表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空色の種

作者: 東郷十三

劇団ミクロドロップ時代に上演した台本を、小説風に書き起こしました。人物名など、当時には設定していなかったことも何箇所かありますが、基本的に上演した話の流れをそのまま文字にしたつもりです。


{登場人物}


フロクト・・・船長(ふなおさ)。元首管理下の軍隊二つ海防衛隊の旗艦艦長。元首の命令を忠実にこなす熱い男。その時々の状況を分析し最善策を見出す能力に長けている。今日は、元首の命により長距離用客船を操舵している。


ブリンケス・・・分析官。常に操縦者に同行する、航路選定、対象物分析、乗組員の精神状態分析までも担う。人前では常に客観的、第三者的な立場をとり感情を露わにすることはないが、生来は楽観主義者。


マチス・・・元首。いわゆる治世者。地域ごとに選ばれた民衆代表者である執政官の中から、選挙により選ばれた。


コーミタラ・・・広報官。為政者側でありながら元首の(まつりごと)に不満を持ち、民衆の意に沿った真の民主主義を望む。また一方で、民衆の腐敗した生活、進みすぎた文明による環境破壊に為政者側として責任を感じている。


シエム・・・執政官。農耕中心の自轄地の(まつりごと)の責任者。度重なる天災による被害復旧費用補助を中央に陳情するが、断られ続けている。


ドルケニ・・・地質学者(博士)。それぞれの自轄地における事象観察官。気象、生物学、天文学、物理学、化学、歴史の知識が豊富で、細かな現象から先を予想し民への告知・警報につき執政官に助言する。しかし特に重要な事項については、元首へ直進言もする。


満天の星の中、一艘の大型船が静かに進んでいく。その操舵室の中、

宿直のブリンケスが航海日誌を読んでいた。

「みんな好き勝手なこと書いてるわね。誰のこととは書いてないけど個人攻撃まで。ま、『日誌の内容について追及してはならない』って規則があるから、いさかいが起こることはないと思うけど。このやんちゃなコーミタラなんて、あからさまね。」

『だから言わんこっちゃない。もっと民に正確な情報を与えるべきだったんだ。そうすれば備えもできたし、自分たちの舟でなんとかできたかもしれない。結局は金持ちだけが生き残り、貧しいものたちは犠牲になってしまった。祝典など取りやめて民に警鐘を鳴らすべきだったんだ。だがいくらおかしいとは思っていても、グレてぼろぼろになっていた俺を拾ってここまで育ててくれた元首に盾をつく事は出来なかった。』

「そうね、確かに今回は避難警報が出されなかった。いや、出させなかった、ってことかしらね。今まで二回〝誤報〟になっているから慎重になったんだろうけど、いつも間違いとは限らないからみんなに知らせるべきだったのよ。なんて、今さらだわね。それにしても、やっぱり元首を嫌ってるみたい。さてさて、次は静かで優しいシエムね。」

『この海に乗り出してどのくらい経つだろう。しばらくは初めて見る外の景色にウキウキしていたけれど、もうそれにもうんざり。他の執政官たちは出港してすぐに眠ってしまったし、今はただ一人の時間がすぎていく。なぜまだ見つからないの?こんな事態に備えて調査隊は作られたんじゃなかったの?あちこちの海に乗り出しては戦勝報告ばかりしていたけれど、民が本当に望んでいることをないがしろにして戦いに興じていただけじゃない。所詮は為政者が作った調査隊。ご機嫌取りばかりやってたのね。』

「おやまあ珍しい。シエムがこんなことを言うなんて、よっぽど軍のやり方が気に入らないのね。役に立たない軍に予算使うくらいなら、それぞれの自轄地に予算を回したほうが賢明だわ。特に、彼女のところは毎年のように災害被害が発生しているから大変よ。マチスも自分の出身地なんだから少しくらい融通してあげればいいのに。」

