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転移者たち

お話の途中で視点が二度ほど切り替わります。

視点の切り替わりが苦手な方はご注意ください。



 鼻をかんで涙を拭いてお茶を飲んでと大忙しだった二人が落ち着きを取り戻した頃。

 私はずっと聞くに聞けなかった疑問をぶつけてみた。


「ねぇ、貴女達の世界には魔法が存在するの?」


「えっ? こっちにはないんですか?」


 逆に驚かれてしまったけれど、その反応でどうやら本当に魔法が存在する世界だったんだと確信することができたからよしとする。


「大昔の文献にはそういうのも残されてるみたいだけど、科学が発展した今では完全に眉唾物ね」


「科学って、魔力回路機能不全に陥った患者の生活を一時的に助ける医療器具を開発する、あの科学でしょうか? それが発展するだなんて……ちょっと考えられません」


「ん、ん? 魔力回路機能不全?」


 知らない単語が出てきたので素直に聞いてみると、ミーシャちゃんとフェルシアちゃんは困ったようにお互いの顔を見合わせた。


「無理に強い魔法を使った反動だったり、事故の後遺症だったりと原因は色々ですけど……基本的には体内の魔力回路や魔力精製器官が機能しなくなることです」


「……やっぱり同じに見えても体の作りが違うのかしら……」


 丁寧に説明してくれる横でフェルシアちゃんがぽつりと呟く。

 うん、私もフェルシアちゃんと同じことを考えたわ。

 ぜひ人体解剖図を見てもらって、差異について聞きたいところね。


「あ。もしかして言葉が通じてるのは……」


 はっとした私に、ミーシャちゃんが頷く。


「はい、言語自動統一魔法です。聞き取り、話すこと、文字の読み書きが可能です」


「便利なのねぇ」


 感心する私に、ようやく二人の雰囲気が和らいだ。


「魔力精製に必要な魔素はこの星の空気中にもあるみたいで安心しました」


「魔素か……それって酸素みたいなもの?」


「はい、酸素や二酸化炭素等と同じで空気中に含まれるものです」


 それにしても、これだけファンタジーな話をしているのに全く嘘の気配がしないのには参るわね。

 ちょっとだけ、私の頭がおかしくなったんじゃないかって疑っちゃうわ。


 そういえば、鳶田は何をしてるのかしら。

 車で出て行ったからそろそろ島を一周しててもおかしくないと思うんだけど。


 ……ん?

 そういえば使用人達が流刑って……公爵家の使用人は一人や二人じゃない……わよね……?


