プロローグ1 『罪』と『罰』
この作品はステータス表記などがあります。表記のズレなどが発生するので標準の画面表示以外には対応していません。ご留意ください。
「あなた方は罪を犯しています」
は?
目の前のこの女は何を言っているんだ? いや、それよりもここは何処だ? つい今まで家でMMOをやっていたはずなんだが。意識の混濁などもなく、急に、まるで、漫画雑誌で何ページかまとめてめくってしまったときのように、前兆なく場面が、変わった。待て、落ち着け、状況把握が最優先だ。
まずは、『何時』かだ。さっきまでは年末だからと、いつものメンバーでエンドコンテンツに潜っていた。多分2時前くらいだったはず。
次に『何処』か。さっきまでゲーミングチェアに座っていたはずなのに、立っていた。周りを見渡してみる。どこまでも広がる白い空間。壁もなく天井もなく床もない。地面を踏みしめている感覚がないのに、落ちているような感じもしない理解の範疇を超えた不思議な空間。
そして『誰が』か。さっき周りを見渡して気づいたんだが、俺と眼の前の女以外にもなにかがいる。「もや」のような何かが。それも1つか2つどころではなく、少なくとも100近くはいる。
最期に『何を』なんだが…… 正直わけがわからない。『わからない』のは『情報』が不足しているからだ。つまり女の一挙手一投足を見逃さず、発言の意味を正確に理解しなければならない。
まずは女のさっきの発言だ。「あなた方」俺だけじゃなく複数の人間に話しかけている。だが周囲に人の姿は無い。周りにいる「もや」が俺以外の人間なんだろうか? 自分の姿はいつもと変わらないのに他の人が「もや」なのは何か意味でもあるんだろうか? ダメだ、情報が足りなすぎる。
色々と考えていたら目の前の女があたりを見渡して口を開く。
「私は、あなた方が言うところの神と呼ばれる存在です。世界に余すところなく存在する生物の魂を管理しています」
「ココ最近まで順調に行われてきた魂の循環に、エラーが起きるようになりました。調査した所、その原因はあなた達の在り方にありました」
「あなた方は生物として、しなくてはいけない子孫を残すという使命を放棄しました。それは『罪』です」
「そして、正しき世界にはあなた方のようなモノは必要ありません。そこで『罰』と『チャンス』を与えることにしました」
「あなた方には別の世界『ノエグナード』にダンジョンマスターとして転生してもらいます。……喚いても意味はありませんよ。これは『罰』であると言ったはずです。あなた方に拒否権などは無いのです」
女の発言の意味を吟味する。まずは「子孫を残す使命の放棄」これには心当たりがある。30にもなって俺は童貞である。そして、それを誇りにも思っている。現実での結婚に意味はなく、恋愛は金と時間の無駄使いにほかならず、性交渉は体力と精神の疲弊しかもたらさないと思っていた。だがその誇りは、今起きていることの原因になっているみたいだが。
そして「喚いても意味はない」これは重要な情報だろう。まず俺はまだ一言も喋っていない。つまり喚いている誰かに対する発言。周りにある「もや」は自分以外の人間とみていいだろう。それに、喚き声なんて俺には聞こえていない。まわりにいるように見えて完全に隔離されていると見るべき。そしていちばん重要なのは、喚き声に応答したこと。それは録音などによる一方通行の発言ではなく、会話でこちらから情報を引き出せる可能性があるということ。だが女は『罰』といった。不用意な行動はペナルティがある可能性がある。慎重に行動するべきだ。
「あなた方にはこれから行く世界での躰を自分の手で作成していただきます。これは子孫を残すことが出来ないのは自身の体に原因があると思っている方が一定数以上存在するためです。ですがその作成した体を十全に使うことはできないでしょう。あなた方は一度権利を『放棄』しました、そこに対して機会を与えることはありません。先程言いましたがこれは『罰』でもあり『チャンス』でもあるのです」
そういうと女は右腕を上げる。すると俺の50cm程前方に、40インチ程の半透明なウィンドウのようなものが浮かび上がる。画面を見てみるとまるでゲームのキャラクターメイキング画面のようだった! 正直よくあるネット小説のような展開にテンションが上がっている。だが、高揚は目を曇らせる、落ち着くべきだ。
冷静になるため周りを見てみる。すると他にウィンドウが見えないことに気づく。自分にしか見れないのか? いや、もう一つ可能性がある。周りの「もや」のようなものは、人ではなく部屋みたいなものなのかもしれない。テレビで見た情報によると人間は慌てている他人がいると自分は逆に冷静になるらしい。もしそうなら「もや」による隔離が周囲を意識させないための構造になっているのだ。そこまで考えることで冷や汗が流れやっと冷静になる。
「そのコンソールはあなた達にもわかりやすい馴染みのある形態にしてあります。それを操作して、自身の体を作成してください。転生という『罰』に対し、自身の手で自身を作り変えることが出来るのがあなた方に与えられた『チャンス』です。制限時間などはございませんので望むままに作成してください。作成が完了したら出現場所を選択してください。そのまま向こうに向かってもらいます。では、ご武運を」
そういうと女は右腕を上げ─────まずい! チャンスは今しかない!