窓の外は、相変わらずの星空。瞬かないその光は、黒いベルベットに撒き散らされた宝石のようだ。

「ほんと、いつになったら見つかるのかしらね。」

船内に時折響くガリオン船独特のきしみ音が、間違いなく時が過ぎていることを教えてくれる。あくまで古代船を模した音に過ぎないのだが、まったくの静けさの中にいるよりは落ち着く。

「さて次は問題のドルケニね。」

『今までも似たような現象は起きていたし、それも数日のうちには収まっていた。ただ今回は一向に収まる気配がなかった。危険な状態ではないかと感じたが、元首にはっきり進言することができなかった。祝典に呼ばれていた博士たちに意見を求めようと思ったのだが、こんなことになろうとは。経験を生かすことと、経験から離れて冷静に分析することの難しさをまざまざと知らされた。すべて私の責任だ。』

「ふ~ん、責任感じてんだ。でもしょうがないよ。彼の立場じゃ変なことは言えないから。で、次は我らが主事者フロクト…おっと!」

『私は二つ海防衛隊の旗艦艦長。民を脅かす輩を駆逐することを職務としている。しかし今回は、一番遠い浮島へ向かう船長(ふなおさ)としての仕事だった。本来の業務である民を守るための戦闘を指揮していたかったが、元首の命令とあれば仕方なかった。いずれにせよ、民の安全を守る仕事であることに違いはないのだから。完成祝典に多くの民を乗せていく途中だったが、まさかあんなことが起ころうとは想像すらしなかった。しかし私がこの船の舟長をひきうけていて本当に良かった。他のものであればこううまく生き延びることはできなかっただろう。』

「どんだけ自分をアピールしてんのよ。でもそこが好きなのよね。自信に満ちているって言うか、ぐいぐい引っ張ってくれるみたいなとこ。」

普段は自分を現さず冷静に仕事をし、騒がしくて自己中に映るフロクトを軽蔑しているように見えるブリンケス。しかし実は根っからの楽天的なところをなんとか隠し、密かに彼のことを慕う乙女である。

「最後はマチスね。こっちも傲慢と言えば傲慢だけど。」

『この私の(まつりごと)が愚行だったと?何を言っている。民の意見を施政に反映させてくれと私を選んだのは誰だ?私が民のことを思う気持ちは変わって無い。しかし全土を束ねる元首となった今は、自分の領民のことだけを考えているわけにはいかない。時には少数派となった我が民の意見を却下せねばならないことだってある。それが民主主義というものであろう。』

「…愚痴かしら。似合わないわね。長い間漂っていることで弱気になったのかしら。さぁーて、人の心の覗き見はこのくらいにして、お仕事、お仕事。」

そう言うと日誌を閉じて立ち上がり、小さな子窓を覗き込んだ。そこからは船が順調に進んでいることが見て取れた。次に進路方向の状況を確認し、静まり返っている客室と五人が眠っている部屋を順番に見回った。

「今のところ異常はないわね。順調に進んでる。航路も私の読み通り大きな波は起きそうに無いし。心配があるとすれば、むしろ乗っている人たちね。これだけ長く乗っていると、いつ着くんだろうという不安より、もう着けないんじゃないかという絶望感がおきてくる。それに船に乗っていることへの無意味さが広がれば、運航自体に差し障りが出てくるもの。それをいちはやく察知して取り除いてあげるのも私の役目。気が抜け無い。」

そう言って軽くため息をつくと、前方の眺望窓越しに闇へと目を移した。相変わらず墨を引いたような空間に、ばらばらに散りばめられた小さな白い宝石たちが光っている。ふと、それらを背景に、ぼんやりと緑の塊が見えた。