「……ねぇミーシャちゃん、フェルシアちゃん。強制転移させられたのって、貴女達二人だけじゃないわよね?」


「ええ、もちろん違います。大勢が数回に分けて……、あ!」


 フェルシアちゃんは、そこまで言ってつり上がった目を大きく見開いた。


「フェルシアさん、まさか!」


「そのまさかよ! 大変ですマリー様、私達の他に何人か、この星に飛ばされている可能性があります」


「やっぱり……。なるべく保護できるように、父に掛け合ってみるけど……あんまり期待はしないでね」


「マ、マリー様……!」


 きらきらとした視線を向けてくれるのは大いに可愛いし嬉しいのだけど、ちょっとだけ、頭が痛い。

 同じ魔法で飛ばされた全員が地球に来ているとして、全員がこの島に飛ばされるとは思えないし、日本国外であった場合は生存率がグッと減る。

 そもそも飛ばされた先が北極や海の上や火山口だったりした日には目も当てられない

 転移魔法がどの程度の精度かは知らないけれど、多少のばらつきはあると思っていいと思う。


 転移魔法を使われるとその存在を忘れられると言っていたけど、二人の反応から見て、同じ場所に飛ばされた相手の事は覚えているみたいね。


 少なくともフェルシアちゃんもミーシャちゃんもお互いの事を覚えていたみたいだし、リストを作ってから捜索してもらおうかしら。


「フェルシアちゃん、ミーシャちゃん、覚えてる子の名前だけでいいから、書ける?」


「え、ええ……」


 私は引っ越しの段ボールの中からファックス用のコピー用紙と、メモ用のボールペンを探し出してきて二人に手渡した。


「けど、どうして急に……?」


「名前と容姿のリストがあれば、私たちも探しやすいからよ」




――――――――――――――――




「書けました」


「私もです」


 数分もせずに、二人がペンを置いた。

 途中で残酷なことをさせたかもしれないと気に病んだのだけど、私の予想に反して、書き終えた二人は憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしていた。


 二人から紙を受け取って見比べてみると、順番こそ前後しているが見事に同じ名前が書いてある。



ハンナ・テップ


ソロン・セイバリー


アーロ・スクナルド


レオフニード・コルツ


ラゼット・ベルルモナ



「こんなに顔見知りがいるなら安心ね、ミーシャ」


「本当ですね、フェルシアさん。ハンナちゃんも一緒みたいでホッとしました! 他の子達だって、きっと私達みたいに生きてますよね!」


「ふふ、そうね。皮肉だけど、顔も名前も思い出せない分余計な情がなくて気が楽だわ」


 明るく振る舞っているように見えるけれど、難儀なことに私には空元気だと分かってしまう。

 だけどそれを口にするのは野暮だと思ったから、何も言わずに微笑みを返した。


 名前で見る限り、女の子は一人だけ。

 ミーシャちゃんもフェルシアちゃんもいい子だから、きっと仕事仲間や同期の友人が何人もいたはずで……顔も名前も思い出せなくても、過ごした時間の空白が消えた人の事を暗示させて、余計に辛いんじゃないだろうか。


「マリー様、男共はトビタさんに会っても平気だと思いますが、ハンナだけは違います」


 唐突に、フェルシアちゃんが笑顔を引き締めて言った。


「フェルシアさんの言う通りです。ハンナちゃんは私より幼くて、か弱くて……だから、どうかもう一度山に入って捜索する許可をいただけないでしょうか?」


 ミーシャちゃんも、天使のような顔をキリッとさせて私に向き直る。

 どうして私の許可を、と言い掛けて、私は口をつぐんだ。


 色々あって頭から飛んでいた。

 この島が、私の私有地だってことを。


「待って、一度鳶田に電話するわ。もしかするともう見つけてるかもしれないし」


 私はスマホを手に取り、電話帳から鳶田の名前を探し出してタップした。





▼△▼△▼





 時は少し遡り、茉莉がミーシャ達の境遇に耳を傾けている頃。

 島の浜辺にはパステルピンクの軽トラが停車していた。


 車から少し離れた場所で、白髪の老紳士――鳶田が長い髪を風に遊ばせている。

 彼の足元には、スモーキーグリーンの髪を砂まみれにした青年が大の字になって苦しそうに胸を上下させていた。


「……もう一度、聞く」


 息も絶え絶えに唇を動かしたのは、鳶田ではなくスモーキーグリーンの青年の方だ。


「ミーシャとフェルシアは、本当に無事なんだな」


「二度も言わせるな、お嬢が手厚く保護しておいでだ。あの方の命令がなけりゃあお前を生かしておいたりはせん。お嬢に感謝しろよ、若造」


 鳶田は意外にも茉莉の言い付けを守り、スモーキーグリーンの青年に手を上げていない。

 むしろ、鳶田は青年にとって命の恩人であると言えた。


 青年はこの世界に飛ばされてきた際に岩場で足を負傷、体を打ち付けながら海に転落し、どちらが上か下かも分からず溺れかけ、血の匂いに寄ってきた鮫を必死に光魔法で追い払っていたところを運良く鳶田に助けられたのだ。


