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忘れ物

作者: マックス


一、桜の花


朝のアラーム音が鳴っている。静寂の中、気持ち良く寝ている時のアラーム音が苦手な優花は、いつもは二度寝してしまうのだが今日は直ぐに起きて支度を始めていた。長い長い春休みが終わりいよいよ今日からは社会人として、夢のアパレル店員になることが決まっていた。学生の頃は母親頼りであったが、就職のため一人暮らしを始めてからは全て自分でするようになった。身支度を終え、着慣れないスーツを着て焼きたてのトースト一枚とスープを口に入れる。四月だというのに朝は寒く感じられるが、そんな朝に温かいものを口に入れる瞬間に幸せを感じる。

祖母から就職祝いで貰ったベルトが革製の腕時計を見ると時計が七時半を指していた。

「そろそろ行こうかな」

優花は食器を流しに置いて急いで歯を磨き、新品の綺麗な靴を履いてドアを開けた。 外はやはり寒く周りの人もまだ厚手のコート等を着ていた。会社の社宅から会社までは歩いて三十分位の距離であるとスマホの地図では表示されていたが、何と言っても今日は入社初日である為早めに行動することを心掛けていた。会社へ行く途中にまだ蕾の状態の桜の木が一本あった。

「あ、桜の木…」

優花は桜の花の一斉に咲いて直ぐに散ってしまう姿がある一つの想いと重なってしまう為、あまり桜自体好きではなかった。足早に桜の木の前を通り会社へ向かい、会社に始業時間の一時間前についたのであった。

「今日から新社会人頑張んないと!」

綺麗なガラス張りのドアからはお洒落な服や可愛い服が見えていた。優花は大きな期待を胸に抱いて会社の中へ入っていった。





二、現実


入社してから一ヶ月。この一ヶ月間は優花にとって深い絶望を感じさせていた。アパレル業界は優花が想像していた以上にとてもキツく大変であり、あまり容量の良くない優花は毎日上司から怒鳴られながら働き、いつしか短すぎる昼休憩と過度の緊張で昼食すらろくに摂れなくなってしまっていた。家に帰る時間も翌日になるのが普通になってしまい、家に帰ってからは直ぐに寝てしまう生活が続いていた。

ある日の勤務中に優花は大きな失敗をしてしまった。自分が担当したレジ業務で一万五千円のマイナスの誤差を出してしまったのである。店長からは、

「もう姉崎さんはレジしなくていいから」

と一言だけ言われ、あとは掃除だけをするようにと指示された。一番簡単でかつ自分一人で仕事を任せられていると感じることができた業務であったが、今回の失敗でその業務からは遠ざかってしまった。いつもだと周りの人が優しい声をかけてきてくれるのだが、今回の初歩的なミスは周りの人達も呆れているように見えた。

なんとか業務時間を乗り越えたが、今日は残業すらもさせて貰えなかった。帰る途中にコンビニでカフェオレを一つ買い、ふと空を見上げた。空は重い雲で灰色に染まっており、今の自分の心境と似ていると感じた。今にも泣きそうな顔で家路を急ぐ姿を母親が見たらなんて思うだろうか。母親は毎日メールを送ってくれている。昨日は

「ご飯はちゃんと食べた?優花はコンビニのご飯が好きだからコンビニばっかりで買うかもしれないけど食べ過ぎはダメだよ。身体は大事にね」

一昨日は

「今日近くの服屋にいったら優花みたいな新人さんが一生懸命頑張ってたよ。優花もこうして頑張ってるのかなって思ったらお母さん泣きそうになっちゃった」

その前はなんだっけ?直ぐには思い出せないけどいつも母親は自分を心配してくれていた。そのメールは優花にとって苦しみと救いの両方を感じさせてくれていた。

「お母さん、もう私辛いよ…」

ポロっと口に出してしまったが、その一言を母親には絶対に言えなかった。優花の家庭は優花が高校二年生の時に父親が他界してしまっており、それ以降は母親と祖母と三人で暮らしていた。父親がいない分、母親と祖母は私にこれまでにないくらいの愛情をくれていた。そんな大切に育てた娘がこんな状態だと知ったら、母親は泣いてしまうだろう、祖母も泣いてしまうかもしれない。私たちの家系はみんな泣き虫なのである。いや泣き虫では表現が悪いので感受性が強すぎるのだ。だからこそ辛いなんて言えなかった。