「あれ?あそこにあるのは…え、ひょっとしたら⁉…間違いない!みんなに知らせなきゃ。」

右の壁にある握り玉を引くと、カン、カン、カンという乾いた警報が操舵室と乗員室に鳴り響いた。

「っるせい!」

現れるや否や荒々しく警報を止めたのは、フロクトだった。

「何事だ分析官。まだ、俺の担当ではないだろう?イテテ、起きぬけは頭が痛てえ。」

大げさに頭を抱えポリポリと腹を掻くさまは、とても軍艦の艦長には見えない。

「一体どうしたというのだ、こんな時日に。」

静かに歩み入ってきて低く尋ねたのはマチス。その姿を認めると、フロクトは「元首」と小さく叫んで身なりを整え背筋を伸ばした。

船長(ふなおさ)…」

そう言ってブリンケスが指さした先には、まだ彼方ではあるが星々の中にぼんやりと土地が浮かんでいた。

「こ、これは?!」

フロクトが、呻きとも呟きともつかぬ言葉を発した。

「なんなの、どうしたっていうの?説明してください。」

ブリンケスの背後からシエムの声がした。その横から分け入ってきたのはドルケニだ。眼鏡をかけ直すと前方を見つめた。

彼に気づいたブリンケスが尋ねた。

「博士、どう思われます?」

「いや、私には判断する資格はない。」

何かに怖気づいたように視線を落とし、そそくさと部屋を出て行こうとした。その手をつかんで止めたのはフロクトだ。

「何を言っているんですか。この中で一番知識をお持ちなのは博士じゃないですか。」

「いや…」

「何があったんですか!」

自分そっちのけで進んでいる会話に業を煮やし、シエムが叫んだ。しかしその声にドルニケが答える前に、静かにしかし威圧的にマチスが口を開いた。

「博士、我々が置かれているこの状況にご自分の責任を痛感しておいでなら、今回ははっきりご意見を述べられるほうが賢明だと考えますが。」

そう言われてもなお、博士はおどおどと言葉を濁した。その様を見て、コーミタラが口をはさんだ。

「いやそうおっしゃっても、前回に続いて今回もということに…」

「君は黙っていたまえ。専門家の見解を伺いたい。」

相変わらずの低い声と強い目線で彼を制した。その目線を博士に移し、首を傾けて答えを促した。それを受け、ドルケニは重い口を開いた。

「確かにあそこであれば日の光も十分だし、周りの土地からも離れているので住むのには適していると思われる。」

その言葉を聞き、わくわくした声でシエムが叫んだ。

「え、土地が見つかったんですか!じゃあ、もう漂っていなくてもいいんですね?だったら…」

「但し、どのような食物が育ち生活環境がどこまで整っているかはここからじゃわからない。もう少し近づいて良く調べないと。食物がなければ、土地を開き種から育つまでしばらく待たねばならないやもしれない。」

「しばらく待つ?いったいどこでどうやって。この船の資力にも限りがあるのに。」

船のことは誰よりも詳しい船長(ふなおさ)。彼にそう言われては誰も反論できない、彼女以外は。

「ここにいる皆も他のものも疲れている。しかも私に対し不満を持っている輩もいるようだ。それらを考えると、一刻も早く上陸すべきだと考える。博士、最悪どのくらい待たなければならないと計る?」

「正確には判断できないが…八季もあれば十分かと」

「八季?つまり二公転日?苦労してやっと見つけて、なおそんなに待つのかよ!」

吐き捨てるように言うと、コーミタラは背後の窓から外を眺めた。その彼を見ていたブリンケスが、静かに元首に尋ねた。

「それだけの時間があれば、他の海域まで行けるかも。いかがいたしますか?」

「博士は詳しく調べないと分からないと言っている。分析官、あの土地のそばを走り抜けながら土地の詳細を調べる事はできるか?」

「ええ、難しいことではありません。」

「では船長(ふなおさ)、最高速であの土地に向かってくれ。近づいたら減速し、コースはそのままを維持しながら調査する。結果が適と出れば、さらに減速して船を付ける。不適と出れば、加速して他の候補地の探査に向かう。」