「ま、待ってく……待ってください! 質問、質問があります! これから行く世界はどういう所なのかだけでも教えていただけないでしょうか!」
女は腕を上げるのを止める。それまで一切表情を変えていなかったのに笑顔を浮かべる。
「不明な点があったのなら、ヘルプを見るといいでしょう」
そう一言いうと女は消えていった。満足な回答は得られなかった。だが、これは大きなヒントだ。つまりヘルプを見ればこれから行く世界の情報が得られるということだろう。
気持ちを切り替え画面を見てみると、PCのブラウザのようにタブが分けられていた。それぞれのタブは『ステータス』『スキル』『ダンジョンの出現場所』の3つだった。そして右上に『スキルP・残り100P』という表示があるのみで、よく探してもヘルプ欄は無い。
画面に触れてみると動かせることがわかった。スマホみたいな操作感覚だ。試しに『スキル』タブを開いてみる。
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ステータス\スキル\ダンジョンの出現場所\
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検索[ ] 『スキルP・残り100P』
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物理系統スキル [閉]
『剣術』………… 10P 『追加』『ヘルプ』
『槍術』………… 10P 『追加』『ヘルプ』
︙
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魔術系統スキル [閉]
『火魔術』………… 10P 『追加』『ヘルプ』
『水魔術』………… 10P 『追加』『ヘルプ』
︙
──────────────────────────────
補助系統スキル [閉]
『鑑定』………… 20P 『追加』『ヘルプ』
『直感』………… 40P 『追加』『ヘルプ』
︙
──────────────────────────────
ユニークスキル [閉]
『金剛力』………… 100P 『追加』『ヘルプ』
『魔力増幅』…………100P 『追加』『ヘルプ』
︙
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以上のように表示された。なるほど、それぞれのスキルに対してヘルプがあるみたいだ。︙に触るとその系統のスキルが大量に表示された。大量のスキルからお目当てのスキルを探すために検索システムがあるのだろう。試しに『剣術』のヘルプを開いてみる。
『剣術』………… 10P 『追加』『ヘルプ』
スキル保持者個人の剣を使った行動に補正をかける。
熟練度により補正値が変わる。
このスキルを所持していると、召喚可能モンスター・モンスターの進化先に影響を与える。
以上のように『剣術』スキルの表示が変わった。ダンジョンマスターのスキルは配下のモンスターにも影響を与えるようだ。スキルを後から取れるのかわからない以上スキルの選択は重要だろう。これはヘルプ欄も確認しながらじっくりと考えたほうが良さそうだ。
そう考えながら色々なスキルのヘルプを見ているときのことだ、ユニークスキルの欄から丁度目に留まっていた『魔力増幅』なるスキルが消えたのだ。
なるほどユニークスキルとは只のポイント消費が多いスキルなだけでなく、テンプレ通り一人しか所有出来ないのだろう。時間制限こそ無いといわれたが、他のリソースに限りが無いとは言ってなかったな。
そこからは早かった。一つ目のユニークスキルが無くなったと同時に1つ2つと、どんどん有用そうなユニークスキルが消えていくのだ。みな我先にと取得しているのだろう。だが焦ってはいけない、冷静になるべきだ。とりあえず目についたユニークスキル『支配』のヘルプを見てみる。
『支配』………… 100P 『追加』『ヘルプ』
