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勇者・二度見村ミム彦の誤解

作者: 吟遊蜆

 勇者・二度見村ミム彦はいわゆる「二度見」の天才であった。彼はあらゆるものを二度見る。そして一度見た段階では確実に見間違えるが、再び同じものが視野に入ればその対象を正確に把握することができる。


 めでたく二十歳の誕生日を迎えたその日、ミム彦は初めて宮殿に招かれた。この村では、勇者が成人するとその日に王様から重大な任務を言い渡されるのが通例である。

 身なりを整えつつ窓の外にちらりと目を遣ると、どうやら雨が降っていた。傘を差していくのは面倒だなぁと思いつつ念のため再び窓を見ると空は晴れており、単に激しめの雨柄Tシャツを着用した男が窓の外を通過しただけであった。やはり二度見ることはミム彦にとって至極重要なことである。とりあえず傘を持っていかなくて良いので少しは気が楽になった。


 山の上に向かって5分ほど歩くと、ミム彦は宮殿をいったん視界に捉えた。ほどけた靴紐を結び直して再び目を上げると、そこにある建物は宮殿ではなく小汚い居酒屋に変貌していた。門前にいる衛兵に見えた男たちは、もう一度よく見ると割引クーポンを配るキャッチのお兄さんだった。ミム彦はクーポンを受け取ると居酒屋に入った。これで一杯目のビールは無料だ。成人してはじめて飲めるビールが無料とは幸先が良い。


 店内にはもちろんレッドカーペットが敷かれており、奥の玉座にはものものしい王様が鎮座している。いちおう見直してみると、床には紅ショウガが数本落ちており、玉座と思われた奥のカウンター席には黄色い「巨人帽」という名の王冠をかぶったみすぼらしい中年男性が座っていた。男はビールジョッキに投入して泡洗浄したつもりの入れ歯を左手で嵌めながら、右手でこちらを手招きしている。

 ミム彦は男の手の動きに誘われるように、隣のスツールに腰掛けた。つもりだったが、改めて見るとそれはスツールではなく業務用サイズの蚊取り線香だった。ズボンの尻がちょっと焦げたが構わず座ったら丸ごと潰れて鎮火した。


 ほぼ床に座った状態のミム彦に店員が注文を取りに来たので、先ほど入手したクーポン券を手渡した。店員に見えた男はもう一度見ると明らかに客で、クーポン券はよく見るとどこかの子供が作った手作りの肩たたき券だった。いずれにしろこれではビールは無料にならない。

 ミム彦は適当に当たり障りのない注文を済ませると、視野を確保するために立ち上がり、王様であるはずの巨人帽の男に話しかけた。


「二度見村ミム彦、ただいま参上つかまつりました」

「まあ、飲めや。ハタチになったんやろ」


 王様は気さくにビールを勧めてきたが、それは間違いなく先ほど彼が自らの入れ歯を投入洗浄していたビールジョッキであった。ミム彦は自分が本物の勇者であるかどうか、試されていると感じた。これを迷わず飲む勇気か、潔く断る勇気か。いずれにしろ、真の勇者にしかなし得ないことであった。

 ミム彦はもう一度よく王様の顔を見てみた。どうみても庶民的なおっさんだった。一度見間違えたものを二度見ると劇的にその印象が変化するが、三度以上見てもなんの変化もなかった。ということはこの王様は王様ではなく、だとするとミム彦も勇者ではないのかもしれなかった。


 そう考えはじめたミム彦は解答をいったん保留して席を立ち、トイレの鏡の前で自分の顔をジッと見つめた。そこには見たこともないような、一片の勇ましさも感じられぬ弱気なオタク青年の姿があった。この貧弱な男が、勇者であるはずがない。

 そしてそれは、ミム彦がこれまで二十年間の人生において二三四五二回目に鏡で見た自分の顔であった。まるで初めて見るようなその顔こそが、彼の真の姿だった。


 つまり彼が本当に物事を正確に把握できるのは、対象を二度目に見たときではなく、二三四五二度目に見たときなのであった。劇的な印象の変化は一度目と二度目の間に起こるがいずれの印象も間違いであり、二度目から二三四五一度目までは変化がなく、二三四五二度目に至ってようやく正しい印象へと辿り着くのであった。


 しょせんこの世は幻。もしもミム彦がいま、これを「二三四五二度見」だと気づいていれば「二三四五二度見村ミム彦」への改名を真剣に考えるところだが、むろん人生で自分の姿を映し見た回数などカウントしているはずもなかった。それに名前ではなく名字だから、変えるにしても手続きが面倒なことになっただろう。

 周囲にとってみれば、ただでさえ長い名字がさらに長大にならなかっただけでも僥倖と言えた。

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