家に着いてからソファに座り、スマホのメールを確認してみた。今日のメールが届いていた。

「優花には話さないでおこうって思ってたんだけど、話すね。昨日病院でお婆ちゃんが大きな病気になったって診断されちゃってたの。優花には言わないでってお婆ちゃんが言ってたんだけど、その事を知ってて欲しいの」

高校の国語の授業で諺に「泣きっ面に蜂」という諺がある事を知っていたが、まさに今の自分にピッタリだと思った。優花はなんて返信していいのか、お見舞いに行ってしまったらお婆ちゃんがお母さんに怒るのでは無いかと色々考えてしまい、結局返信はせずに布団に入った。

「もうヤダ。何もかも無くなって仕舞えばいいのに」

布団に入ってからも仕事のことや祖母の事を考えてしまい、その日の夜は一睡もすることができなかった。





三、アルバム


次の日優花は会社をサボってしまった。朝から何度もスマホに電話がかかってきていたが応答をタッチすることはなかった。久しぶりにテレビを付けてみると何年か前の震災の事についてのテレビがやっていた。震災当時は優花は部活をしており、家に帰ってからその震災の凄まじさを知った。その震災では何万人と人が亡くなってしまい、人って簡単に死んでしまうのだとその時に感じた。

「人って死んじゃったら、楽になるのかな」

そんな事を優花は考える様になってしまっていた。死ねば今の苦しみから解放されるのかもしれないと。

ふと机に目を向けるとそこには段ボールの中に閉まっていたはずの高校の卒業アルバムが出ていた。

「どうして外に出てるんだろ?昨日出したのかな」

卒業アルバムを手に取ってなんとなく眺めてみる。ページが進むにつれこの頃はまだ楽しかったなと想いつつも最後のページを目に通した。そこには一枚の写真と手紙が挟まれていた。写真を見てみるとそこにはクラス皆んなで撮った姿が写っており、それを見た瞬間優花は突然倒れてしまったのであった。





四、想い出


「優花!おっはよー!」

親友の遥が背中を押して来た。

「遥痛いじゃん!おはドン!」

優花は遥の肩を軽くパンチした。

このやり取りは高校に入学してから毎日続く恒例行事となっている。そろそろしんどいなって思うときもあるが、遥の笑った顔を見ると自然と自分も笑顔になるから止められない。

「明日から修学旅行やけん、女子校生活の想い出がまた増えるけんね!」

遥の博多弁が今日も冴えている。高一の時に家庭の都合で転向してきた私はまだ博多弁に違和感を感じている。だがこの訛りが好きになってきた。

「そうだね、今年は京都に行くらしいから一緒におみくじ引こうね~」

「優花は大吉じゃなくて大凶出るかもしれんね!」

「つまんな…学校まで競争ね!ヨーイどん!」

「え!ちょっと優花!まつとね!」

こうして1日が始まり教室に入った。

「はーはー、優花の勝ち~」

「急に走り出すなんてズルイと!」

息を弾ませて教室に入ってきた二人をみてクラスメートは笑っていた。

「またやってたとー?笑」

「優花と遥髪の毛ぐしゃぐしゃやけん笑」

「タオルとシャツ貸してあげるから着替えてきな。汗で風邪ひくと明日いけんくなるよ」

暖かく優しい人が多くいるこの二年一組の20人が優花は大好きだった。

思い返せば優花の学生生活は転校することが多くあり、クラスにどうしても馴染めずにまた次の学校という事が多くあった。だけど今回のこの学校のクラスメートは違かった。皆んな優しく面白い人が沢山いるのだ。女子校だから恋愛が出来ないとか、彼氏が居なくて寂しいとかそんな気持ちは一抹も感じなかった。卒業してからも皆んなとはいつまでもいつまでも仲良くして行きたいなと思っていた。