自身の魔力を消費することで対象の永続的な支配権を所有することが出来る。
対象とのレベル差や魔力差によって必要な魔力量は異なる。
これは……急いでユニークスキルを取らないで良かったのかもしれない。文面だけ見れば確かに強力なのだろう。しかし、ヘルプの通りなら普通のスキルを見た時にあったダンジョンのモンスター等に影響を与える表記がない、ユニークスキルはあくまで個人のスキルである可能性が高い。そうなるとユニークスキルは罠の可能性が出て来る。……最初にスキル選択画面が表示された時点でユニークスキルが見える画面構成なのも罠なのだろう。女が言ったことが真実ならこれからなるのは『ダンジョンマスター』なのだ。勇者や魔王になるわけではない。ダンジョンマスターが敵と戦うような状況になったら多分詰みと見るべきだ。必然、選択肢からユニークスキルは外すことにした。
一旦『スキル』タブ以外も見てみることにした。他のタブをざっと確認してみる。
『ステータス』タブは性別・種族・外見を自由に変更できるみたいだ。HPやMP等は表示されていなかった。ゲーム的な意味でのステータスでは無いらしい。
『ダンジョンの出現場所』はこれから行く世界『ノエグナード』の名前と、『10番』『13番』『29番』といった数字があるだけであった。適当な番号を選ぶと[この場所に決めます。よろしいですか]<Yes/No>と表示された。ダンジョンの出現場所が選択されたことになるみたいだ。土地の管理番号とかだろうか。1から順に並んだ数字ではなく番号が飛んでいるのが気になる。そう思っていたら番号が一つ消えた。これもユニークスキル同様早い者勝ちらしい。
他のタブを確認してみたが『スキル』タブ以外にヘルプの項目が無かった。だが、スキルのヘルプではこれから行く世界がどういう所かはわからないだろう。あの女の最後の発言は俺の質問に対する回答と思っていいはずだ。だとするとヘルプがないのはおかしい、見落としているだけだろうか? そう思いながら画面をあれこれ操作する。30分くらい画面を弄り続け探してみたが一向にスキル以外のヘルプが見つかることはなかった。休憩しようと思ったときふと頭のなかに、ある考えが湧いてくる。異世界転生モノのテンプレによくあるやつだ。思いついてみたことを実行すると、それまでの試行錯誤がウソのようにすぐにヘルプは見つかった。
なんてことは無い、『ノエグナード』についてのヘルプが見たいと念じてみたのだ。ネット小説によくある、転生者がステータス画面を開くような感じで。すると開いていた『スキル』タブが『ダンジョンの出現場所』に勝手に切り替わり、『ノエグナード』の表記の下にヘルプが表示された。
─────これは酷いなんてもんじゃない。悪魔の所業だ。断じて自称神様がするような行いではない。この操作方法は多分俺しか気付けないだろう。女の最期の発言「ヘルプを見ろ」はここにいる全員が聞いただろう。だが、俺の質問は他の誰にも聞こえていないと見ていいだろう。つまり「ヘルプを見ろ」という発言に対して疑問を持つことが無いということ。ヘルプなら『スキル』タブにちゃんとあるのだから。更に女の「わかりやすく馴染みのある形態」という発言が念じるという発想を消している。普通ならひと目画面を見てみればPCやスマホを使うように操作するようになるからだ。
…………もしかして、異世界転生モノのテンプレのような操作方法も「わかりやすく馴染みのある形態」だと言い張るつもりなのだろうか、ばかばかしい。
つまり俺は贔屓されたのだ。『チャンス』と言っていたが、もしかしたら既に始まっているのかもしれない。そして『罰』のほうも。
これは多分俺しか持っていないアドバンテージだろう。だが、それで慢心してはいけない、他の人より優位に立つことに意味があるのかもわからない。そして更に、このヘルプに気づくのが最低限必要なことの可能性がある。女の発言が事実ならこれは俺達への『罰』にほかならないのだから。