「承知いたしました。分析官、航路の選定と障害物の大きさ、それと適切な速度を選んでくれ。」

「もう取り掛かっています。」

元首の前で聞こえよがしの命令を下すフロクトに、いつもながら呆れるといった口調でブリンケスは答えた。

「でました。航路は零八零、五二七。速度は一九三。障害物は一四です。目的地到着は…四自転日後。」

自転日…つまり彼らの惑星が一回転する時間のことだ。

「ではその数字で固定してくれ。元首、四自転日後であれば、今から眠るには短すぎます。目的の土地に近付くまで、各人の部屋で短眠をとるというのは如何でしょう。」

「了解した。では、そうしよう。目が覚めた頃には、土地の様子も今より詳しく分かろう。そこで博士に今一度意見を述べていただき、検討するということで皆異存はないな?」

いつも自分の下す判断に自信を持ち、他人の意見を聞こうとしない元首。その様を見て、心配そうにシエムが口を開いた。

「元首。もし四日後に土地が不適当だと判明したら、また他を探さなければならないのでしょう?だったら、そんな不確かな土地の事は忘れて今のうちに他を探してはいかがですか?」

「執政官、聞こえなかったのかね?私は短眠を取ろうと言ったのだよ。いい機会だから他のものにも改めて言っておく。我々は、安住できる土地を探すという課題と、時間・資力には限りがあるという前提条件がある。初めて可能性のある土地が見つかった以上、調査するのは我々の義務である。従って、四自転日後にどのような判断が下されようともその結果を受け入れ、適切な対策をとる。ご理解いただけたかな?」

「はい。」

そこまで言われれば、全員そう答えるしかなかった。

返事をすると、それぞれ自分の部屋に戻った。


突然、緊急警報が鳴った。その音に飛び起き操舵室に入ったドルケニは、操舵盤からあわてて離れるコーミタラを目にした。

「何があった?…いったい君は…」

「これでいいんです。こうしたほうが…」

あわてて走りこんできたフロクトがコーミタラを押しのけ、操舵盤を眺めて呻いた。

「これは…ブリンケス、大至急回避方法を探してくれ!」

「承知しました。」

名まえで呼ばれて頬が緩むのをこらえ、彼女はバタバタと壁の針や数字を確認し始めた。

「いったい何があった?騒ぐな!博士、なにか見たのか。」

その声に、一瞬操舵室内の空気が凍った。

「広報官が操舵板から離れるところを…」

マチスの視線に耐えきれず、ドルケニが答えた。

「広報官、何をしていたんだ?」

「航路を固定しなおしました。」

「どう固定したと言うの?」

先ほどからオロオロしていたシエムが、恐る恐る尋ねた。

「まともに土地に衝突するように、だろ?いったいどうやったってんだ!」

操舵盤を勢い良く両手でたたくと、両手を付いたままクロフトは頭を垂れた。

「何故だね?われわれの未来を託せるかもしれん土地が見つかったというのに。君も死ぬんだぞ。」

「…」

ドルケニの言葉に一瞬目元がピクッと動いたが、コーミタラは黙ったまま背を向けた。

「答えたまえ!」

胸の前で腕を組んだマチスが、強い口調で命じた。

「我々は滅びるべきなんです。」

背中を向けたまま背筋を伸ばし、きっぱりと答えた。。

「何を言っている。我々は命からがら逃げ延び、やっとの思いでここまで来たのだぞ。しかも、我々には安住の地を探し子孫を残すと言う使命がある。君もそれは分かっているはずだろう。」

その背中に向かって、ドルニケが諭した。しかしその声は震え、相手の心に届く力は感じられない。

「なぜ生き延びようとするんです。新しい土地が見つかったところで、結局は今まで故郷(ふるさと)でやってきた事と同じ事をするだけでしょう?自分たちに都合のいいように土地を作り直し、そこで暮らしてきた生き物を駆逐し、山を壊し、干潟を埋め立て、汚水を流し、気がついたときには取り返しのつかない事になっていた。」

「だから我々はその事を反省し、破壊せずにすむ方法を考え、浮島を造った。そしてどのようにすれば浮島の中だけで生活できるのかを考え、新しい方法が見つかるたびに新しい浮島を作り、そこに土地から民を移り住ませた。」