 魔法に長けていた青年が、助けてもらったお礼にと魔法で服を乾かし、自身に軽い治癒魔法をかけたところで、魔力切れを起こし今に至る。


「じゃあ俺は、これからそのお嬢様に忠誠を誓えば良いのか?」


「安い忠誠はいらん。お嬢の手を煩わせなけりゃそれでいい」


「……わかった、仲間を連れてこの島を出る。爺さん、悪いが二人のところに案内してくれないか」


 助け起こしてもらうことを期待して伸ばした青年の手は、鳶田によってあっさり無視された。


「甘ったれるな、男ならしゃんとしろ」


 命懸けで海の中まで助けに来てくれたにもかかわらず、魔力切れで立ち上がれないのは突き放すのかと、青年は少しだけ驚く。

 魔力切れは地球で言うところの過労に等しいのだが、鳶田には……いや、この世界の人間には魔力切れなんて概念がないのだから無理もない。


「……は、くそったれ……」


 口では鳶田の対応に悪態をつきながらも、青年の口はどうしようもなくにやけていく。

 青年と同じ護衛職に就いていた友人が今のまま年を取ったらああなることだろう、そんな想像が頭を過り、同時に友人が同じ世界に飛ばされてきていることを理解したからである。


 心が軽くなったところで、やはり体に力は入らない。

 どうしようかと考えを巡らせる青年の耳に、遠ざかっていた筈の足音が近付いてくるのが聞こえた。


「おい、てめぇいつまでそうしてる」


 眼光だけで人を殺せると茉莉に揶揄された鳶田に睨まれた青年は一瞬身を固くしたが、鳶田に害意がないことを悟ると、もう何年も会っていない父を思い出してにくしゃりと笑った。


「悪いが本当に立ち上がれないんだ、死ぬ寸前の人間とそう変わらないくらいには……」


 鳶田が舌打ちをした次の瞬間、青年の体は軽々と持ち上げられ、青年が目を白黒させているうちに軽トラの荷台へと放られた。


「い゛っつー……え、ピンク? お嬢様が荷車なんかの色に拘るわけないし……なぁ、これって爺さんの趣――」


 趣味だったりするのか。

 そう続くはずだった言葉は、危険を察知した青年によって飲み込まれた。


「知ってるか? 死体ってぇのは死ぬ寸前の人間と比べるとそりゃあ静かで手がかからねぇモンだ。海に捨てりゃ魚が勝手に始末してくれるしな」


 先程とは別種の殺気を向けられた青年は、本当に死体にされてはたまらないと口を固く閉じ、動かないよう努めた。

 そして誓った。この老人相手に軽口は叩くまいと。


 そんな青年を見て溜飲を下げた鳶田は、努めて若々しい所作で運転席に乗り込み、ドアを閉じた。

 乗ってしまえば、自分に不似合いで女好きのする色も目に入らない。

 そう、ほんの少ししか。


 鳶田はエンジンをかけ、まだ未探索のエリアへと車を進めた。






 ――その頃。

 裏山のとある大木の上で、一人の少女が目を覚ました。


 若葉色の鮮やかな髪を短く切り揃えている少女は、ミーシャとフェルシアと違い普段着のようなワンピースに質素なエプロンという素朴な服装をしている。


 状況を把握できていないのか、瞬きを繰り返す少女の翠の瞳は焦点が合わない。

 少女の華奢な体は、太い枝に引っ掛かるように乗っているだけなので、バランスを崩したら一大事である。


「あ、れ……わたし……あっ」


 ようやく自分が置かれている状況を思い出した少女――ハンナはサッと青ざめた。


 少女が気を失っていたのは、高いところから落ちたからでも、太い木の枝にお腹をぶつけたからでもない。


「あ、あ……」


 木から降りようとしていた際に、不注意で、何か柔らかい虫を押し潰してしまったからである。


「うええ、だ、だれかぁ……!」


 大きな瞳に涙をためて力なく溢した少女の声は、騎士の出で立ちをした赤髪の青年によって拾われた。

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