「はぐだーす。皆んな席につけ~」

担任の佐藤先生が教室に入ってきた。おはようございますが早口+滑舌悪いではぐだーすと聞こえる不思議な声の持ち主の先生である。

「明日からは修学旅行だから今日は午前授業になります。今日は全部明日の為の時間に使っていいぞ」

「ヤッターーー!」

「さすが先生!だいすき!」

などといった歓声と偽りの大好きがたくさん飛び交っていた。

「それじゃあ、開始」

と言って佐藤先生は教室から出て行った。

修学旅行のグループは五人一グループであったが、私達はグループなど作らないで全てを皆んなで行動することにしていた、その位皆んなは仲が良かったのだ。

「まずは清水寺行ってー」

「ここテレビで見たことある!お願いが叶う水があるらしいけん」

「そうなん?何お願いしようかなー」

「お土産は八ツ橋がええかなー?」

「八ツ橋って色んな味出てるって知ってたー?」

「え、そうなの?!」

「おみくじ皆んな引こうね!」

「優花は大吉じゃなくて大凶出るかもね」

「あははははは」

などといった会話を皆んなで楽しくしてる中で優花はふとこの時間がずっと続けばいいのになと思っていた。しかし楽しい時間というのは風のように過ぎ去ってしまうもの。あっという間に午前が終わり皆は明日の準備のために途中までクラスメート皆で帰った。段々帰り道が異なるに連れ一人、また一人と別れてしまうのにどこか物悲しさを感じつつ、いつしか遥と二人になっていた。

「ねえ遥。私ね、皆んなと出会えて本当に幸せだなって思うんだ」

「いきなりどうしたと?」

「こんなに毎日が楽しいなんて思ってもなかったからさ。卒業の時に皆んな絶対泣いちゃうよねー?」

「皆んなで泣けばまたそれも幸せやけんね。皆んなで同居しちゃう?」

「それいいね!賛成!」

「そういえば、机の中みたと?」

「え、見てないよ。何か入れたの?」

遥はニヤニヤしながら

「何も入れとらんよ!とりあえず明日最高の思い出つくるけんね!」

「そうだね!じゃ今日は早く寝なよ、じゃ!」

「じゃ!」

遥が笑顔で手を振っている。優花もすかさず手を振り遥から自分の帰路に目を向けた。

家について準備を終えた優花は母親が晩御飯の支度をしていたのを手伝っていた。今日はお父さんの好きなカレーライスである。

「でねー、今日学校で皆んなで同居しちゃうって話してたんだー」

「そこまで仲の良い友達ができるなんてお母さん嬉しいわ」

「今までの学校で一番いい学校だよ。お父さんの人事の人に感謝しなくちゃね」

「そうね、それにしてもお父さん遅いわね」

「また飲み会にでも行ってるんじゃない?」

明るい会話の中、突然電話が鳴り響き母が電話に出た。

「はい姉崎です。はい、はい、え、、、」

母親の表情が青ざめていくのが分かった。そして受話器を置いた母親はなぜか泣いていた。

「どうしたの?お父さんになにかあったの?」

母親はずっと泣いており、嫌な想像が頭をよぎる。

「どうしたの?泣いてちゃわかんないよ!」

「お父さんが、お父さんが交通事故で亡くなったって。即死だって」

優花は目の前が真っ暗になった。その後の記憶はあまり覚えていないが、病院の中の薬のようなあの嫌な匂いだけが鮮明に覚えている。あとは遥にメールで明日の修学旅行が行けなくなったという事を伝えたこと。それ以外は本当に何も覚えていない。覚えたくなかった。

次の日の朝親戚の皆んなが家に来た。その時にはじめて父が本当に死んだのだと実感した。深い絶望の淵で優花は1人孤独を感じていた。皆んなは今頃修学旅行に向かって列車に乗っているはず。私も行きたかった。なんでこのタイミングで死ぬの?ねえ?なんで?訳が分からなくなっていた。親が死んだのにこんな事を思っているなんて親不孝だなと思うかもしれないが、その位皆んなで行く修学旅行を楽しみにしていた。葬儀が終わりやっと一息つけた。テレビも新聞も見る暇がなくただひたすら忙しい時間からやっと解放された。二日ぶりにスマホを手に取りメールを見たが、誰からも返信はきていなかった。多分皆んなは楽しすぎてスマホを触ってる余裕もないのかもしれないと思い、早く学校に行く日が来ないかと待ちわびていた。




五、ひかり


次の日の朝学校へ向かう途中、珍しく遥が姿を見せなかった。教室につけば皆んながいるはずと思い足早に学校へと向かった。

しかし教室には誰一人いなかった。

「まだ修学旅行中?あれ振り返り休日?」

そんな事を考えていた時に一人、教頭先生が教室に入ってきた。

「姉崎さん。お父さんの件おつかれさまでした。」

「あ、教頭先生。皆んなはどうしたんですか?」

「え、ニュースや新聞は見ていないのですか?」

「え…」

前に父が亡くなった時に、母親が電話に出ている時と似たような状態に陥る。そんな中で教頭先生が重い口を開けた。

「あの修学旅行の日、二年一組の生徒が乗っていた列車が脱線してしまって皆んな亡くなってしまったんだ」

嘘だ。

もう誰かが死ぬのは嫌だ。夢であってくれ。そう思いながらも、教頭先生は教室のテレビをつけた。そこには(京都列車脱線事故)と太い白い文字で書かれていた。そしてそこには一人一人の名前と顔写真が載っていた。勿論その中には(橋下遥)という白い文字も確かに記されてあった。