くるりとこちらを向いたコーミタラは、マチスにゆっくりと近づいた。顔には皮肉交じりの笑みが浮かんでいる。

「民?民ですって?それは違う。あなたのいう民とは浮島に移り住むだけの財力を持ちあなたに認められた人たちのことだ。それらの人々を民と呼ぶのなら、そうでない人々はなんなんですか? あなたを信じ元首に選び、自分たちの未来を託した人々のことはどうでも良いと?人を選別するなど、ご自分を神とでもお思いですか?いや、あなたのやったことは愚行でしかない。」

「貴様、私に向かって何てことを!」

「今回のことにしても博士の言葉を聴きもせず、民には破壊の危険があることを知らせなかった。」

「博士から話があるにはあったが、破壊が起こる兆候としての確実な証拠はなかった。つまりまだ個人的な意見だった。」

「確かに証拠といえるものはありませんでした。しかし、今までにない流れが生まれ、通常であればおさまるはずの揺れが続いていた。何かがおかしいのは感じていました。私がもっと強くお話ししていれば…」

「だったら、私たち執政官にだけでも知らせていただければよかったのに。」

その言葉を聞くと、コーミタラは右手を額に当てて大げさに笑った。

「ハハハ!無理ですよ。博士のお立場はよくわかります。もし間違っていて何も起こらなかったら、厳罰に処せられるのは目に見えてましたから。ですよね、元首。」

「当然だ。いたずらに民を不安に陥れ混乱を招こうとしたのだからな。」

振り向きもせず答えたマチスだったが、その言葉にはイラつきを感じられた。

「しかしあなたは、万が一破壊が起こってもご自分だけは助かろうと

祝典に急遽参加を決めこの船に乗った。」

「それは心外だな。」

そういうとゆっくりと向き直り、コーミタラを見据えて言葉を続けた。

「私はただ不測の事態に備えただけだ。あの時港から出ることを許可していたのはこの船だけだった。もし破壊が起こったら、この船に乗った民は動揺し何をなすべきか分からなくなるだろう。そのとき誰が民を鎮め指針を示すのだ?故郷がなくなった以上、新しい土地を探しに行くことになるだろう。ではそれまでの限られた空間の中の秩序は誰がまもる?新しい土地が見つかったとして、そこでの生活の統制は誰が執る?」

「船の事は船長(ふなおさ)にまかせればいい。しかも故郷の執政官の半分近くが祝典参加のためにこの船に乗っているんだ。彼らの方があなたより民に近い政ができる。」

「貴様、まだ私を侮辱するか!」

殴りかからんばかりの剣幕で歩み寄ってくるマチスの前に、シエムが静かに歩み出た。

「広報官、それから先はわたしから。」

きっぱりと言うとマチスに向き直った。慈しむような目元と裏腹に、決意に満ちた表情をしている。まるで母親が優しく子供を諭すかのような口調で言葉を続けた。

「元首は故郷全体の民が健やかに安心して暮らせることをお考えになっているはず。でも、浮島全体の執政官をあなたが兼ねていらっしゃる以上仕方ないのかもしれませんが、近頃は浮島に如何に多くの民を移り住ませるかだけを優先され、土地に住んでいる民のことをお忘れになっている気がします。土地の民の多くは新しい浮島を造ることを望んではいませんでした。それよりも、災害で壊れたままになっている道や、土砂でせき止められてしまった川を元のように戻し、以前の生活ができるようにしていただきたかったんです。」

「そうしたとしても災害はまた起こる。被害と復旧の繰り返しだ。そんな事をするよりは、生活基盤設備が完璧な浮島を造りそこにそれなりの人々が移り住むことの方が効率的で未来がある。」

