2.
酒の銘柄を春冷花酒という。
春花の一種である桜の花びらの入った酒で、少々甘いがきりりとした舌触りが特徴だ。酒のつんとした香りの中に、春花の芳醇な香りも混ざっていて、香りだけで酔いそうになる。
また酒の中に入っている花びらは塩漬けされているため、食むとその塩気と酒が絶妙に合った。
今宵、酔うにはとてもいいお酒だと、叶は思った。
何より咲蘭が自分を叩き起こしてまで酒に付き合わそうと、わざわざ来たのだと思うと、それだけで胸の中が暖かくなる。
普段であれば正面に座る咲蘭も、今日は叶の隣だ。
いつもは『男』を意識して胡坐に座るが、今は無意識に『女』を意識しているのか、しおらしい座り方をしている。
口に出して言えば咲蘭の性格上、意識して『男』であり続けるだろうから、叶は何も言わず、ただその無意識に向けられた自分への『好意』を見守ることにする。
時折、衣擦れの音とともに咲蘭が足の向きを変える。
夜着の裾の隙間から、ちらちら見える白い足首に、思わず目を背けてしまう叶だ。
叶に酒を注ごうとした咲蘭を、叶は笑みで制して、咲蘭の杯に注ぐ。咲蘭はそれを、とても美味しそうに飲み干した。
咲蘭は酒が強い。
叶もどちらかと言えば強い方であるが、咲蘭には負ける。真剣に勝負をしたことはないが、そんな気がする。あまり酔ったという印象がないのだ。むしろ変わらない気がしている。
「咲蘭は、強いですね? お酒」
「仕事の関係上、鍛えられましたからね。あの人に」
あの人、という言い回しに叶は、咲蘭に気付かれない程度に、先程までの表情を少し、曇らせた。
「……ああ、紫雨、ですか? 確かに強いですね」
咲蘭と紫雨は仕事上、共にあることも多い。すると必要上、共に食事を共にすることも多いのだ。
始めの内は自分の加減が分からず、悪酔いをすることもあった咲蘭だったが、紫雨と食事を重ねる毎に共に酒を楽しめるまでになっていた。
叶と飲む機会もあったが、気付けば咲蘭は自身の加減を理解していた。
それがどういうことなのか、わからない叶ではなかった。
「麗国で一番値が張って、強い神澪酒をまるで水のように飲んでましたからね」
懐かしむような口調の咲蘭に、叶は無言で自分の杯に残る酒を仰いだ。