第1話 ダンジョンのルール
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…………ぅん。
昼寝から起きたときのような微睡みの中から意識が覚醒した。
眩しい。咄嗟に腕で視界を遮る。周囲から感じる光は大した光量でもなさそうだが、寝起きのような頭と目には刺激が強い。
十数秒の時間を経て徐々に視界と思考がまとまりを得ていく。
「そうだ、確かダンジョンマスターになるとかでキャラメイキングをしてたような」
そこまで呟いて自分に違和感を覚える。
いつもの少し低めのダミ声ではなく透き通った声が響き渡る。
自分の体が自分の体ではなくなっている。だけどそのことをさしたる動揺もなく事実として受け止めていた。身長も以前と変わっているのに、声も違うというのになんの疑問も抱かなかったことに違和感を覚えたのだ。
「精神構造が変化しているのかな? 確かダンジョンマスターのヘルプに精神的に不変になるってあった気がするし」
感情の起伏もなくなっている気がする。今の自分が以前の自分とは全くの別のものであることを理解した。
「まあいっか、そんなことは。それよりダンジョンを作らなきゃね」
目の前にあるダンジョンキューブを起動する。自分の使命を実行するのが最優先だ。
人類の試練となるようダンジョンを神の為に作成しなければ。
知識として基本的なダンジョンの作り方は既にインプットされてあった。でけど、推奨されるやり方では使命とは別の、自身の身を守るという"この体"になる前からの目的は果たせそうになかった。
「基本的な手順はそのままで、要所要所を目的に沿うような形に変えていこうかな」
このダンジョンキューブによるダンジョン作成はかなり自由度がある。初期に与えられたポイントでも色々節約すれば10階層分を作ることも出来る。でもその作り方は自分の目的にもダンジョンマスターの使命にもあまりそぐわない。いろいろ考えるべきだろう。
まずモンスターに関して。配置できるモンスターの傾向は自身の属性と相性が良ければ良いほどコストが低くなるが、配置できないモンスターは存在しない。やろうと思えば最強のドラゴンだって配置できる。だけどある程度制限もある。強いモンスターを低階層に設置しようとするとその分コストが高くなったり、階層に出現するモンスターの種類を増やすほど若干コストが増えたりなどだ。
しかし、何事にも例外はある。5階層毎に1体ボスモンスターを配置できるのだ。これは1体に限り配置によるマイナス補正を0に出来るのだ。そのため最初のダンジョン開放で5階層分作るのを推奨されている。自分としても生存戦略として一般的なダンジョンに偽装するのは望む所だ。最初のダンジョンの階層数は5層にしよう。
「ダンジョンを作っていくうえで重要となる情報がいくつかあるね」
まず、ダンジョンを完成させるまで時間は止まっていること。満足いくまでどこまででも考えていいのだ。
次に、ダンジョンを完成させるまで実際にはポイントは消費されないこと。これは消費ポイントが頻繁に増減するからだ。先程のモンスターのコストが一例にあがるが、もっと色々なものに関わってくる。
例えば、鍵のかかった扉があるとする。まず、開けるための鍵が無ければそもそも設置できない。ダンジョンは必ず攻略出来なければならないから。鍵の場所も関係してくる、近くにある場合と遠くにある場合でポイントは変動する。もちろん扉の先に鍵を置くことは不可能。遠くにある場合でも鍵の在り処を示すヒントがあれば、近くにある場合よりも消費ポイントが低くなる可能性もある。ダンジョンを攻略するうえで、行かなくてもいい場所に扉が設置されている場合も、若干消費ポイントは低くなるようだ。
「つまり、ダンジョンを完成させるまで好きに試行錯誤することが出来る」
そして一番大事なことが、ダンジョンを公開した後は、既にある階層に手を加えることが出来なくなるのだ。攻略されたからってギミックを変えたり、罠を増やしたり、強いモンスターに変えたり等は出来ないということ。公開した後に入手するポイントでは、新しい階層を作るためにしか使えない。最初から完成度の高いダンジョンを作る必要があるってこと。
「基準として考えるべきは、人類への"脅威"と"報酬"のバランスになるかな」
人類が必要としている資源をある程度供給しないと、"間引かれる"。かといってダンジョン運営には人類を"間引かなければ"ポイントを得られない。間引かなければいけない人類を選別する機構も欲しいかな。正常な人類なら引っ掛からないけど、欲張った人類は死ぬような。そうすれば、ダンジョンに対する脅威度も誤認させられそうかも。
ダンジョン作成の段階で消費ポイントを抑えるための機能が最初から備わっている。人類への報酬となる物を設置することだ。王道な所では宝箱とか。
勘のいい人は、この機能でただ人類を殺せばいいわけでもないと分かるんだろうな。人類との共存を目指す人も出てきそう。まあ、それだけでは長く生存することは出来ないんだけど。
「第一階層は、分かりやすく危険な場所に飛び込まなければ安全な階層にしよう」
環境設定は草原にして見晴らしを良くして、群生している植物をエリアごとに分けて濃淡を作って、自然な境界線を演出しよう。初心者は薬草採取って定番も押さえておきたいからね。薬草の群生地でも消費ポイントを抑えるための報酬として機能するし。
取得しておいた精霊魔術もいい働きしてる、植物の質が高くなったおかげで消費ポイントも更に低くなってる。
出てくるモンスターも草食動物で比較的好戦的ではないモンスターがいいかな、やっぱり最初の階層だからね。