我が意を得たり、という顔でコーミタラが叫んだ。

「ついに本音が出ましたね。やはり民を選別して…」

「出ました。現在の進路を、零度十一補正する必要があります。」

操舵室のドアを勢いよく開けて、ブリンケスが走り込んできた。

「冗談だろ、この速度で補正できるのはせいぜい三だ。」

操舵盤に現れる数字を確認しながらフロクトが呟いた。

「八以下だと外縁部に接触する可能性が高まります。五以下だと当然…」

「皆まで言うな。とにかくできるだけ舵をきってみる。速度は落とせないか?」

「錨がすべて落とされています。他の方法は…だめです!あなたいったい何を…」

コーミタラを睨んだ目には、明らかな敵意が満ちている。

「確か君は、全土航海士養成学院の卒業じゃ…」

博士と言う立場上、ドルケニはさまざまな教育機関の理事を務めている。その中には、国軍艦隊の中から選ばれた優秀な航海士をさらに訓練する全土航海士養成学院がある。

「なんてこった。こんなところで高い能力を使いやがって。いや、褒めたんだぜ。そのお返しにというわけじゃねえが、よかったらこの船にいったい何をしたか教えてくれ、先生。」

艦長という立場上、船の運航に関する知識は一応持ち合わせている。しかし今目にしている状況は、フロクトの持ち合わせている知識では理解できない。二つ海防衛隊の旗艦艦長というプライドより、自分の知らない知識を増やすことに心は傾いた。そんな彼の態度に満足したのか、軽く鼻を鳴らして〝反逆者〟は答えた。

「簡単に言ってしまえば、速度を上げた後に資力を壁で包みこんで隠し、どこからも見えないようにしました。今は惰性で動いているだけです。」

「そんなことができるのか。たいした奴だぜ。じゃあ俺は全くのお手上げ。だが補正はできたぜ、一だけだがな。」

お手上げといった彼の言葉は、船内の空気を一変させた。つまり船は減速することもできず一直線に土地へと向かい、やがて衝突しこの船は跡形もなく消えてしまうということだ。いったい何のためにここまでやって来たのか。突然消えてしまった故郷。そのさまを目の当たりにして驚き嘆き泣き叫ぶ乗客たち。元首はそんな彼らを落ち着かせ、新天地の探索に向かう旅に出ることを決めた。また長旅を見越し、最低限の運行管理交代要員以外は超長期睡眠につかせた。一回の空間隧道通過で使う資力は、壱百二十~四十自転日の通常航行で蓄積することが出来る。そこで交代要員には百五十自転日ごとに三十自転日の担当期間を設け、空間隧道通過を一回とその後の計器と目視による周辺探査をおこなわせることとした。そうした交替を五回こなし孤独とも戦ってきた今、本来であればこうして第二の故郷ともなりうる土地が見つかったことを、眠っている乗客を起こしてでも共に喜び苦労をねぎらっているはずだった。

「という事で、あと、十分の一自転日もすれば船は確実にあの土地に衝突する。この速度だ、誰も助かりゃしないだろう。お目当ての土地が近付いてくるのを見ながらおさらばなんて、涙が出てきそうだ。勘弁してくれい!俺は部屋で静かに待たせてもらうよ、最期の時を。」

