。別に間近で見た彼が整った顔立ちと銀色の髪が素敵な美少年だったからってわけじゃないけども。
「あのー……大丈夫ですかー……?」
私は男の子に声をかけてみたけど、反応はなかった。さっきのうめき声はたんに落ちた衝撃で漏れただけだったらしく、彼は気を失っているようだった。
まあこれで、『うん! 大丈夫さ!!』とか言いながらむくっと起きてきたらそっちのほうが困るかもしれない。
「……?? なに、この人……?」
私は工房の裏庭にいるわけだけど、親方はもう正門から帰ってしまっている。だからここにいるのは私と、落下少年と、それから彼と一緒に落ちてきた犬の置物だけだ。
それにしても、変わった置物だ。石でも木でもないようだし、金属にしても見たことがないやつだ。銀色に輝く体にはちゃんと関節なんかもあって、今にも動き出しそうにみえる。
そして不思議なことに、犬の置物は男の子と一緒に落ちてきたはずなのに、きちんと『おすわり』の体勢で男の子の傍に鎮座しているのだ。
「……ていうか、これ、どうしょう……?」
もう真夜中だし、工房にこの男の子を置き去りにして帰るのはなにかとマズそうだ。これでなにか盗られたりしたら超怒られる。じゃあ、街の中心にある冒険者ギルドまで背負って行って『これ落ちてました』って相談するのも大変だし、多分人も少ないだろう。っていうか、そもそも私も一応冒険者の資格は持っている。
それにそもそも、この男の子が心配でもある。見たところ大きな怪我はしてないみたいだけど、空から落ちてきたわけだし、なにかあるかもしれない。
しかし私は明日も予定がある。かなり小さな依頼だけど冒険者のお仕事だ。
でもでも、この男の子に興味もある。空から落ちてくるってなんで!? 服も変だし、青い光の意味も分からないし、事情が聴けるなら聞いてみたい。
いやいや待って。これでこの男の子が夜中に目を覚まして襲われたりしちゃったらどうしよう。だって男の子だし? 私結構可愛いし、胸もあるし? この男の子イケメンだけどさすがにそれはきゃー。
私は悩んでから決めた。
なんだか面倒なことになったなぁとも思ったし、これからどうなるか心配でもあるけど。
どこかで少しだけ、ワクワクしていた。