二光秒その1
かすかな瞬きすら許されない星々の光が、静寂に包まれた空間の中に充満していた。
遥か数百光年先で起きている超新星爆発のざわめきや、近くの銀河の中心で回転するブラックホールの唸りは、ここまで届かない。変わり映えのないイメージだ。
一瞬の後、視界の右下隅の星が揺らめいた様に感じられたかと思うと次々と消えていった。
来た。宇宙戦艦ドーミエだ。
ドーミエは、先頃無人で運用するための大改修が行われ、その実用試験のためにこの空域を通過するのだった。定点観測衛星のカメラはこの時を待っていたのだ。
画面の中の星たちが消えてゆくにつれ、ドーミエの真っ黒な船体が見えてくる。この時代、隠れるところの無い宇宙戦闘において、単純な光学探知装置の方がレーダーよりも有効である、と考えられていたため、迷彩としての黒塗装がもてはやされていたのだった。
ドーミエは上下の双胴船である。下の方の船体が少し短いだけで、ここまで同じなら左右の双胴船と見分けがつかない。その細長い船体のやや後方寄りに艦橋のようなものが上下につき出している。
カメラの画面いっぱいにドーミエの黒い船体と申し訳程度のライトの光が迫る。まさに今、ぶつかりそうになったとき、カメラはパンをして真横を通り過ぎてゆく黒い船体を追った。もし衛星に人が乗っていたら、怒鳴り散らしていただろう。それほどのニアミスだった。全自動のコンピューター制御とはいえこれくらいのことはしかたが無いのかもしれない。カメラは、遠ざかるドーミエを見送っている。ドーミエは軽く加速しているらしく後方から青白い炎を吐き出している。それに合わせててエンジンのコロコロと小気味良い音が・・。
次の瞬間。カッという音と共にドーミエが光に包まれて爆発した。すぐさまカメラの画面にたくさんの破片が飛び込んでくる。さまざまな大きさの破片が衛星に当りガリガリと大きな音を立て、次いで怒涛の激流と化したガスの流れがシューという音を立てて流れ去った。
やがてクリアになった画面には、ドーミエが、上の艦橋を中心にして破片を掃き散らしながら回転する様子が映っていた。実は、そこは艦橋ではなくMBHガンの砲塔なのだ。MBHガンとは、マイクロブラックホール砲の略で、二つのマイクロブラッホールを互いに回転させ、その間に任意の角度で物体を打ち込むと亜光速で飛び出してくる、という性質を利用した宇宙最強の大砲である。
よく見るとドーミエは下の船体の一部と下の砲塔が消失している。残った上の砲塔のマイクロブラッホール二つ分の質量と、船全体の質量がつりあったため、砲塔付近を中心として回転しているのだった。