漂っている絶望感をせめてひと時でも明るくしようと、冗談交じりにフロクトが言いながら自分の部屋へと出て行った。

「ふっ、しっぽを巻いて退散ですか。なんて情けない船長(ふなおさ)だ。」

「貴様、誰のせいだと思っている!お前のわがままな信念で一族が滅ぶ事になるんだぞ。お前こそ自分を神だと…」

「博士、落ち着いてください。」

あわててブリンケスは二人の間に割って入った。こんなに怒ったドルケニを見るのは初めてだった。

「いや、許せん。最初で最後になるだろうが、この際はっきり言わせてもらおう。」

そういうと博士は荒々しく〝反逆者〟の腕を掴んだ。彼は剣幕に押され両目を見開いたまま、操舵室から連れ出されて行った。

「私が強く主張してさえすればこんなことにはならなかった、と責任は私に…」

次第に遠のいていく博士の声に、彼女は当惑したまま動けずにいた。

やがて静けさが戻った操舵室には、女性三人だけが残っていた。

「ホントに何もできないのよ。私もここにいるのは忍びないわね。寝るわ。目覚めない眠りになるだろうけど。」

そう自嘲気味に言うと、ブリンケスは元首に向かい軽く頭を下げ部屋を出て行った。

暫く沈黙の時が流れた。二人は互いに声をかけようとしたが、何と切り出していいものか分からなかった。

やがて、静かにシエムが口を開いた。

「私は執政官たちのところに行きます。せめて彼らのそばで最期を迎え

たい。元首はどうなさいます?」

「もう間もなく土地の様子が見えてくるだろう。それを眺めながら、彼の言う私の愚行とやらを思い返しながらここで待つ。」

「では、私はこれで。」

静かに腰を折って挨拶したあと背を向けて部屋を出て行きかけたが、足を止めた。ゆっくりと元首に向き直り、やさしく語りかけた。

「マチス、あなたはよく頑張ったわ。私には到底出来なかった。ありがとう。もしまた会えたら、昔のように二人で歌いましょうね。」

名残惜しそうに視線を送ると再びゆっくり頭を下げ、シエムは静かに部屋を出て行った。

一人残った元首は、船窓の中で次第に大きくなっていく土地を眺めながら故郷のことを考えていた。幼い頃、毎日のようにお気に入りの草原でシエムと歌ったこと。学ぶにつれ、自分のいる自轄地の貧しさを知っていったこと。執政官としてシエムに助けられながら災害復旧に走り回ったこと。そして、彼女に説得され元首に立候補したこと。思えばシエムにはいろいろと助けられ、勇気づけられてきた。

 軽い振動で我に返ると、背後に気配を感じて振り向いた。

「元首、まだここに…」

ドルケニだった。なぜか不安そうな顔でそわそわしている。

「戻ってきたのか。寝ていた方がよくはないのか?」

「えっ?何を…」

「この期に及んで、隠さなくても。いったいいつからだ?」

彼が病気を患っていることは母親から聞かされていたが、これまで敢えてそのことには触れなかった。

「二公転日ほど前から。」

「教えてくれればよかったのに。と言っても、話をすることはできなかったな。痛むのか?」

「いや、徐々に細胞が腐敗していくので、それほど強い痛みでは。」

「そうか…でもその我慢から、あと少しで解放される。」

「もとはと言えば、私が弱かったから。」

「そうじゃない、けして…。」

振り向いたその顔は、元首のものからやわらかな女性のものに変わっていた。

「あなたじゃない。責任があるのは、頑なになっていた私。」

後ろ手で組まれていた手は、いつしか身体の横で強く握りしめられていた。一旦床に落とされていた視線をあげながら、マチスは自分をそっと抱いた。「教えて。私は間違っていたの?民の事を思い、皆の繁栄を願って身を粉にしてきたつもりなのに、あんな風に思われていたなんて。」

「私には何も…ただ、あなたは自分のなすべき事をわき目も振らずやってきた。自分が正しいと思う事を、自信をもって批判を恐れずに。そう、昔からこうと決めたら人の言う事は聞かなかった。だが、政は一人でやるものではない。他人の意見を心がけて聴く必要があった。賛同者が多ければそれでいいだろう。しかし重要なのは反対意見を言われた時だ。意に沿わぬと切り捨てるのか、方針に修正を加えるのか。」

「他人の意見を聞かなかったのは、判断基準が揺らぐのを恐れたから。誰かが強引にでも引っ張っていかなければ、多民族で構成されていた故郷は治められなかった。私だって誰かににすがりたい時もあった。でもそれは弱さ。元首としてはいつでも…」

「あれを…美しい。まるで玉石のようだ。」

いつになく弱気な彼女の言葉に、戸惑った。いや、そのような言葉は聴きたくない、というのが本音だった。彼女にはいつも威厳に満ちていてもらいたい。民を引っ張っていく強い指導者でいてもらいたい。その手助けをするのが、家族を省みなかった自分ができるせめてもの償いと考えていた。