優花はその瞬間気を失っていた。

それから数週間優花は学校には行かなかった。優花にとっての心の時計が止まってしまったのである。

「遥、みんな…」

涙はもう出て来なかった。枯れてしまったのかもしれない。それ位優花は泣いていた。

ふと優花は修学旅行の前の日、遥が優花に対して

「机の中確認したと?」

という言葉を思い出した。

「そういえばまだ確認してなかったな…」

優花は土曜日にも関わらず学校へ向かった。吹奏楽部が演奏している音が、空気を伝って鼓膜を振動してくる。いつもならその振動も心地よく聞こえるのだが、今はそれすらも耳障りに聞こえる。廊下を足早に走り、教室へ入る。

いつもなら皆んながいるはずの教室が広く見えた。その途端また悲しみを強く強く感じた。もう会えない。そんな気持ちで自分の机の中を確認すると一つの手紙が入っていた。そこには遥の文字で


「優花へ、明日はいよいよ修学旅行だね。優花が転校してきたときの事を私は今でも鮮明に覚えています。優花が初めて教室に入ってきた時はずっと下を向いていたよね。話しかけても小さい声でしか反応してくれなくて凄い寂しかったよ。先生からは転校続きの子だからって聞いた時は、私がどうにかしなきゃなって思いました。それから毎朝登校する時におはようって背中を押すようになってから、優花はどんどん心を開いてくれるようになったね。ありがとう。感謝の気持ちって直接言うの恥ずかしいから、手紙に書いちゃった笑 とりあえず、明日の修学旅行楽しもうね!また明日!」


優花は涙が止まらなかった。

「ありがとうって言うのはこっちの台詞なのに」

涙は次第に手紙を濡らしていた。

そして手紙を裏返した時、もう一つの文章を見つけた。それはもしかしたら父親が亡くなって修学旅行に行けなくなったと伝えた時に、遥が学校へ戻って書いたような、そう思わせる文字であった。そこには


「修学旅行一緒に行けなくて残念です。今はお父さんが亡くなって辛いかもしれないけど、優花のお父さんはいつも優花の事を見守っててくれるはずだよ。私達は今優花よりも遠い所にいるけど、いつでも優花の事を思ってるからね!優花はいつだって一人じゃないんだよ。優花のお父さんも、私達もみんな優花の見方だからね!とりあえずお土産は未開封の大吉と思われるおみくじ持ってきます笑 楽しみにしててね笑」


優花は自然と笑っていた。そして一つのことを決心した。それはクラスの皆んなの詩を書くこと。それが今後の自分の支えと、亡くなった皆んなに伝える最後のメッセージとして。




六、もどかしい青春


やっと完成した。優花はドッと息を吐いた。もう一度誤字脱字が無いかを確認する。よし、完璧。

これを吹奏楽部の先生にお願いして詩にリズムを付けてもらった。悲しい歌にならないようにできるだけ明るい感じのメロディに。そしてこの歌を卒業式の時に歌いたいと、校長先生にお願いした。校長先生はすぐに了解してくれた。

そして卒業式。皆んなとは少し早いお別れをすましていたが、皆んなと一緒に通っていた学校も今日でお別れになる。

最後に歌を 歌い終わった後は沢山の人が泣きながら拍手をしていた。そして私の周りも皆んな泣いていた。そして私の目の前にはあの時のクラスメートが笑顔で拍手しているように感じた。一人じゃない。私には皆んなが付いているのだと。




七、忘れ物


ふと目を開けるとそこは自分の一人暮らしの部屋にいた。

「夢、を見てたのかな?」

そして手には21人全員が笑顔で写ってる写真と一通の手紙を持っていた。

「そっか。死のうなんて思っちゃダメだよね。遥とみんなの分も生きなきゃ」

スマホを確認する。そこには着信ありと書いてある。会社の同期からも心配のメールが届いていた。

「どんなに辛くても、私には皆んなが付いてる。」

だから大丈夫。そう心で決意して会社に向かった。


走り出す列車の音がどこからか聞こえてきた。

そしてなぜか優花は私に優花と名付けてくれた父と母を思い出していた。


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