5.
不意に。
刻を告げる刻計の鐘が、部屋中に鳴り響いた。
深夜に聞くそれは、ふたりを驚かせるには十分な音の大きさだった。
反射的にふたりは離れ、少し距離を取る。
鐘が刻を告げ終わると、しんとした静けさが部屋の中に訪れた。
静寂の中に、自身を落ち着かせようとするふたりの息遣いだけが、聞こえた。
そんな静けさを、先に破ったのは咲蘭だった。
「……部屋に戻りますね」
咲蘭の言葉に、叶は無言でこくりと頷いた。
部屋を出ていく咲蘭を視線で追うが、咲蘭はその視線に気付いたのか気付かなかったのか、振り向きもせず、部屋を出て行った。
咲蘭が部屋から離れたことを気配で察し、叶は今までにない大きな溜息をついた。
くしゃりと悔し気に忌々し気に前髪を掻き揚げて、更にもう一度溜息をつく。
やってしまった。
そう思った。
だが咲蘭が部屋を出て行ってくれて、正直ほっとしていた。
もしここで咲蘭と話をしていたら、自分は。
あの肌の気持ち良さと嫉妬で、どうにかなっていた。
「……やはり、怒っているんでしょうね……」
何も言わず、出て行ったのがいい証拠だ。
嫌われていたらどうしたらいいのか。
明日どんな顔をして会えばいいのか。
叶は再び大きな溜息をついた。
自室に戻ってきた咲蘭は戸を閉めた途端、気が抜けたのか、すとんと座り込んだ。戸にもたれかかって、大きく溜息をつく。
その息は震えていた。
怖さからくる震えではない自覚はあった。
叶に尋ねたいことがたくさんあった。だがそれはあの場で問うべきことじゃないと判断して、早々に部屋から去った。追われていた視線も無視した。
咲蘭は再び溜息をつく。
自分は今、どんな顔をしているのだろうか。
咲蘭は自分の両腕で、自分を抱きしめる。
その感覚に、自分を転倒から庇ってくれた叶を思い出す。
引き寄せられた、力強さ。
その身体の重み。
温かさ、人肌の気持ちよさ、そして……。
(……さくら…ん…)
耳元で囁かれる、心地良い低く艶のある声。
耳朶を食む熱さ。
「――――……っっ!」
もしあの時、刻計が鳴らなかったら。
春花の香りの中、ほろ酔いのまま自分は。
抵抗しなかったはずだと気付かされて、咲蘭は愕然とする。
明日からどんな顔をして会えばいいのか。
咲蘭は三度大きな溜息をついた。