「よく見えてきた。…食物があんなに育っている。背の高いもの、水の中にも。」

「あれだけあれば、子供達を飢えさせることなく育てられただろうに。」

「すまない。私のせいで…」

すでに船窓には、地上を動き回る生き物がはっきり映し出されていた。

「とうさん!」

胸元に飛び込んできたマチスの声を最後に、すべての感覚が消えた。


はじめは一部の間での噂話でしかなかった。しかし夜は月を、昼は太陽を時折横切る物体を観測できるほど科学が進むと、人々の間で色々な憶測が流れた。拍車をかけたのは、宙を廻る観測船からの映像が公開され、どうやら大型の船のようだと言われたことだ。一説では、一万三千年以上前からこの星の周りを廻っているそうだ。


「ここに押し込まれ打ち出されてすぐ船は土地とまともにぶつかり、みるみる黒い煙が土地全体を覆っていった。あれではだれも生き残ってはいまい。つまり、我々の種で生き残ったのは俺だけということだ。あれだけ嫌っていた元首の事でさえ、思い出すと涙が出て来る。ドアを閉める間際に聞いた博士の言葉が耳に残っている。」

『我々の体はあの土地の一部となる。しばらくは大変な状況になるだろうがその行く末を見守ってほしい。』

「 俺が今いるのは小さな救命船。自力で航行することは出来ず、土地の周りを衛星のように回っているだけだ。それ以外、食料は十分あるし長期冬眠装置もある。そこで俺は十の六乗公転日ごとに覚醒するように装置を定め、七自転日起きて土地を観察することにした。何か生き残っているものがあれば、博士の遺言を実行せねばならないからだ。」

『君の言うことは分かるが、必ずしも同じ過ちを繰り返すとは限らない。我々の種族を滅ぼす権利は誰にもないのだよ。だからこの土地で子孫を復活させてもらいたい。しかしそれが不可能な状態が続くようなら、いっそ土地を破壊して一からやり直した方がいいだろう。その判断は君に任せる。』

「俺に渡されたのは二つの種。赤い種〝根絶〟と空色の種〝発育〟。酷な話だ。この俺に神もどきの事をさせようとは。」

『赤い種は、どこに打ち込んでも、土地を完全に破壊するだけの力がある。空色の種には、生物の能力を飛躍的に伸ばすことができる薬剤と、われわれの幹細胞が入っている。もし見込みがありそうな生き物がいたら、出来るだけ近くに落としてやってくれ。』

「しばらくは土地の様子をうかがう事が出来ないほど煙が立ち込めていた。しかしあるとき、器用に動き回るちっぽけな生き物がいることに気付いた。やつらの体を借りれば、われわれの種族を復活させる事ができるにちがいない。そう考えた俺は、空色の種を奴らのすぐそばに打ち込んだ。うまく作用してくれることを願いながら、次回の覚醒を楽しみに眠りについた。ところがどうだ!いま目の前に広がっているのは、俺たちが最後に観た故郷の姿そのものだ。ただその世界は、我々に似ても似つかぬ嘴のないつるりとした顔の奴らに牛耳られている。きっとあの大惨事を生き延びた原生種が、俺のせいで異常進化をしてしまったんだろう。おまけに本来支配者となるはずだった子孫達は、ちっぽけな姿でガアガアと鳴きながらそいつらのそばを飛びまわっている。こんなことならあの時、そう六十四回目の覚醒の時に赤い種を選ぶべきだった。」

しばらく拳を握りしめていたが、やがて〝反逆者〟は決意したかのように顔をあげ鋭い爪の三本指で赤い種を射出機に入れながら呟いた。嘴の左側が笑っている

「ならば今。」

                                            了


星の海の中をはるばる旅してきた船は、せっかく見つけた土地にぶつかり粉々に壊れてしまいました。その中から生き残った生物が進化し、星の統治者となりました。しかしその栄華も・・・

われわれの住む地球を思っていただけたとしたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