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ファイア

 宇宙空間を埋め尽くすかのような銀河獣ナノマシンビーストの群れ。様々な生き物の形を模し、だがオリジナルのそれよりははるかに凶悪で醜悪な姿を持つその群れによる奇襲攻撃は、少年の乗る宙間戦闘機を友軍から切り離していた。


〈ナンバー99324。貴官に対する友軍の救援到着には526秒を要する。単独での戦闘を続行されたし〉


 コックピット内の少年は、音声通信による指示を聞いてはいたが、聴いてはいなかった。ただひたすらにビームキャノンやミサイルを撃ち続けている。


〈マスター、右前方より中型銀河獣『サカナ』が接近。迎撃を推奨します〉


 再び聞こえてくる機械的な音声、こちらは本部からではなく、現在搭乗している宙間戦闘機に搭載された機動兵士支援AI『イッヌ』から発せられたものだ。


「わかってる。ターゲット、ロック。荷電粒子砲、セイフティ解除」


 少年。ナンバー99324と呼ばれる彼は、イッヌに管制指示を送るとモニタに表示されたロックオンレティクルに意識を集中させた。


〈スタンバイ。どうぞ〉


「ファイア」


 イッヌの回答を受け、淡々とした攻撃宣言と同時にトリガーを引く。宙間戦闘機からは一筋の光が発射された。真空の宇宙空間を貫く閃光は古代地球に生息していたという『魚』なる生物に似た銀河獣を破壊した。


「イッヌ、友軍到着までの時間は?」

〈512秒です〉


 それは、極めて厳しい予測だった。単機で相手をするにはこの群れの数は多すぎる。


 少年が同胞の中でも非常に優秀な機動兵士であることはこれまでのスコアが証明していることだが、それを踏まえても生存確率は50%程度であろうと思われた。


「マイクロミサイルを使い切る」


〈スタンバイ、どうぞ〉


「ファイア」


〈前方、銀河獣、拡散放射型レーザーの予備動作に以降しました。回避あるいはバリアの展開を推奨します〉


「ブーストを全開にしろ。発射前に後方に回り込み、撃破する」


〈ブーストレベル、最大。どうぞ〉

「ファイア」


 激高することもなく、焦ることもなく、ただ撃ち、避け、落とす。このままいけば生き残れる、そうした予測が立ちかけた次の瞬間。イッヌはアラート音とともに事態の急変を告げてきた。


〈マスター。左後方の大型銀河獣『ラフレシア』より高エネルギー反応。次元爆弾ディメンションボム)の発動動作に移行したと推測されます)


「なに?」


 ここで初めて、少年の顔にわずかな焦りの色が浮かぶ。次元爆弾ディメンションボム。それはナノマシンと生物が融合し進化した宇宙の怪物である銀河獣のなかでも、最上位個体たる『ラフレシア』のみしか保有していない究極の兵器であるとされている。


 爆心地を中心とした一定範囲の空間そのものを消してしまう爆弾。それは、一度発動されればいかなるバリアをもってしても防ぐことはできず消滅させられてしまう。そして爆発半径は2天文単位。


 遺伝子操作と訓練プログラムゆえの高い知能と能力を有する少年は、即座に悟った。これは、逃げることができない。


〈離脱を試みた際の生存確率は0%です。したがって、代案を勧めます〉


「なんだ?」

〈ラフレシアへの特攻、近接戦による早期撃破を提言します〉


「だろうな」


 少年は軽く溜息をついた。イッヌの提案は生存確率を上げるという観点から言えば極めて合理的な判断である。たとえ、0%と0.0000000001%の差異であってもだ。


連合のAIは、常に『生存』『人類種の保存』を最重要事項とした思考をする。そうするようプログラムされているのだ。

 

 ラフレシア、『花』という存在に似た形の銀河獣は装甲に優れている。少年の乗る戦闘機でラフレシアを撃破しようとするのならば、機体そのものにバリアを張ったうえでの体当たり、特攻しかない。もちろん、それで破壊できる保証はなく、爆発までに間に合うかもわからない。しかも仮に破壊できたとしても機体の損壊は免れない。そうなったら少年は脱出ポットのみで宇宙空間を漂うことになる。


 だが、AIは少しでも可能性が高く、少しでも長い生存への道を示す。

 そしてそれは連合で製造され、育成された少年も同じことだ。


「わかった。全出力をバリアとブースターに回せ」

〈スタンバイ〉


 イッヌは、AIはいつでも即答だ。いや、それを言うのなら、俺だって、そうかもしれない。


 俺は。


 少年は宙間戦闘機を加速させ、ラフレシアに突撃した。


「アタック」


 淡々としたまま。宇宙に咲くおぞましい花に迫る。

 機体がもうわずかでラフレシアへと特攻した、その瞬間だった。


 少年の視界は光に包まれた。これは、次元爆弾の輝きだ。空間を飲み込み破壊する超兵器は、特攻の直後に発動していた。そのせいだろうか? 少年が以前にデータでみたそれとは、少しだけ違う。空間の歪みが、通常のものよりも大きく歪つである。


 強い衝撃と音が走った。


 宙間戦闘機のキャノピーが吹き飛び、コックピットがむき出しになった。次の瞬間には、少年は外に放り出されていた。感じたのは、体中を襲う風圧と重力。


 音? 風圧? 重力? バカな。ここは宇宙空間だ。そんなものはない。

 ああ、俺は死に直面して、感覚機能に障害を起こしたようだ。

 


〈当機はこれより、マスターの生命維持のためサバイバルサポートマシンモード

へ移行します〉


 意識を失う直前、イッヌのそんな言葉を聞いた気がした。



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