それはそれとして殺し間も用意してっと。
「うん第一階層はこんなものでいいかな。第二階層もシンプルにしよう」
最初が草原なら、やっぱり次は森だよね。林道を用意して、第三階層までの直線一本道だ。道から森の中に入らなければ危険が一切ないような。でもリターンを得るには、森の中に入らなければいけない感じにして。森の奥にいけばいくほどいい報酬が得られるけど、危険度も高くなるようにしよう。強いモンスターを配置しても、ダンジョン攻略する上では遭遇することのない場所だから、かなりコストを抑えられそうだ。ノーリスク・ローリターンの林道、ハイリスク・ハイリターンの深層、その中間層な中層の三段階に分けよう。
人類は生活が懸かってるから、勝手に危険に飛び込んでくれる。情報アドバンテージってやっぱり大きいよね。知ってるだけでポイント消費を減らせられた。
「結局のところ情報なんだよね、全部。でも正しい情報じゃないといけない」
この先25年以上生きるためには、人類を欺かなくてはいけない。その為に誤った情報を少しずつ混ぜていく。相手がダンジョンをつぶそうと思った時、初めて間違っていると気づくような。最初のダンジョン作成で与えられるポイントは少なくないとはいえ、人類すべてを相手するにはあまりにも心許ない。
だから、用意するのは"仕掛け"だけだ。中身は後で用意する。それしかない。
「でも、表面上は普通のダンジョンを作成しなきゃね。先に第三階層の構想を考えようかな」
流石に第三階層は、本気で撃退できる階層にしたい。あまりにも簡単なダンジョンな場合、人類の事情にこちらが"気づいている"ことに"気づかれる"可能性があるからね。
草原、森ときたら、次は川かな。水魔術取ったから水生生物のコストも結構軽減できそうなんだよね。でも、コンセプトはこれまでの階層に似せようか。欲張れば危険な目に合うような。
第四階層への入り口を川を挟んだ所に見えるように置こう。川を渡ればすぐに次に行けそうだけど、そういう浅慮な者を刈る構成で。まあ、第二階層を真っ直ぐ進めば次に行けるようにしたから、意外と引っかかるかも。
川下に沿って歩いていけば向こう岸に行ける橋を設置して、ぐるっと大回りさせよう。でも川を渡りたくなるような仕掛けは用意しようかな。川下に行けば行くほど川幅が広くなるようにしたり、川って視認性が良いから、大型のモンスターを川沿いに配置してもいいかも。
かなり遠くの位置に橋があるのをわかって貰うために、看板も用意しよう。目に見えない橋まで歩いていくより、そのまま川を渡りたくなるかも?
「あら、看板設置したら逆に消費ポイントが減った?」
もしかしたら、看板がヒントとして機能したって判定された? 正規ルートを提示したから消費ポイントが減ったってことか。本来想定した所とは違うけど、結果オーライかな。
「いや、違う。大事なのは消費ポイントが減ったとかそういう事じゃない」
ダンジョン作成には明確な基準があるってのが、一番重要なんだ。ダンジョンマスターが全部決めてるんじゃなくて、ダンジョンキューブが最終的に判定しているんだ。
「まあ、やることは結局変わらないか。ダンジョンキューブっていうAIをどう使うかを考えた方が、よっぽど建設的だよね」
せっかく勝手に判断してくれるAIがあるんだから、もっといっぱい試行錯誤するか。時間は無制限なんだから、基準の明確化もしておこう。やっぱり情報は力だ。
「でも試行錯誤するにしても、大枠は決めておいた方がいいよね。さきに第四階層の構想を考えよう」
これまで第三階層まで作ったけどまだ使ってない、ダンジョン作成の上でかなり重要な要素があるんだよね。
それが"ルール付与"だ。ポイントを払うことで全ての人類が逃れられないルールを付与することができる。
一番使われるルールは転移不可のルールかな。ボス部屋やトラップ部屋に使われがち。
もちろん難易度が急激に上がるから消費ポイントも馬鹿にならない。でも人類の撃退には絶対に必要になる要素でもある。
第四階層ではこの"ルール付与"を使おうと思っているんだよね。"正しいルートを通らなければ先に進めない"ようにするつもり。つまり、所謂迷いの森ってやつだ。ダンジョンといえばの筆頭だよね。
第四階層のコンセプトは時間稼ぎ。初期作成の段階では、このダンジョンで一番ポイントを使う階層にする。結局のところダンジョンが攻略されれば、全て台無しだ。そうならない為にもなるべく長い期間この階層で足踏みしてもらう。ポイントに糸目をつけづ大盤振る舞いだ。
最後に第五階層、ボスを配置出来る階層だ。二番目にポイントを使うつもりで、最低限のルール付与もする。"特定のモンスターを倒さなければ次への階層は開かれない"は絶対条件。最初期の最後の砦だし、"仕掛け"もこの階層に用意するつもりだ。伏線回収じゃないけど、第三階層での川の上流にあたる滝と滝つぼでのボス戦。
でも、ボス戦といえば登場演出も外せないよね。出来れば用意したいな。
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「うん、時間は掛かったけど最終調整はこんなものかな」
各階層の細かい調整を終わらせたけど、"仕掛け"の件もあって初期使用可能ポイントを超過してるんだよね。
「でも、秘策があるんだよね」
ここをこうして、更にこれをこうすれば……
「やっぱり! 消費ポイントがかなり減った! 多少リスクはあるけど"仕掛け"の為には仕方ないよね」
ダンジョンが完成したぞ!
次話からは人類視点のダンジョンの詳細を見ていきます。